判例全文 line
line
【事件名】「2ちゃんねる」公衆送信差止事件
【年月日】平成16年3月11日
 東京地裁 平成15年(ワ)第15526号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成16年1月19日)

判決
原告 Aこと B
原告 株式会社小学館
訴訟代理人弁護士 伊藤真
被告D


主文
1 原告らの請求を、いずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 原告らの請求
1 被告は、「2ちゃんねる」と題するホームページ(アドレスhttp=//www.2ch.net)の「過去ログ倉庫」(アドレスhttp=//comic.2ch.net/gcomic/kako/1014/10149/1014993777.html)における別紙転載文章目録の発言内容欄記載の各発言を自動公衆送信又は送信可能化してはならない。
2 被告は、原告AことBに対し、112万5000円及びこれに対する平成15年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告株式会社小学館に対し、187万5000円及びこれに対する平成15年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 漫画家である原告AことB(以下「原告C」という。)及び出版社である原告株式会社小学館(以下「原告小学館」という。)は、書籍「ファンブック 罪に濡れたふたり〜Kasumi〜」(以下「本件書籍」という。)に収録された対談記事について、著作権を共有するところ、被告が運営するインターネット上の電子掲示板「2ちゃんねる」に、上記対談記事が無断で転載されて送信可能化され、自動公衆送信されたことにより、原告らの送信可能化権、公衆送信権が侵害されたと主張し、被告に対し、著作権法112条1項に基づき当該対談記事の送信可能化及び自動公衆送信の差止めを求めるとともに、原告小学館の削除要請にもかかわらず、被告が転載された当該対談記事の削除を怠ったことで原告らに損害が発生したと主張し、被告に対し、民法709条に基づき、損害賠償(訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を含む。)を請求している。
1 前提となる事実関係(証拠により認定した事実については、末尾に証拠を掲げた。)
(1) 当事者
 原告Cは、漫画家であり、漫画「罪に濡れたふたり」(以下「本件漫画」という。)を著作した。原告小学館は、出版社であり、本件漫画が連載されている月刊誌「少女コミックCheese!」や本件漫画の単行本等を出版している(甲10、11、弁論の全趣旨)。
 被告は、インターネット上に「2ちゃんねる」と称する電子掲示板(以下「本件電子掲示板」という。)を開設し、運営している。
(2) 本件電子掲示板の特徴
ア 本件電子掲示板は、300種類以上の個別のテーマの電子掲示板によって構成され、各掲示板には、個別の話題ごとに多数のスレッドと称する連続した書き込みが存在しており、各スレッドに書き込まれた発言には、書き込み日時の古い順に1から番号が付けられている。そして、本件電子掲示板の利用者は、各掲示板の各スレッドにおいて発言を書き込んだり、新しくスレッドを作って発言を書き込むことができるようになっている。なお、スレッドの発言数が所定の数に達すると、当該スレッドは「過去ログ倉庫」と称するコーナーに移されるが、所定の方法をとることで誰でも「過去ログ倉庫」にあるスレッドを閲覧することが可能である。
イ 本件電子掲示板は、だれでも無料で、インターネットを介して自由に閲覧し、書き込みをするなどして利用することができる。また、本件電子掲示板の利用者が、発言の書き込みをする際には、氏名、メールアドレス、ユーザーID等を記載する必要はない。
ウ 被告は、本件掲示板における発言の削除について「削除ガイドライン」を定めて運用している。同ガイドラインにおいては、発言の削除を希望する者は、本件電子掲示板にある「削除要請板」ないし「削除依頼板」と称する電子掲示板にあるスレッドに削除要請の旨を書き込む(スレッドがない場合には自ら新たにスレッドを作成して書き込む)という方法によってのみ発言の削除を求めることができることとされている。
 実際の削除については、被告以外に「削除人」ないし「削除屋」(以下「削除人」という。)と呼ばれている特定の利用者が発言の削除を行う権限を与えられている。この「削除人」は、いわゆるボランティアであって、「削除ガイドライン」に従って、本件掲示板における発言を削除することができるが、削除すべき義務や、削除をし、又は、しなかったことについて責任を負わないものと「削除ガイドライン」において定められている(甲9、弁論の全趣旨)。
(3) 対談記事の著作等
ア 原告小学館は、本件書籍を編集、発行し、同書籍は平成14年4月24日ころ、全国の書店で販売が開始された。
 本件書籍は、原告C及びその作品である本件漫画のファンを主要な読者とする書籍であり、B6変形判200頁の書籍に朗読CDが付属した体裁で、書籍部分は、漫画、小説及び原告Cの対談記事などから構成されている。本件書籍に収録された対談記事は、「『罪に濡れたふたり』誕生秘話」(本件書籍34頁から51頁。以下、「本件対談記事1」という。)と題する対談記事と「A×Eドラマティック対談」と題する対談記事(本件書籍134頁から144頁。以下「本件対談記事2」という。)の2本である(以下、両対談記事を合わせて「本件各対談記事」ということがある。)。(以上甲1、弁論の全趣旨)
イ 本件対談記事1は、本件漫画の誕生にまつわるエピソードなどを著者である原告Cが初代編集担当者であったF(以下「F」という。)、本件書籍発行当時の編集担当者であったH(以下「H」という。)及び読者代表のG(以下「G」という。)と対談した内容を収録した記事であり、本件対談2は、原告Cと声優として著名なE(以下「E」という。)が、恋・仕事・人生について対談した内容を収録した記事である(甲1)。
 F及びHは、原告小学館の従業員であり、同人らは原告小学館の従業員の職務として対談を行ったものである。また、G及びEは、本件各記事中の同人らの発言部分に関して同人らが有する著作権を、それぞれ原告小学館に譲渡した(甲10ないし13、弁論の全趣旨)。
(4) 本件対談記事の転載と削除要請
ア 別紙転載文章目録の投稿日欄記載の各発言日に、各発言番号欄記載の発言(以下、これらの発言をまとめて「本件各発言」という。)が、本件電子掲示板の「みんなうんざりだって★A」と題するスレッド(以下「本件スレッド」という。)上に書き込まれたが、これらの発言は直ちに送信可能化され、実際に各発言後に本件スレッドにアクセスした者に対して自動公衆送信された。
 その後、平成14年8月ころ、本件スレッドの発言数が所定の数に達したことから、本件スレッドは「過去ログ」に移された。
イ 本件各発言には、別紙転載文章目録の発言内容欄記載の各文章(以下、これら文章をまとめて「本件各文章」という。)が記載されているところ、本件各文章は、本件各対談記事を順番に転記したものであり、別紙転載文章目録の「本件書籍の表現との対比」欄記載のとおり、一部の文章に本件各対談記事と異なる表現が見られるものの、転記の際の略記、あるいは転記漏れないし転記ミスの範囲にとどまるものである(甲1、2、弁論の全趣旨)。
ウ 原告小学館の従業員である「少女コミックCheese!」編集長I(以下、「編集長I」という。)は、平成14年5月9日、被告に宛ててファクシミリにより、また、平成14年5月10日には電子メールにより、本件各発言の掲載が著作権侵害であると警告し、本件各発言の速やかな削除を要請した。
 これに対し、被告は、同月12日に「削除依頼板へおねがいします。」とのみ記載された返信の電子メールを編集長I宛てに送信した。
 上記返信の電子メールに対し、編集長Iは、再度、同月13日に、電子メールで速やかな対処を求める旨の要請を行った。これに対しても、被告は上記同様に「削除依頼板へおねがいします。」とのみ記載された返信の電子メールを編集長I宛てに送信した。
2 争点及び当事者の主張
(1) 本件各発言における本件各対談記事の転載は著作権法32条にいう引用に当たるか。
(被告の主張)
 「A」という表現者に対する議論、批評を目的としているスレッドにおいて、発言者が表現者の作品を引用することは、著作権法上正当な行為として許される。本件スレッドは、本件各発言後も続いており、文章の主従では当該箇所は明らかに従であり、出版物をすべて転載したのではなく、約200ページの書物のうちの5ページ分を転記しただけであり、引用の範囲としても、妥当である。
(原告らの主張)
 本件対談記事1は本件書籍の18ページを占めるものであり、本件対談記事2は本件書籍の11ページを占めるものであるところ、これらすべてが、ほぼそのまま送信可能化され、自動公衆送信されたものである。従って、引用部分が5ページに過ぎない旨の被告の主張は、そもそも事実に反する。
 本件各対談記事は、本件書籍において需要者の購買意欲に強く訴える部分を構成する、それぞれ独立した著作物である。そして、本件各発言による本件各対談記事の転載は、「CDまで買いたくないので対談の内容教えてください。」などの発言に応じてされたものである。
 したがって、本件各対談記事の全部をそのまま公衆送信(送信可能化)することは、報道、批評、研究その他の引用の目的でされたものということができず、また「引用の目的上正当な範囲内」を逸脱するものであることは明らかである。
(2) 原告らは、被告に対して、別紙転載文章目録記載の各発言の自動公衆送信又は送信可能化の差止めを請求することができるか。
(原告らの主張)
 被告は、本件電子掲示板の開設者・管理運営者であり、本件電子掲示板の各スレッドに書き込まれた発言を削除することが可能かつ容易な立場にあるとともに、その削除に関する最終責任者である。したがって、本件電子掲示板の各スレッドに他人の著作権を侵害する発言が書き込まれた場合には、これを削除することによって、以後の自動公衆送信を停止し、被害の拡大を防ぐことができる立場にあることは明らかである。
 本件電子掲示板においては、権利を侵害された者が発言者に関する情報を得ることはできず、本件発言を行った者に対して、責任追及を行うことは不可能に近い。また、被告が自主的に定めている「削除ガイドライン」においても、著作権を侵害する発言自体については削除する旨の定めは置かれておらず、削除の対象ともなっていない。したがって、仮に「削除ガイドライン」に従って削除要請を行っても、本件発言が削除されるものではない。
 他方、上記のとおり、被告においては、著作権を侵害する発言を削除することは極めて容易である。
 以上のことからすれば、本件電子掲示板のスレッドにおける発言により権利侵害を受けた者は、被告に対して、当該発言の自動公衆送信ないし送信可能化の差止めを求めることができるものと解すべきである。
(被告の主張)
 原告らの主張は、争う。
(3) 被告は、本件各対談記事の削除を行わなかったことにより、原告らに対して損害賠償責任を負うか。
(原告らの主張)
ア 上記2(2)の「原告らの主張」において述べた事情に照らせば、本件電子掲示板を管理運営することにより他人の権利を侵害するなどの違法な発言が行われやすい情報環境を提供している被告は、本件電子掲示板における発言により権利侵害を受けた者に対し、被害の拡大を阻止するための有効適切な救済手段として、当該発言を削除すべき条理上の作為義務を負っていることは当然である。
イ 本件においては、前記1(4)記載のとおり、被告は、平成14年5月9日及び10日に、原告小学館の従業員である編集長Iからファクシミリ及び電子メールにより具体的な発言番号を特定して著作権侵害行為の事実を指摘された。また、本件各発言自体から、本件各発言が本件各対談記事を転記したにすぎず、この発言が送信可能化され、自動公衆送信されれば、本件各対談記事の著作権を侵害するものであることは明らかであった。
 したがって、遅くとも前記ファクシミリ及び電子メールを受けた日の翌日である平成14年5月11日には、被告は、本件各発言が著作権を侵害するものであることを認識し得るとともに、本件発言を削除することが可能であったのである。したがって、遅くとも平成14年5月12日以降においては被告は削除義務に違反しているものというべきである。
 よって、遅くとも平成14年5月12日以降において、本件各発言が自動公衆送信される状態を放置した被告は、自ら著作権侵害を行ったものということができるし、仮にそうでなくても、上記条理上の作為義務に違反しているものであり、原告らの著作権を侵害することについて、少なくとも過失が存する。
(被告の主張)
 原告らの主張は、争う。
(4) 原告らの損害
(原告らの主張)
ア 以下の各事実に照らすと、本件電子掲示板中の本件各発言が掲載されたスレッドにアクセスして本件各文章を読んだ者は、5000人を超えると考えられる。
@ 本件書籍は、原告C及びその作品である本件漫画のファンを主要な読者とする書籍であり、その中で本件各対談記事は本件書籍において需要者の購買意欲に強く訴える部分であること
A 本件各発言は、本件書籍が発売された直後である平成14年5月2日から掲載が開始されたものであり、本件書籍において需要者の購買意欲に強く訴える部分を全文転載しているものであること
B 原告小学館は、本件書籍の本件各対談記事、書き下ろしの漫画などが書店で立ち読みされないように、フィルムで包装する態様で本件書籍を出荷していたこと
C 本件書籍は、本体価格940円で、平成14年4月24日に書店で販売が開始されたものであり、その実売は約7万部であったこと
D 本件書籍は、原告C及びその作品である本件漫画のファンを主要な読者とする書籍であるところ、本件各発言は、本件電子掲示板の中の原告Cに係る本件スレッドに掲載されたものであり、原告C及び本件漫画のファンの多くがホームページにアクセスしていたこと
E 実際にも、本件スレッドには、4か月あまりで約1000件の書き込みがなされており、また、その後も、継続して原告Cに関する独立したスレッドが存在していること
イ インターネットによる著作物の配信について、仮にこれを許諾するとすれば1アクセス当たり少なくとも300円の著作物使用料を徴収することができるものである。
 したがって、以下の計算式のとおり、原告Cは112万5000円、原告小学館は187万5000円を、それぞれ被告に対して請求し得るものである。
(計算式)
@原告C関係
 本件対談記事1について 300円×5000件×1/4= 37万5000円
 本件対談記事2について 300円×5000件×1/2= 75万5000円
 合計 112万5000円
A原告小学館関係
 本件対談記事1について 300円×5000件×3/4=112万5000円
 本件対談記事2について 300円×5000件×1/2= 75万0000円
 合計 187万5000円
(被告の主張)
 原告らの主張は、争う。
 まず、原告らの主張のうち、本件各文章を読んだ者が5000人であるとする根拠が不明である。
 また、原告らが著作物使用料を300円とする根拠も不明である。通常の書籍の印税は、5%から10%であり、本件書籍の印税は、その価額に照らすと、1冊当たり47円から94円程度である。本件書籍は200ページにわたるものであり、本件各対談記事はその一部分であるから著作権使用料は、その2.5%の1.175円から2.35円程度が相当である。
 原告らの主張する損害金額は、常識を超えるものであり、到底受け入れられるものではない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件各発言における本件各対談記事の転載は著作権法32条にいう引用に当たるか)について
 被告は、本件各発言の書き込みをした者(以下「本件発言者」という。)が発言の書き込みに際して本件各対談記事を引用することは、著作権法上許された引用の範囲にあると主張する。
 著作権法32条1項にいう「引用」とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうところ、上記引用に当たるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物を明瞭に区別して認識することができ、かつ、両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないと解される。
 これを本件についてみるに、前記の「前提となる事実関係」(前記第2、1)に証拠(甲1、2)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件対談記事1は本件書籍の18ページ分、本件対談記事2は本件書籍の11ページ分をそれぞれ占めるものであること、本件各発言においては、本件各対談記事がほぼそのまま掲載されていること、本件各発言は、「ファンブックの対談とかうぷしてほしいという人が多ければうぷしますよ〜。やめてほしいという人が多ければしませんので‥‥‥」「うpきぼん」などという書き込みの後に「随分時間が経ってしまいましたが、ファンブックの対談うぷします。結構な量になるので、一気に全部ではなく何回かにわけます」との書き込みがされ、それに続けて掲載されたものであることが認められる。
 上記認定の事実によれば、本件各発言を閲覧した者は、本件各文章を独立した著作物として鑑賞することができるのであり、本件発言者がその発言の書き込みにおいて本件各対談記事の内容を転記したのは、本件発言者らが創作活動をする上で本件各対談記事を引用して利用しなければならなかったからではなく、本件各対談記事を閲覧させること自体を目的とするものであったと解さざるを得ない。
 したがって、本件各発言においては、その表現形式上、本件各対談記事の転載部分が従であるとはいえない(むしろ、本件各対談記事の転載部分が主であるということができる)から、本件発言者がその発言の書き込みに際して本件各対談記事の内容を転載した行為が、著作権法上許された引用に該当するということはできない。
 以上のとおり、被告の主張は採用することができない(なお、被告は、スレッドを一体としてみれば、本件各対談記事の引用部分が従であるという趣旨の主張もしているが、本件のような電子掲示板に、発言者が自由に書き込みをしているような場合には、書き込みごとに独立した著作物と解すべきであるから、被告の上記主張も採用することができない。)。
2 争点(2)(原告らは、被告に対して、別紙転載文章目録記載の各発言の自動公衆送信又は送信可能化の差止めを請求することができるか)について
ア 原告らは、本件各発言が著作権侵害を構成するものである以上、本件電子掲示板を設置、運営し、削除について最終的な権限及び責任を有する被告に対して、本件各発言の自動公衆送信又は送信可能化の差止めを請求することができると主張する。しかし、以下に述べるとおり、原告らの上記主張を採用することはできない。
 著作権法112条1項は、著作権者は、その著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる旨を規定する。同条は、著作権の行使を完全ならしめるために、権利の円満な支配状態が現に侵害され、あるいは侵害されようとする場合において、侵害者に対し侵害の停止又は予防に必要な一定の行為を請求し得ることを定めたものであって、いわゆる物権的な権利である著作権について、物権的請求権に相当する権利を定めたものであるが、同条に規定する差止請求の相手方は、現に侵害行為を行う主体となっているか、あるいは侵害行為を主体として行うおそれのある者に限られると解するのが相当である。けだし、民法上、所有権に基づく妨害排除請求権は、現に権利侵害を生じさせている事実をその支配内に収めている者を相手方として行使し得るものと解されているものであり、このことからすれば、著作権に基づく差止請求権についても、現に侵害行為を行う主体となっているか、あるいは侵害行為を主体として行うおそれのある者のみを相手方として、行使し得るものと解すべきだからである。この点、同様に物権的な権利と解されている特許権、商標権等についても、権利侵害を教唆、幇助し、あるいはその手段を提供する行為に対して一般的に差止請求権を行使し得るものと解することができないことから、特許法、商標法等は、権利侵害を幇助する行為のうち、一定の類型の行為を限定して権利侵害とみなす行為と定めて、差止請求権の対象としているものである(特許法101条、商標法37条等参照)。著作権について、このような規定を要するまでもなく、権利侵害を教唆、幇助し、あるいはその手段を提供する行為に対して、一般的に差止請求権を行使し得るものと解することは、不法行為を理由とする差止請求が一般的に許されていないことと矛盾するだけでなく、差止請求の相手方が無制限に広がっていくおそれもあり、ひいては、自由な表現活動を脅かす結果を招きかねないものであって、到底、採用できないものである。
イ これを本件についてみるに、前記の「前提となる事実関係」(前記第2、1)に記載の各事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告は本件電子掲示板を設置、運営する者であるが、本件電子掲示板は300種類以上の個別のテーマの電子掲示板から構成され、各個別のテーマの電子掲示板の中に多数のスレッドが存在していること、本件電子掲示板は公衆の用に供されている電気通信回線(インターネット)を介して無料でだれでも利用することができ、発言をしようと思う者は自由にスレッドに書き込みを行うことができるものであること、書き込まれた発言は直ちに機械的に送信可能化され、被告は送信可能化前に書き込みの内容をチェックしたり、改変したりすることはできないこと、本件各発言も、利用者たる本件発言者が本件スレッドに書き込んだものが機械的に送信可能化され、自動公衆送信されたものであること等の事情が認められる。
 上記の各事実に照らせば、本件各発言について送信可能化を行って本件各発言を自動公衆送信し得る状態にした主体は本件発言者であって、被告が侵害行為を行う主体に該当しないことは明らかである。
 そうすると、原告らは、被告に対して本件各発言の送信可能化又は自動公衆送信の差止めを請求することはできないものというべきである。
ウ この点に関する原告らの主張は必ずしも明らかではないが、現に著作権等の侵害が行われている場合、あるいは行われるおそれの高い場合に、権利を侵害された者において侵害行為を行った主体に対する差止請求を行うことが容易ではない一方で、幇助者の行為が著作権等の侵害行為に密接な関わりを有し、かつ幇助者が被害の拡大を容易に防止することができる立場にあるような場合には、当該幇助行為を行う者は著作権等の侵害主体に準ずる者として、著作権法112条1項に基づく差止請求の相手方になり得ると主張するものと解されないではない。しかしながら、このような主張を採用することができないことは、上記アにおいて説示したとおりである。
 原告らは、また、本件電子掲示板の利用者が発言の書き込みをする際に、氏名、メールアドレス等を記載する必要がなく匿名で行うことができること、著作権侵害の発言について削除要請があっても必ずしも削除されるとは限らず、書き込みをした本人であってもスレッドに掲載された発言の削除を行うことは許されていないことといった本件電子掲示板の特徴に照らすと、被告に対して差止請求を認めなければ著作権侵害に対する救済を欠くことになり、不当であるなどとも、主張する。
 しかし、まず、著作権侵害に限らず、匿名で権利侵害を行っている者に対して差止請求を認めるべきかどうか、認めるとしてどのような方法で差止めを可能ならしめるかは、基本的には立法政策の問題であって、電子掲示板における表現において、匿名での権利侵害行為がなされたからといって、侵害の主体ということができない電子掲示板の設置者ないし自動公衆送信装置の設置者に対して、特段の法規上の根拠も要することなく、差止請求権を行使することができると解することは、到底できない。殊に、憲法上自由な表現活動が保障されている下においては、表現活動に対する抑制行為は厳に謙抑的であることが求められるものであり、このような点に照らしても、原告らの主張するところは、差止請求の相手方を解釈によって無制限に拡張することにつながるもので、到底採用することができない。
 もっとも、発言者からの削除要請があるにもかかわらず、ことさら電子掲示板の設置者が、この要請を拒絶して書き込みを放置していたような場合には、電子掲示板の設置者自身が著作権侵害の主体と観念されて、電子掲示板の設置者に対して差止請求を行うことが許容される場合もあり得ようが、そのような事情の存在しない本件において、被告に対する差止請求を認める余地はない。
 ちなみに、平成14年5月27日に施行された特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成13年法律第137号。以下「プロバイダ責任制限法」という。)3条2項においては、特定電気通信役務提供者(本件被告も、これに該当するものと解される。)において、「当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき」(同項1号)、又は権利を侵害されたとする者から侵害情報等を示して送信防止措置を講じるよう申出があり、当該特定電気通信役務提供者から発信者(本件においては本件発言者)に意見照会をした場合において、「当該発信者が当該照会を受けた日から7日を経過しても当該発信者から当該送信防止措置を講じることに同意しない旨の申出がなかったとき」(同項2号)のいずれかの場合には、情報の不特定の者に対する送信(著作権法にいう送信可能化及び自動公衆送信を含むものと解される。)を防止する措置を講じたことにつき、発信者に対して損害賠償責任を負わない旨が規定されている。本件スレッドにおける発言の書き込みの送信可能化及び自動公衆送信も同法にいう「特定電気通信」に該当するものと解されるから、同法施行後に被告が送信防止の措置を講じた場合においては、上記規定が適用となる余地はある。もとより、同項の規定は、特定電気通信役務提供者のとった措置について発信者に対する損害賠償責任が生じない場合を規定しているだけで、特定電気通信役務提供者に対して送信防止措置をとるべき義務を課しているものではないが、前記「前提となる事実関係」(前記第2、1)及び上記アにおいて認定した事実の下では、上記のプロバイダ責任制限法3条2項各号に規定するいずれの場合にも該当せず、送信防止措置を講じたことにつき同規定により発信者に対する損害賠償責任が免責される場合には当たらないものと解される。この規定の趣旨は、本件においても尊重するのが相当であるところ、上記のとおり送信可能化又は自動公衆送信の防止のための措置をとったことにつき発言者からの責任追及を受けるおそれなしとしない状況の下において、被告に送信可能化又は自動公衆送信を止めるべき信義則上の義務があったということもできない。
エ 以上のとおり、被告に対して、本件各発言の送信可能化及び自動公衆送信の差止めを求める原告らの請求はいずれも理由がない。
3 争点(3)(被告は、本件各対談記事の削除を行わなかったことにより、原告らに対して損害賠償責任を負うか)について
ア 前記2において認定説示のとおり、本件において、被告は著作権を侵害した者に該当しないのであるから、被告による著作権侵害を理由とする原告らの請求は理由がない。
イ 原告らは、仮に、被告自身が著作権を侵害した者に該当しないとしても、遅くとも平成14年5月10日に編集長Iからの削除要請が行われた後においては、被告は、本件各発言を削除すべき条理上の作為義務を負っていたにもかかわらず、過失によりこれを怠ったもので、損害賠償義務を負うと主張する。
 しかしながら、インターネット上において他人の送信した情報を記録し、公衆の閲覧に供することを可能とする設備を用いて、電子掲示板を開設・運営する者や、ウェブホスティングを行う者(以下「電子掲示板開設者等」という。)は、基本的には、他人が送信した情報について媒介するという限度で情報の伝達に関与するにすぎない。
 したがって、電子掲示板開設者等は、他人が行った電子掲示板への情報の書き込み、あるいはウェブページ上における表現行為が、著作権法上、複製権、送信可能化権、公衆送信権の侵害と評価される場合であっても、電子掲示板開設者等自身が当該情報の送信主体となっていると認められるような例外的な場合を除いて、特段の事情のない限り、送信可能化又は自動公衆送信の防止のために必要な措置を講ずべき作為義務を負うものではない。
 これを本件についてみるに、編集長Iが平成14年5月10日に被告に対して行った削除要請は、電子メールで「私は小学館少コミCheese!の編集長をしているIと申します。2ちゃんねるの少女漫画サイトの『うんざりだって★A』で小社刊の『ファンブック 罪に濡れたふたり〜kasumi〜』の18ページにわたる座談会ページの全文が公開されており、これは明らかに著作権侵害ですので、すみやかに削除をお願いいたします。」という内容を述べるにとどまるものであり(甲4)、その後に被告からの返答を受けて同年5月13日に行われた再度の要請においても「削除依頼板へ、というご返事をいただきましたが、私の申し上げたことに対するお答えとして、筋が違うと思います。さらに5月10日以降、現在までに、704〜707で座談会の続きが公開され、また、720〜725、728〜748において、もうひとつの対談記事も11ページ分全文が公開されています。」という内容を述べるにとどまるものである(甲6)。これらの電子メールによる要請だけでは、真正な著作権者からの申告かどうかも明らかでなく(上記各電子メールの差出人は「I」となっているが、同電子メール上、「I」と原告C、E、H及びGとの関係は全く不明である。)、同電子メールの内容も、具体的に著作物の内容を示した上でどの部分が著作権侵害かを特定して申告するものでもなく、仮に被告が、同電子メールによる権利侵害との申告を軽信して、著作権侵害かどうかの判断を誤って過剰に発言を削除した場合には、かえって、書き込みをした者から非難されるおそれがあること、自由な表現活動を保障する観点から他人の表現行為について第三者が介入することには慎重さが求められるべきであることも考慮するならば、この程度の内容の電子メールを受け取ったからといって、被告において権利侵害の事実を知っていたか、あるいはこれを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があったということはできず、送信可能化又は自動公衆送信の防止のために必要な措置を講ずべき特段の事情があったとは認められない。ちなみに、前記のプロバイダ責任制限法3条1項においては、特定電気通信(上記のとおり本件スレッドにおける発言の書き込みの送信可能化及び自動公衆送信も、これに含まれるものと解される。)による情報の流通により他人の権利が侵害された場合において、特定電気通信役務提供者(上記のとおり本件被告も、これに該当するものと解される。)は、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき(同項1号)、あるいは、特定電気通信役務提供者において情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき(同項2号)のいずれかの場合に該当する場合でなければ、権利侵害によって生じた損害について損害賠償責任を負わない旨が規定されている。本件においても、被告が条理上の作為義務を負うものかどうかを判断するに当たっては、この規定の趣旨を尊重するのが相当であるが、上記に認定したとおり、被告において、原告らの権利侵害の事実を知っていたということはできないし、権利侵害の事実を知ることができたとも認められないのであって、同規定の下においても、被告が原告らに対して損害賠償責任を負い得る場合には当たらないものというべきである。
 したがって、本件の事実関係の下においては、そもそも、被告に本件各発言の送信可能化及び自動公衆送信を防止すべき作為義務があったと認めることはできないし、被告に過失があったと認めることもできない。
ウ 以上のとおり、原告らの損害賠償請求は、いずれも理由がない。
4 結論
 以上によれば、その余の点につき検討するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 大須賀寛之
 裁判官 松岡千帆
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/