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【事件名】スポーツウエアの偽造品事件 【年月日】平成13年10月25日 東京地裁 平成11年(ワ)第6024号 損害賠償請求事件 (平成13年7月23日 口頭弁論終結) 判決 原告 株式会社ナヴィコ 原告 株式会社サン・アロー 原告 株式会社バイスコーポレーション 上記原告ら訴訟代理人弁護士 米川耕一 同 永島賢也 同 福田浩久 同訴訟復代理人弁護士 櫻井滋規 同 保坂光彦 被告 ヒットユニオン株式会社 訴訟代理人弁護士 小松陽一郎 同 池下利男 同 村田秀人 同 福田あやこ 同 宇田浩康 主文 1 被告は、原告株式会社ナヴィコに対し、2563万2146円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告株式会社サン・アローに対し、1061万5735円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告株式会社バイスコーポレーションに対し、2517万9387円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用はこれを4分し、その3を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。 6 この判決は、1ないし3項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 (主位的) 1 被告は、原告株式会社ナヴィコに対し、7386万8065円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告株式会社サン・アローに対し、2800万9647円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は原告株式会社バイスコーポレーションに対し、5559万5880円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。 4 訴訟費用は被告の負担とする。 5 仮執行宣言 (予備的) 1 被告は、原告株式会社ナヴィコに対し、4385万8116円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告株式会社サン・アローに対し、1654万3956円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は原告株式会社バイスコーポレーションに対し、3923万4500円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。 4 主位的請求4、5項に同じ 第2 事案の概要 本件は、いわゆるフレッド・ペリー商標の付されたスポーツウェアを並行輸入して国内で販売する原告らが、同商標権を有する被告に対して、不正競争防止法2条1項13号に基づき損害賠償を求めている事案である。本件において、原告らは、原告らが並行輸入して販売する真正品たる中国製ポロシャツについて、被告がこれを偽造品である旨の広告を「繊研新聞」に掲載し、大手販売店である訴外株式会社イトーヨーカ堂(以下「イトーヨーカ堂」という。)に対し、同商品は偽造品であるので販売を中止するようにとの内容の通知書を送付した行為は虚偽の事実を告知し、流布する行為に該当すると主張している。 1 争いのない事実等(末尾に証拠を摘示した事実のほかは、当事者間に争いがない。) (1) 被告は、スポーツウェアの製造及び販売を行とする業とする会社である。 (2) 被告は、別紙「商標権目録」1及び2記載の登録商標(以下、併せて「本件登録商標」という。)の商標権を有している。 (3) フレッド・ペリー・スポーツウェア・リミテッド(以下「FPS社」という。)は、英国法人フレッド・ペリー・スポーツウェア(ユーケイ)・リミテッド(以下「FPSUK社」という。)の関連会社であり、FPSUK社が製造販売する商品に関する商標権等の知的財産権の管理を主たる業務としている。FPS社は、シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)において、別紙「シンガポール商標目録」一ないし三記載の各登録商標の商標権を有していた。同社は、平成7年2月6日付けで、同国法人であるオシア・インターナショナル・ピーティーイー・リミテッド(以下「オシア社」という。)との間で、FPS社がオシア社に上記各登録商標の使用を許諾する旨の契約を締結した。 被告は、平成7年11月29日ころ、FPS社及びFPSUK社を買収し、FPSUK社の業務を英国法人のフレッド・ペリー・リミテッドが、FPSUK社の業務を被告の100パーセント子会社であるフレッド・ペリー・ホールディングス・リミテッド(以下「FPH社」という。)が、それぞれ引き継いだ。 (4) 原告らは、オシア社が中華人民共和国(以下「中国」という。)において製造し、本件登録商標に類似する別紙「原告ら標章目録」記載の標章(以下「原告ら標章」という。)を付した品番M1200及びM3000のポロシャツ(以下、併せて「本件商品」という。)を、シンガポールのシカリー・プライベート・リミテッド社(以下「シカリー社」という。)から購入し、我が国に輸入した(甲5)。 (5) 「繊研新聞」は繊維業界における有力業界紙であるところ、被告は、平成8年4月22日付け(甲1)、同月27日付け(甲2)及び同年5月2日付け(甲3)の同紙に、国内輸入業者及び販売店を対象として、「謹告」と題する広告を掲載した。上記各広告には、被告が平成7年11月に全世界の「FRED PERRY」ブランドの買収を完了し、被告及びその子会社のFPH社が右ブランドの唯一の権利者となったこと、FPH社の許諾に基づかない右ブランドの使用は同社及び被告の権利に対する侵害行為となること、違法に製造された偽造品が並行輸入品と称して日本に輸入され市場に出回っていること、特にFRED PERRY標章を無断で使用した本件商品は全くの偽造品であるので、その仕入れ及び販売に際しては十分注意すべきこと、権利侵害品の輸入及び販売に対しては厳しい法的措置をもって対処していく所存であることが、記載されていた(以下、これらの広告を「本件広告」と総称する。)。 (6) 被告は、平成8年3月22日、本件商品を販売していた大手販売店であるイトーヨーカ堂に対し、本件商品は違法に製造された偽造品であり、その販売は商標法等に違反するものであるとして、販売を即刻中止するよう要求する文書(甲4。以下「本件通知書」という。)を送付した。 (7) 同年、原告らは、本件商品の輸入・販売は真正商品の並行輸入であり違法性を欠くにもかかわらず、これを偽造品とした本件広告の掲載及び本件通知書の送付は平成11年法律第33号による改正前の不正競争防止法(以下「改正前不正競争防止法」という。)2条1項11号(現行法における同項13号)に該当すると主張して、被告を相手方として、原告らが原告ら標章を使用する権限を有さない旨及び本件商品が偽造商品である旨を原告の取引先に通知し、新聞等に広告することの差止め並びに損害賠償を求める訴えを東京地方裁判所に提起し(当庁平成8年(ワ)第8625号事件)、これに対して、被告は原告らを相手方として、本件商品は真正品とはいえないからその輸入・販売は被告の商標権等を侵害すると主張し、本件商品の輸入・販売の差止め及び損害賠償等を求める訴えを提起して(当庁平成8年(ワ)第12105号事件、同第15011号事件)、これら3件は、併合審理された(以下、同事件を「先行事件」という。なお、以下、先行事件及びその一審判決・控訴審判決に関する記述においては、当該事件における当事者の地位ではなく、本件訴訟における肩書を基準として、「原告(ら)」及び「被告」の名称を用いる。)。 (8) 先行事件については、東京地方裁判所が、平成11年1月28日、一審判決(甲5)を言い渡した。同判決は、本件商品は、オシア社が製造地域として許諾されていた地域外である中国において製造したものであるが、被許諾者において許諾契約の製造地域制限条項に違反する行為があったとしてもそれは商標権者と被許諾者との間の内部関係というべきであり、許諾契約が解除されない限り、商標権者から許諾を受けた者が製造販売した商品であるという点に変わりはないから、商標の出所表示機能が害されることはないと判示した上、本件商品については、オシア社による販売前に許諾契約が解除されていたとは認められないから、本件商品の輸入は、真正商品の並行輸入として商標権侵害の実質的違法性を欠くものであり、これを偽造商品とした被告の本件広告及び本件通知書は改正前不正競争防止法2条1項11号所定の不正競争行為に該当するとして、原告らの被告に対する虚偽事実の告知・流布の差止請求及び損害賠償請求(一部)を認容し、被告の原告らに対する本件商品の輸入販売の差止請求及び損害賠償請求等を棄却した。 上記一審判決に対して、被告が控訴した(東京高裁平成11年(ネ)第1464号事件)。東京高等裁判所は、平成12年4月19日、控訴審判決(甲805)を言い渡したが、同判決は、許諾契約における製造地域制限条項の違反は商標権者と被許諾者との内部関係というべきであり、当該条項に違反したというだけで直ちに真正品であることを否定することはできず、本件商品の品質が英国製の真正品と比べて実質的同一性を欠くとまでは認められないと述べた上、FPH社はオシア社との間の許諾契約を平成8年6月17日に解除したが、同日以前に同社が販売し、原告らが取得した本件商品が遡及的に商標権侵害の違法性を有することとなるものではないと判示し、一審判決のうち、被告に虚偽事実の告知、流布の差止めを命じた部分につき、平成8年6月17日以前の輸入に係る本件商品が偽造商品である旨を原告の取引先に通知し、新聞等に広告することを差し止める内容に変更したほかは、一審判決を維持した。控訴審判決に対して、被告は、上告受理申立てをしたが、最高裁判所の上告不受理決定がされて、上記控訴審判決は確定した。 2 争点 (1) 原告らの本件商品の輸入行為が商標権侵害の違法性を有するか、また先行判決の既判力の客観的範囲はどこまでか(争点1) (2) 被告の故意又は過失の存否(争点2)。 (3) 原告らの損害(争点3)。 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(原告らの本件商品の輸入行為が商標権侵害の違法性を有するか、また先行判決の既判力の範囲はどこまでか)について (1) 原告の主張 ア 原告らについて 原告ナヴィコは、衣料雑貨品の輸入及び販売を業とする株式会社であり、本件商品を輸入、販売、販売の仲介をしていた。原告サン・アローは、皮革鞄製品卸、販売等を業とする株式会社であり、本件商品を輸入、販売していた。原告バイスコーポレーション(以下「原告バイス」という。先行事件一審判決当時の商号は「万力紳士服株式会社」である。)は、衣料品の販売等を業とする株式会社であり、本件商品を卸売していた。 イ 被告の行為について 被告は、争いのない事実記載のとおり、平成8年4月22日付、同月27日付及び同年5月2日付の、繊維業界における有力紙である繊研新聞に、本件広告を掲載し、また、同年3月22日、原告ら標章の付された中国製ポロシャツを販売していたイトーヨーカ堂に対し、右商品は違法に製造された偽造品であるので、その販売を即刻中止するよう求める本件通知書を送付した。先行事件一審判決は、本件商品は真正品であり、したがって、被告の上記各行為(さらには平成9年5月20日付繊研新聞への広告掲載も)は、改正前不正競争防止法2条1項11号(現行法における同項13号)所定の不正競争行為に該当すること、被告に過失があることを認め、信用段損による損害賠償請求が認められている。先行事件一審判決のこの点についての判断は、控訴審及び上告審で維持されている。したがって、被告が、本件において、本件商品の真正性や被告の過失の有無について争うことは、先行事件の判決の既判力により許されないというべきである。 (2) 被告の主張 ア 本件商品は真正品でないこと 原告らの輸入した本件商品は、真正品でない。商標権者はライセンス契約に製造地域制限条項を設けているが、これは、ブランドイメージ、品質、契約違反行為があった場合に、ライセンシーに対して断固たる措置がとれるか否かなどの観点から、生産地が重要な問題だからである。商標権者の品質管理の及ばない地域で生産された商品は、たとえライセンシーが関与していても、真正品の名に値しない。本件について見れば、中国製のタグが付された商品であるということは、フレッドペリーの品質管理責任の証を欠いた商品であることを意味する。よって、ライセンス契約の製造地域制限条項に違反して製造された商品は、品質のいかんに関わらず、真正品ではないと解すべきである。 本件商品が真正品でないならば、裁判上の差止めも可能となるし、新聞広告による警告も可能である。したがって、被告の本件広告及び本件通知書を送付した行為は、違法とならない。 イ 原告らの本訴請求は既判力により遮断されること 最高裁昭和43年(オ)第943号同48年4月5日第一小法廷判決・民集27巻3号419頁(以下「最一小判昭和48年4月5日」という。)は、「同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。」と判示している。 本件における原告らの請求は、先行事件で問題とされたのと同一の被告の行為を問題とし、同様の不正競争行為(営業誹謗行為)に当たることを理由とする損害賠償請求であって、単に損害の費目が追加されたにすぎない。原告らは、先行事件において訴訟の結果の見通しが立った後は、請求を拡張するのに何らの障害がなかったにもかかわらず、請求の拡張をしなかったし、先行事件において一部請求であることが明示されていたわけでもない。 そして、営業誹謗行為に基づく損害が認められた過去における裁判例に照らしても、営業誹謗行為に基づく原告らの損害は、先行事件の判決による原告ら各自120万円で十分に填補されているということができる。したがって、先行事件の判決の既判力によって、本訴請求は遮断されるというべきである。 (3) 原告の再反論 先行事件の判決において認容された請求と、本件において原告らが行っている請求とは、明らかに被侵害利益を異にするので、先行事件の判決の既判力は、本件訴訟に及ばない。 先行事件における被侵害利益は営業上の信用である。本訴請求における被侵害利益は具体的な取引における逸失利益である。信用自体は、譲渡不可能な無形的財産であり、金銭救済に止まらず謝罪広告が必要な場合もあり、権利保護の態様を異にする。訴訟上の具体的な立証活動も異にする。被告の引用する最高裁判決と異なり、それぞれ異なる保護法益について、同一の行為によって侵害された場合に、当該訴訟物は別個であると判断した最高裁昭和58年(オ)第516号同61年5月30日第二小法廷判決・民集40巻4号725頁も存する。 このように、原告らの本訴請求は遮断されないが、事案を離れて一般的に、一部請求であることの明示についていえば、先行事件において、原告らは、営業上の信用を毀損された事実のみを主張・立証している。営業上の信用毀損と、具体的な取引における逸失利益とは全く立証活動を異にする。被告も、先行事件において、具体的な取引における逸失利益の問題について、防御活動を行っていない。したがって、いずれの面からも、原告らの本訴請求は先行事件の判決の既判力によって遮断されないというべきである。 2 争点2(被告の故意又は過失の存否)について (1) 原告らの主張 ア 被告の上記各行為(本件広告掲載又は本件通知書送付)によって、本件商品が取引停止及び買い叩きに遭うという事態になった。しかしながら、本件商品は真正品であり、このことは先行事件の判決において認められている。被告は、原告らに対して損害を発生させることを認容していなかったとしても、本件商品を取り扱っていた不特定の輸入販売業者及び卸売・小売業者に対して損害を発生させることを認容していた(概括的故意)。したがって、被告には、右各行為に際して、本件商品が取引停止及び買い叩きに遭い、その結果相当の損害を発生させることについての故意がある。 イ ある物件が真正商品であるか否かの判断は、専門的知識を伴う法的判断である。したがって、ある物件を偽造品であると判断する者は、専門的知識に基づいた十分な調査、研究を尽くすべき義務を負う。しかし、被告は、上記調査研究義務に違反し、真正商品たる本件商品を偽造品と断じ、上記各行為に及んでいる。したがって、被告には、上記各行為について、過失がある。 (2) 被告の主張 ア 被告には、本件広告掲載又は本件通知書送付の行為をするに当たり、原告らに対しても、またその他不特定の輸入販売業者、卸売業者、小売業者に対しても、何らの損害も発生させることを認容したことはなく、したがって故意は存在しない。 イ 被告は、平成7年末から平成8年初めにかけて、FPS社のシンガポールにおけるライセンシー(当時)であったオシア社に由来するライセンス契約の製造地域制限条項に違反する商品(中国製)が、計画的ともいえるほど大量に製造され、その総量近くが日本に輸入・販売されているという事態が判明したことから、対応策を検討し、事実の調査を開始した。それとともに、かようなライセンサーによる製造管理が及んでいない商品に本件商標が付されていることは、被告の信用を損ない、消費者にも重大な損害を与えるおそれがあることを懸念し、かかる商品が輸入されようとした際には輸入を差止めるように申立てをし、連絡のあった税関に対して事実関係を説明したところ、当該税関において輸入差止等の処分がなされた(神戸税関六甲アイランド出張所、長崎税関三池支署)。このような対応を取るに当たっては、当然のように十分な法的調査・検討を行っている。すなわち、法律文献等では、当該商標が付される商品の製造段階に何らかの問題があった場合(例えば、正規の真正な商品を製造している工場から、当該工場において製造しうる数量を超えて、同一品質・同一仕様の商品が違法に横流しされた場合や、ライセンシーが、ライセンス契約において本来製造を許されている商品以外の商品を勝手に製造して商標を付した場合、商品のデザインがライセンサーの要求するデザインに一致していない場合)などには、それらの商品が並行輸入を称して日本に輸入されたとしても、真正品の並行輸入とはいえず、日本国商標権者に対する権利侵害を構成する旨が記載されている。このような事実を踏まえ、被告としては、自己の権利と消費者の利益を守るべく法的手段をとるべき状況にあり、またその実現の手段として差止請求という法律構成を取ることが可能であると判断したものである。 先行事件の判決では、被告の上記主張は採用されなかったが、そもそも、本件紛争は、「ライセンス契約の製造地域制限条項に違反して製造された商品が輸入された場合に商標権侵害を構成するか」という先例を有しない事案であり、先行事件の判決のような判断がされることを予測することは、被告においても、原告らにおいても、その他輸入販売業者、卸売業者、小売業者においても不可能であった。 このように,本件訴訟における中心的争点は法的見解として微妙な問題を含んでいるのであるから,被告が,先行事件の判決に示された結論を予想し得なかったからといって,「過失あり」と認定されるべき理由はないというべきである。しかも,当時,被告は,税関において事実上公権的判断が示されたことにより任意の積み戻しが行われたという情報を得ていたのであるから,自らの法的判断に誤りがないと考えたとしても何ら不思議はない。 以上のとおり、本件における被告の本件広告の掲載及び本件通知書の送付には、過失はないというべきである。 3 争点3(原告らの損害)について (1) 原告らの主張 (主位的請求) (一) 原告ナヴィコの損害 ア 輸入仲介手数料 (ア) 訴外有限会社東京バイヤース(以下「東京バイヤース」という。)との間の輸入仲介手数料 a 原告ナヴィコと東京バイヤースとは、同原告が東京バイヤースの本件商品の輸入を仲介することを約し、仲介手数料は輸入代金の3パーセントと定めた。 b 東京バイヤースは、原告ナヴィコの仲介により、次のとおり本件商品を輸入した。 商品型番/数量/単価 @ M1200/2万7340/13.65USドル A M1200/2万6064/13.50USドル M3000/2004/11.30USドル B M1200/1万4236/13.65USドル M3000/1320/11.55USドル C M1200/2360/13.65USドル M3000/1620/11.55USドル D M1200/4281/13.50USドル c したがって、東京バイヤースの輸入代金は、合計106万5986ドル10セントとなる。その3パーセントは、3万1979ドル58セントである。 d ところが、東京バイヤースは、本件商品が偽物であるとの本件通知書及び本件広告の存在を根拠に、仲介手数料の支払を拒否した。 e よって、原告ナヴィコは、3万1979ドル58セントの損害を被った。 (イ) 訴外株式会社ボイス(以下「ボイス」という。)との間の輸入仲介手数料 a 原告ナヴィコとボイスとは、同原告がボイスの本件商品の輸入を仲介することを約し、仲介手数料は輸入代金の5パーセントと定めた。 b ボイスは、原告ナヴィコの仲介により、次のとおり輸入した。 商品型番/数量/単価 @ M1200/1万5100/13.90USドル M3000/2720/11.75USドル A M1200/4772/13.90USドル M3000/2024/11.75USドル c したがって、ボイスの輸入代金は、合計33万1962ドル80セントとなる。その5パーセントは、1万6598ドル14セントである。 d ところが、ボイスは、本件商品が偽物であるとの本件通知書及び本件広告の存在を根拠に、仲介手数料の支払を拒否した。 e よって、原告ナヴィコは、1万6598ドル14セントの損害を被った。 (ウ) 訴外株式会社キラー(以下「キラー」という。)との間の輸入仲介手数料 a 原告ナヴィコとキラーとは、同原告がキラーの本件商品の輸入を仲介することを約し、仲介手数料は輸入代金の5パーセントと定めた。 b キラーは、原告ナヴィコの仲介によって、次のとおり輸入した。 商品型番/数量/単価 @ M3000/1万7580/11.30USドル A M1200/2万3000/13.50USドル M3000/2100/11.30USドル B M1200/3020/13.50USドル M3000/9900/11.30USドル c したがって、キラーの輸入代金は、合計68万5524ドルとなる。その5パーセントは、3万4276ドル20セントである。 d ところが、キラーは、本件商品が偽物であるとの本件内容証明及び本件広告の存在を根拠に、仲介手数料の支払を拒否した。 e よって、原告ナヴィコは、3万4276ドル20セントの損害を被った。 (エ) 原告サン・アローとの間の輸入仲介手数料 a 原告ナヴィコと同サン・アローとは、原告ナヴィコが同サン・アローの本件商品の輸入を仲介することを約し、仲介手数料は輸入代金の2パーセントと定めた。 b 原告サン・アローは、同ナヴィコの仲介により、次のとおり輸入した。 商品型番/数量/単価 @ M3000/5616/11USドル A M1200/5616/13USドル B M1200/7488/13USドル C M3000/1980/11USドル D M1200/1968/13USドル E M3000/7639/11USドル F M1200/2441/13USドル c したがって、原告サン・アローの輸入代金は、合計39万5254ドルとなる。その2パーセントは、7905ドル08セントである。 d ところが、原告サン・アローは、本件商品が偽物であるとの本件通知書及び本件広告の存在を根拠に、仲介手数料の支払を拒否した。 e よって、原告ナヴィコは、7905ドル08セントの損害を被った。 (オ) 原告ナヴィコの仲介手数料相当損害金の合計 以上より、原告ナヴィコの仲介手数料相当損害金は、合計9万0759ドルである。1ドル120円で円換算すると、同原告は、1089万1080円の損害を被った。 イ 原告ナヴィコの本件商品販売に当たっての逸失利益 (ア) 本件商品の仕入れ原価 a シカリー社からの輸入分 原告ナヴィコは、次のとおり、シカリー社から本件商品を輸入した。 商品型番/数量/単価 @ M3000/1万2500/11.30USドル A M1200/1万7000/13.50USドル B M3000/1383/11.30USドル C M3000/1万6500/11.30USドル D M1200/7000/13.50USドル E M1200/1750/13.50USドル M3000/3213/11.30USドル F M1200/1980/13.80USドル G M1200/1000/13.90USドル H M1200/1000/13.80USドル 上記商品の原告ナヴィコの輸入代金の合計額は、78万2283ドル80セントである。 1ドル120円で円換算すると、9387万4056円である。 次に、仕入原価は、商品代金に対し、1.3を乗じた金額となる。すなわち、商品の輸入に際し、関税費、輸送費、通関費、国内輸送費、銀行利率等の必要費がかかり、これが上記商品代金のおおよそ30パーセント加わる。 したがって、原告ナヴィコの本件商品の輸入原価は、1億2203万6273円である。 b 原告サン・アローからの購入分 原告ナヴィコは、また、次のとおり、原告サン・アローから本件商品を購入した。 商品型番/数量/単価 @ M1200/9088/1800円 A M3000/8098/1600円 上記原告サン・アローから購入した商品の代金は、M1200が1635万8400円、M3000が1295万6800円であり、合計2931万5200円である。 c 原告ナヴィコの仕入原価合計金額 したがって、原告ナヴィコのシカリー社からの輸入原価金額と原告サン・アローからの購入分の商品代金を合計すると、1億5135万1473円である。 122,036,273+29,315,200=151,351,473 (イ) 原告ナヴィコの本件商品の販売 原告ナヴィコは、原告バイスに対し、次のとおり本件商品を販売した。 商品型番/数量/単価 @ M1200/1980/1850円 A M3000/2万4863/1600円 B M1200/1万7135/1850円 C M1200/5000/1850円 上記合計金額は、8439万3550円である。 原告ナヴィコは、本件商品を合計1億5135万1473円で入手し、結局8439万3550円で販売せざるを得なくなっている。 本来、原告ナヴィコは、販売につき、少なくとも25パーセントの粗利益を必要とする。したがって、同原告は、通常ならば、本件商品を1億8918万9341円(151,351,473×1.25=189,189,341)で販売する必要がある。 ところが、被告の虚偽広告等のため値崩れを起こし、やむを得ず上記のとおり合計8439万3550円で販売せざるを得なくなった。その差額は、1億0479万5791円である。 原告ナヴィコは、残りの分を処分し、M1200を1850円、M3000を1600円(原告バイスへの販売と同価格)で販売できたとすると、5413万0150円になるので、これを上記逸失利益から差し引くと、5066万5641円となる。(残りの分の枚数は、M1200は仕入合計枚数から原告バイスへの販売数を差し引いた1万4703枚、M3000は同じく1万6831枚である。) よって、原告ナヴィコの逸失利益は、少なくとも5066万5641円である。 ウ 原告ナヴィコの損害額のまとめ 原告ナヴィコの損害額は、仲介手数料相当損害金として1089万1080円、本件商品の販売に当たっての逸失利益として5066万5641の合計6155万6721円となる。 (二) 原告バイスの損害 原告バイスは、原告ナヴィコから上記(一)イ(イ)記載のとおり、本件商品を8439万3550円で購入した。 原告バイスは、ボイスから、次のとおり、本件商品を4544万0672円で購入した。 商品型番/数量/単価 @ M3000/4740/1612円 A M1200/1万9832/1906円 上記のとおり、原告バイスの原告ナヴィコ(8439万3550円)及びボイス(4544万0672円)からの仕入代金は、合計1億2983万4222円となる。 原告バイスにとって、販売につき、35パーセントの粗利益が必要である(129,834,222×1.35=175,276,200)。したがって、1億7527万6200円で販売しなければならない。 原告バイスは、訴外青山商事株式会社(以下「青山商事」という。)に対し、M1200を1万9636枚、3697万3600円で、M3000を1万4645枚、2612万4400円で、それぞれ販売した。また、訴外株式会社ライトオン(以下「ライトオン」という。)に対し、M1200を1万3735枚、2159万4500円で、M3000を1万4136枚、2337万3000円で、それぞれ販売した。この合計金額は、1億0806万5500円である。 粗利益を確保するため必要な販売金額と実際の販売金額との差は、6721万0700円である。 原告バイスが、残りの分を処分し、M1200を1850円、M3000を1600円(原告ナヴィコとの取引と同価格)で販売できたとすると、2088万0800円となるので、これを6721万0700円から差し引くと、4632万9900円となる(原告バイスが原告ナヴィコ及びボイスから仕入れた枚数と、実際に青山商事及びライトオンに販売した枚数との差は、M1200が1万0576枚であり、M3000が822枚である。)。 したがって、原告バイスの逸失利益は4632万9900円である。 (三) 原告サン・アローの損害 原告サン・アローは、M1200を、別表のとおり、マイカルほかに対し、単価480円から2900円で、合計1万7452枚、販売した。また、M3000を、十字屋ほかに対し、単価1000円から2900円で、合計1万5087枚、販売した。M1200の販売価格の合計は、3420万5620円である。同じくM3000は、2569万3500円である。合計5989万9120円となる。 原告サン・アローが、輸入した商品は、前記(一)ア(エ)記載のとおりであり、輸入代金の合計は39万5254ドルである。1ドル120円として円換算すると、4743万0480円である。 原告サン・アローでは、商品の仕入原価は、商品の輸入代金に対し1.3を乗じた金額となる。すなわち、上記商品の輸入に際し、関税費、輸送費、通関費、国内輸送費、銀行利息等の必要費がかかり、これが右商品代金のおおよそ30パーセントになる。輸入業者では通常の経費である。したがって、サン・アローの本件商品の輸入原価は、6165万9624円である。 次に、原告サン・アローは、輸入原価に35パーセントの粗利益が必要である。同原告は、少量の商品を多数箇所に小分けして販売し、各ショップに梱包して納入するという取引形態をとっているため、1つの取引先であっても納入先店舗が複数にわたることが多く、細かい数量の梱包・配送代金、人件費・管理費等の費用がかかる。また、各商品のクリーニングの表示タグを日本語の表示タグに付け替える作業、及び取引先での陳列・展示費用(展示用ハンガー等備品の費用も含む)も同原告の負担である。上記輸入原価に35パーセントの粗利益を加えると、8324万0492円(61,659,624×1.35=83,240,492)であり、これが最低限度の売買代金価格といえる。 しかしながら、実際には、被告の虚偽広告等のため値崩れを起こし、上記のとおり5989万9120円で販売せざるを得なくなった。その差は、2334万1372円である。 したがって、原告サン・アローの逸失利益は、2334万1372円である。 (四) まとめ 以上をまとめると、次のとおりである。 (ア) 原告ナヴィコの損害は、6155万6721円及び弁護士費用1231万1344円(20パーセント)で、合計7386万8065円である。 (イ) 原告サン・アローの損害は、2334万1372円及び弁護士費用466万8274円(20パーセント)で、合計2800万9647円である。 (ウ) 原告バイスの損害は、4632万9900円及び弁護士費用(20パーセント)926万5980円で、合計5559万5880円である。 (エ) なお、商標権に関する訴訟は専門的訴訟であるため、弁護士を訴訟代理人に選任する必要があり、発生した損害額の20パーセントの範囲における弁護士費用も被告の不法行為と相当因果関係にあるということができる。 (オ) したがって、原告ナヴィコは、7386万8065円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告サン・アローは、2800万9647円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告バイスは、5559万5880円及びこれに対する平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。 (予備的請求) (一) 原告ナヴィコの損害 (ア) 平成8年3月22日(本件通知書がイトーヨーカ堂に送付された日)、キラー社は大手量販店である訴外ジャスコ株式会社(以下「ジャスコ」という。)に対し、M1200を単価2450円で卸売している。したがって、被告により本件通知書が送付される以前は少なくとも2450円で販売することが可能であった。その後、本件通知書及びこれに続く本件広告により、中国製のM1200のポロシャツ(本件商品)が偽物である旨の虚偽の広告がなされたため、この金額より低廉な価格で販売せざるを得なくなった。 (イ) 原告ナヴィコは、原告バイスに対し、単価1850円で2万4115着販売している。 2450円と1850円の差額は600円であり、1着につき600円の逸失利益がある。したがって、原告ナヴィコは、これを2万4115着販売しているから、逸失利益は1446万9000円である。 (ウ) 同様に、被告の本件通知書送付以前のM3000の卸値は2050円である。原告ナヴィコは、原告バイスに対し、M1200を単価1600円にて2万4863着販売している。 2050円と1600円の差額は450円である。1着につき450円の逸失利益があるので、2万4863着の販売による逸失利益は1118万8350円である。 (エ) 上記を合計すると、原告ナヴィコの原告バイスに対するM1200及びM3000の販売による逸失利益合計は、2565万7350円である。 (オ) 原告ナヴィコの、仲介手数料相当損害金は、主位的請求(一)ア記載のとおり、1089万1080円である。 (カ) したがって、原告ナヴィコの損害は、上記(エ)の2565万7350円と上記(オ)の1089万1080円とを合計した3654万8430円である。 イ 原告サン・アローの損害 (ア) 原告サン・アローは、別表のとおり、マイカル等各社に対し、M1200を合計1万7452着販売した。個々の卸値は一律ではないが、平均単価は1960円である。 本件通知書の送付以前のM1200の卸値は2450円であるから、原告サン・アローは、1着につき490円の逸失利益がある。同原告は、これを1万7452着販売しているから、その逸失利益は855万1780円である。 (イ) 原告サン・アローは、別表のとおり、十字屋等各社に対し、M3000を合計1万5087着販売した。個々の卸値は一律ではないが、平均単価は1703円である。 本件内容証明以前のM3000の卸値は2050円であるから、原告サン・アローは、1着につき347円の逸失利益がある。同原告は、これを1万5087着販売しているから、その逸失利益は523万4850円である。 (ウ) 上記(ア)のM1200についての逸失利益と、(イ)のM3000のそれとを合計すると、1378万6630円である。 ウ 原告バイスの損害 (ア) 原告バイスは、青山商事に対し、M1200を1万9636着、平均単価1883円で販売した。本件通知書以前のM1200の卸値は2450円であるから、同原告は、M1200の1着につき567円の逸失利益がある。同原告は、これを1万9636着販売しているから、その逸失利益は1113万4600円である。 (イ) 原告バイスは、青山商事に対し、M3000を1万4645着、平均単価1784円で販売した。本件通知書以前のM3000の卸値は2050円であるから、同原告はM3000の1着につき266円の逸失利益がある。同原告は、これを1万4645着販売しているから、その逸失利益は389万7850円である。 (ウ) 原告バイスは、ライトオンに対し、M1200を1万3735着、平均単価1572円で販売した。本件通知書の送付以前のM1200の卸値は2450円であるから、同原告は、M1200の1着につき878円の逸失利益がある。同原告は、これを1万3735着販売しているから、その逸失利益は1205万6250円である。 (エ) 原告バイスは、ライトオンに対し、M3000を1万4136着、平均単価1653円で販売した。本件通知書以前のM3000の卸値は2050円であるから、原告バイスはM3000の1着につき397円の逸失利益がある。同原告は、これを1万4136着販売しているから、その逸失利益は560万5800円である。 (オ) 原告バイスの上記M1200及びM3000についての逸失利益を合計すると、3269万4500円である。 エ まとめ よって、原告ナヴィコは、被告に対し、上記3654万8430円及び弁護士費用(上記金額の20パーセントが相当である。)、合計4385万8116円、並びに平成8年4月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告サン・アローは、被告に対し、上記1378万6630円及び弁護士費用(上記同様20パーセント)、合計1654万3956円、並びに前同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告バイスは、被告に対し、上記3269万4500円及び弁護士費用(上記同様20パーセント)、合計3923万3400円、並びに前同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。 (主位的及び予備的請求について) 民事訴訟法248条の適用されるべきこと 本件において、本件商品の売行きが流行という消費者の好みの変化により左右されるといった不確定要素が介在するとしても、現に原告らに損害が発生したことは明白であり、ただその金額を立証するのが、損害の性質上極めて困難であるにすぎない。被告の本件通知書の送付及び本件広告の掲載が違法行為であることは確定したところであるが、かかる違法行為がなされなかったとして、平成8年3月22日ころから平成9年5月20日ころまでの期間、本件商品の販売価格及び販売数量等を想定し、具体的にいくらの利益が生じていたかを現時点で遡って算定することは極めて困難といわざるを得ない。本件商品は、流行という消費者の好みの変化により需要が左右され得るし、販売単価は契約当事者の関係や営業状態、販売時期等様々な要因によって決定され得るからである。本件においては、原告らに損害が生じていることが明白であるから、仮にその損害額を算定することが困難であるとすれば、損害額の算定について裁判所が相当な損害額を認定できるとした民事訴訟法248条を適用すべきである。 (2) 被告の主張 ア 原告らの主張する損害について (主位的請求について) (ア) 輸入仲介料相当損害金の請求について 原告らの主位的請求のうち、輸入仲介料相当損害金の請求は、原告ナヴィコが提出する証拠書類の真正に疑問があり、各輸入者との間の輸入仲介の約定の立証、輸入代金額の立証いずれも不十分である。 仮に、原告ナヴィコの主張が真実としても、同原告の輸入仲介手数料は、本件商品が真正か偽造かに関わりなく、同原告が各輸入者のための本件商品の輸入業務を完了しさえすれば、支払われるべきものである。しかも、先行事件の判決により、本件商品が真正品であることが示され、確定しているのである。したがって、同原告の主張を前提とする限り、同原告に債務不履行はなく、これを支払わないのは、原告サン・アロー、同バイス、キラー、ボイスの各社の債務不履行にすぎない。原告ナヴィコは各社に対して請求権を有しており、これを同原告の損害ととらえることはできない。 (イ) 値崩れによる逸失利益について 原告らが本件商品の値崩れによる逸失利益を損害として主張するのであれば、原告らはまず値崩れ自体の存在を立証する必要がある。つまり、被告による本件通知書の送付及び本件広告の掲載以前の本件商品の価格と、それ以降の価格とをそれぞれ主張・立証することにより、後者の価格が大幅に下落したことを主張・立証する必要があるのである。しかしながら、原告らは、この点を何ら具体的に主張・立証しない。そればかりか、仕入商品すべてを25パーセント(原告ナヴィコ)の粗利益あるいは35パーセント(原告サン・アロー及び同バイス)で販売可能であることを前提に予定販売合計金額を算定し、かかる金額から実際の販売合計金額を差し引いた金額が値崩れによる逸失利益であると主張している。しかし、本件商品のような衣料品は、流行という消費者の好みの変化により需要が左右される商品であり、かかる高利益を生む値段を維持することはおろか、仕入分すべてを販売することすら困難が生じる場合が多い。原告の請求は、このような現実を無視したもので、机上の空論といわざるを得ない。 (ウ) 値崩れと本件通知書の送付及び本件広告の掲載との相当因果関係の存在について また、仮に値崩れの存在を立証できたとしても、原告らは、値崩れと本件通知書の送付及び本件広告の掲載との因果関係の存在を立証しなければならないところ、原告らは、値崩れと本件通知書の送付及び本件広告の掲載との因果関係並びにそれにより原告らに生じたとする損害との具体的な因果の流れを何ら立証していない。 (予備的請求について) (ア) 「買い叩き」の存在について 原告らが、予備的請求の根拠としている、「買い叩き」の存在を立証するためには、上記主位的請求に対する反論(イ)同様、本件通知書の送付及び本件広告の掲載以前の本件商品を各取引先に対して販売した際の販売単価と、上記以後の販売単価とをそれぞれ主張・立証することにより後者の価格が大幅に下落したことを主張・立証し、かつこの下落が本件通知書の送付及び本件広告の掲載により生じていることを主張・立証する必要がある。しかるに、原告らはこのいずれも立証していない。まず原告ナヴィコは、本件通知書の送付及び本件広告の掲載以前の本件商品を各取引先に対して販売した際の販売単価を全く開示していない。次に原告サン・アローは、全く信用性のない手書きのメモしか提出していない。原告バイスは、本件通知書の送付直前の販売分の納品に関する伝票の写しを提出していない。 また、原告らは、キラーが本件通知書の送付直前にジャスコに販売した際の本件商品の単価を開示したうえで、これらが、原告らが各取引先に本件商品を販売した際の単価であると擬制しているが、かかる擬制に根拠はない。なぜならば、販売単価の設定は、売主及び買主の関係、売主の営業状態、販売時期、販売量等の様々な要因によって決定されるところ、キラーのジャスコに対する販売と、原告らの各取引先に対する販売とでは、その諸条件が著しく異なるからである。 さらに、本件広告掲載後も、原告らが、本件広告が初めて掲載された時と変わらない価格で本件商品を販売していることが証拠上明らかであり、この値崩れは証拠により裏付けられていない。 (イ) 本件通知書の送付及びその内容の伝播性について 本件通知書は、イトーヨーカ堂に対して送付されたものであり、本件広告の掲載と異なり、本件通知書の送付及びその内容が、イトーヨーカ堂及びその仕入業者を除く他の業者に対し伝播するとは考えにくい。なぜなら、イトーヨーカ堂やその仕入業者も、自分が取り扱った品物が偽造品であったということであれば、その信用に傷が付いたり、他の取引先や消費者との間で既に行った同一商品の取引につき苦情やトラブルが生じる可能性があるから、本件通知書の送付及びその内容が第三者に漏れないように細心の注意を払うと考えられるからである。したがって、イトーヨーカ堂に納入したキラー、キラーに納入した原告ナヴィコも、他に口外することは考えにくいので、これらが第三者に漏れるとは考えにくい。また、本件商品が売場から撤去されたとしても、そのことは大したニュースバリューを持ち得ず、またたく間に業界全体に広がるとは考えられない。 イ 民事訴訟法248条の適用について 本件事案は民事訴訟法248条の適用に全くなじまないものである。 民事訴訟法248条は,「損害が生じたことが認められる場合において,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは,裁判所は,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定することができる。」という規定の体裁から明らかなように,「損害額」の認定方法について定めているにすぎず,「損害の発生」の認定方法について定めるものではない。 同条の適用に当たっては,第1に、過失の存在及び損害の発生を前提とした上で,立証主題が将来の不確定な事実であるなどおよそ100パーセントの証明がありえないケースであることが必要である。同条は,決して立証責任を負う当事者の証拠提出責任の懈怠を相手方当事者の不利益に転嫁することを許すものではないのであって,本件のように立証責任を負担するべき原告が単に証拠を提出しない場合を予定していない。第2に,仮に本条が適用されうる場合であっても,全く恣意的な裁量的判断がなされてはならず,可能な限り法廷に提出された証拠資料に基づき,かつ経験則に則って,最も蓋然性の高い損害額の認定がなされるべきである。 いずれにせよ、本件でこの規定に従って原告らの損害を認めることはできない。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(原告らの本件商品の輸入行為が商標権侵害の違法性を有するか、また先行事件の判決の既判力の客観的範囲はどこまでか)について (1) 先行事件の判決の存在 前記争いのない事実等及び証拠(甲5、797、805、乙4)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 本件商品は、シンガポールにおける別紙「シンガポール標章目録」記載の標章などのライセンシーであるオシア社が中国で製造したものをシカリー社に販売し、原告ナヴィコがシカリー社から購入したものである。オシア社は、FPS社との許諾契約における契約地域である4か国(シンガポール、マレイシア、インドネシア及びブルネイ)の国内においてのみ、フレッド・ペリー標章を付した商品を製造販売することを許諾されていたもので、中国での製造行為は許諾の範囲外であるから、オシア社が本件商品を中国で製造したことは、FPS社との許諾契約における製造地域制限条項に違反するものである。 本件訴訟の提起に先立ち、原告らと被告との間に、先行事件の訴訟が提起された。その内容及び先行事件における判決の内容は、前記争いのない事実等(7)(8)記載のとおりである。 前記争いのない事実等(8)記載のとおり、先行事件の控訴審判決は確定したが、その主文の内容は、次のとおりである(訴訟費用及び仮執行宣言の主文を除く。「控訴人」とは、本件訴訟における被告であり、「被控訴人ら」には本件訴訟における原告らが含まれている。)。 「1 控訴人は、平成8年6月17日以前の輸入に係る別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章を付した品番M1200及びM3000の中華人民共和国製のポロシャツが偽造品である旨を新聞、雑誌等のマスメディアによって広告してはならない。 2 控訴人は、平成8年6月17日以前の輸入に係る別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章を付した品番M1200及びM3000の中華人民共和国製のポロシャツが偽造品である旨を原告らの取引先に対し通知してはならない。 3 控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ120万円を支払え。 4 被控訴人らのその余の請求及び控訴人の請求をいずれも棄却する。」 (2) 既判力の生じる客観的範囲 ア 民訴法114条1項には、「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」と規定されている。先行事件の確定判決の主文は上記のとおりであるから、先行事件の判決により既判力が生じるのは、先行事件の控訴審口頭弁論終結時(平成12年2月7日)において、@原告らが被告に対して平成8年6月17日以前の輸入に係る本件商品について偽造の旨を告知、流布することの差止請求権を有していること、A原告らが被告に対して本件通知書及び本件広告による虚偽事実の告知・流布に基づく原告らの営業上の信用毀損を理由とする各120万円の損害賠償請求権を有していること、B被告は原告らに対して本件商品の販売につき本件商標権等の侵害を理由とする差止請求権を有していないこと、C被告は原告らに対して本件商品の販売につき本件商標権等の侵害を理由とする損害賠償請求権を有していないこと、である。 上記のとおり、先行事件の確定判決により既判力が生じるのは、先行事件の控訴審口頭弁論終結時における上記の各請求権の存否であり、本件商品の輸入・販売が真正品の並行輸入として被告の本件商標権を侵害しないことや、被告による本件通知書の発送及び本件広告の掲載が虚偽事実の告知・流布として不正競争行為に該当し、当該行為につき被告に故意過失が存在することは、いずれも先行事件の判決における理由中の判断であって、直接に既判力の対象となるものではない。しかし、本件訴訟において、被告が上記の争点について再び争うことは、先行事件の判決によって原告と被告らとの間で既判力をもって確定している上記の各請求権の存否と矛盾する主張をすることであり、実質的に、同一の争いを繰り返すものである。このような点を考慮すれば、本件訴訟において被告が、本件商品の輸入・販売が真正品の並行輸入として被告の本件商標権を侵害しないことや、被告による本件通知書の発送及び本件広告の掲載が虚偽事実の告知・流布として不正競争行為に該当し、当該行為につき被告に故意過失が存在することを争うことは、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した者が残部請求の訴えを提起することは原則として許されない旨の判例(最高裁判所平成9年(オ)第849号同10年6月12日第2小法廷判決・民集第52巻4号1147頁)の趣旨に照らしても、訴訟上の信義則に反するものとして許されないものといわなければならない。 また、念のために、これらの争点についての当裁判所の判断を示すとしても、まず、本件商品の輸入・販売については、本件商品は、オシア社が製造地域として許諾されていた地域外である中国において製造したものであるが、被許諾者において許諾契約の製造地域制限条項に違反する行為があったとしてもそれは商標権者と被許諾者との間の内部関係というべきであり、許諾契約が解除されない限り、商標権者から許諾を受けた者が製造販売した商品であるという点に変わりはないから、商標の出所表示機能が害されることはないと解すべきところ、原告らが輸入・販売した本件商品がオシア社により販売される前に許諾契約が解除されていたとは認められないから(本件商品のオシア社による販売後に許諾契約が解除されたとしても、本件商品が遡及的に商標権侵害の違法性を有することとなるものではない。)、原告らによる本件商品の輸入・販売は、真正商品の並行輸入として商標権侵害の実質的違法性を欠くものであり、これを偽造商品とした被告の本件通知書の送付及び本件広告の掲載は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するものというべきである。また、本件通知書の送付及び本件広告の掲載に当たって、被告に少なくとも過失の存在したことは、後記のとおりである。このとおり、当裁判所としても、先行事件の判決と同様の認定・判断を行うものであるから、いずれにしても、上記の各争点についての被告の主張は、採用することができない。 イ なお、被告は、本件において原告らは先行事件において問題とされたのと同一の事実関係に基づき損害の費目を追加して請求しているものであるところ、先行事件において原告らは一部請求であることも明示しておらず、かつ先行事件の判決において認容された金額は、信用毀損行為による損害賠償としては十分な金額であるから、先行事件の判決により損害額についても既判力を生じており、そのことにより原告らの本訴請求は遮断されると主張し、「同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。」と判示した最一小判昭和48年4月5日を引用する。 しかしながら、先行事件の一審判決(甲5)及び控訴審判決(甲805)によれば、先行事件において原告らが請求した損害賠償は、被告の本件通知書の発送及び本件広告の掲載により、原告らが偽造品を扱う業者であるとの認識を広く小売店等の取引者に持たれることとなったという、個別の具体的な取引を離れての一般的・抽象的な営業上の信用の毀損を損害として主張し、その賠償を求めるものである。これに対して、本件訴訟において原告らが求めているのは、被告の本件通知書の発送及び本件広告の掲載により、原告らが本件商品の個別具体的な取引において実際に生じた逸失利益の賠償である。このように、先行事件と本件訴訟とでは、請求の根拠事実たる被告の行為は同一であるが、賠償の対象として原告らの主張する被侵害利益が異なるものである。先行事件において、原告らは、上記のとおり一般的・抽象的な営業上の信用の毀損を理由とする損害のみを請求し、本件訴訟において請求している具体的な取引における逸失利益を損害として主張していなかったのであるから、先行事件における損害賠償請求は一般的・抽象的な営業上の信用の毀損を対象とするものに限定されていたというべきである。したがって、先行事件の確定判決の存在により本件訴訟における原告らの損害賠償請求が遮断されるという被告の主張は、採用することができない。被告の引用する判例は、事案を異にし、本件に適当でない。 2 争点2(被告の故意又は過失の存否)について (1) 前記のとおり、本件訴訟において被告が、本件通知書の発送及び本件広告の掲載につき故意過失が存在することを争うことは、訴訟上の信義則に反するものとして許されないものというべきであるが、念のために、これらの争点についての当裁判所の判断を示すとしても、次のとおり、当裁判所としては、上記の各行為につき被告には少なくとも過失があったと認定するものである。 (2) すなわち、被告は、平成8年当時、税関に対し、輸入差止めの申立てをし、その事実関係を説明したところ、神戸税関六甲アイランド出張所及び長崎税関三池支署において輸入差止等の処分がなされたこと、法律文献等では、当該商標が付される商品の製造段階に何らかの問題があった場合などには、それらの商品が並行輸入を称して日本に輸入されたとしても、真正品の並行輸入とはいえない旨述べられていること、本件紛争が、「ライセンス契約の製造地域限定条項に違反して製造された商品が輸入された場合に商標権侵害を構成するか」という先例を有しない事案であり、真正品の並行輸入として適法であるという判断がされることを予測することは、被告においても、その他の輸入販売業者、卸売業者、小売業者においても不可能であったこと、平成8年4月ころのこのような状況下で、現実にライセンス契約違反の商品が日本国内へ大量に頒布されることを認識しつつ、あえてこれを看過し、新聞広告や通告書の送付等の手段により自己の権利を守るための行動を取ることは商標権者として当然であったことなどを主張し、被告に、故意はもちろん、調査義務違反の過失もないと主張する。 しかしながら、前記争いのない事実及び証拠(甲805、乙1ないし4)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 中国製の本件商品の輸入は、以下のような状況であった。平成7年10月ころ、神戸税関六甲アイランド出張所から、本件商品8689枚が我が国に輸入されようとし、このことにつき、当時の専用使用権者である被告に対し同税関から連絡があったが、この商品については輸入者が任意に積み戻しを行った。被告は、同年11月末ころ、FPS社及びFPSUK社を買収し、フレッド・ペリー商標の商標権者となったが、同年末ころ、本件商標のシンガポールにおけるライセンシーであるオシア社のライセンス契約違反により生産された商品の日本への大量輸入計画の情報を得て、調査を開始した。平成8年1月ころ、長崎税関三池支署からも本件商品が輸入されようとしたが、これについても輸入者が任意に積み戻しを行った。同年3月ころ、大阪税関南港支署に、ボイスの輸入しようとした本件商品が到着し、この旨被告に連絡があった。同年5月ころにかけて、この件では何度か審問が行われ、結局この本件商品は、同税関が、関税定率法21条1項5号(商標権等侵害の物品)に該当しないとの認定を行ったため、我が国に輸入された。 その間、同年3月22日に、被告はイトーヨーカ堂へ宛てて本件通知書を送付した。また、被告は、同年4月22日に繊研新聞に1回目の本件広告を掲載し、さらに、同月27日に2回目の本件広告を、同年5月2日に3回目の本件広告を掲載した。その後の同年6月17日、FPH社とオシア社との間のライセンス契約が解除された。 上記当時、本件商品のような製造地域制限条項違反の商品の輸入が、適法な並行輸入行為となるかという問題については、明確に論じた文献等はなく、乙1ないし3のように、被告の見解に沿うような学説等も存在した。 上記認定事実に照らし検討すると、たしかに、平成8年3月ないし4月当時においては、本件商品のような製造地域制限条項違反の商品の輸入が真正品の並行輸入として適法となるかどうかについては、必ずしも法的に一義的な見解が存在してなかったものであり、例えば乙1ないし3の文献のように、これを真正品と認めない見解も存在した。しかしながら、上記のとおり、法的な評価が必ずしも一義的に明らかでなかった以上、当該商品を販売する者が商標使用について無権限であって本件商品が偽造されたものである旨を、大手の取引先である販売店に通知したり、業界紙のようなマスメディアに広告したりすることには、その行為の影響力の大きさを考慮すれば、一層慎重な配慮が必要であったというべきである。それにもかかわらず、被告は、オシア社へのライセンス契約の解除もされていない状況下において、差止めの仮処分や本案訴訟の提起等の司法手続によらず、一方的に、本件商品が偽造品である旨の本件通知書の送付及び本件広告の掲載をしたのであるから、このような行為には、少なくとも過失があったものというべきである。 なお、上記認定のように、税関において任意の積戻しが行われたことがあったとしても、税関の非司法的性格や積み戻しが任意のものであったことなどからすれば、被告の過失を否定する根拠にはなり得ないものというべきである。 したがって、被告の本件通知書の送付及び本件広告の掲載の各行為には、少なくとも過失が認められるから、被告は当該不正競争行為について損害賠償責任を負うものである。 3 争点3(原告らの損害)について (1) 原告ナヴィコの損害について ア 輸入仲介手数料相当損害金の請求について (ア) 同請求は、東京バイヤース、ボイス、キラー及び原告サン・アローが、それぞれ原告ナヴィコとの間で、それぞれが原告ナヴィコに仲介手数料を支払うことを約して、原告ナヴィコが、本件商品の輸入を仲介したが、被告の本件通知書の送付及び本件広告の掲載の各行為のため、これら輸入者がいずれも、本件商品が偽造品であるとして上記仲介手数料の支払を拒んだため、その支払を受けられなくなった、というものである。 しかしながら、輸入仲介手数料は、仲介業者が輸入者のための輸入業務を完了すれば、支払われるべきものであるところ、本件商品については、先行事件の判決により、既に本件商品は真正品であると認められているのだから、これら輸入者は、上記仲介手数料の支払を拒む理由はないというべきである。そして、原告サン・アロー及び東京バイヤースは、先行事件において(原告サン・アローは本件訴訟においても)、原告として、本件商品が真正品であることを前提に主張を行っているのであるから、これに相反する態度は許されないというべきである。したがって、原告ナヴィコは、東京バイヤース及び原告サン・アローから上記仲介手数料の支払を受けることができるのであるから、これらに対する上記仲介手数料は損害とはいえないというべきである。 もっとも、原告ナヴィコ代表者Xによれば、ボイス及びキラーは現在事実上倒産していることが認められるから、原告ナヴィコが上記両会社から仲介手数料を回収することは事実上不可能というべきである。そして、上記両会社から適時に仲介手数料の支払を受けることができなかったのは、被告による本件通知書及び本件広告の存在を理由として両会社が原告ナヴィコへの支払を拒んでいたためと認められるから、両会社の輸入仲介手数料については、被告の不正競争行為との相当因果関係があるものというべきであり、被告の行為による損害と認められる。 そこで、その額につき検討する。 (イ) 証拠(甲30、44、原告ナヴィコ代表者X)によれば、原告ナヴィコは、ボイスとの間で、同原告がボイスの本件商品の輸入を仲介することを約し、仲介手数料は輸入代金の5パーセントと定めたこと、ボイスは、同原告の仲介により、M1200を1万9872着、単価13.90USドルで、M3000を4744着、単価11.75USドルで、それぞれ輸入したこと、したがって、ボイスの輸入代金は、合計33万1962ドル80セントとなり、その5パーセントは、1万6598ドル14セントとなること、ボイスが、本件通知書及び本件広告の存在を根拠に、仲介手数料の支払を拒否したこと、よって、同原告は、1万6598ドル14セントの損害を被ったことが認められる。 (ウ) 証拠(甲32、42、44、原告ナヴィコ代表者X)によれば、原告ナヴィコは、キラーとの間で、同原告がキラーの本件商品の輸入を仲介することを約し、仲介手数料は輸入代金の5パーセントと定めたこと、キラーは、同原告の仲介により、M3000を2万9580着、単価11.30USドルで、M1200を2万6020着、単価13.50USドルで、それぞれ輸入したこと、これらはキラーの関連会社と思われる株式会社ゲートウェイの名で行われたこと、キラーの輸入代金は、合計68万5524ドルとなり、その5パーセントは、上記により3万4276ドル20セントとなること、キラーが、本件通知書及び本件広告の存在を根拠に、仲介手数料の支払を拒否したこと、よって、同原告は、3万4276ドル20セントの損害を被ったことが認められる。したがって、同原告の輸入仲介手数料相当損害金は、5万0874ドル34セントとなる。 (エ) 上記証拠中、原告ナヴィコとボイスとの間の輸入業務に関する契約書では、その3条で、ボイスの協力対価を、輸入貨物の通関が終了した日から60日以内に支払うこととされ、同原告とキラーとの間の輸入業務に関する契約書では、その5条で、キラーが手数料として本船渡し価格の5パーセントを支払うが、為替レートは通関時を適用する、と定められていることが認められるので、為替レートは通関時のものによるのが相当である。 原告ナヴィコ代表者Xによれば、同原告が輸入を仲介した本件商品が通関した時期は、概ね平成8年1月ころから同年5月ころにかけてであると認められる。この間における円とドルの為替相場は、1ドル当たり最高値(円高)が102.25円、最低値が108.65円であって、概ね105円程度で推移した事実は当裁判所に顕著である。したがって、1ドル当たり105円をもって円換算するのが相当であり、そうすると、この点の損害は、534万1806円となる。 イ 本件商品の販売に当たっての逸失利益の請求について (ア) 同請求のうち主位的請求は、原告ナヴィコが、自ら輸入し、又は上記輸入者から購入して仕入れた本件商品が、本件通知書の送付及び本件広告のため値崩れを起こし、低廉な価格で販売しなければならなくなったことを理由として、あり得べき販売価格と、これより低下した実際の販売価格との差額を請求するものである。しかしながら、同請求は、あり得べき価格を、現地での価格に関税費、輸送費、銀行利息等としてその3割を加算し、それに同原告が欲する粗利益を加算して算出し、さらに仕入れた商品がすべて販売できることを前提にしている。しかし、上記のような粗利益は現実にそれが得られるという保証がなく、現実の取引が商品に対する需要の動向その他様々な要素に左右されることからしても、このようなありうべき価格の算出方法は、現実の損害とはかなり異なるもので、これをそのまま同原告の損害と見ることはできない。したがって、原告らの販売に当たっての逸失利益の請求については、主位的請求は採用できない。 これに対し、予備的請求は、本件通知書送付前の本件商品の価格と、これより低下した実際の販売価格との差額を請求するものである。同請求は、実際に本件通知書送付前の時点で本件商品が販売されていた価格と、実際の販売価格との差額を逸失利益として請求するものであるから、取引の実態に即したものというべきである。したがって、以下、予備的請求に基づいて損害の算定を行う。また、他の原告についても同様に、予備的請求に基づいて損害の算定を行う。 (イ) 証拠(甲793ないし796、原告ナヴィコ代表者X)によれば、同日にキラーがイトーヨーカ堂と同様の大手販売店であるジャスコに納入した価格が、M1200が2450円、M3000が2050円であり、これらの小売単価は、M1200が3900円、M3000が2900円であること、同じころ、キラーはイトーヨーカ堂にも本件商品を納入していたこと、イトーヨーカ堂ではM1200が3900円で販売されていたこと、上記M1200の納入価格2450円は、この販売価格の6割に日本語の洗濯用ラベル代金100円を加えた価格と考えられること、これら大手販売店は、卸売市場において、仕入価格を決定するだけの力を有していたこと、以上の各事実が認められる。同種の大手販売店で、競争関係にあるジャスコとイトーヨーカ堂では、同じ商品は、同程度の価格で仕入れられ、同程度の価格で販売されていたものと推定することができるから、上記認定事実からすれば、前記時点における、原告らが、卸売市場において、本件商品を販売できた価格は、M1200が2450円であり、同様にM3000については2050円と認められる。 被告は、原告らが、本件通知書の送付及び本件広告の掲載以前のイトーヨーカ堂への納入価格を示す証拠を提出しないのは不自然であり、税務上当然保存していなければならないと主張する。しかしながら、本件通知書の送付及び本件広告の掲載により経営上打撃を受け、事務所を閉鎖するなどの過程で紛失したという原告ナヴィコ代表者の供述は、措信できるものであって、原告らは、可能な限りの資料を提出しているものと認められるものであり、提出し得る資料を故意に秘匿しているとの事実は認められない。さらに、上記のように、本件通知書の送付前の時点における、市場における価格決定力のある販売店への納入価格を示す証拠があれば、それにより市場一般における価格を推認することは可能であるというべきである。この点に関する被告の主張は、採用できない。 (ウ) 証拠(甲13の1及び2)によれば、原告ナヴィコが、原告バイスに対し、本件通知書の送付後の平成8年4月3日付けで、M1200を単価1850円で1980着、M3000を単価1600円で2万4863着販売し、同月12日付けで、M1200を単価1850円で2万2135着(したがって、M1200は合計2万4115着)販売したことが認められる。この価格は、上記(イ)に認定した、原告らが本件商品を販売し得た価格より低廉であるから、価格の下落が生じているものと認められる。 本件通知書がイトーヨーカ堂に送付されたのは、平成8年3月22日であり、3回の本件広告の掲載に先立つものである。上記(イ)掲記の証拠によれば、このような有力販売店に商標権者から偽造品であると通知書が届いたというような情報は、その影響力の大きさから、たちまち業界全体に伝播し、市場における価格決定に影響すると考えられる。したがって、上記の価格の下落は、本件通知書の送付により生じたと認めるべきである。 (エ) 上記(イ)に認定した、原告らが本件商品を販売し得た価格と、上記(ウ)の実際の販売価格の差は、M1200につき600円、M3000につき450円となる。しかし、原告ナヴィコと同バイスとの間のような業者間の取引における価格は、単に当該製品の市況のみならず、当該業者同士の力関係、例えばこれまでの取引の有無やその量、今後の取引の見込み、売主の経済状態(売り急ぎするか否か)、資本関係の有無や経営者同士の親疎の度合いといった様々な要素に左右されるものと考えられるから、上記差額をすべて被告の行為による原告ナヴィコの逸失利益と考えるのは相当でない。上記のような他の要素の影響を考慮し、その差額の7割をもって同原告の逸失利益と認めるのが相当である。そうすると、同原告の価格下落による逸失利益は、この差額の7割に、上記(ウ)に認定した数量を乗じ、M1200につき1012万8300円、M3000につき783万1845円と認められる。 M1200 600×0.7×24,115=10,128,300 M3000 450×0.7×24,863= 7,831,845 この合計は1796万0145円である。 10,128,300+7,831,845=17,960,145 ウ 弁護士費用 上記ア及びイ認定の損害額の合計は2330万1951円である。本件事案の内容、本件訴訟の審理経過その他一切の事情を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係あるものとして被告に負担させるべき弁護士費用は、上記損害額の1割である233万0195円をもって相当と認める。 5,341,806+17,960,145=23,301,951 23,301,951×0.1=2,330,195 そうすると、原告ナヴィコの損害額の総合計は2563万2146円となる。 23,301,951+2,330,195=25,632,146 (2) 原告サン・アローの損害について ア 証拠(甲28の1ないし3、甲29の1及び2)によれば、原告サン・アローが、マイカル等各社に対し、別表のとおり本件商品を販売したことが認められる。その平均単価は、M1200につき1960円、M3000につき1703円と認められる。 イ 上記(1)イに認定したのと同様に、M1200については2450円、M3000については2050円が、被告の各行為がなかった場合にこれら商品を販売することのできた価格と認めるべきである。そうすると、実際の販売価格は、M1200については490円、M3000については347円、上記各価格より低廉であるから、これも上記(1)イと同様に、その7割をもって同原告の本件商品1着あたりの逸失利益と認めるべきである。 そうすると、同原告の価格下落による逸失利益は、この差額の7割に、別表記載の数量を乗じ、M1200につき598万6036円、M3000につき366万4632円と認められる。 M1200 490×0.7×17,452=5,986,036 M3000 347×0.7×15,087=3,664,632 この合計は965万0668円である。 5,986,036+3,664,632=9,650,668 ウ 弁護士費用 上記(1)同様に、一切の事情を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係あるものとして被告に負担させるべき弁護士費用は、上記損害額の1割である96万5067円をもって相当と認める。 9,650,668×0.1=965,067 そうすると、原告サン・アローの損害の総合計は1061万5735円となる。 9,650,668+965,067=10,615,735 (3) 原告バイスの損害について ア 証拠(甲41、45ないし790)によれば、原告バイスが、青山商事に対し、M1200を1万9636着販売し、その平均単価は1883円であること、M3000を1万4645着販売し、その平均単価は1784円であること、ライトオンに対し、M1200を1万3735着販売し、その平均単価は1572円であること、M3000を1万4136着販売し、その平均単価は1653円であること、の各事実が認められる。 イ 上記(1)イに認定したのと同様に、M1200については2450円、M3000については2050円が、被告の各行為がなかった場合にこれら商品を販売することのできた価格と認めるべきである。そうすると、実際の販売価格は、青山商事との取引ではM1200については567円、M3000については266円、ライトオンとの取引ではM1200については878円、M3000については397円、上記各価格より低廉であるから、これも上記(1)イと同様に、これらの7割をもって同原告の本件商品1着あたりの逸失利益と認めるべきである。 同原告の価格下落による逸失利益は、この差額の7割に、上記の数量を乗じると以下のようになる。 青山商事との取引 M1200 567×0.7×19,636=7,793,528 M3000 266×0.7×14,645=2,726,899 ライトオンとの取引 M1200 878×0.7×13,735=8,441,531 M3000 397×0.7×14,136=3,928,394 上記の合計は2289万0352円である。 7,793,528+2,726,899+8,441,531+3,928,394=22,890,352 ウ 弁護士費用 上記(1)同様に、一切の事情を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係あるものとして被告に負担させるべき弁護士費用は、上記損害額の1割である228万9035円をもって相当と認める。 22,890,352×0.1=2,289,035 そうすると、原告バイスの損害の総合計は2517万9387円となる。 22,890,352+2,289,035=25,179,387 4 結論 以上判示のとおり、被告の不法行為により原告らが被った損害は、原告ナヴィコにつき2563万2146円、原告サン・アローにつき1061万5735円、原告バイスにつき2517万9387円と認められるので、原告らの各請求は、この金額の支払を求める限度で理由がある。 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 青木孝之 |
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