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【事件名】高血圧薬の特許侵害事件 【年月日】平成14年4月11日 大阪地裁 平成11年(ワ)第3857号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 平成14年1月25日) 判決 原告 山之内製薬株式会社 訴訟代理人弁護士 久保田穰 同 増井和夫 同 橋口尚幸 被告 大正薬品工業株式会社 訴訟代理人弁護士 品川澄雄 被告 日清キョーリン製薬株式会社 被告両名訴訟代理人弁護士 吉利靖雄 被告両名補佐人弁理士 青山葆 同 中嶋正二 主文 1 被告大正薬品工業株式会社は、原告に対し、金1億1318万2000円及び内金1億0622万8000円に対する平成11年4月22日から、内金695万4000円に対する平成13年3月15日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告日清キョーリン製薬株式会社は、原告に対し、金2000万円及びこれに対する平成11年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告の被告大正薬品工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は被告らの負担とする。 5 この判決の第1、第2項は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告大正薬品工業株式会社は、原告に対し、金1億1318万2000円及びこれに対する平成11年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 主文第2項同旨 第2 事案の概要 1 基礎となる事実(争いがないか弁論の全趣旨により認められる。) (1) 原告の特許権 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲第1項にかかる発明を「本件発明」という。)をその存続期間満了まで有していた。 特許番号 第1272484号 発明の名称 ニカルジピン持続性製剤用組成物 出願年月日 昭和55年3月22日 出願番号 昭55−36514 出願公告年月日 昭和59年11月29日 出願公告番号 昭59−48810 登録年月日 昭和60年7月11日 特許請求の範囲(1項) 「無定形2,6‐ジメチル‐4‐(3'‐ニトロフエニル)‐1,4‐ジヒドロピリジン‐3,5‐ジカルボン酸‐3‐メチルエステル‐5‐β‐(N‐ベンジル‐N‐メチルアミノ)エチルエステル(ニカルジピン)またはその塩を含有することを特徴とするニカルジピン含有持続性製剤用組成物」(本判決添付の特許公報(以下「本件特許公報」という。)参照) (2) 被告らの行為 被告大正薬品工業株式会社(以下「被告大正薬品」という。)は、塩酸ニカルジピンを含有する徐放性製剤(商品名「パルペジノンLA40mg」及び「パルペジノンLA20mg」。以下「被告製剤」という。)を製造販売している。 被告日清キョーリン製薬株式会社(以下「被告日清キョーリン」という。)は、被告製剤を販売している(以下、被告両名を併せて「被告ら」という。)。 (3) 被告製剤の成分 ア 被告製剤は、塩酸ニカルジピン約29%と、賦形剤約71%から成る。 イ 前記賦形剤の成分、混合比及び混合順序は、次のとおりである(弁論の全趣旨)。 カルボキシメチルエチルセルロース(以下「CMEC」という。)28r及びアラビアゴム末10rをとり、80%エタノール0.095mlを加えて溶かし、軽質無水ケイ酸32rを加えて造粒し、乾燥する。得られる素顆粒70rをとり、CMEC17r、エチルセルロース1.5r、及びマクロゴール6000 1rを溶かした80%エタノール溶液0.336mlで一次コーティングを施し、次にポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート2r及びマクロゴール6000 1rを溶かした90%エタノール溶液0.078mlで二次コーティングした後、乾燥する。 乾燥したコーティング顆粒92.5rをとり、ポリビニルピロリドンK30 3.5rを溶かした水溶液0.014mlを加えて造粒した後、乾燥したものをプラセボ顆粒状の混合物とする。 得られる化合物を105℃、1時間、シリカゲル共存下、減圧で乾燥した後、メノウ乳鉢で粉砕し、80mesh篩過区分をプラセボ粉末とする。 ウ これによれば、被告製剤中には、塩酸ニカルジピンが約29%、軽質無水ケイ酸が約24%、その他の賦形剤が約47%含まれている。 (4) 本件で議論の対象となった主たる実験方法の概要は別紙1のとおりである(別紙1掲記の各証拠、証人Aの証言及び弁論の全趣旨。以下、書証番号の枝番号は、すべての枝番号を含む場合にはその記載を省略する。)。 2 原告の請求 本件は、原告が、被告らに対し、被告製剤には無定形塩酸ニカルジピンが全塩酸ニカルジピンの約40%、そうでなくても実質的な割合、含まれており、本件発明の技術的範囲に属するから、その製造販売は本件特許権を侵害するとして、不法行為に基づく損害賠償及び不当利得の返還を請求した事案である(なお、以下、特段の記載のない限り、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピン又は結晶形塩酸ニカルジピンの含有量という場合は、被告製剤中における全塩酸ニカルジピン中の各含有量を意味するものとする。)。 3 争点 (1) 本件発明の技術的範囲は、@無定形塩酸ニカルジピンの含有量、A無定形塩酸ニカルジピンの生成方法の観点からの限定を受けるか。 (2) 被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピンの量。 (3) 損害及び不当利得の額。 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(本件発明の技術的範囲)について 【被告らの主張】 (1) 無定形塩酸ニカルジピンの含有量について ア 本件発明は、公知物質であった結晶形塩酸ニカルジピンを無定形にすることにより、優れた徐放性効果を有するものとして特許を受けたものであるにもかかわらず、本件発明についての特許出願(以下「本件出願」という。)の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)には、どの程度無定形塩酸ニカルジピン又はその塩が含まれていれば実用的な徐放性効果を発揮できるのかについての数値的基準は示されておらず、本件明細書においては、塩酸ニカルジピンがすべて無定形物である場合しか開示されていない。 したがって、(2)の点をも併せ考えれば、本件発明の技術的範囲は、組成物中の塩酸ニカルジピン又はその塩がすべて無定形である場合に限定されるものと解すべきであり、徐放性効果が別の製剤手段によって達成されている場合には、本件発明の技術的範囲から除外されるべきである。 イ また、現在の日本薬局方の融点規格に合致する結晶形塩酸ニカルジピンの中には、約50%もの無定形塩酸ニカルジピンを含むものがあるから、少なくとも50%が無定形物である結晶形塩酸ニカルジピンを使用する常法による塩酸ニカルジピン製剤は、本件出願前から公知であった。 したがって、本件発明の技術的範囲は、少なくとも無定形物が50%以下の塩酸ニカルジピンを使用する場合までは及ばない。 ウ 本件発明は、持続性化という効果を生ずるために、特許請求の範囲に記載がなくても、無定形塩酸ニカルジピンの存在量と存在形態についての限定が必須要件とされており、存在量としては、持続性製剤における遅効性部分の割合である70%と、結晶形塩酸ニカルジピン中に不純物として含有されていた無定形塩酸ニカルジピンの割合である10%の合計である80%以上であることが、必須要件とされ、存在形態としては、遅効性コーティングが施されていることが必須要件である。また、早期吸収部分に該当する30%及び不純物である無定形塩酸ニカルジピンの割合である10%の合計である40%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されていても、本件発明の技術思想を利用したことにならない。 (2) 無定形塩酸ニカルジピンの生成方法について 本件出願前から公知常用されていた製剤技術によって製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含有されるに至った場合は、本件発明の技術的範囲から除外されなければならないところ、製剤過程において軽質無水ケイ酸を配合することは古くからの製剤技術であるから、仮に軽質無水ケイ酸の作用によって結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化する場合には、本件発明の技術的範囲から除外されなければならない。 また、このような公知技術との区別を明確にするために、本件発明の技術的範囲は、本件明細書の実施例に記載されているような、異常に長時間ボールミルという特殊な粉砕装置を用いて結晶形塩酸ニカルジピンを摩擦粉砕して無定形塩酸ニカルジピンを得る場合に限定されるべきであり、原告自身、本件特許権の後願の特許出願の明細書(乙第20号証。昭64−7047号特許公報)では、本件発明の特徴は特殊な摩擦粉末操作で得られた塩酸ニカルジピンを使用する点にあるとの認識を示している。 【原告の主張】 (1) 無定形塩酸ニカルジピンの含有量について 原告の主張は、被告製剤中に、第一次的には約40%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されている(甲第6号証に基づく。)というものであり、そうでなくても、実質的な割合の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているというものであり、被告製剤中にわずかでも無定形塩酸ニカルジピンが含まれていれば本件特許権を侵害すると主張しているものではない。 また、被告製剤は、このような含有量であっても、現に本件発明が意図する徐放性効果を有しているのであるから、本件発明の技術的範囲を、組成物中の塩酸ニカルジピンがすべて無定形である場合に限定すべきであるとする被告らの主張は失当である。 被告らは、本件出願前に公知の結晶形塩酸ニカルジピンには、約50%の無定形物を含むものがあると主張するが、本件出願は、最初の塩酸ニカルジピン製剤の発売前であるから、そのようなことはない。仮に、最近の結晶形塩酸ニカルジピンの粗悪品としてそのような物が存在していたとしても、本件発明の技術的範囲には影響がない。 被告らは、無定形塩酸ニカルジピンの割合が80%以上であること及び遅効性コーティングが施されていることが本件発明の必須要件である旨、及び40%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されていても本件発明の技術思想を利用したことにはならない旨主張するが、そのように解すべき理由はない。 (2) 無定形塩酸ニカルジピンの生成方法について 無定形塩酸ニカルジピンの生成方法は、本件発明の技術的範囲には関係がない。仮に結晶形塩酸ニカルジピンに軽質無水ケイ酸を配合することによって無定形塩酸ニカルジピンが生じたのであれば、軽質無水ケイ酸の配合が公知技術であるか否かを問わず、それを使用してはならない。 2 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピンの量)について 【原告の主張】 被告製剤中には、約40%の無定形塩酸ニカルジピンが含まれており、そうでなくても、実質的な割合(被告らが提出した乙第42号証に示された吸着熱の数値を参照して、甲第6号証の実測データにより計算すると、約24ないし37%)の無定形塩酸ニカルジピンが含有されている。 (1) 融解熱DSC測定法に基づく主張 ア 基本的主張 融解熱DSC測定法により、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの量を定量すると約60%であった。したがって、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有量は約40%である(甲第6号証)。そうでなくても、実質的な割合(被告らが提出した乙第42号証に示された吸着熱の数値を参照して、甲第6号証の実測データにより計算すると、約24ないし37%)の無定形塩酸ニカルジピンが含有されている。 イ 被告らの主張((3))に対する反論 被告らは、融解熱DSC測定法による被告製剤の測定結果について種々の問題点を指摘する。しかし、以下の点から、被告らの主張は失当である。 (ア) 融解熱DSC測定法の一般的信頼性について 融解熱DSC測定法は、既に一般的な結晶量の測定法として認知されており、無定形物の直接的な定量方法でないことは、測定法としての信頼性に何ら影響がない。 (イ) 軽質無水ケイ酸との相互作用による吸熱量の低下について 軽質無水ケイ酸には、一般に結晶を無定形化させる性質があるから、乙第2号証の実験において結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が60%と測定されたのは、試料を調整する際に、軽質無水ケイ酸の存在によって、それだけ結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化したためである。 (ウ) 賦形剤との相互作用による吸熱量の低下について 被告製剤中に賦形剤のような混在物があるからといって結晶の融解熱が変化することはなく、また、原告は、試料に熱履歴を与える等の種々の実験により、賦形剤と結晶形塩酸ニカルジピンとの相互作用の有無を測定したところ、いずれも影響は見られなかった(甲第19ないし第21号証)。 (エ) 検量線について 融解熱DSC測定法の場合には、測定値(融解吸熱量)から直接に結晶形塩酸ニカルジピンの量が算出されるのであるから、検量線を作成することは不要である。 (2) 被告製剤の製法に基づく主張 ア 被告製剤の製剤方法と基本的に同一である、被告大正薬品が「ニカルジピン持続性剤とその製造方法」の名称で平成4年11月13日に特許出願している方法(特開平6−157313号、甲第11号証)に従って追試を行い、得られた製剤について融解熱DSC測定法、粉末X線回折測定法及び赤外線吸収スペクトル分析を実施したところ、得られた製剤中の塩酸ニカルジピンの約40%強が無定形化していることが認められた(甲第12、第13号証、第51、第52号証)。 イ 被告製剤は、製剤過程において結晶形塩酸ニカルジピンのかなりの部分が含水エタノールに溶け無定形化するが、製剤中の軽質無水ケイ酸は、エタノールに溶けた無定形塩酸ニカルジピンによってほぼ完全に覆われてしまい、無定形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸と直接接触することはなくなるから、被告製剤について、吸着熱が発生する余地はない。 (3) 原告製剤の効能書に基づく被告らの主張((2))に対する反論 被告らが指摘する原告製剤の効能書の記載は、原告製剤の有効成分である塩酸ニカルジピンについての一般的性状を記載した部分であり、製剤中での性状を記載しているわけではない。原告は、結晶形塩酸ニカルジピンを原料として、他の成分とともに溶剤に溶解して噴霧乾燥する製剤方法をとっており、これによって結晶形塩酸ニカルジピンがすべて無定形化している。 (4) ガラス転移点DSC測定法に基づく被告らの主張((4))に対する反論 ア 結晶の融点や融解熱が物質によって一定した固有値であるのに対し、ガラス状態というのは一様ではなく、ガラス転移温度は、加熱や冷却の温度を変えるだけで変動し、また、単一物質のガラス状態と混合物中のガラス状態とでは、性質が異なるはずである。したがって、ガラス転移過程のDSC曲線もガラス状態に応じて多種多様であり、安定した定量性(再現性)を認めることができない。このように、ガラス転移点DSC測定法は、融解熱DSC測定法と比べて、定量分析法として一般に実用に供し得るとの認識が成立しているものではなく、定量分析が可能であるとしても、極めて限られた条件下でのみ適用され得るにすぎない。実際、ガラス転移点DSC測定法によって原告側で種々の実験を行ったところ、安定した再現性が認められない(甲第34号証、第36号証)。 イ 混合物のガラス転移点の温度は、単一物のそれと異なり、ゴードン−テイラー式に従って混合比率等によって変わるから、これを考慮していない被告らの主張は採用することができない(甲第58ないし第62号証)。 (5) 粉末X線回折測定法に基づく被告らの主張((5))に対する反論 ア 一般的な信頼性について 粉末X線回折測定法は、装置、測定者、試料の状態等の要因により、安定した定量結果を得ることができず、文献上も定量分析には適切でないとされている。現に原告側の追試においても被告ら側の試験と大きな相違が生じた(甲第27号証)。 イ 回折角の選択について 被告らは、回折角のうちの一部について検量線を作成しているにすぎないが、その回折角の選択は恣意的である。しかも、粉末X線回折測定法における定量分析では、強度の強い回折角を選択すべきところ、被告らが選択した角度よりも回折強度の強い回折角では、有意な検量線を得ることができていない。また、粉末X線回折チャートにおける各回折角のピークは、一つの物質(結晶)の単位格子における別々の結晶面での回折を示しているのであるから、回折強度が結晶の存在量に比例するのであれば、原則としてどの回折角についても検量線が作成できなければならない。したがって、被告らが作成できたとする検量線は、偶然に作成できたものといわざるを得ない。 ウ 軽質無水ケイ酸の影響について 乙第7号証の実験においては、結晶形塩酸ニカルジピンと被告製剤に使用されている賦形剤をメノウ乳鉢で均一に混合しているが、賦形剤には軽質無水ケイ酸が含まれているから、その作用により、検体を調整する過程で、結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化することになる。結晶形塩酸ニカルジピンのX線回折強度は、軽質無水ケイ酸の添加量が増すに連れて顕著に低下するのであり(甲第22号証、第32号証)、乙第7号証の実験においては、軽質無水ケイ酸の配合量が異なる種々の試料を用いて検量線を作成したのであるから、このような試料によって、結晶形塩酸ニカルジピンの量と回折強度との間の検量線を作成できるはずがなく、できたとしても偶然にすぎない。 エ 磨り潰しによる無定形化について 粉末X線回折法の分析試料とするためには磨り潰しが必要であり、メノウ乳鉢で結晶形塩酸ニカルジピンを軽質無水ケイ酸と混合して標準サンプルを調整する場合、結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化を避け難く、また、メノウ乳鉢による混合によっては均一な試料が得られず、粉末X線回折法の結果には信頼性がない。 (6) 偏光顕微鏡観察法に基づく被告らの主張((6))に対する反論 被告らは、乙第6号証により、被告製剤の写真には無定形塩酸ニカルジピンが観察されないと主張するが、ガラス状物質というのは、試料の粉砕条件や他物質との混合の有無等によって大きさや形状が変化し得るのであるから、被告製剤の写真を標準品の無定形塩酸ニカルジピンの写真と比較して論じることはできない。 また、浸潤液としてイマージョン油を用いた原告の追試結果によれば、被告製剤の写真には、結晶形の存在を示す干渉光が観察されたが、それに加えて、標準の無定形塩酸ニカルジピンの粒子によく似たガラス状の粒子も観察された(甲第23号証)。さらに、浸潤液としてオリーブ油を用いた原告の追試結果によっても同様の結果が得られた(甲第38号証)。 このように、偏光顕微鏡観察法の結果は、原告の主張を裏付けているものというべきである。 【被告らの主張】 被告製剤中の塩酸ニカルジピンは、ほぼすべてが結晶形である。 (1) 被告製剤の製法に基づく原告の主張((2))に対する反論 ア 被告製剤の製法の基本的部分は、被告大正薬品出願に係る特開平6−157313号公開特許公報(甲第11号証)記載の技術によるものである。この特許出願は、その出願前に本件発明が公知となっていたにもかかわらず、特許第2939069号として特許登録されており、このことからも、被告製剤の製法が本件発明とは全く別異の発明であり、本件発明と全く無関係な独自の技術思想のものであることが明らかである。 被告製剤の原料たる塩酸ニカルジピンは結晶形であるが、被告らは、これを用いて被告製剤を製造するに当たり、その結晶性を喪失させる何らの手段を施していない。被告製剤の徐放性は、無定形塩酸ニカルジピンによってではなく、被告ら独自の製剤方法によって得られている。 イ 被告製剤の原料中の結晶形塩酸ニカルジピンの一部は、製剤過程で含水エタノールに溶解し無定形化するが、再結晶化する。製剤過程で含水エタノールに溶解し無定形化した塩酸ニカルジピンによって賦形剤に含まれる軽質無水ケイ酸がほぼ完全に覆われることを裏付ける証拠はない。 (2) 原告製剤の効能書について 被告製剤は、原告が製造販売している「ペルジピンLA20mg」、「ペルジピンLA40mg」(以下「原告製剤」という。)の後発医薬品として、厚生大臣からその製造販売の承認を得たものであるから、被告製剤に使用されている塩酸ニカルジピン原末は、原告製剤のそれと同一性があることが確認されているところ、原告製剤の効能書(甲第4号証)には、「有効成分の理化学的知見」として、「塩酸ニカルジピンは帯緑黄色の結晶性の粉末」と記載されている。このように原告製剤中の塩酸ニカルジピンが結晶性である以上、その後発医薬品たる被告製剤中の塩酸ニカルジピンも結晶性である。 (3) 融解熱DSC測定法に基づく原告の主張((1))に対する反論 融解熱DSC測定法は、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの量を定量する方法であるにすぎず、無定形塩酸ニカルジピンの量を直接に定量するものではないことに伴う錯乱要因がある。加えて、結晶形塩酸ニカルジピンを定量する際にも種々の要因によって測定値が変動、錯乱し、結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が実際よりも過少に測定される欠陥がある。 ア 被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの結晶化度 原告は、被告製剤の吸熱量から結晶形塩酸ニカルジピンの量を計算するに当たって、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの結晶化度がすべて100%であることを前提に、その単位重量当たり融解熱を用いて計算をしている。しかし、結晶構造を持つ化合物は何らかの意味で配列の乱れを持つ不完全な結晶であるのが通常であり、すべてが完全結晶であることは極めて少ない。不完全結晶の単位重量当たり融解熱は完全結晶よりも小さいから、原告の計算方法によれば、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンは、実際よりも過少となる。 イ 軽質無水ケイ酸との相互作用による吸熱量の低下 被告製剤には、軽質無水ケイ酸が賦形剤として含まれているが、融解熱DSC測定法の昇温過程においては、結晶形塩酸ニカルジピンの融体が軽質無水ケイ酸に吸着され、その際に吸着熱が発生する等の相互作用のため、結晶形塩酸ニカルジピンの融解による吸熱量が実際よりも過少に測定され、その結果、結晶形塩酸ニカルジピン量が過少に計算されることとなる。実際、被告製剤中に含まれるのと同一の割合で結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸とを混合した検体について融解熱DSC測定法を実施すると、塩酸ニカルジピンのすべてが結晶形であるはずのところが、60%しか結晶形でない(すなわち40%は無定形である)旨の計算結果となった(乙第2号証)。 ウ 賦形剤との相互作用による吸熱量の低下 被告製剤には、軽質無水ケイ酸を始め、種々の物質が賦形剤として含まれているが、融解熱DSC測定法の昇温過程においては、これらの賦形剤と結晶形塩酸ニカルジピンとの相互作用により、結晶形塩酸ニカルジピンの融解による吸熱量が過少に測定されることとなる。実際、結晶形塩酸ニカルジピン原末と被告製剤の双方について、165℃の熱履歴を与えた上で融解熱DSC測定法を実施し、その融解吸熱量を熱履歴を与えない場合と比較したところ、結晶形塩酸ニカルジピン原末の場合には10%の融解吸熱量の低下にとどまったのが、被告製剤の場合には、31.4%も低下するに至った(乙第11号証)。 エ 検量線の不存在 融解熱DSC測定法は、このように共存物質の影響によって測定吸熱量に影響が生じる測定法であるから、これを用いて結晶形塩酸ニカルジピンの定量を行うに当たっては、種々の賦形剤との共存下における検量線を作成した上で定量すべきであるのに、原告はそれを怠っている。 (4) ガラス転移点DSC測定法について ア 基本的主張 ガラス転移点DSC測定法は、直接に無定形物の定量を行う測定法であり、実験条件を慎重に整えれば再現性もあるから、融解熱DSC測定法よりも信頼性がある。現に、試料の熱履歴等の錯乱要因を排除した上でガラス転移点DSC測定法を実施すると、賦形剤が共存する条件下でも無定形塩酸ニカルジピンの量を再現性よく定量することができたのであり、それによれば、被告製剤中には無定形塩酸ニカルジピンは存在しないことが確認された(乙第24号証)。 イ 原告の主張((4))に対する反論 (ア) 原告が指摘する原告側の実験(甲第34号証、第36号証)では、実験技術の未熟や対象試料の状態の変化等のために再現性が得られなかったか、又は理論上もしくは実験上の誤差の範囲で被告らの実験結果と合致しているのであり、ガラス転移点DSC測定法の信頼性に問題はない(乙第29号証)。 (イ) ゴードン−テイラー式は、2物質のガラス転移温度が十分離れていることが適用の前提であるところ、被告製剤中の塩酸ニカルジピンとCMECのガラス転移温度は互いに近接しているから、被告製剤にゴードン−テイラー式は妥当せず、その分析に乙第24号証のようなガラス転移点DSC測定法を用いることに問題はない(乙第55号証)。 (5) 粉末X線回折測定法について ア 基本的主張 粉末X線回折測定法は、種々の文献において定量分析にも適する旨記載されている方法であるが、融解熱DSC測定法と異なり、塩酸ニカルジピンのような化合物を構成する分子の配列状態を、あるがままの存在状態で調べる物理的手段であり、常温の下で、何らの外的刺激を加えることなく実施され、測定目的を達するものであるから、融解熱DSC測定法と比べて測定結果を信頼できるものである。 そこで、結晶形塩酸ニカルジピンと被告製剤に使用する賦形剤成分との混合試料を作り、それらの混合割合を変化させて、結晶形塩酸ニカルジピン量と回折線強度との関係を示す検量線を作成した上、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピン量を測定したところ、約95%であった(乙第7号証、第10号証)。 イ 原告の主張((5))に対する反論 (ア) 粉末X線回折測定法の一般的信頼性について 粉末X線回折測定法は、種々の文献でも定量分析に適する旨が記載されており、一般的な信頼性に問題はない。 (イ) 回折角の選択について 検量線作成のための回折角の選択については、種々の文献でも選択する回折角度は1本で足りる旨が記載されており、本件では、他物質のX線回折の影響を受けない回折角を選択したにすぎない。 (ウ) 軽質無水ケイ酸の影響について 軽質無水ケイ酸がその他の賦形剤と共に結晶形塩酸ニカルジピンと共存している組成物について、各物質のX線吸収係数のみを考慮した理論的検量線を作成してみると、原告の実験結果(甲第22号証)は、誤差の範囲で理論的検量線に符合する。したがって、軽質無水ケイ酸の共存による影響は、結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化によるものではなく、X線吸収係数の相違によるものであり、それは被告らの検量線作成の際に理論的に補正されている(乙第14号証)。 (エ) 磨り潰しによる無定形化について 結晶形塩酸ニカルジピンを無定形化させずにメノウ乳鉢で均一に混合することは可能であり、磨り潰しによる無定形化を生じさせずに、粉末X線回折法の分析試料を作ることはできる。 (6) 偏光顕微鏡観察法について ア 基本的主張 偏光顕微鏡観察法では、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの定量はできないが、融解熱DSC測定法と比べて、被告製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが存在しないことを写真を通して肉眼で確認できる点に長所がある。そして、無定形品だけを含む原告製剤の写真では、N観察法では結晶に由来する特有の光輝(干渉光)が見られず、NGP観察法では無定形品の輪郭が見られるのに対し、被告製剤の写真においては、結晶に由来する干渉光ばかりを示し、無定形品が含まれていないことが示されている(乙第6号証)。 イ 原告の主張((6))に対する反論 原告指摘の被告製剤の偏光顕微鏡写真に写っているガラス状物質(甲第38号証)は、賦形剤の可能性が高い(乙第30号証、第33号証)。また、浸潤液にイマージョン油を使用する(甲第23号証)のは不適当である。 3 争点(3)(損害及び不当利得の額)について 【原告の主張】 (1)ア 被告大正薬品は、平成8年4月30日までに製造販売した被告製剤の販売額2億9337万5085円のうち、実施料率5%を乗じた額に当たる1466万8000円を不当に利得し、原告は、同額の損失を被った。原告は、このうち1385万8000円を請求する。 イ 原告は、無定形塩酸ニカルジピンを使用する持続性(徐放性)製剤を商品名「ペルジピンLA20mg」、「ペルジピンLA40mg」として販売しているところ、被告大正薬品による本件特許権の侵害行為により、損害を被った。被告大正薬品が平成8年5月1日から平成11年2月28日までに製造販売した被告製剤の販売額4億4357万8035円のうち、製造原価57.4%及び販売経費5.8%の合計63.2%を除いた36.8%に当たる1億6323万6717円(1億6323万6717円=4億4357万8035円×0.368)が、同被告の得た利益の額であり、特許法102条2項により、原告が受けた損害の額と推定される。原告は、このうち9932万4000円を請求する。 ウ 原告は、被告大正薬品に対し、上記ア及びイの請求額の合計1億1318万2000円(1億1318万2000円=1385万8000円+9932万4000円)並びにこれに対する請求及び不法行為の後である平成11年4月22日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (2)ア 被告日清キョーリンは、平成8年4月30日までに販売した被告製剤の販売額8057万0300円のうち、実施料率5%を乗じた額に当たる402万8515円を不当に利得し、原告は、同額の損失を被った。原告は、このうち402万円を請求する。 イ 原告は、前記(1)イと同じく、被告日清キョーリンによる本件特許権の侵害行為により損害を被ったところ、被告日清キョーリンが平成8年5月1日から平成11年2月28日までに販売した被告製剤の販売額9126万1000円のうち、製造原価66.6%及び販売経費10%の合計76.6%を除いた23.4%に当たる2135万5074円(2135万5074円=9126万1000円×0.234)が、同被告の得た利益の額であり、特許法102条2項により、原告が受けた損害の額と推定される。原告は、このうち1598万円を請求する。 ウ 原告は、被告日清キョーリンに対し、上記ア及びイの請求額の合計2000万円(2000万円=402万円+1598万円)並びにこれに対する請求及び不法行為の後である平成11年4月22日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 【被告らの主張】 (1) 【原告の主張】(1)ア、イのうち、被告大正薬品が平成8年4月30日までに製造販売した被告製剤の販売額が2億9337万5085円であること、同年5月1日から平成11年2月28日までに製造販売した被告製剤の販売額が4億4357万8035円であることは認める。被告大正薬品の販売高から変動経費を除いた利益は16.3%であり、一般管理費をも除いた利益は3.6%である。 (2) 【原告の主張】(2)ア、イのうち、被告日清キョーリンが平成8年4月30日までに販売した被告製剤の販売額が8057万0300円であること、同年5月1日から平成11年2月28日までに販売した被告製剤の販売額が9126万1000円であることは認める。被告日清キョーリンの販売高から変動経費を除いた利益は5.3%であり、一般管理費をも除いた利益は0%である。 (3) 本件発明の相当な実施料率は3%である。 本件発明は、無定形塩酸ニカルジピンを含有することを唯一の要件とするものであるから、損害額算定に当たっては、被告製剤中に占める無定形塩酸ニカルジピンの存在率をもって、寄与率とすべきである。 第4 争点に対する当裁判所の判断 1 争点(1)(本件発明の技術的範囲)について (1) 本件発明の特許請求の範囲の記載には、無定形塩酸ニカルジピンの含有量について限定的な記載はない。また、本件特許公報(甲第2号証)によれば、本件明細書には次の記載があるものと認められる。 ア 「ニカルジピンは冠および脳血管拡張作用を有し脳血管障害、高血圧および狭心症の治療薬として有用である。」(本件特許公報2欄8行ないし10行) イ 「ニカルジピンまたはその塩は日本薬局方\第1液に対する溶解性は良好であるので通常の製剤で充分その薬効を発現するが、日本薬局方\第2液には難溶性であって腸溶性に劣るためにその持続性製剤の実現が困難であった。」(同2欄11行ないし15行) ウ 「本発明者らはこのような技術下にニカルジピンの持続性製剤について種々研究を重ねた結果、意外にもニカルジピンを無定形(amorphous)にすることにより腸溶性を改善する添加物を配合することなく優れた持続性効果を有するニカルジピンの製剤用組成物が得られることを見出し本発明を完成した。本発明は無定形ニカルジピンまたはその塩を含有する医薬組成物を提供するもので本発明組成物はニカルジピンの腸液における溶解度が小さいにもかかわらず腸管粘膜からの吸収性に優れ、長時間にわたり安定したニカルジピンの有効血中濃度を維持できる。」(同2欄31行ないし3欄5行) エ 「本発明において無定形ニカルジピンはニカルジピン原末を摩擦粉砕して得ることができるが、好ましくはボールミルまたは振動ボールミルで微細粉末にすることにより得られる。」(同3欄6行ないし9行) オ 「粉砕するに際しては砕料の付着、凝集を減少させその微細化を図るために粉砕助剤の添加が好ましく、たとえば乳酸カルシウム・・・等の添加が好ましい。」(同3欄17行ないし23行) カ 「ニカルジピン原末の配合量は適宜選択できるが通常組成物中その全重量に対して5〜90%、好ましくは10〜70%、さらに好ましくは20〜40%である。」(同3欄25行ないし29行) キ 「ニカルジピン原末は通常結晶形を有するが(たとえばニカルジピン塩酸塩は融点168〜170℃の結晶)、原末製造過程で無定形のものを得ることも可能でありその場合にはそのまま本発明の組成物となすことができる。」(同3欄29行ないし33行) ク 「本発明のニカルジピンの無定形の微細粉末はこれに例えばオイドラギットRLやRS(商品名)等を用いて遅効性コーティングを施しただけで持続性効果が達成されるが、微細粉末化工程前後においてpH依存性添加剤、増粘剤または水不溶性添加剤等を添加し、これを製剤化することにより持続性効果を得ることもできる。」(同3欄34行ないし40行) ケ 「本発明組成物は常法により成形して顆粒剤、錠剤、丸剤、カプセル剤に調製することができる。これらの製剤を調製する際に通常使用される賦形剤、結合剤、崩壊剤等をさらに添加することもできる。」(同4欄20行ないし24行) (2) これらの明細書の記載からすれば、本件発明は、およそ従来は持続性効果を有することが知られていなかった無定形ニカルジピンに同効果を有することを見出して、それによる持続性製剤用組成物を得た点に特徴を有するものであると認められる。また、本件明細書を通覧しても、本件発明の組成物たるために、製剤の全ニカルジピン中にどの程度の無定形物が含有されている必要があるのかについて特段の記載をしている箇所はない(先に(1)カで引用した記載部分は、本件発明に係る組成物を得る方法として、結晶形ニカルジピンに粉砕助剤を添加して摩擦粉砕する方法による場合の結晶形ニカルジピン原末の配合割合を記載しているにとどまり、製剤の全ニカルジピン中の無定形物の含有割合を示すものではない。)。 (3) 甲第69号証、乙第5号証、第22号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。塩酸ニカルジピンは、原告が創製した化合物であり、これについての最初の特許は、特公昭56−6417号特許公報記載の特許(出願日昭和48年4月17日、出願公告日昭和56年2月10日)であり、その実施例7、8に、塩酸ニカルジピンの結晶が記載されていた。原告は、結晶形塩酸ニカルジピンの製剤(商品名「ペルジピン錠」)につき、昭和56年5月1日に薬事法に基づく製造承認を得て、同年9月1日から販売を開始した。なお、原告が製造した結晶形塩酸ニカルジピンの原末の供給を受けて製造された三井製薬の結晶形塩酸ニカルジピンの製剤も、原告の製剤と同時に製造承認を得た。本件発明の特許出願日は昭和55年3月22日であり、最初の塩酸ニカルジピン製剤が発売される前であった。 この認定事実によれば、本件出願当時、未だ塩酸ニカルジピン製剤は製造販売されていなかったから、その後に製造販売された結晶形塩酸ニカルジピン製剤に不純物として無定形塩酸ニカルジピンが含まれる場合があり、統計的にその含有量が明らかにされたとしても、本件発明が、そのような不純物としての量を超える含有量を前提にしているものと解することはできない。 (4) 以上からすれば、製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含まれていれば、その量が極微量で本件発明の作用効果を生じないことが明らかであるような場合を除き、その製剤は本件発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。 (5) これに対して被告らは、本件発明の組成物が実用的な持続性効果を発揮するために、無定形塩酸ニカルジピン又はその塩をどの程度含有する必要があるかについて何ら記載がなく、明細書には全量が無定形塩酸ニカルジピンである場合しか開示されていないから、本件発明の技術的範囲は、全量が無定形塩酸ニカルジピンの場合に限られるべきであると主張する。 しかし、前記のように、本件発明は、無定形塩酸ニカルジピンに腸管粘膜からの吸収性に富み優れた持続性効果を有することを見出した点に特徴を有するものであるから、無定形塩酸ニカルジピンの含有量が低い場合には持続性効果を有しないことをうかがわせる証拠もない以上、本件発明の技術的範囲を、製剤中の含有塩酸ニカルジピンのすべてが無定形の場合に限定して解釈することはできない。 (6) また被告らは、本件発明の特許出願以前から現在の日本薬局方と同じ規格の結晶形塩酸ニカルジピンが公知であり、その融点が167℃ないし171℃のものと記載されていたところ、過去約7年間に市場で入手し得た結晶形塩酸ニカルジピンには、この融点規格を満たしながら、約50%の無定形塩酸ニカルジピンを含有するものがあった(乙第22号証)から、少なくとも約50%の無定形化物を含む常法による塩酸ニカルジピン製剤は公知物質として、本件発明の技術的範囲から除外されるべきであると主張する。 しかし、乙第22号証によっても、無定形物の含有率が10%を超えるのは、検体15(含有率47.1%、購入年月日平成7年10月18日、融点169℃)及び検体16(含有率15.6%、購入年月日平成9年11月10日、融点169.5℃)のみであるから、乙第22号証から直ちに、無定形物を約50%含む結晶形塩酸ニカルジピンが一般的であったということはできないし、前記(3)のとおり、本件出願時には、塩酸ニカルジピン製剤は製造販売されておらず、本件発明が、不純物としての量を超える無定形塩酸ニカルジピンの含有量を前提にしているものと解することはできない。また、被告らは、乙第22号証の検体の融点が日本薬局方の塩酸ニカルジピンの融点規格(乙第3、第4号証)を満たすことをその主張の根拠とするが、前記融点規格を満たす結晶形塩酸ニカルジピンが本件発明の出願前からニカルジピン製剤に利用されていたことを仮に前提とするとしても、その融点規格を満たすことから直ちに無定形物の含有量の同一性までを推認することはできず、現に乙第22号証の各検体を見ても、融点規格を満たしながら無定形物の含有量は区々である。 以上より、被告らの前記主張は採用できない。 (7) 被告らは、無定形塩酸ニカルジピンの割合が80%以上であること及び遅効性コーティングが施されていることが本件発明の必須要件である旨、また、40%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されていても本件発明の技術思想を利用したことにはならない旨主張する。しかし、本件明細書中には、製剤中にどの程度の無定形塩酸ニカルジピンが含有されている必要があるかにつき特段の記載をしている箇所はなく、無定形塩酸ニカルジピンの存在量及び存在形態につき、被告ら主張のような限定があることをうかがわせる記載はない。また、薬剤の吸収速度は製剤方法等によっても大きく影響されると解されるから(弁論の全趣旨)、一般の持続性剤における遅効性部分と早期吸収部分の割合から直ちに本件発明における無定形塩酸ニカルジピンの含有量が決められるものではない。したがって、被告らの前記主張は、採用することができない。 (8) さらに被告らは、本件発明の出願前から公知常用の製剤方法である軽質無水ケイ酸の配合によって原末たる結晶形ニカルジピンが無定形化した場合には、本件発明の技術的範囲から除外されるべきであると主張する。しかし、本件発明は、製剤中に含まれる無定形塩酸ニカルジピンがどのように生成されるかという点につき限定を加えるものではないから、被告らの前記主張は、採用することができない。 また、被告らは、軽質無水ケイ酸の配合による無定形化と区別するために、本件発明の技術的範囲は、本件明細書の実施例に開示されたような、特殊な摩擦粉砕の方法を用いて無定形塩酸ニカルジピンを得た場合に限定すべきであり、現に原告も、後願の特許出願の明細書(乙第20号証)において、本件発明の特徴を前記の点に求めていると主張する。 しかし、本件発明は物の発明であって方法の発明ではない上に、無定形塩酸ニカルジピンの製造方法が摩擦粉砕の方法に限定されないことは先に引用した明細書の記載((1)キ)に照らして明らかである。また被告らが指摘する乙第20号証には、「ニカルジピンの持続性製剤としては・・・ニカルジピン結晶を必要により粉砕助剤を用いて摩擦粉砕し、更に粉砕の前後いずれかにpH依存性添加剤、増粘剤などを加えて持続製剤とする方法(特開昭56−133217号)が知られている」(乙第20号証4欄7行ないし23行)として本件発明の公開特許公報が引用されていることが認められるが、乙第20号証に係る発明は、ニカルジピン原末、腸溶性基剤(又は胃溶性基剤)及び界面活性剤等を用いてニカルジピン持続性製剤用球形顆粒を製造する具体的製剤方法を発明した点に特徴があるものと認められるところ、先に引用した記載は、ニカルジピン持続性製剤を得るための具体的製造方法という観点から、本件発明の公開特許公報の記載を引用したにすぎないものであると解されるから、前記記載を根拠に、本件発明の技術的範囲を限定することはできない。なお乙第20号証には、前記記載に続いて、「これらの方法で得られたものは投与後短時間に有効血中濃度まで上昇しない、最低有効血中濃度が充分持続しない、血中濃度の個体間変動が大きい等の欠点がみられた」との記載があるが、先に(2)で述べた本件発明の特徴からすれば、この欠点は本件発明に係る持続性製剤用組成物を実施化するに当たり、更に改良すべき点が存在することを示すにとどまるものであるから、それを根拠に直ちに本件発明の技術的範囲を限定して解釈することはできない。 2 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちの融解熱DSC測定法による検討について (1) 甲第6号証の1によれば、被告製剤について融解熱DSC測定を行ったところ、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有割合は、各回の実験数値を平均すると、47.2%と計算され、甲第6号証の2によれば、43.1%と計算されたことが認められる。具体的な測定及び計算過程を甲第6号証の1に基づき明らかにすると、次のとおりである(甲第6号証の1によれば、検定試料中の無定形塩酸ニカルジピンの割合を測定するために3回の実験が行われているから、3回の実験で測定値が異なる場合(甲第6号証の1、4頁表2)は、その各数値も記載する。)。 ア 結晶形塩酸ニカルジピンの1g当たり融解吸熱量を融解熱DSC測定法によって求めると平均値で85.08J/gであった。 イ 被告製剤中の塩酸ニカルジピン含有量は、28.5%であった。 ウ 被告製剤第1回4.97mg、第2回5.12mg、第3回5.07mgについて融解熱DSC測定法を実施し、結晶形塩酸ニカルジピンの融解温度(167ないし171℃)付近での吸熱量を測定すると、第1回63.47mJ、第2回66.87mJ、第3回63.58mJであった。 エ したがって、被告製剤第1回4.97mg、第2回5.12mg、第3回5.07mg中の結晶形塩酸ニカルジピンの量は、第1回0.746mg(0.746mg=63.47mJ÷85.08J/g)、第2回0.786mg(0.786mg=66.87mJ÷85.08J/g)、第3回0.747mg(0.747mg=63.58mJ÷85.08J/g)である。 オ 他方、被告製剤中の塩酸ニカルジピンの総量は、第1回1.416mg(1.416mg=4.97mg×0.285)、第2回1.459mg(1.459mg=5.12mg×0.285)、第3回1.445mg(1.445mg=5.07mg×0.285)である。 カ したがって、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有量は、第1回0.670mg(0.670mg=1.416mg−0.746mg)、第2回0.673mg(0.673mg=1.459mg−0.786mg)、第3回0.698mg(0.698mg=1.445mg−0.747mg)である。 キ 被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有割合は、第1回47.3%(0.473=0.670mg÷1.416mg)、第2回46.1%(0.461=0.673mg÷1.459mg)、第3回48.3%(0.483=0.698mg÷1.445mg)となる。 この3回の平均は、47.2%(47.2%=(47.3%+46.1%+48.3%)÷3)である。 そして、甲第18号証によれば、結晶形塩酸ニカルジピンは少なくとも200℃までは昇華が生じないと認められるから、甲第6号証の融解吸熱量の測定には、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの昇華による影響はないと認められる。 このような甲第6号証の実験結果について、被告らは種々の問題点を指摘するので、以下検討する。 (2) まず被告らは、甲第6号証においては、被告製剤の吸熱量から結晶形塩酸ニカルジピンの含有量を計算するに当たって((1)エの過程)、完全結晶状態にある結晶形塩酸ニカルジピンの単位重量当たり融解吸熱量を分母としているが、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンがすべて完全結晶状態にあることはなく、不完全結晶の場合には単位重量当たり融解吸熱量が小さくなるから、甲第6号証の計算方法によれば、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が過少となり、その結果、無定形塩酸ニカルジピンの含有量が過大となる問題点があると主張する。 ところで乙第1号証及び弁論の全趣旨によれば、被告らは、被告製剤の原料として訴外株式会社三洋化学研究所の製造に係る結晶形塩酸ニカルジピンを使用しており、乙第1号証の4によれば、その中には製造番号95010のものが含まれていることが認められる。そして、この製造番号の結晶形塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量(J/g)は、80.19(乙第2号証)、81.75(乙第11号証)、83.60(乙第22号証)、83.85(乙第35号証)、85.91(乙第37号証)であると認められる。 そうすると、(1)アのとおり甲第6号証での計算に使用した結晶形塩酸ニカルジピンの単位融解吸熱量は85.08J/gであるから、被告製剤に原料として使用されている結晶形塩酸ニカルジピンの単位融解吸熱量とほぼ等しいものといえる。したがって、甲第6号証の計算において、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が過少に導かれたということはできない。 (3)ア 次に被告らは、被告製剤には賦形剤として軽質無水ケイ酸が含まれているところ、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸が共存していれば、結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量が過少に測定されることになる((1)ウの過程)ため、それだけ結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が過少に算出されるとの問題点を指摘する。 イ 確かに、乙第2号証によれば、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸とを被告製剤中の配合処方比(前者が約55%、後者が約45%)で配合(メノウ乳鉢で均一に混合)した試料について甲第6号証と同様の方法で融解熱DSC測定を行うと、試料中の結晶形塩酸ニカルジピンの融解による吸熱量は、試料中の配合量から計算した理論値と比べて41.0%低く測定されることが認められる。 また、乙第35号証(検体1ないし4)によれば、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸とを種々の混合比で配合(振とう機で5分間振とうして混合)した試料について融解熱DSC測定法を実施したところ、試料中の結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は、@結晶形塩酸ニカルジピン15%(軽質無水ケイ酸85%)の場合には理論値と比べて52.3%低く、A同35%(同65%)の場合には35.7%低く、B同55%(同45%)の場合には28.9%低く、C同75%(同25%)の場合には23.9%低く測定されたことが認められる。 ウ これらの吸熱量低下の原因について、被告らは、軽質無水ケイ酸が結晶形塩酸ニカルジピンの融体を吸着する際に発生する吸着熱のために、結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量が相殺されたのであると主張し、乙第42号証、第46号証によれば、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の混合開始直後の初期ピークの発熱量は、168℃の実験においては14J/g、178℃の実験において22J/gであり、相当程度の吸着熱がある旨主張する。 しかし、甲第42号証によれば、乙第42号証における実験と同じ装置を用いて行った実験において、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を被告製剤における配合割合にほぼ等しい7:6で混合した場合、168.3℃の状態下での軽質無水ケイ酸の吸着熱量は、結晶形塩酸ニカルジピン1g当たり2Jであると認められ、甲第42号証は追試可能な程度にその内容が明らかにされている。したがって、乙第42号証、第46号証により得られた吸着熱量は、甲第42号証に照らし、直ちに信用できるものとはいえない。 エ 他方、原告は、乙第2号証及び第35号証における融解吸熱量の低下の原因について、試料調整過程において、軽質無水ケイ酸の作用により結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化したためであると主張するので検討するに、まず、甲第8、第9号証によれば、一般に軽質無水ケイ酸は、その広い表面にあるシラノール基のために、結晶を非晶化(無定形化)させる性質があることが認められる。 また、甲第32号証記載の実験は、組成が同じSiO2である石英砂(比表面積が小さい)と軽質無水ケイ酸(比表面積が大きい)を配合量を変えて、それぞれ一定量の結晶形塩酸ニカルジピンと混合させた試料(試料全体の重量を同一にするために他にCMECを加えて重量を調整している。)について粉末X線回折測定を実施した実験であるが、石英砂と軽質無水ケイ酸とは同一の組成を有してX線吸収係数も同一であるから、仮にそれらの配合によるX線回折強度の低下がX線吸収係数の影響にのみよるのであれば、それらの配合によるX線回折強度の低下も同一になるはずであるにもかかわらず、軽質無水ケイ酸を配合した試料の回折強度の方が、石英砂を配合した回折強度に比べて低下の程度が大きくなることが認められる。そして、同号証の図2によれば、このような差異は各配合割合を通じて安定して認められるから、これが実験誤差によるものとはいい難く、他にこの実験結果の信頼性を疑わせるに足りる証拠はない(甲第32号証に対する被告らの反論については、粉末X線回折測定法に関する検討の中でまとめて述べる。)。このうち石英砂については、乙第37号証(実験3)によると、結晶形塩酸ニカルジピン約48%と石英砂約52%を配合した試料について融解熱DSC測定法を実施したところ、結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量の低下は見られなかったことが認められるから、石英砂には結晶形塩酸ニカルジピンを無定形化する作用はないことが認められる。 以上よりすれば、甲第32号証における回折強度の相違は、軽質無水ケイ酸と結晶形塩酸ニカルジピンの摩擦配合による無定形化によるものと考えるのが合理的である。 さらに、乙第35号証(検体3、5及び6)によれば、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の配合量を同一とした試料について融解熱DSC測定を実施したところ、両成分の混合状態が均一であるほど融解吸熱量が低下していることが認められるが、この点も、上記の推認を裏付けるものである。 これに対し、乙第35号証(検体5)によれば、軽質無水ケイ酸と結晶形塩酸ニカルジピンを重ね置いただけの試料でも融解吸熱量は16.3%低下することが認められ、被告らはこのことから、このような無定形化がほとんど起こらないような状態でさえ融解吸熱量が相当程度低下する点で、軽質無水ケイ酸が混在していると融解吸熱量が過少に測定されると主張する。しかし、融解熱DSC測定法は検体の吸熱量を測定するものであるから、検体全体の比熱を均質化して実施する必要があるところ、上記検体5では検体全体の比熱が均質化されていない点に問題がある上、そのように試料の状態が異なる実験結果を直ちに被告製剤のそれと比較することにも問題がある。さらに、軽質無水ケイ酸の粒子は極めて細かいから(乙第16号証の注3)、結晶形塩酸ニカルジピンとの境界面で混合接触して無定形化が生じることも考えられる。したがって、被告らの上記主張は採用できない。 また、乙第37号証によれば、軽質無水ケイ酸と組成(SiO2)及び吸着性を有する点で同一のシリカゲルと結晶形塩酸ニカルジピンとを35:8の割合で混合(試料をセルに入れて振って混和)した試料について融解熱DSC測定法を行ったところ、結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は理論値から21.3%低下したが(実験1)、シリカゲルと結晶形塩酸ニカルジピンとを混合した後シリカゲルを除去した試料について融解熱DSC測定法を行ったところ、結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は理論値から低下しなかったことが認められ(実験2)、この実験2からすれば、シリカゲルとの混合によって結晶形塩酸ニカルジピンは無定形化しなかったものと認められる。そして、この点から被告らは、無定形化が生じていないにもかかわらず混合試料の融解熱量が低下した原因は、シリカゲルの混在下では融解熱DSC測定法による融解吸熱量は過少に測定されるとし、この点は同じ成分で同じく比表面積の大きい軽質無水ケイ酸でも同様であると主張する。 確かにシリカゲルは極めて大きな比表面積を有し、吸着性を有するが、軽質無水ケイ酸と異なり細孔性物質で、その平均細孔径は22ないし140Åであり(乙第38号証の表1・2参照)、固体状の結晶形塩酸ニカルジピンはシリカゲルの細孔内に入れないので、常温で振とうするだけでは無定形化が生じないものと考えられる。他方、昇温によって結晶形塩酸ニカルジピンが融解して液状となると右細孔内に入ることができるようになるところ、右実験におけるシリカゲルの配合割合は、被告製剤における配合割合よりもはるかに大きいから、吸着熱の影響もそれだけ無視できない大きさになっていることも考えられる。また、原告も指摘するように、シリカゲルについての実験結果をどこまで軽質無水ケイ酸の場合に適用し得るのかも問題がある。したがって、乙第37号証から直ちに軽質無水ケイ酸による結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化の推認を覆すことはできない。 以上によれば、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の混合により吸着熱が発生するとしても、その熱量が14ないし22J/gほどあるとは直ちに認められず、乙第2号証及び第35号証における融解吸熱量の低下の主たる原因は、試料調整過程において、軽質無水ケイ酸の作用により結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化したためであると認めるのが相当である。 (4) 次に被告らは、融解熱DSC測定法によれば、軽質無水ケイ酸を初めとする種々の賦形剤と結晶形塩酸ニカルジピンとの相互作用により、融解吸熱量が過少に測定される((1)ウの過程)と主張する。 被告製剤に使用される賦形剤のうち、軽質無水ケイ酸の影響については、(3)で検討したとおりであるから、ここでは、その余の賦形剤成分の影響について検討するに、乙第11号証によれば、結晶形塩酸ニカルジピン原末と被告製剤について、それぞれ165℃の熱履歴を与えた試料と熱履歴を与えない試料の双方について融解熱DSC測定を実施し、融解吸熱量を比較すると、結晶形塩酸ニカルジピン原末の場合には熱履歴を与えると融解吸熱量は10.0%低下しただけであったのが、被告製剤では31.4%も低下したことが認められる。 被告製剤の賦形剤中には、軽質無水ケイ酸のほか、前記基礎となる事実に記載された成分が含まれているところ、軽質無水ケイ酸による昇温過程での吸着熱の発生は先に検討したとおりそれほど多くないことからすると、被告ら主張の相互作用は、それが仮に存在するとすれば他の賦形剤成分によるものということになる。そして、乙第2号証によれば、結晶形塩酸ニカルジピン40%にその他賦形剤成分60%を配合した試料(検体2。前記基礎となる事実によれば、この配合割合は被告製剤中のものと同じであると認められる。)に融解熱DSC測定法を実施した場合の結晶形塩酸ニカルジピン融解吸熱量は、配合割合に基づく理論値より7.1%低下したことが認められる。 この点について原告は、乙第11号証の結果について、同じ165℃の熱履歴を与えたものでも、被告製剤の場合には賦形剤の混合による融点降下があるから、熱履歴を施す際に100%結晶形塩酸ニカルジピン試料に比べて融解による無定形化が多量に生じたことが原因であると主張する。確かに乙第11号証における結晶形塩酸ニカルジピン及び被告製剤(共に熱履歴なし)についてのDSCチャート(図1及び図4)を見る限り、165℃までの融解吸熱量が全体の融解吸熱量に占める割合(これが同温度までに融解した結晶形塩酸ニカルジピンの割合をおおよそ示すものであると考えられる。)は、被告製剤における方が大きく、それだけ熱履歴過程での融解量も大きいものとはいえる。しかし、その割合が全体の約30%にも達しているとはいい難く、融解による無定形化のみで乙第11号証の結果を説明することはできない。 また、原告は、甲第19ないし第21号証の結果をもって昇温時の共存物質による影響がないことが示されていると主張するが、それらはいずれも結晶形塩酸ニカルジピンの融解温度付近における吸熱量に対する影響の存否を直接に示すものではない。 以上よりすれば、乙第11号証の融解吸熱量の低下は、昇温過程での融解による無定形化、軽質無水ケイ酸の影響及びその他の賦形剤の影響が重なって生じたものと推認するのが相当である。前記のとおり被告らは、乙第11号証による31.4%の吸熱量低下分のすべてが賦形剤と結晶形塩酸ニカルジピンとの相互作用に基づくものであると主張するが、先に述べたところに照らして採用できない。 したがって、軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響は、吸熱量が7.1%程度低下するにとどまるといえる。 (5) さらに被告らは、融解熱DSC測定法が、無定形物の量を直接に定量するものではないことや、昇温させる過程で測定結果に影響が生じることを指摘して、その分析方法としての問題点を主張する。しかし、まず融解熱DSC測定法は、定量分析の方法として確立されており、測定結果についても各証拠の間で大差がないことから、一般的な信頼性を有する測定方法であるということができる。また、被告製剤中の塩酸ニカルジピンのうち結晶形でないものは無定形であるいうほかなく、しかも被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量を測定するに当たっての結晶化度及び賦形剤による影響は先に述べたとおりであるから、融解熱DSC測定法が無定形物を直接定量するものでないことを問題ということはできない。 また被告らは、甲第6号証が結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を初めとする賦形剤との混合物に関する検量線に基づかない計算をしていることを指摘するが、融解熱DSC測定法の実施過程における賦形剤(軽質無水ケイ酸を含む。)との相互作用については前記のとおりと認められるから、その影響を加味して検討するならば、それ以上被告ら主張の検量線が必要となるものではない。 (6) 以上によれば、甲第6号証の融解熱DSC測定法に基づいて算出された被告製剤中に含有される無定形塩酸ニカルジピンの割合(甲第6号証の1によれば47.2%、第6号証の2によれば43.1%)は、前記(3)の軽質無水ケイ酸の影響及び前記(4)のその他の賦形剤の影響による修正を考慮に入れる限度で信頼性があるといえる。そして、前記(3)ウのとおり、結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を被告製剤と同じ割合で配合した場合の吸着熱は2J/gと算出され、結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量(85.08J)の約2.4%にすぎず、前記(4)のとおり、軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響は、吸熱量が7.1%程度低下するにとどまるといえるから、軽質無水ケイ酸の影響及びその他の賦形剤の影響による修正は、それほど大きなものとはいえないと解される。 (7)ア ところで、前記(3)ウのとおり、被告らは、乙第42号証、第46号証により、結晶形塩酸ニカルジピンを軽質無水ケイ酸と混合した場合の吸着熱は、14ないし22J/gであると主張するところであるが、甲第42号証に照らし、その吸着熱の主張は、必ずしもそのとおり認められるものではない。しかし、無定形塩酸ニカルジピンが被告製剤中に最低でもどの程度以上に含まれるかを明らかにするため、仮に吸着熱が被告ら主張のとおり14ないし22J/gであったとした場合に、被告製剤中に含まれる無定形塩酸ニカルジピンの割合がどのように計算されるかについて検討する。 イ まず、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンが、融解吸熱量の測定において影響を与えるかについて検討する。 甲第12号証によれば、被告製剤の製造工程と基本的に同一の工程(特開平6−157313号公開特許公報(甲第11号証)の実施例1)により(被告製剤の製造工程が基本的に特開平6−157313号公開特許公報に記載の方法によるものであることは、当事者間に争いがない。)、塩酸ニカルジピンが完全に溶解する条件下で、塩酸ニカルジピン、軽質無水ケイ酸及びCMECを混合して製造したサンプルにつき、粉末X線回折により結晶の不存在が確認され、このサンプルについて融解熱DSC測定を行ったところ、塩酸ニカルジピンの結晶融点の領域(165ないし170℃)に何らの吸熱量のピークも確認されなかったことが認められる。また、甲第35、第36号証によれば、塩酸ニカルジピンの量を被告製剤の製造工程の約40%(特開平6−157313号公開特許公報の実施例1記載の量の40%)とし、軽質無水ケイ酸及びCMECを混合して製造したモデル製剤A−1、A−2につき、X線粉末回折によって結晶の不存在が確認され、このモデル製剤について融解熱DSC測定を行ったところ、塩酸ニカルジピンの結晶融点の領域に何らの吸熱量のピークも確認されなかったことが認められる。 このような実験結果からすると、融解熱DSC測定による被告製剤の融解吸熱量の測定において、無定形塩酸ニカルジピンは、影響を与えるものではなく、その存在は、考慮に入れる必要がないものと認められる。 ウ(ア) 結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱が14J/gであると仮定して、無定形塩酸ニカルジピンの割合を算出すると、次のとおりとなる。 (イ) 前記(1)アのとおり、結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は85.08J/gであり、吸着熱が14J/gであるとすると、結晶形塩酸ニカルジピンにつき実測される(換言すれば、見かけ上の)1g当たりの融解吸熱量は、71.08J/g(71.08J/g=85.08J/g−14J/g)である。 甲第6号証の1の表2に記載された第1回の実験によれば、検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.416mgであり、実測された融解吸熱量は63.47mJであるから、検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は、44.82J/g(44.82J/g=63.47mJ÷1.416mg)である。 そうすると、検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は、63.1%(0.631=44.82J/g/71.08J/g)と算出され、無定形塩酸ニカルジピンの割合は36.9%(36.9%=100%−63.1%)と算出される。 (ウ) 上記(イ)も含め、甲第6号証の1の表2及び甲第6号証の2の表2に記載された各3回の実験について無定形塩酸ニカルジピンの割合を計算すると、別紙2の1のとおりとなり、最も少ない値でも30.5%(別紙2の1(2)ア)と算出される。 エ 同様に、結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱が22J/gであると仮定して、無定形塩酸ニカルジピンの割合を算出すると、別紙2の2のとおりとなり、最も少ない値でも21.7%(別紙2の2(2)ア)と算出される。 オ そうすると、結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱が被告ら主張のとおりであると仮定しても、被告製剤中には、最低でも21.7%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているものといえる。 (8) 前記(6)のとおり、融解熱DSC測定法に基づいて算出された被告製剤中に含有される無定形塩酸ニカルジピンの割合は、甲第6号証の1によれば47.2%、第6号証の2によれば43.1%であり、軽質無水ケイ酸の影響及びその他の賦形剤の影響による修正は、それほど大きなものとはいえないから、これらの数値に照らしても、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有量が21.7%以上であるということは、十分に肯定し得るものというべきである。 甲第70号証によれば、液状・油状薬剤を粉末・固体化し、又は液状の主薬を粉末剤、顆粒剤、錠剤等の固体製剤にするときに軽質無水ケイ酸の微粉末が用いられることが認められ、軽質無水ケイ酸は吸着性が非常に強いものと認められるから、被告製剤の製剤過程で含水エタノールに溶解した無定形塩酸ニカルジピンは、軽質無水ケイ酸にかなりの程度吸着されてしまい、再結晶化が妨げられ、被告製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが上記の割合含有されることになるものと推認される。 したがって、被告製剤中には、最低でも21.7%以上の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているものと認められる。 3 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちのガラス転移点DSC測定法による検討について (1) 乙第24号証によれば、被告製剤についてガラス転移点DSC測定法を実施したところ、DSCチャートは、無定形塩酸ニカルジピンのガラス転移点であると測定された93ないし96℃付近においてほぼ平坦であったと分析されている。無定形塩酸ニカルジピンが存在していれば、この温度付近において無定形(ガラス状)固体状態から液体状態への変化に伴うベースラインの変化が見られるはずであることからすれば、乙第24号証の分析結果が信頼できるものであれば、被告製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが存在しない可能性も十分にあるということができる。 そこで、乙第24号証の分析結果の信頼性について、以下検討する。 (2) まず原告は、ガラス転移点DSC測定法は、定量分析法として一般に実用に供し得るとの認識がないから、定量分析の方法として一般的信頼性に欠けると主張する。 確かに、本件で提出された証拠によるも、ガラス転移点測定法が、組成物中の無定形物の定量分析方法として一般的に利用されているとは認めることができない。また、ガラス転移というのは、結晶の融解過程と異なり、熱力学的非平衡過程であり、検体の熱履歴や乾燥・精製などの調整条件、昇温速度などの測定条件により異なり得るものである上に、その過程での熱量変化は、融解の約数十分の一という微妙なものにすぎない。しかし、前記「事案の概要」の1(4)、別紙1の2で記載した本測定方法の基本原理には首肯し得るところがあるから、これらの点に注意して、検体の調整条件及び測定条件を統一し、かつ、DSCチャートのベースラインの安定を図るために適切なリファレンス(参照物質)を選定するなどの工夫をすれば再現性も高まると考えられ、ガラス転移点DSC測定法がおよそ無定形物の定量分析として信頼性がないということはできない。 (3) しかし、実際にガラス転移点DSC測定法を用いた被告製剤の測定結果については、次のような疑問がある。 ア 乙第24号証(チャート2、3)及び乙第29号証(甲第36号証のDSCチャートを検討したチャート1)によれば、無定形塩酸ニカルジピンについてのベースライン段差は、約0.05mW/mgであることが認められるところ、ガラス転移過程のベースライン段差量は、試料中の無定形塩酸ニカルジピンの量に比例するはずであるから、仮に被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピン含有量が約40%であるとした場合には、被告製剤中の総塩酸ニカルジピン含有量が約29%である(前記基礎となる事実)ことも併せ考えると、0.05mW/mg×0.29×0.4=0.006mW/mgのベースライン段差が生じることとなる。したがって、被告製剤中に40%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているか否かをガラス転移点測定法により測定するには、0.006mW/mgのベースライン段差を精度よく測定することが必要となる(この数値は、当然ながら、乙第24号証の図1の検量線において、無定形塩酸ニカルジピンの含有量が0.12の場合の数値とほぼ一致する。)。 この観点から乙第24号証における被告製剤のDSCチャート(図3)を見ると、右チャートは被告製剤とレファレンス物質との吸熱量の差を示すチャートであるところ、レファレンス物質は被告製剤に使用された賦形剤成分70.6%と結晶形塩酸ニカルジピン29.4%の混合試料であり、仮に被告製剤成分に無定形塩酸ニカルジピンが含まれていないとすると、レファレンス物質と被告製剤の組成は同一となるから、DSCチャートは0.00の一定値を示す直線となるはずである。しかし、図3のDSCチャートでは、50℃弱の時点から起ち上がりを始めて、約90℃付近で緩やかなピーク(チャートからは約0.013mJ/mgと読みとれる。)を描き、その後緩やかに降下していることが認められる。このようなチャート図になる原因には種々のものがあり得、判然としないものの、約90℃の時点以降のDSCチャートが下り勾配になっていることが、無定形塩酸ニカルジピンのガラス転移による比熱の変化によるものである可能性も考えられ、また、この熱量変化が微量であることを考えると、試料の調整や測定方法による実験誤差による影響の可能性も考えられる。この点に加え、前記のように本件では0.006mW/mgもの微量の熱量変化を精度よく測定する必要があることを勘案すると、ガラス転移点DSC測定法は、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンを定量分析する方法として安定したものであると評価するには疑問がある。 イ また、甲第36号証及び乙第29号証によれば、甲第35号証の方法によって製造されたモデル製剤A(製造過程で結晶形塩酸ニカルジピンの全量が溶解した糊液を送風乾燥したもの)とモデル製剤B(製造過程で結晶形塩酸ニカルジピンの40%が溶解した糊液を送風乾燥したもの)について、130℃熱履歴を施してガラス点移点DSC測定法を実施したところ、モデル製剤Aについては、無定形塩酸ニカルジピンの含有率は、溶解した塩酸ニカルジピン量の80%と分析され(乙第29号証)、モデル製剤Bについては無定形塩酸ニカルジピンは検出されなかった。他方、それらに対して融解熱DSC測定法を実施したところ、モデル製剤Aについての無定形塩酸ニカルジピンの含有量は100%であり、モデル製剤Bについては約41%であったことが認められる(甲第36号証、乙第29号証)。 この実験結果について原告は、一旦溶解により無定形化した塩酸ニカルジピンは、送風乾燥しても再結晶化することがないから、モデル製剤A中の無定形塩酸ニカルジピン含有量は100%で、モデル製剤B中のそれは約40%のはずであるから、ガラス転移点DSC測定法は信頼性がなく、融解熱DSC測定法には信頼性があると主張する。 これに対し、被告らは、乙第28号証の実験結果を提出し、溶解して無定形化した塩酸ニカルジピンとともに、溶解しないで残存している結晶形ニカルジピンが混在している場合には、送風乾燥する過程で、残存結晶形塩酸ニカルジピンが結晶種となって、溶解により無定形化した塩酸ニカルジピンがすべて再結晶化すると主張した上、モデル製剤Aについては、結晶形塩酸ニカルジピンがすべて無定形化したため、送風乾燥によっても再結晶化が起こらなかったが、モデル製剤Bについては、60%の結晶形塩酸ニカルジピンが溶解せずに残存しているために、それが結晶種となって送風乾燥の過程ですべて再結晶化したと主張し、したがって、モデル製剤Aについてのガラス転移点DSC測定法の結果は正当な結果であり、モデル製剤Bの測定結果についても、理論値の80%の数値程度であれば、乙第24号証によって作成された検量線と理論誤差及び実験誤差の範囲で合致しているから、ガラス転移点DSC測定法の信頼性は損なわれないと主張し、乙第29号証にはこれに沿う記載がある。 そこで検討するに、確かに乙第28号証によれば、溶解によって無定形化した塩酸ニカルジピンとともに、結晶形塩酸ニカルジピンが混在している場合には、送風乾燥する過程で全量が再結晶化することが認められる。しかし、甲第41号証の実験結果によれば、無定形塩酸ニカルジピン及び結晶形塩酸ニカルジピンのほかに、被告製剤の賦形剤であるCMECが混在している状況下では、再結晶が妨げられて、約20%が無定形のまま残り、さらに軽質無水ケイ酸も混在している状況下では、ほとんど再結晶化しないことが認められる。これよりすれば、原告が主張するとおり、モデル製剤A及びB(甲第35号証によれば、これらにもCMEC及び軽質無水ケイ酸が含まれていると認められる。)についても溶解した無定形塩酸ニカルジピンの再結晶化は生じていない可能性が高く、被告製剤に対するガラス転移点DSC測定法の正確性については、疑問が残るところである。 ウ 甲第71、第72号証によれば、軽質無水ケイ酸と無定形塩酸ニカルジピンの混合物について、純粋な無定形塩酸ニカルジピンのガラス転移点と同じ温度にガラス転移点が観察されないことが認められる。これは、前記2(7)イのとおり軽質無水ケイ酸の吸着性が非常に強いことからすると、軽質無水ケイ酸に無定形塩酸ニカルジピンが吸着されることにより、ガラス転移点が変化したものと考えることもできる。この点からしても、被告製剤についてガラス転移点を測定することによって無定形塩酸ニカルジピンの含有量を明らかにすることができるかどうか、疑問がある。 エ 被告らは、被告製剤中の塩酸ニカルジピンとCMECのガラス転移温度は近接しているから、被告製剤にゴードン−テイラー式は妥当しないと主張する。しかし、甲第64号証の1、2によれば、CMECのカラス転移点が塩酸ニカルジピンのガラス転移点である95℃付近にあることは認められず、その他、塩酸ニカルジピンとCMECのガラス転移温度が近接していることを認めるに足りる証拠はないから、被告らのこの点に関する主張は、採用することができない。 (4) 以上により、ガラス転移点DSC測定法による被告製剤の分析結果(乙第24号証)をもって、融解熱DSC測定法の分析結果(甲第6号証)の信頼性を覆すことはできない。 4 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちの粉末X線回折測定法による検討について (1) 乙第7号証によれば、結晶形塩酸ニカルジピンと被告製剤に使用されている賦形剤を用いて、両者の混合割合を段階的に調整した試料について、粉末X線回折測定法を実施し、バックグラウンドの補正(共存物質の影響の除去)を自動で行ったところ、7.7度の回折角について検量線を作成することができ、被告製剤の粉末X線回折測定法を実施した結果をその検量線に当てはめたところ、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピン含有量は約95%との結果となったことが認められる。また、乙第10号証によれば、乙第7号証の測定結果について、バックグラウンド補正を手動で行ったものについては、7.7度のほかに13.9度についても検量線を作成することができ、両者の検量線に被告製剤についての粉末X線回折測定法の実施結果を当てはめたところ、被告製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量は、92.2%と96.7%との結果となったことが認められる。 以下、これらの粉末X線回折測定法の結果の信頼性について検討する。 (2) これについてまず原告は、粉末X線回折測定法が定量分析には不適当であると主張する。確かに、証拠として提出された文献には、「この分析法はそれぞれの相の存在量を決めるいわゆる定量分析には不向きである。」(甲第14号証中の70頁)、「X線回折による定量は誤差が大きいので、ほかに方法がない場合以外は行わない方がよい。有利な系について注意深く操作した場合でも正確さは5%、通常は有効数字1桁、検出感度は0.5%である。」(甲第15号証中の493頁)、「粉末X線回折測定法による定量は精度が高くない」(甲第29号証)との記載が見られる。しかし、同時に、甲第15号証でも定量分析のための操作について解説しており、また、甲第16、第17号証には多相系についての定量分析の手法が種々解説され、そのほかにも乙第12号証、第31号証の添付資料には、本測定法が定量に用いられる方法であることの記載があることからすれば、粉末X線回折測定法がおよそ定量分析に不適切な測定方法であるということはできない。 もっとも、これらの諸文献によれば、粉末X線回折測定法は、試料の状態や他成分の共存、バックグラウンド補正等による誤差が生じやすい測定方法であることが認められるから、具体的な測定結果の信頼性を検討する際には、これらの点に留意することが必要である。 (3) 次に原告は、乙第7号証及び第10号証共に、検量線作成のための回折ピークの捉え方が恣意的であると主張する。すなわち、@粉末X線回折測定法においては、すべての回折ピークで検量線が作成できなければならないから、乙第7号証又は第10号証において一部の回折ピークのみについて検量線が作成できたとしても偶然にすぎない、A粉末X線回折測定法においては、強度の強い回折ピークを選択すべきであるが、乙第7号証において選択されている7.7度は弱い回折ピークであり、他の強い回折ピークでは検量線が作成できないから、7.7度で検量線が作成できたとしても偶然にすぎない、B乙第10号証は、バックグラウンド補正を手動で行った点において信頼性に問題があるほか、検量線作成のために選択した7.7度及び13.9度以外に22.5度でも検量線を作成できるが、それによれば、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピンは35.4%になるから、粉末X線回折測定法による被告製剤の定量分析には信頼性がないと主張する。 これに対し、被告らは、@種々の文献上も、検量線が一つの回折ピークで作成された例があり、すべての回折ピークで検量線が作成できなければならないというわけではない、A乙第7号証においては、7.7度の回折ピークが最も他の成分(賦形剤)の影響を受けにくいものであるから、それを検量線作成のために選定したことは適切である、B乙第10号証は、バックグラウンド補正を手動で行った分、乙第7号証の自動補正よりも正確なものとなっていると主張する。 そこで検討するに、甲第31号証によれば、上記原告の主張Bのとおり、乙第10号証の分析結果に基づくと、7.7度及び13.9度の回折ピークのほかに、22.5度の回折ピークについても検量線が作成でき、その検量線によれば、被告製剤中の無定形塩酸ニカルジピン含有量は35.4%と導かれることが認められる。そして、粉末X線回折測定法において一つの回折ピークによって検量線を作成することで十分か否かについては措くとしても、前記基礎となる事実(別紙1)で述べた粉末X線回折測定法の原理に照らすと、複数の回折ピークで検量線を作成し得る場合には、そのうちに特に信頼性の低いものが含まれていない限り、すべての検量線についてほぼ同一の定量分析結果になるべきものである。しかるところ、被告らは、7.7度の回折ピークがバックグラウンドの影響が最も小さいから、これによるべきであると主張するが、その主張は必ずしも具体的ではない上、乙第10号証の2によると、22.5度の回折ピークは最も回折強度の強いものであり、3回の測定によっても再現性があることからすれば、22.5度の回折ピークデータが信頼できないとはいい難い。 以上よりすれば、乙第7号証及び第10号証に基づく粉末X線回折測定法による被告製剤の分析結果は、これを採用することができない。 (4) また原告は、乙第7号証及び第10号証の検量線作成のための試料は、結晶形塩酸ニカルジピンと被告製剤に使用されている賦形剤とを混合割合を変えて調整した試料を用いているが、右賦形剤中には一定割合で軽質無水ケイ酸が含まれているから、各試料によって配合されている軽質無水ケイ酸の量に差異が生じるところ、粉末X線回折測定法のために試料を粉末化する際には、メノウ乳鉢で均一に混合しており、そのため軽質無水ケイ酸によって結晶形塩酸ニカルジピンの一部が無定形化することになるから、軽質無水ケイ酸の配合量が異なる試料によって得られた検量線には信頼性がないと主張する。 そして、甲第22号証によれば、結晶形塩酸ニカルジピンの配合量は一定(約30%)とし、軽質無水ケイ酸の配合量を変化させた複数の試料(試料全体の重量を一定とするために残りはCMECを配合して調整する。)について粉末X線回折測定法を実施して7.7度の回折ピークの回折強度を調べたところ、軽質無水ケイ酸の配合量が多いものほど回折強度が弱くなったことが認められる。 これに対し被告らは、乙第13号証を根拠として、結晶形塩酸ニカルジピンと被告製剤に使用されている賦形剤(軽質無水ケイ酸を含む。)の2成分系について、各X線吸収係数の相違のみを考慮した理論的検量線を作成した場合、乙第10号証における7.7度及び13.9度の各検量線は、右の理論的検量線に実験誤差の範囲内で一致しているから、軽質無水ケイ酸による結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化は起こっていない旨主張する。そして、被告らは、乙第14号証を根拠として、軽質無水ケイ酸の配合量が多いほど回折強度が低下するのは、軽質無水ケイ酸のX線吸収係数が結晶形塩酸ニカルジピンに比べて大きいことによるものであり、粉末X線回折測定法について、結晶形塩酸ニカルジピン、軽質無水ケイ酸及びその他の賦形剤の3成分から成る系について各成分のX線吸収係数の相違のみに基づく理論的検量線を作成したところ、甲第22号証の実験結果は右の理論的検量線とよく適合するから、甲第22号証を根拠として乙第7号証及び第10号証の信頼性を否定することはできないと主張する。 しかし、甲第32号証によれば、各物質のX線吸収係数は各物質の組成によって一定であるところ、結晶形塩酸ニカルジピンの配合量を一定(約30%)とし、同じSiO2の組成を持つ物質として軽質無水ケイ酸と石英砂の各場合について、配合量を調整した複数の試料(残りはCMECを配合して全体の量を一定とする。)を対象として粉末X線回折測定法を実施し、7.7度及び13.9度の回折ピークにおける回折強度を測定したところ、SiO2を含んでいない試料(結晶形塩酸ニカルジピン30%とCMEC70%の混合試料)の回折強度と比較した場合、各試料ともSiO2を多く含むほど回折強度が低下することが認められるが、加えて、石英砂を含む場合よりも軽質無水ケイ酸を含む場合の方が低下の程度が大きくなったことが認められる。そして、このような差異はすべての配合割合の試料において一貫しており、差異の程度も小さくはないから、甲第32号証の実験結果には信頼性が認められる。 被告らは、X線吸収係数の影響のみを前提とした理論的検量線(乙第14号証)を勘案すると、甲第32号証における軽質無水ケイ酸を配合した試料の回折強度の低下のうちのほとんどはX線吸収係数の影響によるものであり、理論的検量線によって導かれる以上の低下分はわずかであると主張する。しかし、もし被告ら主張のとおりであるならば、甲第32号証において、軽質無水ケイ酸を使用した試料の低下率と石英砂を使用した試料の低下率との間には差異が生じないはずであるが、両者の間に実験誤差とは考え難い顕著な差異が生じていることは前記のとおりであるから、石英砂の場合との差異を視野の外に置いて、理論的検量線による回折強度の低下率と軽質無水ケイ酸の場合の低下率のみを比較する被告らの主張は採用できない。 そして、甲第32号証において石英砂の場合と軽質無水ケイ酸の場合とで回折強度に差異が生じた原因としては、先に融解熱DSC測定法について述べたところからすれば、結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸によって一部無定形化したものと考えるのが合理的である。したがって、そのことを考慮していない被告ら主張の理論的検量線は採用できず、その検量線に合致していることを理由に乙第7号証及び乙第10号証に基づく検量線が信頼できるとする被告らの主張も採用できない。 してみれば、軽質無水ケイ酸との相互作用の影響を受けている点においても、乙第7号証及び第10号証に基づく検量線には問題がある。 (5) 以上のとおり、粉末X線回折測定法の結果(乙第7号証、第10号証)に基づいて、融解熱DSC測定法に基づく結果(甲第6号証)の信頼性を覆すことはできない。 5 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちの偏光顕微鏡観察法による検討について (1) 乙第6号証によれば、浸液としてオリーブ油を用いた場合、@結晶形塩酸ニカルジピン原末の偏光顕微鏡像については、N観察法及びNGP観察法のいずれにおいても結晶特有の干渉光が観察されること、A無定形塩酸ニカルジピン原末の偏光顕微鏡像においては、N観察法では視野は暗黒であるが、NGP観察法ではガラス状の粒子の輪郭が観察されること、B被告製剤の偏光顕微鏡像においては、N観察法及びNGP観察法のいずれにおいても干渉光が観察されることが認められる。 被告らは、乙第6号証を根拠に、被告製剤中に無定形塩酸ニカルジピンは含まれていないと主張する。 (2) これに対し、原告は、甲第23号証及び第38号証の偏光顕微鏡像を指摘して、それらによれば、被告製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含まれていることが裏付けられていると主張する。 そして、甲第23号証によれば、浸液としてイマージョン油を用いた場合、@結晶形塩酸ニカルジピン原末の偏光顕微鏡像については、NGP観察法において干渉光が観察されること、A無定形塩酸ニカルジピン原末の偏光顕微鏡像においては、NGP観察法においてガラス状の粒子の輪郭が観察されること、B被告製剤の偏光顕微鏡像においては、NGP観察法において干渉光とガラス状の粒子の輪郭の双方が観察されることが認められる。 また、甲第38号証によれば、浸液としてオリーブ油を用いた場合にも、甲第23号証と同様に観察されることが認められる。なお、乙第36号証中の被告製剤についての偏光顕微鏡像についても、甲第23号証と同様の像が観察されている。 (3) これらの偏光顕微鏡像を通覧すると、結晶形塩酸ニカルジピン原末及び無定形塩酸ニカルジピン原末については、ほぼ同様の像が観察されているといえる。他方、被告製剤については、干渉光が観察される点では一致しているものの、甲第23号証、第38号証及び乙第36号証では、それに加えてガラス状の粒子の輪郭が観察されている点が乙第6号証と異なっている。被告製剤の偏光顕微鏡像が常に一定に観察される保証はないことからすれば、乙6の像のみが被告製剤の偏光顕微鏡像であるとは断定できず、甲第23号証、第38号証及び乙第36号証の各像を前提に検討する必要があるというべきである。 そこで進んで検討するに、被告らは、甲第38号証について、被告製剤の偏光顕微鏡像におけるガラス状粒子は賦形剤であると主張している。すなわち、液浸法による顕微鏡観察においては、浸液と検体の屈折率が近いと検体の輪郭が不鮮明になる性質があるが、無定形塩酸ニカルジピンの屈折率は1.61であるのに対し、賦形剤たるCMECと浸液たるオリーブ油の屈折率は共に1.47であるから(乙第30号証)、これらによれば、甲第38号証の被告製剤の偏光顕微鏡像中のガラス状粒子の輪郭が不鮮明に写っているのはCMECに由来する像であると主張している。 そして、乙第36号証によれば、無定形塩酸ニカルジピンとCMECの混合検体の偏光顕微鏡像には、輪郭の鮮明なガラス状粒子と輪郭の不鮮明なガラス状粒子が観察されることが認められ、また、同証拠中の被告製剤の拡大写真(写真5)に写っているガラス状粒子は、輪郭が不鮮明であることが認められる。 しかし、まず甲第38号証における無定形塩酸ニカルジピン原末の偏光顕微鏡像(写真B)を見ても、輪郭の鮮明なガラス状粒子だけではなく、輪郭の不鮮明なガラス状粒子も観察されるから、輪郭の鮮明さの程度によって、無定形塩酸ニカルジピンとCMECを判別することが可能なのか疑問がある。 また、甲第23号証は浸液としてイマージョン油を用いた像であり、イマージョン油の屈折率は1.52である(乙第33号証)ところ、甲第50号証によれば、浸液としてイマージョン油を用いた場合、被告製剤に使用されている賦形剤は観察されにくくなることが認められる。したがって、甲第23号証の被告製剤の偏光顕微鏡像中のガラス状粒子は、無定形塩酸ニカルジピンによるものである可能性が十分にある。被告らは、甲第23号証についてイマージョン油を浸液として用いることは正当でないと主張するが、イマージョン油を用いた場合に得られる像が、例えばオリーブ油を用いた場合と比べてどれだけ不正確なものとなるかについて具体的な主張立証がなく、採用できない。 (4) 以上よりすれば、甲第23号証により、被告製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含まれていることは認められるが、その偏光顕微鏡像からは、含有量までは判然としないといわざるを得ない。 6 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちの原告製品の効能書による検討について 被告らは、原告製品の効能書(甲第4号証)中の「有効成分の理化学的知見」の項に、「一般名:塩酸ニカルジピン」、「性状:塩酸ニカルジピンは、帯緑黄色の結晶性の粉末」とあることから、原告製剤中の塩酸ニカルジピンは結晶形であるとし、他方で被告製剤は原告製剤の後発医薬品であって、有効成分が同一であるとして厚生大臣から製造販売の承認を得たものであるから、被告製剤中の塩酸ニカルジピンも結晶形であると主張する。 しかし、偏光顕微鏡観察法による原告製剤の観察結果である乙第6号証及び甲第23号証によれば、原告製剤中の塩酸ニカルジピンはすべて無定形であることが認められる。したがって、原告製剤の効能書の記載は、融解熱DSC測定法による分析結果(甲第6号証)の結果を否定するものではない。 7 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちの被告製剤の製造工程による検討について 甲第51号証、第52号証によれば、被告製剤の基本的な製剤過程を示していることにつき当事者間に争いのない甲第11号証(特開平6−157313号公開特許公報)の実施例1記載の製法(この製法は、塩酸ニカルジピン微粉末200gを、CMEC150gを含水エタノール600mlに溶解して得た粘調な糊液に混和分散させ、二酸化ケイ素微粉末200gを加え、ミキサーで練合し、その混和スラリーを40℃で送風乾燥後、調粒して粒径0.5mmないし1.0mmの粒状体を得る工程を含んでいる。)に基づき製造したモデル製剤(ただし賦形剤としては軽質無水ケイ酸のみを使用)について、融解熱DSC測定法によりモデル製剤中に69.1%の無定形塩酸ニカルジピンが検出されたことが認められ、製剤過程に照らしても、被告製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含有されることが推認される。 被告らは、被告製剤の製造工程においては、原末として結晶形塩酸ニカルジピンを使用しており、それを無定形化させることは何らしていないと主張するが、甲第51、第52号証及び弁論の全趣旨に照らし、被告らのこの点に関する主張は、採用することができない。 なお、被告製剤が本件発明より後願の発明に係る製法に基づき製造されており、この後願の発明が特許登録されている(乙第48号証)事実は、被告製剤が本件発明の技術的範囲に属しないことの根拠とはならない。 8 侵害論のまとめ 以上によれば、結局、前記2(8)のとおり、被告製剤中には、最低でも21.7%以上の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているものと認められる。証人Aの証言は、この認定を覆すに足りず、他にこの認定を左右するに足りる証拠もない。そして、無定形塩酸ニカルジピンが21.7%以上含まれていれば、その量が極微量で本件発明の作用効果を生じない程度のものであるとはいえない。 したがって、被告製剤は、本件発明の技術的範囲に属する。 9 争点(3)(損害及び不当利得の額)について (1)ア 被告大正薬品が平成8年4月30日までに製造販売した被告製剤の実施料相当額について検討する。 被告大正薬品が平成8年4月30日までに製造販売した被告製剤の販売額が2億9337万5085円であることは、当事者間に争いがない。 本件発明の内容、被告製剤の販売額、その他本件に提出された全証拠及び弁論の全趣旨により認められる諸事情によれば、実施料率は5%と認めるのが相当である(なお、被告らは、被告製剤中に占める無定形塩酸ニカルジピンの存在率をもって本件発明の寄与率とすべきである旨主張するが、前記1で認定した本件発明の特徴に照らせば、被告製剤中に占める無定形塩酸ニカルジピンの含有率をそのまま被告製剤における本件発明の寄与率ととらえるのは相当でない。)。したがって、実施料相当額は、1466万8754円(1466万8754円=2億9337万5085円×0.05)と認められ、被告大正薬品は、この実施料相当額を不当に利得し、原告は同額の損失を被ったものと認められる。原告は、このうち1385万8000円を請求するから、その限度で請求が認められる。 イ 平成8年5月1日から平成11年2月28日までの被告大正薬品の製造販売による損害について検討する。 (ア) 甲第3、第4号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、無定形塩酸ニカルジピンを使用した持続性(徐放性)製剤である「ペルジピンLA20mg」、「ペルジピンLA40mg」を販売していることが認められるから、被告大正薬品が被告製剤を製造販売し本件特許権を侵害したことにより損害を被ったものと認められる。 被告大正薬品が平成8年5月1日から平成11年2月28日までに製造販売した被告製剤の販売額が4億4357万8035円であることは、当事者間に争いがない。 (イ) 製造原価 乙第56号証(被告大正薬品営業企画部長作成の「パルペジノンLA販売実績一覧表」には、平成8年5月から平成11年2月までの製造原価の合計について2億9915万2913円であると記載され、その販売高に占める割合は67.4%(0.674=2億9915万2913円÷4億4357万8035円)である。そして、被告らは、この製造原価を立証するために乙第61号証(被告大正薬品製造技術部長作成の報告書)資料Bを提出する。 これに対し、原告は、製造原価を推定した原告生産技術部長作成の報告書である甲第67号証を提出し、甲第67号証では、原告の実績に基づいて、作業時間を、被告製剤のうち商品名「パルペジノンLA40mg」については152時間、「パルペジノンLA20mg」については248時間としている(1カプセル当たりの推定加工費を算出するに当たり、1か月1回の製造量を約84kg(パルペジノンLA40mgについては60万カプセル、同20mgについては120万カプセル)と推定して、作業時間を計算している。)のに対し、乙第61号証資料Bでは、「パルペジノンLA40mg」について1088時間(平成8年)又は720時間(平成10年)、「パルペジノンLA20mg」について1632時間(平成8年)又は1216時間(平成10年)としており(1ロット(パルペジノンLA40mgについては100万個、同20mgについては200万個)製造に要する作業時間を計算している。)、乙第61号証資料Bに基づく製造原価は少なくとも10%は過大であると主張する。また、原告は、乙第61号証資料Bによると、「パルペジノンLA40mg」の製造原価は、平成8年には7.2円、平成10年には5.82円であり、その差の1.38円は平成10年の原価の23.7%に達するから、原価総額については少なくとも10%は過大に算定されているとする。 しかし、1ロット当たりの製造数は、甲第67号証では60万個であるのに対し、乙第61号証資料Bでは100万個であること、1時間当たりの加工費について、甲第67号証では、製剤につき1万2000円、包装につき6000円として計算されているのに対し、乙第61号証資料Bでは、3180円として計算されていることなど、甲第67号証と乙第61号証資料Bとで諸条件が異なることに鑑みれば、作業時間が長いことをもって、乙第61号証資料Bが直ちに不合理であるとはいえない。また、経験の蓄積や経費の削減等により製造原価が年次を追って低下することもあり得るものと考えられ、平成10年の製造原価が平成8年のそれより低いことをもって、乙第61号証資料Bが不合理であるともいえない。乙第61号証資料Bは、その記載内容が整合性を有しており、特に不合理とする点は見られないから、乙第56号証、第61号証資料Bに基づき、被告製剤の平成8年5月から平成11年2月までの製造原価の合計は2億9915万2913円であり、その販売高に占める割合は67.4%であると認めるのが相当である。 (ウ) 一般管理費 被告大正薬品は、被告製剤の製造原価を算出するに当たり、被告製剤の製造専用設備費として、カプセル充填機、混合撹拌造粒乾燥設備一式、ロールグラニュレーターの合計額5725万2700円を一般管理費の一部として販売利益額から差し引くべきであると主張し、乙第61号証資料Aにおいて、その振替伝票、領収証等を提出する。 ところで、特許法102条2項の利益を算出するに当たり売上高から差し引く経費は、侵害品を製造販売するために追加的に要する費用(変動経費)であると解される。しかし、甲第68号証によれば、これらの機械は汎用機であり、被告製剤の製造に使用することがあったとしても、容易に被告製剤以外の製品の製造にも使用できることが認められ、これらの機械が被告製剤の製造にのみ使用されていることを認めるに足りる証拠はない。したがって、これらの機械の購入費用は、被告製剤を製造販売するために追加的に要する費用とはいえず、利益の算出に当たり、売上高から差し引くべきではない。 その他の一般管理費は、被告製剤を製造販売するために追加的に要する費用とは認められず、利益の算出に当たり、これを販売額から差し引くべきではない。 (エ) 販売経費 乙第58号証(被告大正薬品営業企画部長作成の報告書)によれば、被告大正薬品における販売経費のうち、販売員給料及び販売員厚生費の合計が販売経費全体に占める割合は、45%であることが認められる(資料9の平成7年10月1日ないし平成8年9月30日の第38期決算報告書により算出すると45.1%であり、資料10の平成9年10月1日ないし平成10年9月30日の第40期決算報告書により算出すると45.9%である。)。弁論の全趣旨によれば、被告大正薬品において、被告製剤の売上高が全製品の売上高に占める割合は、約2%と認められ、少ないところから、被告製剤の製造販売によって販売員給料及び販売員厚生費が増加することはないものと推認される。そうすると、販売員給料及び販売員厚生費は、被告製剤を製造販売するために追加的に要する費用ではないから、利益の算出に当たって差し引くべきではない。したがって、販売経費のうち、販売員給料及び販売員厚生費を差し引いた残額(販売経費の55%)が、利益の算出に当たり差し引かれるべき経費に当たると解される。 乙第56号証によれば、平成8年5月から平成11年2月までの販売経費の合計は、4705万9816円であると認められるが、その55%に当たる2588万2898円が、利益の算出に当たり差し引かれるべき販売経費であり、これは、売上高の5.8%に当たると認められる(0.058=2588万2898円÷4億4357万8035円)。 (オ) その他に、利益を算出するに当たり売上高から差し引くべき経費を認めるに足りる証拠はない。そうすると、利益を算出するに当たり差し引かれるべき経費は、製造原価及び販売経費の一部であり、その合計は売上高の73.2%(73.2%=67.4%+5.8%)であって、利益は、これを差し引いた残りの26.8%であると認められる。したがって、利益は、1億1887万8913円と算出される(1億1887万8913円=4億4357万8035円×0.268)。この額が、特許法102条2項により原告の損害の額と推定され、特段の反証が認められないから、同額が損害と認められる。 原告は、このうち9932万4000円を請求するから、その限度で請求が認められる。 ウ 原告は、被告大正薬品に対し、前記アの1385万8000円及び前記イ(オ)の9932万4000円の合計である1億1318万2000円の支払を求めることができる。 なお、前記アの1385万8000円の請求は、被告大正薬品が平成8年4月30日までに製造販売した被告製剤の実施料相当額についての不当利得返還請求であるところ、原告は、被告大正薬品に対し、訴状において、同不当利得返還請求として690万4000円を請求していたにとどまり、被告らに平成13年3月14日到達した同月15日付け第10準備書面により、同請求を1385万8000円に拡張したものである。不当利得返還請求についての遅延損害金は、請求の後について認められるところ、遅延損害金の起算日は、訴状において請求された690万4000円については、本件訴状送達の日の翌日である平成11年4月22日と解されるが、拡張された請求額である695万4000円(695万4000円=1385万8000円−690万4000円)については、不当利得返還請求を拡張する旨の準備書面が被告らに到達した日の翌日である平成13年3月15日と解される。 前記イ(オ)の9932万4000円の遅延損害金の起算日は、不法行為の後であり本件訴状送達の日の翌日である平成11年4月22日と解される。 したがって、原告の被告大正薬品に対する請求は、1億1318万2000円及び内1億0622万8000円(1億0622万8000円=690万4000円+9932万4000円)に対する請求及び不法行為の後である平成11年4月22日から、内695万4000円に対する請求の後である平成13年3月15日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、695万4000円に対する平成11年4月22日から平成13年3月14日までの年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、理由がない。 (2)ア 被告日清キョーリンが平成8年4月30日までに販売した被告製剤の実施料相当額について検討する。 被告日清キョーリンが平成8年4月30日までに販売した被告製剤の販売額が8057万0300円であることは、当事者間に争いがない。 前記(1)アのとおり、実施料率は5%とするのが相当であり、実施料相当額は、402万8515円(402万8515円=8057万0300円×0.05)と認められ、被告日清キョーリンは、この実施料相当額を不当に利得し、原告は同額の損失を被ったものと認められる。原告は、このうち402万円を請求するから、その限度で請求が認められる。 イ 前記(1)イ(ア)の事実からすれば、原告は、被告日清キョーリンが被告製剤を販売し本件特許権を侵害したことにより、損害を被ったものと認められる。 平成8年5月1日から平成11年2月28日までの被告日清キョーリンの販売による損害について検討する。 (ア) 被告日清キョーリンが平成8年5月1日から平成11年2月28日までに販売した被告製剤の販売額が9126万1000円であることは、当事者間に争いがない。 (イ) 仕入原価 乙第57号証(被告日清キョーリン業務部長作成の「パルペジノン販売実績一覧表」)によれば、仕入原価は、売上高の66.6%であることが認められる。 (ウ) 一般管理費 被告日清キョーリンの一般管理費は、その内訳を明らかにする証拠はなく、被告製剤を製造販売するために追加的に要する費用とは認められないから、利益の算出に当たり、これを売上高から差し引くべきではない。 (エ) 販売経費 乙第57号証には、販売経費の売上高に対する割合は28.1%と記載されているが、乙第59号証その他の証拠によっても、その内訳は明らかではない。しかし、被告日清キョーリンも、被告大正薬品と同様の製薬会社であることからすると、販売経費の中には、販売員給料及び販売員厚生費が含まれているものと推認される。 ところで、被告日清キョーリンにつき、乙第57号証によれば、平成8年度(平成8年4月ないし平成9年3月)の被告製剤の売上高は4143万9200円であることが認められ、乙第59号証(被告日清キョーリン業務部長作成の「パルペジノン販売報告書」)によれば、平成8年度の同被告の全製品の売上高は31億5035万8000円であることが認められ、被告製剤の売上高が全製品の売上高に占める割合は、約1.3%と認められる。そうすると、被告製剤の製造販売によって販売員給料及び販売員厚生費が増加することはないものと推認され、販売員給料及び販売員厚生費は被告製剤を製造販売するために追加的に要する費用に当たらず、利益の算出に当たって差し引くべきではない。被告日清キョーリンの販売員給料及び販売員厚生費が販売経費中に占める割合を直接に示す証拠はないが、前記(1)イ(エ)のとおり、被告大正薬品において45%であることからすると、同様に45%であると認めるのが相当である。そして、販売経費のうち、販売員給料及び販売員厚生費を差し引いた残額(販売経費の55%)をもって、利益の算出に当たり差し引かれるべき経費に当たるとするのが相当である。 乙第57号証によれば、平成8年5月から平成11年2月までの販売経費の合計は、2563万2246円であると認められるが、その55%に当たる1409万7735円が、利益の算出に当たり差し引かれるべき販売経費であり、これは、売上高の15.4%に当たると認められる(0.154=1409万7735円÷9126万1000円)。 (オ) その他に、利益を算出するに当たり売上高から差し引くべき経費を認めるに足りる証拠はない。そうすると、利益を算出するに当たり差し引かれるべき経費は、仕入原価及び販売経費の一部であり、その合計は売上高の82%(82%=66.6%+15.4%)であって、利益は、これを差し引いた残りの18%であると認められる。 そうすると、利益は、1642万6980円と算出される(1642万6980円=9126万1000円×0.18)。この額が、特許法102条2項により原告の損害の額と推定され、特段の反証が認められないから、同額が損害と認められる。 原告は、このうち1598万円を請求するから、その限度で請求が認められる。 ウ 原告は、被告日清キョーリンに対し、前記アの402万円及び前記イ(オ)の1598万円の合計である2000万円及びこれに対する請求及び不法行為の後である平成11年4月22日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 10 よって、原告の請求は、被告大正薬品に対し、実施料相当額1385万8000円及び不法行為による損害額9932万4000円の合計1億1318万2000円並びに内1億0622万8000円に対する請求及び不法行為の後である平成11年4月22日(本件訴状送達の日の翌日)から、内695万4000円に対する請求の後である平成13年3月15日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告日清キョーリンに対し、実施料相当額402万円及び不法行為による損害額1598万円の合計2000万円並びにこれに対する請求及び不法行為の後である平成11年4月22日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告の被告大正薬品に対するその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法61条、64条ただし書、65条1項本文を、仮執行の宣言につき、同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 中平健 裁判官 田中秀幸 (別紙) 別紙1 略 別紙2 略 |
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