判例全文 | ||
【事件名】ギタリスト、名誉棄損事件 【年月日】平成10年11月27日 大阪地裁 平成7年(ワ)第2612号 損害賠償等請求事件 (平成10年8月28日 口頭弁論終結) 判決 兵庫県(以下住所略) 原告 智有蔵上人 右訴訟代理人弁護士 阪井紘行 同 片山登志子 右阪井紘行訴訟復代理人弁護士 西田広一 同 大村昌史 東京都(以下住所略) 被告 株式会社交藝春秋 右代表者代表取締役 安藤満 東京都(以下住所略) 株式会社文藝春秋内 被告 河ア貴一〈ママ〉 右被告ら訴訟代理人弁護士 古賀正義 同 吉川精一 同 喜田村洋一 同 小野晶子 同 二関辰郎 主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 一 被告株式会社文藝春秋は、原告に対し、別紙記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞及び日本経済新聞の各朝刊の全国版に、3段抜きで2分の1頁、「謝罪広告」とある部分を3倍ゴシック体活字、その余の部分を1.5倍明朝体活字で、相応の間隔をとって1回掲載せよ。 二 被告株式会社文藝春秋は、原告に対し、別紙記載の謝罪広告を、被告株式会社文藝春秋発行の週刊文春に、1頁、「謝罪広告」とある部分を3倍ゴシック体活字、その余の部分を1.5倍明朝体活字で、相応の間隔をとって1回掲載せよ。 三 被告らは、原告に対し、各自3000万円及びこれに対する平成6年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 一 本件は、著名なギタリストであり、かつ、日本電気株式会社(以下「NEC」という。)が運営するパソコン通信サービス「PC−VAN」において、「チアリコンピュータワールド」というシグ(電子会議室・special interest groupの略称、以下「チアリシグ」という。)を主宰し、右シグの議長を努めていた原告が、週刊雑誌週刊文春(以下「週刊文春」という。)に掲載された記事によってその名誉を段損されたとして、週刊文春を発行する株式会社文藝春秋(以下「被告会社」という。)及び週刊文春担当の記者であり、後記記事の執筆者である被告河ア〈ママ〉貴一(以下「被告河ア〈ママ〉」という。)に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、謝罪広告の掲載(ただし、被告会社のみ。)並びに各自3000万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である平成6年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。 二 争いのない事実等 1(一) 原告は、昭和19年2月11日、フランスで出生し、昭和25年ころからヨーロッパ各地においてギタリストとして活躍していたが、昭和60年5月18日、日本に帰化し、その後、日本を中心として演奏活動を続ける傍ら(原告が帰化する以前の姓名は、クロード・チアリである。)、チアリシグを主宰し、右シグの議長を務めている者である(争いのない事実)。 (二) 被告会社は、雑誌、図書の印刷、発行及び販売を主たる目的とする株式会社であり、週刊文春を発行し、日本全国で販売している者である(争いのない事実)。 (三) 被告河ア〈ママ〉は、週刊文春担当の記者であり、被告会社の業務執行として後記各記事を執筆した者である(争いのない事実、被告河ア〈ママ〉貴一本人の供述)。 2(一) 被告会社は、週刊文春の平成6年8月11日・18日号(以下「本件週刊文春」という。)の44頁から始まる「ミッドサマーワイド 素顔はしたたか」と題する特集記事の中において、原告が議長を務めるチアリシグに関して、「パソコンネットワークの独裁者クロード・チアリ」との見出しで始まる記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、平成6年8月9日ころ、右記事を掲載した週刊文春を日本全国で販売頒布した(争いのない事実)。 (二) 本件記事には、次のとおりの記載がある(争いのない事実)。 (1) パソコンネットワークの独裁者クロード・チアリ(以下、「独裁者クロード・チアリ」とする部分を「本件記載部分(1)」という。) (2) チアリ氏は血も涙もない(以下「本件記載部分(2)」という。) (3) ギタリストのクロード・チアリ氏が、日本のパソコンネットワーク界の一大権力者であることは、意外と知られていない(以下、「一大権力者」とする部分を「本件記載部分(3)」という。) (4) 久保氏が発言した直後から、会員間でフリーウェアの著作権に関する活発な議論が展開された。しかしチアリ氏は、最初から「無駄な議論」と一喝(以下、「無駄な議論と一喝」とする部分を「本件記載部分(4)」という。) (5) 〈FREEWAREとして載せた場合権利やROYALTIEを要求するのはむじゅんしている〉と、フリーウェアには著作権がないと決めつけた(以下、「フリーウェアには著作権がないと決めつけた」とする部分を「本件記載部分(5)」という。) (6) 小松氏や版元のエ一アイ出版が不手際を詫びたのに、チアリ氏はしだいに強硬になって、"指揮権"を発動(以下、「指揮権を発動」とする部分を「本件記載部分(6)」という。) (7) "独裁者"チアリは、言論弾圧、反対者追放の暴挙に出た(以下「本件記載部分(7)」という。) 三 争点 1 本件記載部分(1)から(7)までが掲載された本件週刊文春が発行販売されたことによって、原告の名誉が段損されたのか否か。 (一) 原告の主張 (1) 本件記載部分(1)から(7)までのうち、本件記載部分(1)及び(2)は、右各記載部分を読んだ一般読者をして、右各記載部分に興味を引かしめ、本件記載部分(3)から(7)までの各本文記事について、最初から原告に対して、非民主的かつ高圧的に物事を処理する人間であるかのごとき否定的印象を抱かせる方向に読者を誤導する記事であって、原告の名誉を段損する記事である。 (2) 本件記事(3)から(7)までは、原告が、自らが議長を務めるチアリシグにおいて、参加者の意見を全く聞かずに議長の権限を振りかざしてチアリシグを運営する非民主的な人間であるかのごとき誤った印象を与え、本件記載部分(1)と相まって、原告の人格及び品性に対する社会的評価を著しく低下させる記事であり、原告の名誉を段損する記事である。 (二) 被告らの主張 原告の主張は争う。 2 仮に、本件記載部分(1)から(7)までが掲載された本件週刊文春が発行販売されたことによって原告の名誉が段損されたとしても、真実性の立証等によりその違法性が阻却されるのか否か。すなわち、本件記載部分(1)から(7)までに記載された内容が、いずれも、公共の利害に関する事実であり、専ら公益を図る目的で摘示されたものであって、かつ、摘示された事実若しくは前提となる事実が真実又は重要な部分において真実であり、摘示された意見ないし論評が人身攻撃の域に及ばないものか否か。 (一) 事実の公共性について (1) 被告らの主張 本件記載部分(1)から(7)までを含む本件記事が取り上げた内容は、フリー・ソフトウェア(以下「フリーウェア」という。)の著作権のあり方についてのチアリシグにおける論争であるが、パソコン通信が隆盛を究める今日においてもソフトウェアの著作権のあり方については必ずしも社会的な合意が成立しているとはいえず、ソフトウェアの作製者はもちろん、社会的に見てもパソコン通信やソフトウェア開発の将来と密接に関わる問題である。また、今日、パソコン通信を使用したシグ(電子会議室)に参加する者の数が極めて多くなっているが、シグにおいてどのような発言が許されるのか、また、シグの主宰者にどのような権限が付与されるべきかについては社会の大きな関心事となっている。さらに、原告は著名なギタリストであり、公的な人物であるとともに、現実にチアリシグを主宰し、多数の者がチアリシグに参加する中でチアリシグに参加する者のチアリシグにおける表現活動に影響を与え、場合によっては排除し得る立場にあったのであるから、原告がチアリシグの主宰者としての権限をどのようにして行使し、また、発言していたのかは社会的な関心事である。 以上のとおりであるから、本件記載部分(1)から(7)までを含む本件記事には公共の利害に関する事実が記載されている。 (2) 原告の主張 本件記載部分(1)から(7)までを含む本件記事で取り上げられた内容は、あくまでも原告が私人の立場で余暇を活用して無報酬で主宰しているパソコンネットワークのシグ内における言動にすぎないものであるから、客観的に見て公共の利害に関する事実でないことは明らかである。また、原告の右私生活上の言動が原告の社会的活動に対する批判や評価につながり得るものではないから、この点においても本件記載部分(1)から(7)までを含む本件記事において取り上げられた内容が公共の利害に関する事実ということはできない。 (二) 目的の公益性 (1) 被告らの主張 被告らは、週刊文春を発行する出版社又はその記者であるが、右(一)(1)で記載のとおりの社会的関心事を広く国民に知らせることが公共の利益を図ることになると考え、本件記事を執筆掲載したのであり、専ら公益を図る目的を有していた。 (2) 原告の主張 本件記事は、「ミッドサマーワイド 素顔はしたたか」という特集記事の一つとして掲載されているが、右掲載の位置づけから見て、被告らの目的は、読者の娯楽的な興味本位の関心を引き、販売部数を増やす点にあったといえ、公益を図る目的を有していたということはできない。また、公益を図る目的を有していたのか否かは、著しく侮辱的な表現でないかどうか、事実調査を十分に行っているかどうかの2点をも考慮されなければならないが、本件記載部分(1)から(7)までは著しく侮辱的な表現に該当するし、被告らは十分に事実調査を行っていない。 (三) 摘示された事実又は前提となる事実の真実性 (1) 被告らの主張 ア 本件記載部分(4)について 原告は、議論が始まってから三日後の平成5年7月5日、チアリシグにおいて、「ここでそう言う話しをなさってもなんの結果にもつながらない筈ですのでソフトの内容そのものの為の広場でありますので法律は弁護士と裁判で出版は出版社とのことです。私のSIGでは何回もつまらないことで大きな問題になりましたこれから問題が起きない様厳しく守るつもりです。なお、無駄な議論を続く〈ママ〉つもりなら僕は別に構いませんがこっちは読んでみても実につまらない様に思います」との書込みをしている。右書込みは、それまでの議論が無駄な議論であり、つまらないものであると決めつけ、議論自体をやめさせようとしたものであり、まさしく、原告は、最初から無駄な議論と一喝したものである。 イ 本件記載部分(5)について 原告は、チアリシグにおいて、平成5年7月6日、「freewareであれば出版会社は本にしてフロッピ付けても〈ママ〉文句言えない状態」との書込みをし、また、同月10日には、「freewareとして載せた場合権利やroyaltieを要求するのはむじゅんしている。」「Onlineソフトの場合自分の権利を守りたければFreeと書かないで頂きたい」との書込みもしており、まさしく、原告は、フリーウェアには著作権がないと決めつけたものである。 ウ その他の記事についてチアリシグには参加制限機能が付与され、主宰者である原告の判断により右機能を行使することができ、実際、原告は、チアリシグに参加していた中村某(なお、チアリシグにおいては、「三瀧川」をペンネームとして使用している。以下「三瀧川」という。)ら数名を右機能を行使して参加制限しているが、例えば、三瀧川は、チアリシグにおいて、フリーウェアの著作権についてチアリシグではどのように考えているのか、正にチアリシグてなければ問題提起できない正当な議論を行っていたにもかかわらず、原告は、参加制限機能の対象とはならない三瀧川を不当に参加制限した。また、シアリシグ〈ママ〉に参加制限機能が付与されたのは平成5年10月20日であり、右参加制限機能の行使に当たっては、PC−VANの事務局は、事前に十分警告を行い、参加制限機能が付与される前からトラブルを起こしている会員に対しても最初から手続を履践すること等の遵守を要請していたにもかかわらず、原告は、参加制限機能が付与された後、三瀧川が同月25日に格別他人に不快感を与えるようなものでない普通の書込みをしたにすぎないのに、その約40分後に同人の参加を制限した。右のような不当な措置は、他の参加者についても行われた。 さらに、原告は、短気でしばしば感情的とも思える発言を繰り返し、自分と意見の異なる会員や他のシグを誹謗中傷していた。 以上のとおりであり、本件記事における「独裁者」「血も涙もない」「パソコンネットワーク界の一大権力者」「指揮権を発動」「言論弾圧、反対者追放の暴挙に出た」等の記事は、いずれも真実また又はその前提となる事実において真実である。 (2) 原告の主張 ア 本件記載部分(4)について原告が、チアリシグにおいて、「無駄な議論を続くつもり〈ママ〉なら僕は別に構いませんがこっちは読んでみても実につまらない様に思います」との書込みをしたことは事実であるが、これは、フリーウェアの著作権の問題は出版社とソフト作製者問の契約問題又は法律問題であって、チアリシグで議論をしても解決し得る問題ではなく、また、ソフトの内容に関する情報交換というチアリシグの本来の目的からみて著作権に関する議論を続けることは適切ではないとの趣旨で発言されたものであって、決して著作権に関する議論を無駄な議論と一喝したものではない。 イ 本件記事記載部分(5)について 原告は、チアリシグにおいて著作権がないとの表現は使用しておらず、「freewareであれば出版会社は本にしてフロッピ付けても〈ママ〉文句言えない状態」「freewareとして載せた場合権利やroyaltieを要求するのはむじゅんしている」との書込みをしたものであるが、右書込みも、フリーウェアをアップロードした場合は著作権を厳格に管理する方法がなく、チアリシグではソフトウェアの発展のためにフリーウェアとしてアップロードした場合には厳格な著作権を期待しないことを了解してもらっているという趣旨でなされたものであり、著作権がないと決めつけた事実はない。 ウ その他の記事について 三瀧川は、PC−VAN事務局作成の「参加制限機能の導入について」において例示されている参加制限される対象行為に該当する書込みを繰り返していたことから参加制限されたものであり、また、平成5年10月20日に参加制限機能が付与された後、三瀧川の書込みに対して原告から電子メールで警告が何回か出された上で、同月25日、三瀧川の参加を制限する手続が執られたものである。 以上のとおり、原告は、適切な手続を経て三瀧川の参加を制限しており、「独裁者」等の記事はいずれも真実ではなく、また、前提となる事実も存在しない。 (四) 意見ないし論評の域を逸脱しないか否か (1) 被告らの主張 本件記載部分(1)から(7)までの意見ないし論評部分に意見ないし論評としての域を逸脱したものは存しない。 (2) 原告の主張 本件記載部分(1)から(7)までは、チアリシグにおいて議論されたテーマと無関係な個人の人格に対する攻撃を繰り返しているものであり、その表現内容は明らかに人身攻撃に及ぶものである。 3 仮に、摘示された事実又は前提となる事実が真実と認められなくても、真実と信じるについて相当の理由があったの否か。〈ママ〉 (一) 被告らの主張 仮に、本件記載部分(1)から(7)までにおいて摘示された事実又は前提となる事実に真実とは認められない部分があったとしても、河ア〈ママ〉記者は、チアリシグにおける発言内容、久保及び小松に対する取材等考えられる限りの取材対象に当たって取材を尽くしたのであり、河ア〈ママ〉記者が右事実をいずれも真実であると信ずるにつき相当な理由があった。 (二) 原告の主張 被告の主張は争う。被告らは十分に事実調査を行っていない。 4 損害 (一) 原告の主張 原告は、本件記載部分(1)から(7)までを掲載した本件週刊文春が日本全国で販売及び頒布されたことにより、その名誉を著しく毀損され、多大の精神的苦痛を被った。その損害を金銭評価すると3000万円に相当する。 また、原告の社会的評価の低下を原状回復するためには、週刊文春が日本全国において販売頒布されていることに鑑み、請求第一項及び第二項記載のとおりの謝罪広告が掲載されることが必要不可欠である。 (二) 被告らの主張 原告の主張は争う。 第3 判断 一 争点1について 1 本件記載部分(1)から(7)までが原告に対する名誉毀損に当たるのか否かについて検討するのに、まず、名誉を毀損する行為とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低価〈ママ〉させる行為であり、事実を適示〈ママ〉するものであるか、意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、不法行為が成立し得るものである。そして、本件記載部分(1)から(7)までによって原告に対する社会の客観的評価が低下したのか否かは、これを読む者の普通の注意と読み方を基準として、これを読む者に与える印象によって判断するのが相当である。 2 本件記事の内容は、概要次のとおりである。 本件記事は、B5版〈ママ〉の1頁を5段に分けて本文記事を記載するものであるが、まず、見出しに、2段目から4段目をぶち抜き(約13センチメートル)、本文記事6行分(約2.5センチメートル)の幅を使用して、「パソコンネットワークの独裁者 クロード・チアリ」という文字を大きく掲げ、直後にゴシック体文字で原告が日本のパソコンネットワーク界の一大権力者である旨記載した上で、本文記事を掲載している。その本文記事では、PC−VAN及びチアリシグについての概略の説明に加え、小松が著作した「ツールの王様」という書籍(以下「ツールの王様」という。)に久保が作製したファイル管理ソフトFSが掲載されていたことから、本件週刊文春が発売される1年ほど前、久保がチアリシグに自身が作製した右ソフトが売られていたと批判的なメールを書き送ったことを紹介し、このことからチアリシグの会員の間でフリーウェアの著作権に関する活発な議論が展開されるようになったが、原告が最初から右議論を無駄な議論と一喝し、フリーウェアには著作権がないと決めつけたと記載している。その後、本文記事は、「ツールの王様」の著者である小松や版元であるエ一アイ出版が「ツールの王様」にFSを掲載するに至った経緯での不手際を原告に詫びたものの、原告は次第に強硬となり、ついには指揮権を発動して言論弾圧、反対者追放の暴挙に及び、その結果、約500名いたチアリシグの会員のうち、約7割がチアリシグを去ることになった旨記載している。さらに、本文記事は、フリーウェアにも著作権が認められるとの文化庁の見解、本件週刊文春発行時におけるフリーウェアの著作権に関する原告の見解及び小松と久保の対立等を記載している。 3(一) そこで検討するのに、まず、本件記載部分(1)の「独裁者」という文言には、他人の意見を無視して物事を押し進める等否定的意味があることは明かであり、本件記載部分(1)は、原告の社会的評価を低下させる記事に当たる。 (二) 本件記載部分(2)及び(7)の「血も涙もない」「独裁者チアリは、言論弾圧、反対者追放の暴挙に出た。」という文言についても、独裁者という文言と相まって多分に否定的意味があることは明らかであり、本件記載部分(2)及び(7)は、原告の社会的評価を低下させる記事に当たる。 (三) 本件記載部分(4)及び(5)は、「独裁者」という文言やその前後の記載とも相まって、原告は、他人の意見を全く聞き入れず、それまで活発に行われたフリーウェアの著作権に関する議論を頭から否定し、文化庁の見解にも見られるとおりフリーウェアについても著作権は認められるにもかかわらず、フリーウェアには著作権が認められないと決めつけたとの印象を与えるものであり、本件記載部分(4)及び(5)は、原告の社会的評価を低下させる記事に当たる。 (四) 本件記載部分(6)は、「独裁者」という文言やその前後の記載とも相まって、チアリシグの議長である原告がその権限を専権的に行使して自分の方針に反対する者をチアリシグに参加できないようにしたとの印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させる記事に当たる。 (五) 本件記載部分(3)は、右のとおり、否定的に評価される原告の言動についての総括的評価として記事の冒頭にゴシック体文字で「一大権力者」と表するものであり、原告の社会的評価を低下させる記事に当たる。 以上のとおりであり、原告の社会的評価を低下させる記事である本件記載部分(1)から(7)までを含む本件週刊文春が全国で販売頒布されたことにより、原告の名誉は毀損されたものというべきである。 二 争点2について 1 ところで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為に違法性はなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば故意又は過失が否定されることになる。また、特定の事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くことになり、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれぱこれまた故意又は過失が否定されるものというべきである(最高裁平成9年9月9日第3小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。そこで検討するのに、証拠(甲第1号証から甲第11号証まで、甲第16号証から甲第92号証まで、乙第1号証から乙第13号証まで、乙第15号証から乙第80号証まで、乙第86号証から乙第91号証まで、乙第93号証、証人小松毅史の証言、証人久保敬俊の証言、原告本人尋問の結果、被告河ア〈ママ〉本人の尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。 (一) チアリシグの概要 (1) チアリシグは、昭和62年ころ、NECが運営するパソコン通信サービスPC−VANにおいて、原告を中心として開設されたシグであり、原告が主宰し、議長を務めている。原告は、チアリシグのシグオペであるが、チアリシグにおいてはシスオペとも称されている。チアリシグには、原告のほかにもシグオペが複数人いるが、これらの者はチアリシグにおいてはサブオペとも称されている。 (2) チアリシグに参加するためには、NECとの間で加入料金を支払ってPC−VAN会員契約を締結する必要があるが、PC−VANの会員となれば、チアリシグをはじめ、PC−VANのすべてシグに何ら特別の手続を行うことなく参加することができる。 (3) チアリシグは、コンピューターソフトの情報交換を主たる目的とするシグであるが、右目的以外の書込みがされることもあり、後記の議論が行われるまで、右目的以外の書込みがされたことについて、特段とがめられることもなかった。 (4) PC−VANでは、従来からシグオペに対し、書込みを削除する権限が与えられていた。 (二) チアリシグで著作権に関する議論がされるに至った経緯 (1) チアリシグのシグオペである小松毅史(以下「小松」という。)が著作し、エ一アイ出版から販売された「ツールの王様」という書籍に添付されていた付録のフロッピーディスクに、チアリシグに参加していた久保敬俊(以下「久保」という。なお、チアリシグにおいては、「なまず」をペンネームとして使用している。)らが共同で作製してチアリシグのオンライン・ソフトウェア・ライブラリーに登録していたファイル管理ソフト「FS」が収録されていた。 (2) 久保は、事前に小松から右「FS」を収録して本にしたいとの打診を受け、承諾していたものの、「ツールの王様」は、久保が念頭においていたソフト等の解説を中心とした本とは異なり、17本のソフトがフロッピーディスクに収録されたものであり、久保は、小松自身の著作物というよりも、ソフトそれ自体を売ることを目的とした本ではないかと感じた。 このようなことから、久保は、「FS」が「ツールの王様」に収録されていたことについて釈然としない感情を抱き、平成5年7月2日、チアリシグにおいて、フリーウェアが作製者に無断で営利目的に使用された時に、作製者の著作権は保護されないのかという問題を提起した。 (三) チアリシグにおける原告らの書込み (1) 右問題提起に対する反響は大きく、その後、右問題について、チアリシグにおいて活発な議論が行われた。 (2) 原告は、同月5日午後11時43分、右問題についてチアリシグにおいて初めて、次のとおり、「Onlineソフトはあくまでもユーザーの為であり僕の場合お金の為ならギターを弾いて公演致しております」等との書込みをした。そして、原告は、右問題についての議論をチアリシグでしていくのは適当ではないと考え、同日午後11時50分、次のとおり、「この手の議論は5年も前に終わっている筈です。OSLやPDS freewareやShareWareの話しはどでもいいです。〈ママ〉役に立つものがあれぱdownloadすればよい。sharewareであればお金を振り込む気持ちがあれば振り込めばよい。」との書込みをした。その上で原告は、同日午後11時59分、次のとおり、「出版とソフトの問題は出版社と直接やっていただければいいんではないかと思います。ここでそう言う話しをなさってもなんの結果にもつながらない筈ですのでソフトの内容そのものの為の広場でありますので法律は弁護士と裁判で出版は出版社とのことです。私のSIGでは何回もつまらないことで大きな問題になりましたこれから問題が起きない様厳しく守るつもりです。〈ママ〉なお、無駄な議論を続く〈ママ〉つもりなら僕は別に構いませんがこっちは読んでみても実につまらない様に思います」との書込みをした。 (3) 久保は、原告の右書込みに反発し、原告による右書込みがされた直後、原告に対し、チアリシグにおいて右議論を続けさせて欲しいとの要請をした。また、右議論に参加していた者から、右議論を続けていきたいとの希望が多く寄せられた。そのため原告は、同月6日午後2時21分以降、右意見に答え、次のとおり、「freewareであれば出版会社は本にしてフロッピ付けても〈ママ〉文句言えない状態ではないかと思います。勿論出す前に作者に一言ぐらい言ってもいいんですが(僕は当然だと思います)場合によって連絡せずに発売される事もある様です」「なお、無断で出して欲しくないと言うことであれば市販ソフトとして出すしかないでしょう。最終的に連絡していただける為にfreeware作者連盟を造らないと駄目かも知れません。ともかく必要なら皆さんからのご連絡をお待ちしていますわずかでありながら力になるかも知れません」〈ママ〉「音楽の面でも日本はめちゃめちゃ遅れていますのでソフト関係は当然ながらもっと未熟です。Royaltieや権利となりますと手順は簡単です〈ママ〉第一 連盟を創設 第二 弁護土を付ける 第三 人権や権利を守る 〈ママ〉但し、そこまで行くとFreewareと言う言葉はふさわしくない様に思います」「権利ならFreeではない〈ママ〉従って…FreewareでなくOnline Softで如何ですか? Online Soft作者連盟を創りましょう」との書込みをする等この問題についての原告自身の見解を公表したり、ソフトの作者連盟の発足を提案する等した。 (4) その後、ソフトに関する一般的な意見のほかに、「ツールの王様」に久保のソフトを添付した小松個人の責任を追及する意見も寄せられたため、原告は、個人攻撃は止めるようにとの意見を述べた。 しかし、原告の右意見にもかかわらず、一部で小松個人に対する批判も寄せられ続けたため、原告は、同月7日午後1時57分、再度、「もう一度申し上げますが単に問題を起こそうとする方勝手にSIGOPまたはユーザーを責める方はこのSIGから出て行ってもらいますこのSIGの在り方に関してはご不満の方々も同様です」〈ママ〉「情報を交換すると言うのは通信です。下らない書き込みの皆さんはチアリSIGから出て下さい」との書込みをした。〈ママ〉 (5) しかし、その後も「ツールの王様」をめぐって小松に対する個人攻撃、さらに、それに対する反論等が行われていたため、原告は、同月10日午後7時16分、次のとおり、「皆さん、先ず第一このSIGに関するご説明です」とした上で、「その三 OSLの在り方に関するご不満を持ちの方はUPLOADしない事 その四 freewareとして載せた場合権利やroyaltieを要求するのはむじゅんしている。freeならFreeです音楽もそうですPublic Domainのものは守れていないからこそだれでも頂いて録音して自分の作曲として出してもOKです。なお、Onlineソフトの場合自分の権利を守りたければFreeと書かないで頂きたい」〈ママ〉「さらに小松氏SIGOP15となりますと僕は充分満足している訳であって満足していない方の場合チアリSIGの出口までお越し頂いて渡って頂くとのことです」〈ママ〉「その七&最後に 最初の頃二人だけでやってきた為に(Skyfreeの西田氏と)何時でも少人数で出来ると言う自身は純分もっておるところであります」〈ママ〉「依然チアリ広場で書きました様にこのSIGはわたくしクロードチアリ自身のところでありますので疑問や不満を持っている方々は別のところでご活躍をなさる様にお進めさせていただきます」〈ママ〉「SIGOPでもwriterであっても作者であってもユーザーであっても最終的にこのSIGで決めるのは私ですくれぐれも誤解なさらない様に」〈ママ〉との書込みをした。 (6) 原告は、右(5)に記載した書込みについてチアリシグの参加者から批判を受けたものの、同月13日午前零時43分、次のとおり、「なお、3650(判決注・右(5)において摘示した書込み)はいろんな方にショックを与えた様ですが僕の立場は一切変わりません」との書込みをするとともに、「だから権利を守る必要があると僕は言っていなす」〈ママ〉「ともかくOSLのことですがこれからUPなさった方には(作者)自由にお使い下さいと同時に作者の権利であると言う一言を加えて頂きたい」との書込みもした。 (7) 同月13日午後4時10分、今回の騒動の発端となったエ一アイ出版の小野英章取締役から、チアリシグにおいて、「ツールの王様」の企画編集に関する経緯について説明するとともに、不手際を謝罪する旨の書込みがされ、これによって、「ツールの王様」に端を発した著作権に関する議論は終息へと向かった。しかし、議論は終息したものの、原告の一連の書込みによってチアリシグの多くは参加者は、〈ママ〉チアリシグではフリーウェアの著作権は保護されないものと感じ、実際、それ以後、チアリシグのオンライン・ソフトウェアー・ライブラリーにソフトを登録しなくなった者もいた。 (四) 三瀧川らによる再度の議論 (1) 同月30日、三瀧川は、チアリシグにおいて、原告がチアリシグにおけるフリーウェアをどのように扱うのか等著作権に関する議論を再開した。三瀧川の右著作権に関する議論に関しては、他の会員からしつこいのではないか、チアリシグの本来の目的から外れているのではないか等の批判がなされたものの、三瀧川の書込みは、右のとおり、チアリシグにおいて再び著作権に関する議論を行うものであり、他者を侮辱するような内容の書込みではなかった。 (2) 原告は、同年8月13日、ペンネ一ムAkitsu、同COAらの不適切な書き込みを削除し、また、同年9月1日、ペンネーム大道芸人の書込みを削除するとともに、「こっちから消えなさい」との書込みをした。しかし、シグオペである小松が7月29日に書き込んだ「思い上がるんじゃねえパッカ野郎!」等との書込みについては、特段削除等の対応はしなかった。 (3) 三瀧川は、同年9月4日、チアリシグにおいて、フリーウェアの著作権に関する原告自身の明確な意見が聞けなかったと不満を表明し、三瀧川が原告のフリーウェアに対する考えについて想像されるところを書き込んだ。また、三瀧川以外にも、フリーウェアの著作権に関する議論を行う者もいた。これに対して原告は、チアリシグにおいて、チアリシグは議論シグではないことを引き続き強調するとともに、議論を続ける書込みは削除するとの書込みをし、実際に、一部の書込みを削除し、さらに、原告は、同月11日、次のとおり、「依然、7月辺りゴミやゴキブリ発言に関する苦情はあったようですが(事務局まで)読んでみればどう言ったらいいでしょう?精神的に不安定と書けばよろしいでしょうか?」「では、暇迷惑人の皆さん、そろそろ出来の悪い態度を別のところまで持って行けば如何でしょう?その内に居場所はなくなりますが」「演奏や仕事の時間から掃除timeを絶対に造ります」「小松さん、変な者が来た場合ご連絡下さい。そろそろガキTIMEを終わらさないと切りがないですので」との書込みをした。このように削除をちらつかせ、また、右のような書込みをする原告に対して、チアリシグの参加者の間から原告に対する批判や三瀧川の疑問に同感であるとの書込みもなされた。 (4) 他方、三瀧川は、チアリシグに書込みを続けたが、原告らが右のとおりの書込みをすることもあって、次第にフリーウェアの著作権に関する議論ではなく、チアリシグの運営に関する批判も多くなった。しかし、それでも、書込みが誹謗中傷にわたるようなことまではなかった。 (5) 原告は、同月17日、「皆さん、三瀧川さんなどの精神不安定の方は相手にしない様に」「良いお医者さんにみていただげれぱいい様に思います。今は削除来月から入れない様になりますので気にしないでいい<にこにこ>」〈ママ〉との書込みをし、また、同月19日にも、三瀧川に対し、「貴方のような人物は通信そのもの間違っている邪魔しにくると言うのは普通なら家庭で覚える筈ですが皆さんの場合はそこまで頭がまわらない。」〈ママ〉「空手や少林寺拳法なら貴方達の様なできの悪い人達には正しい道を教えるんですがここは残念ながら通信ですので尊敬や常識も教えることは出来ません」〈ママ〉「貴方達が失っている責任感とほこりも教えて上げます」と人格非難に近い内容の書込みを行った。 (五) 参加制限機能の付与 (1) 平成5年10月8日、PC−VAN事務局から、各シグのシグオペに対して、参加制限機能についての案内が行われ、チアリシグでは参加制限機能の付与を希望し、同月20日、チアリシグに参加制限機能が付与された。右参加制限機能の適用に際しては、PC−VAN事務局から、参加制限機能が付与される前からトラブルを起こしている会員についても、シグオペが改めて定めたルールに従って最初から手続を履践すること及び参加制限に際しては事前に十分な警告を行うこと等が要請されていた。 (2) 三瀧川は、参加制限機能制度が設けられた後、同月25日になってはじめて書込みをした。その内容は、チアリシグの運営者及び参加メンバーに対する名誉毀損となるような言動は許されない旨のシグ案内文の掲載はうれしくて涙が出そうになるなどというもので、原告らに対して若干皮肉を込めた内容といえないことはないものの、他人の名誉を毀損するようなものではなかったが、三瀧川は、その直後、特段の警告を受けることなく参加制限機能の適用を受け、チアリシグに参加できなくなった。なお、原告は、同月20日に参加制限機能が付与された後、三瀧川の書込みに対して原告から電子メールで何回か警告を出した上で、同月25日、三瀧川の参加を制限する手続を執った旨の主張をするも、参加制限機能が付与された後、三瀧川が初めてチアリシグに書込みをしたのは同日であり、かつ、右書込みの直後に三瀧川が参加制限されていることからすれぱ、参加制限機能が付与された後、三瀧川の書込みに対して複数回にわたる警告を出した上で三瀧川の参加を制限する手続を執ったということはできない。 (3) 原告は、三瀧川を排除したほかに、数名を排除したが、三瀧川以外にも参加制限機能が付与された後、特に警告することもなく排除した者もおり、かかる原告の手法について、一部の参加者から原告を非難する書込みもなされた。 (六) 被告河ア〈ママ〉による取材 被告会社では、チアリシグで混乱があったとの情報を入手し、チアリシグにおける紛争の内容を取材することとし、被告河ア〈ママ〉がその担当となった。被告河ア〈ママ〉は、正確な事実関係を把握するべく、チアリシグにおける書込みを記載したログの一部を入手し、チアリシグにおいて行われたフリーウェアの著作権に関する議論等紛争の内容並びに原告、小松及び久保らの発言内容を調査した。そこで、被告河ア〈ママ〉は、平成6年7月21日、文化庁にフリーウェアの著作権が保護されるのかについて問い合わせたところ、フリーウェアについても作製者が著作権を有し、個人的に利用することについては作製者が許可していると考えられるが、その範囲を超えてこれを複製したり販売する場合には作製者の許可が必要であるとの見解を得た。さらに、被告河ア〈ママ〉は、紛争当事者から公平に言い分を聞くために、原告、小松及び久保から書込みの動機等を直接取材することとし、同月22日、小松と会い、「ツールの王様」発売に関する経緯等事実関係について取材をし、同月23日、久保からも電話で事実関係について取材をした。その後、被告河ア〈ママ〉は、原告からも直接会って取材すべく3回にわたって取材の申入れをしたものの、これを断られ、約20分間電話で原告の言い分を取材した。被告河ア〈ママ〉は、本件記事執筆に当たっての取材に際しては、特段の利害関係を持たず、当初から記事の内容を一定方向のものに決めていたものでもなく、記事がどのような内容になるかということが確定したのは、最終の取材が終わった同月28日の夕方以降であった。被告河ア〈ママ〉は、原告のフリーウェアについての著作権に関する認識に誤解があること、にもかかわらず、右著作権論争についての書込み削除、参加者排除がなされたことを広く一般読者に伝えるべく、本件記事を執筆した。 2 事実の公共性について 本件記載部分(1)から(7)までを含む本件記事は、チアリシグにおけるフリーウェアの著作権に関する議論に対する原告の発言及びその後のチアリシグの運営方法にまで及ぶ原告の言動を主たる内容とするものであるが、フリーウェアの著作権に関しては、チアリシグにおいても議論されたように、いったんアップロードされたフリーウェアにそもそも著作権が認められるのか、仮に認められる場合の著作権の保護の方法等は、当時、社会的あるいは公権的に明確な解決が得られていたとはいえない問題であり、パソコン通信等パソコンネットワークが急激に浸透し、本件のように、パソコン通信を使用したシグに参加する者の数が多くなっている中で、フリーウェアの著作権に関する問題及びシグの主宰者にどのような権限が付与されているのかは社会的な関心事であるということができる。そして、原告は、著名なギタリストであるとともに、多数の者が参加するチアリシグのシグオペとして、参加者の書込みを削除し、さらには参加制限機能を行使し得る等チアリシグにおいて絶大な力をもっていたのであるから、原告のフリーウェアの著作権に関する発言及びその後のチアリシグにおける言動は、公共の利害に関する事実ということができる。 3 目的の公益性 右のとおり、本件記事は公共の利害に関する事項をその内容とするものであるが、前記1(六)において認定のとおり、被告河ア〈ママ〉の目的は主として、右事実を広く一般読者に報道することにあり、被告河ア〈ママ〉と原告との間には被告河ア〈ママ〉が本件記事を執筆するまでは何の利害関係もなかったことをも加味すれば、被告河ア〈ママ〉が本件記事を執筆した目的は専ら公益を図ることにあったということができる。 なお、侮辱的な表現を用いた場合には、その侮辱の程度いかんにより公益目的の存在に疑いを抱くべきことがあり得るとしても、表現された文字あるいは発言自体が有する侮辱の程度のみならず、表現者の表現目的、表現手段、利害関係等一切の事情を総合勘案して公益目的の有無を吟味すべきであるところ、本件においては、右に説示した諸事情を考慮すれば、被告河ア〈ママ〉が本件記事を執筆した目的は、いまだ専ら公益を図ることにあったというべきである。 4 本件記事の各記載部分について、真実性が認められるか否か、また、意見ないし論評としての域を逸脱していないか否かについて (一) 本件記載部分(1)から(3)までは、他の本件各記載部分に摘示した事実及び評価等を総合又は要約しているものであるので、まず、他の本件各記載部分について判断する。 (1) 本件記載部分(4)について 本件記載部分(4)の前後は、「久保氏が発言した直後から会員間でフリーウェアの著作権に関する活発な議論が展開された。しかしチアリ氏は最初から無駄な議論と一喝。」とするものであるが、前記1(三)において認定のとおり、平成5年7月2日の久保による問題提起以後、原告が右問題について初めて発言するまで非常に活発にフリーウェアの著作権に関する議論が行われていたこと、原告は、久保による右問題提起の約3日後に書込みを行った際、右議論について、「出版とソフトの問題は出版杜と直接やっていただければいいんではないかと思います」「ここでそう言う話しをなさってもなんの結果にもつながらない筈です」「なお、無駄な議論を続くつもりなら僕は別に構いませんがこっちは読んでみても実につまらない様に思います」〈ママ〉との書込みをしていることが認められ、右記事中の久保氏が発言した直後から会員間でフリーウェアの著作権に関する活発な議論が展開されたとの事実及び原告がその直後に無駄な議論であるとの意見表明を行ったことは真実である。 この点について、原告は、被告らは、原告が「無駄な議論」という語を使用したのをそれだけ抜き出して、「無駄な議論と一喝した」と表現することによって、原告がフリーウェアの著作権についての議論を制限したかのような印象を読者に与えたものであるところ、原告が「無駄な議論」の書込みをしたのはチアリシグにおいて著作権に関する議論を行っても解決できないとの趣旨からであり、議論を続けることを禁止ないし妨害したこともなく、現にその後もフリーウェアについての議論が続けられている旨主張する。 しかし、原告が無駄な議論と「一喝した」とする部分は、チアリシグの主宰者として影響力を持つ原告が前記認定のような書込みをしたことに基づく修辞又は意見の表明とみることができるところ、「一喝した」という語は、原告が議論を一切禁止、妨害したことを摘示するものとは認められず、また、その語自体、さほど否定的な意味が強いとは考えられず、これが原告に対する人身攻撃に及ぶようなものとも考えがたい。 (2) 本件記載部分(5)について 本件記載部分(5)の前後は、「〈freewareとして載せた場合権利やroyaltieを要求するのはむじゅんしている。〉と、フリーウェアに著作権がないと決めつけた。」とするものであって、原告が右書込みをした事実及び原告がフリーウェアに著作権がないという意見表明をした事実を摘示するとともに、これを原告が「決めつけた」とするものであるが、前記1(三)において認定のとおり、原告が、「freewareとして載せた場合権利やroyaltieを要求するのはむじゅんしている。」との書込みをした事実はこれを認めることができ、右部分は明らかに真実である。 また、原告の右書込みは、それ自体、これを読む者にフリーウェアに著作権がない旨の意見を表明していると受け取られる書込みであって、「freewareであれば出版会社は本にしてフロッピ付けても文句言えない状態ではないかと思います。」〈ママ〉「なお、無断で出して欲しくないと言うことであれば市販ソフトとして出すしかないでしょう。」「権利ならFreeではない従って…FreewareでなくOnline Softで如何ですか?」「freeならFreeです音楽もそうですPublic Domainのものは守れていないからこそだれでも頂いて録音して自分の作曲として出してもOKです。なお、Onlineソフトの場合自分の権利を守りたければFreeと書かないで頂きたい」〈ママ〉等といった原告の他の書込みを併せて理解するとしてもフリーウェアに著作権がない旨の意見を表明する書込みであるといわざるを得ない。 以上の事実を前提として、原告がフリーウェアに著作権がないと「決めつけた」とする点は、原告が断定的に意見を述べた趣旨の修辞又は意見の表明とみることができるところ、原告の前記書込みは特に断定的で反駁を許さない趣旨であったともいえないから、必ずしも適切な表現とも認められないけれども、フリーウェアに著作権がないことについては断定的な意見表明と受け取られるものであって、「決めつけた」という語自体、さほど否定的な意味が強いとは考えられず、これが原告に対する人身攻撃に及ぶようなものとも考えがたい。 なお、原告は、右書込み等はフリーウェアに著作権がないと述べたものではなく、フリーウェアについての権利は厳格に管理する方法がなく、これを守ることが事実上不可能である旨を述べたにすぎないし、そのことは、被告河ア〈ママ〉の電話取材でも回答しており、また、チアリシグの利用文書にも明示されていたのであって、これらのことからすれば、被告河ア〈ママ〉も原告の真意を知り、又は知り得べきであった等と主張し、原告本人はこれに沿う供述をしているが、原告が生来日本語を使用している者でないことから誤解を受けやすい発言をすることがあり得ることを考慮しても、原告の書込みに当たっての内心はともかく、右各書込みを読む者は原告がフリーウェアに著作権がないとの意見を表明しているものと受け取ることはやむを得ないし、被告河ア〈ママ〉は原告から右のような釈明を受けたことは否定し、かえって、書込当時のフリーウェアに著作権がないとの考えは変わらないとの返答を得たと供述しており、同人が原告の主張するような内心を知っていたとも認められない。また、被告河ア〈ママ〉がチアリシグの利用文書を入手しなかったからといって、同人は、原告のした前記書込みを調査したのみならず、原告本人にも直接取材しているのであるから、これらの取材によって、原告の内心を判断したとしても、取材不足等の過失があるものとも認められない。 (3) 本件記載部分(6)及び(7)について 本件記載部分(6)は、原告が「単に問題を起こそうとする方勝手にSIGOPまたはユーザーを責める方はこのSIGから出て行ってもらいます。(中略)下らない書き込みの皆さんはチアリSIGから出て下さい」と発言したことを前提として、強硬になって指揮権を発動したとするものであるところ、前記1(三)認定のとおり、原告が小松への個人批判に対しては、「もう一度申し上げますが単に問題を起こそうとする方勝手にSIGOPまたはユーザーを責める方はこのSIGから出て行ってもらいますこのSIGの在り方に関してはご不満の方々も同様です」〈ママ〉「情報を交換すると言うのは通信です。下らない書き込みの皆さんはチアリSIGから出て下さい」〈ママ〉「依然チアリ広場で書きました様にこのSIGはわたくしクロードチアリ自身のところでありますので疑問や不満を持っている方々は別のところでご活躍をなさる様にお進めさせていただきます」〈ママ〉「SIGOPでもwriterであっても作者であってもユーザーであっても最終的にこのSIGで決めるのは私ですくれぐれも誤解なさらない様に」〈ママ〉との書込みをし、また、その後、原告の意思に反して著作権に関する議論等議論を続ける者に対して、シグオペの立場を利用してかかる書込みを削除した事実を認めることができる。 本件記載部分(7)は、「独裁者チアリは、言論弾圧、反対者追放の暴挙に出た。」とする部分であって、その前提事実は、記事の上からだけでは明確でないが、原告が三瀧川に対して、原告に対する反対意見を表明し続けることを理由に、参加排除機能が付与された直後、PC−VAN事務局の要請に反して特段の警告を行うこともなく参加制限するなどしたことであると認められるところ、前記1(五)(2)において認定のとおり、三瀧川は平成5年10月20日以降、同月25日になって初めて書込みをした直後、特段の警告を受けることなく参加制限機能の適用を受け、チアリシグに参加できなくなった事実が認められる。 原告は、三瀧川に対する参加排除は、同人が、平成5年9月12日から同月26日にかけて、「ご存じのようにすぐ他人を馬鹿と呼ぶ自制心のない人達は、確かに、自分で自主的に楽しい、あるいは聡明なMSGを書く能力が欠如していますが、義務を果たさないで権利ばかりを主張したがるカーッとする人口が多くなると致し方ないのでしょうか?自制心のない人達のMSGは無視して、誠意ある運営をしてください。」「このSIGの様々なボードでなされている活動をみるにつけ、その活動が疎外されず、ねじ曲げられる事無く続けられればと思います。いったい何が、このSIGのボード上で活動的なメンバーの邪魔をするのか、運営される皆さんがお気付きになられると良いのですがね。」「チアリさんからメールを頂戴した。「このSIGは僕のSIGである外の声の影響はないです」との事である。ならばなぜ「コンピューターを趣味とする人々のためのSIG」等と標榜するのだろう。オンラインソフトの為に貢献してきた等と自慢しなければ良いのだ。「チアリ氏とコンピュータを楽しむSIG」として、これまでの資産とは別に(チアリSIGメモリアルなんて残せばかっこいい)新たなSIGとして発足すれば良いのではないか。ところがチアリ氏は何をして来たか。ボードの書込みを自分に心地好い物だけにする為に、自分の発言を「無かった事」にしようとしたり、都合の悪いメッセージを削除したり、はたまた他のSIGを敵として祭り上げ批判を逸らせようとしたり、挙げ句の果てに「排除」や「連絡先の公開」を武器に会員を脅迫して来た。こうして多数のオンラインソフト作者が、ボード上での活発な参加者がこのSIGを去る事になったのだ」等の書込みをしたことが、PC−VAN事務局作成の「参加制限機能の導入について」に例示列挙されている「参加制限される対象行為」の「SIG又はSIGOP、その他のSIG参加者に中傷や誹謗を繰り返し、本来のSIGのテーマから外れて、本来のテーマが見えなくなってしまった場合」に該当するものと判断された旨主張し、三瀧川が右各書込みを行ったことは証拠(甲第70号証、甲第74号証及び甲第77号証)上これを認めることができる。しかしながら、三瀧川の右各書込みは、原告やチアリシグを厳しく批判する部分が見受けられるものの、右書込みが、前記1(四)及び(五)において認定のとおり、チアリシグ内でのフリーウェアに関する著作権論争につき、原告の認識を明確にしてもらう問題意識のもとで行われたものであること、もともとチアリシグのテーマは、コンピュータ関連のソフトウェアやハードウェア、その利用環境・活用環境に関する情報交換、ソフトウェアの紹介、作者とユーザーとの交流を図ろうとするもので、オンライン・ソフトウェア・ライブラリー(OSL)コーナーにソフトウェアの登録する制度〈ママ〉が設けられているのであるから(甲第16号証)、フリ一ウェアの著作権問題に強い関心をもつ三瀧川(甲第62号証)が、原告の不快感をあらわにした対応に直面して勢い口調が強まるというのは無理からぬ面があることに照らせば、三瀧川の書込みの中には削除されたものもあって、その内容は不明であることを考慮しても、殊更に誹謗中傷を繰り返したとまでは評価できない。また、少なくとも同人が前記参加排除機能付与後に、参加制限されるべき対象行為を行ったと認めるに足りる証拠はなく、この意味でも、同人に対する参加制限が正当なものであるとすることは困難である。 以上のとおり、前記本件記載部分(7)の前提事実は、少なくとも重要な部分について真実であるということができる。 (二) 本件記載部分(1)から(3)まで、同(6)及び同(7)について 本件記載部分(1)は、その体裁及び本件記事の本文記事記載内容に照らすと、本文記事を要約して紹介する趣旨のものであり、本件記載部分(2)は写真下のキャプション(説明)であり、本件記載部分(3)は本文記事のうち、その後の記事とは異なるゴシック体で記載された記事であるが、これらの部分及び本件記載部分(6)及び同(7)は、いずれも、前記1及び4(一)において説示の各事実に基づいて、原告の行為が強硬であるとしてそれを批判するため、原告を「独裁者」、「血も涙もない」、「一大権力者」、「指揮権を発動」、「言論弾圧、反対者追放の暴挙」と強硬性を強調する用語で批判したものであるところ、右各前提事実はいずれも真実又は重要な部分について真実であると認められる。 そこで、これらの前提事実に基づく右意見表明が原告に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱しているかどうかについて判断するのに、本件記載部分(1)から(3)まで、同(6)、同(7)には、確かに「独裁者」「血も涙もない」等相当辛辣な表現もあるが、意見ないし論評として許されるかどうかの判断に当たっては、当該意見等が正当であることまでを要するものではなく、少なくとも重要な部分において真実である前提事実に基づき、主題を離れた人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないかどうかが判断されなければならないから、これらについてはそれ自体として積極的に肯定されるべき表現方法であるとは言いがたく、報道モラル上の問題を残すものであるとしても、本件記事の主題はあくまでも原告のチアリシグにおけるフリーウェアの著作権に関する書込み等チアリシグにおける原告の言動を紹介する点にあり、単に右主題を離れて無関係に原告個人の人格全般に対する攻撃に及ぶ記事であるということはできないことからすれば、右前提事実を基礎とする限り、言論の自由の範囲を逸脱し、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱する記事であるとまではいえない。 第4 結論 よって、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第25民事部 裁判長裁判官 白石研二 裁判官 増田隆久 裁判官 谷村武則 別紙 「謝罪広告」 弊社は、「週刊文春」1994年8月11日号・18日号、第46頁から47頁の「パソコンネットワークの独裁者クロード・チアリ」という見出しで始まる記事において、クロード・チアリ氏に対し、根拠なく否定的評価を加え、同氏の人格を誹謗・攻撃する記事を掲載しました。 これらの記事により、クロード・チアリ氏の名誉を著しく毀損致し、クロード・チアリ氏、ご家族、関係者各位に大変御迷惑をおかけ致しましたことを深く陳謝致しますとともに右記事中、随所に、クロード・チアリ氏に対する中傷的表現があったことも併せて御詫び申し上げます。 東京都千代田区紀尾井町3−23 株式会社文藝春秋 右代表者代表取締役社長 田中健五 クロード・チアリ様 |
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