判例全文 | ||
【事件名】姓名判断本の著作権侵害事件 【年月日】平成14年3月12日 大阪地裁 平成13年(ワ)第12680号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 平成14年1月29日) 判決 原告 A 原告 B 被告 住友生命保険相互会社 訴訟代理人弁護士 林陽子 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 第1 当事者の求めた裁判 1 請求の趣旨 (1) 被告は、別紙目録1記載の「ネームウォッチング」なる著作物を発行頒布してはならない。 (2) 被告は、別紙目録2記載の「コンピュータ姓名判断ソフトウエア」のCD−ROMを破砕その他の方法により廃棄せよ。 (3) 被告は、原告らに対し、金3000万円及びこれに対する平成13年12月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (4) 被告は、朝日新聞、読売新聞、日刊工業新聞及び易道タイムス(社団法人日本易学連合会発行の会報紙)に、別紙目録3記載の謝罪広告を別紙目録4記載の態様で掲載せよ。 (5) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨 第2 当事者の主張 1 請求原因 (1)ア Cは、「熊崎式姓名学」の創始者であり、昭和4年、実業の日本社発行「姓名の神祕」(甲3、以下「原告著作物1」という。)を著作し、昭和6年、五霊閣発行「姓名の哲理」(甲4、以下「原告著作物2」という。)を著作したが、昭和36年死亡した。 原告BはCの子であり、原告著作物1・2の著作権を相続した。 イ 原告Bは、平成7年、同友館発行「新姓名の神秘」(甲5、以下「原告著作物3」という。)を著作した。 ウ 原告B及び原告Aは、平成5年、同友館発行「姓名の人間學」(甲6、以下「原告著作物4」という。)を共同で著作した。 エ 原告Bは、「五聖閣生徒募集パンフレット」(甲7、以下「原告著作物5」という。)を著作した。 (2) 被告は、平成3年ころから、別紙目録1記載の「ネームウォッチング」と題するパンフレット(以下「被告パンフレット」という。)を国内約1000支部において顧客サービス用に常時発行している。 被告は、別紙目録2記載の「コンピュータ姓名判断ソフトウエア」のCD−ROM(以下「被告CD−ROM」という。)を利用して、被告パンフレットを作成している。 (3) 原告著作物1〜5(以下併せて「原告著作物」という。)には、別紙図形目録記載の「姓名判断鑑定図形」(以下「原告図形」という。)が記載されており、原告図形の表現は、熊崎式姓名学の「五格解剖象姓名判断法」に基づき創始されたもので、「図形の著作物」(著作権法10条1項6号)に該当する。 被告は、被告パンフレットに、原告らの許諾なくして、原告図形を複製して縦図を横図に改変した「姓名判断鑑定図形」(以下「被告図形」という。)を掲載し、原告図形に係る原告らの複製権(著作権法21条)及び翻案権(著作権法27条)を侵害した。 (4) 原告著作物には、「天格・人格・地格・総格・外格」等の文字表現が使用されている。 被告は、被告パンフレットにおいてこれらの文字表現を複製し、原告の原告著作物についての複製権(著作権法21条)を侵害した。 (5) 被告は、前記(4)の文字表現「天格・人格・地格・総格・外格」を「天運・人運・地運・総運・外運」に改変し、原告らの同一性保持権(著作権法20条1項)を侵害した。 (6) 原告らは、原告著作物における熊崎式姓名学では、姓名判断に当たり、1字姓、1字名の場合は、その上ないし下に「霊数1を付加する」こととしている。 被告は、被告パンフレットにおいて、「霊数1を付加する」を削除しており、これは原告らの同一性保持権を侵害する。 (7) 原告らは、原告著作物における「五格剖象姓名判断法」では、正漢字画数による姓名判断を基礎としている。 被告は、被告パンフレットにおいて、正漢字画数を使用することなく、常用漢字の省略された画数による姓名判断をしているが、これは原告らの著作物の無断改変であり同一性保持権を侵害する。 (8) 原告らは、被告による上記著作権侵害行為により3000万円を下らない逸失利益の損害を被った。また、被告による上記利益は、「熊崎式姓名学」を盗用し、これを改変するものであって原告の名誉を毀損した。その損害は105億円にも相当するが、内金として3000万円を請求する。 (9) よって、原告らは、被告に対し、請求の趣旨記載のとおり、著作権法112条1項に基づき被告パンフレットの頒布の差止めを求め、同条2項に基づき被告CD−ROMの廃棄を求めるとともに、民法709条により損害賠償を請求し、著作権法115条により謝罪広告の掲載を求める。 2 請求原因に対する認否 (1)ア 請求原因(1)アのうち、C著作名義の原告著作物1が昭和4年に発行されたこと、同人著作名義の原告著作物2が発行されたこと、原告BがCの相続人であることは認め、その余は不知。 イ 同イのうち、B著作名義の原告著作物3が平成7年に発行されたことは認め、その余は不知。 ウ 同ウのうち、A著作名義の原告著作物4が平成5年に発行されたことは認め、その余は不知。 エ 同エは不知。原告が原告著作物5として主張するもの(甲7)は、「熊崎式姓名学講座」に関する事実を単純に記載しただけのものであり、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)ではないから、著作権法にいう著作物ではない。 (2) 請求原因(2)は認める。 (3) 請求原因(3)は争う。 原告図形は、「天格・人格・地格・総格・外格」の求め方を示した図であって、格の求め方を離れて独自に「思想又は感情を創作的に表現したもの」とはいえないから、著作権法にいう著作物ではない。 (4) 請求原因(4)のうち、原告著作物に「天格・人格・地格・総格・外格」等の文字表現があることは認め、その余は否認する。 被告パンフレットは、原告著作物の著作権を侵害していない。原告著作物における「天格・人格・地格・総格・外格」の意味と被告パンフレットにおける「天運・人運・地運・総運・外運」の説明を比較すれば、両者は明瞭に異なっている。 (5) 請求原因(5)は争う。「天格」等の漢字2文字が著作権法上の著作物でないことは明らかである。 (6) 請求原因(6)は争う。これらは「姓名判断の方法」「アイデア」であり、著作権法の保護が及ばない。 (7) 請求原因(7)は争う。これらは「姓名判断の方法」であり、著作権法の保護が及ばない。 (8) 請求原因(8)は争う。 理由 1 請求原因(1)アのうち、C著作名義の原告著作物1が昭和4年に発行されたこと、同人著作名義の原告著作物2が発行されたこと、原告BがCの相続人であること、同イのうち、B著作名義の原告著作物3が平成7年に発行されたこと、同ウのうち、A著作名義の原告著作物4が平成5年に発行されたことは、当事者間に争いがない。 上記争いのない事実と証拠(甲第3ないし第7号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告著作物1、2はCの著作、原告著作物3は原告Bの著作、原告著作物4は原告らの共同著作であること、これらの原告著作物は、Cが創始者とされる「熊崎式姓名学」(姓名判断による占術)に関して記述された書籍であること、原告著作物5は「五聖閣」なる組織が行っている「熊崎式姓名学講座」の案内パンフレットであることが認められる。 2 請求原因(2)については、当事者間に争いがない。 3 請求原因(3)について (1) 著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)ところ、「創作的」とは、何らかの知的活動の成果であって、思想又は感情を表現する具体的形式に作成者の個性が現れたものであれば足り、厳格な意味で独創性の発揮されたものであることは必要ないが、アイデアそれ自体は著作権法による保護の対象とはならないし、データや事実を機械的に記載したにすぎないもの、誰が作成しても同様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き、著作権の保護の対象である著作物たり得ないというべきである。 (2) 原告図形は、別紙図形目録にあるとおり、@人の姓名を縦書きする、A姓を構成する2文字の右側を括弧で結び、「天格」又は「天」の文字を付す、B姓の一番下の文字と名の一番上の文字の右側を括弧で結び、「人格」又は「人」の文字を付す、C名の一番上と一番下の文字の右側を括弧で結び、「地格」又は「地」の文字を付す、D姓の一番上の文字と名の一番下の文字(名が3文字の場合は下2文字)の左側を括弧で結び、「外格」又は「外」の文字を付す、E姓名の下に横線を引いてその下に「総格」の文字を付し、又は姓名の下に「総」の文字を付すという構成からなり、原告著作物で紹介されている「天・人・地・総・外」の五格を構成する字画数によって姓名判断を行う「熊崎式姓名学」による姓名判断の方法(以下「熊崎式姓名判断法」という。)を図で示したものといえる。そうすると、原告図形は、熊崎式姓名判断法という姓名判断の方法又はアイデアそのものを記載した極めて単純な図式であって、このような図形は、それ自体では、熊崎式姓名判断法に基づく限り、誰が作成しても同様の表現になるといわざるを得ないから、「地図又は学術的な性質を有する図面、図表その他の図形の著作物」(著作権法10条1項6号)に該当するものではなく、「思想又は感情を創作的に表現したもの」とはいえない。 (3) 以上によれば、原告図形は著作権法の保護の対象となる著作物に当たらないから、原告図形が著作物であることを前提とする請求原因(3)は、その余について判断するまでもなく理由がない。 4 請求原因(4)について (1) 請求原因(4)のうち、原告著作物に「天格・人格・地格・総格・外格」という文字表現が存在することは当事者間に争いがなく、甲第5号証によれば、原告著作物3には、これらの文字表現の意味として、「天格 姓の合計 先天的運格 特に霊意はみられません。人格との相生相剋が重要。」「人格 姓の下と名の上の合計 主運格 性格、中年期の吉凶運をみます。」「地格 名の合計 若年運格 親から独立するまでの吉凶運をみます。前運ともいいます。」「総格 姓名の合計 後運格 中・高年運からの吉凶運。人生全般に影響します。」「外格 総格から人格を引いた数。副運格 環境・仕事・家庭運をみます。」との表現が存在することが認められる。 (2) 他方、甲第8号証によれば、被告パンフレットには、「天」「人」「地」「外」「総」の文字及び「天運」「人運」「地運」「外運」「総運」の文字の記載があり、これらの文字表現の意味として、「『天運』…先祖運、先天的運勢/自分が生まれた家と、一族が継いでいる命運を表し、人生の前提条件となるものです。」、「『人運』…社会運、成功運/その人自身の運命を示すもので、社会的な立場での成功運を示すと同時に、才能や性格を暗示しています。」、「『地運』…健康運/持って生まれたその人の体質や病気やけがなどを暗示します。」、「『外運』…環境運、補助的社会運/自分の意志とはかかわりなく受ける外からの影響を表し、職場や生活環境について暗示しています。」、「『総運』…生涯運、晩年運/すべてをトータルした総合的な運気を示します。生涯の流れと、その結果としての晩年の状況を暗示しています。」との表現があることが認められる。 (3) 原告は、原告著作物における「天格・人格・地格・総格・外格」等の文字表現が被告パンフレットにおいて複製されていると主張するところ、「天格・人格・地格・総格・外格」の文字表現自体は、熊崎式姓名学で用いられる字画数の単位の名称であって、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえないから、同じ文字が用いられたからといって著作物の複製に当たるとすることはできない。のみならず、前記(1)、(2)を対比すると、原告著作物と被告パンフレットの前記表現には、「天」「人」「地」「総」「外」の5文字を除いては全く共通する部分がないから、被告パンフレットが原告著作物中の前記(1)の表現の複製に当たるとはいえない。よって、被告が原告の原告著作物についての複製権(著作権法21条)を侵害したということはできない。 5 請求原因(5)ないし(7)について 原告らは、原告著作物中の「天格・人格・地格・総格・外格」なる表現、姓名判断に当たり「霊数1を付加する」こと及び正漢字画数を基礎とすることが、著作権法の保護の対象となると主張している。 しかし、「天格・人格・地格・総格・外格」は、前述のとおり、熊崎式姓名判断法で用いる字画数の単位の名称であり、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)とはいえず、霊数1を付加すること及び正漢字画数を基礎とすることは、いずれも熊崎式姓名判断の方法そのものといわざるを得ない。 そうすると、これらは、いずれも著作権法の保護の対象となる著作物に当たらないから、その余について判断するまでもなく、請求原因(5)ないし(7)は理由がない。 5 以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 阿多麻子 裁判官 前田郁勝 |
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