判例全文 line
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【事件名】『XO醤男と杏仁女』著作権侵害差止め等請求事件
【年月日】平成16年5月31日
 東京地裁 平成14年(ワ)第26832号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成16年5月21日)

判決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり


主文
1 被告らは、別紙1書籍目録記載の書籍を印刷し、頒布してはならない。
2 被告らは、原告らに対し、連帯して、金92万5000円及びこれに対する平成14年12月27日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを5分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙1書籍目録記載の書籍について、印刷、製本、販売及び頒布をしてはならない。
2 被告らは、原告らに対し、連帯して金530万円及びこれに対する平成14年12月27日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、その費用をもって、原告らのために、株式会社朝日新聞社東京本社発行の朝日新聞の全国版朝刊社会面に、別紙2謝罪広告目録の「1 体裁」の項記載の体裁で同目録の「2 広告文」の項記載のとおりの謝罪広告を1回掲載せよ。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 当事者
 Aは、中華人民共和国(以下「中国」という。)厦門市出身の著名な詩人である。Aは、本件訴訟提起後の平成14年12月31日に死亡したところ、原告BはAの父であり、原告CはAの母であり、原告DはAの子であり、原告3名がその相続人である。
 被告株式会社日新報道(以下「被告会社」という。)は、小説等の出版を業とする株式会社である。被告E(以下「被告E」という。)は、中国厦門市出身で東京都においてアパレル関係の仕事に従事している女性であり、「F」の名称で小説の執筆を行っている。
(2) 本件詩の著作
 Aは、別紙3著作物目録@ないしH記載の詩(以下、それぞれを目録の番号に従って「本件詩@」などといい、併せて「本件詩」という。)を著作し、平成6年8月、本件詩を含む121点を集めた詩集「南国文学徳彪西的月亮」(南国文学ノート ドビュッシの月様)を中国の鷺江出版社から出版した(甲1)。Aの死亡により、原告らが本件詩についての著作権を相続により取得した。
(3) 被告らの行為
 被告Eは、「XO醤男と杏仁女」(以下「被告小説」という。)を「F」の名称で執筆し、被告会社は、平成14年2月22日、我が国においてこれを出版した(甲8)。
 被告小説は、主人公の視点から一人称で表現されたもので、中国厦門市出身の「私」(司小悦(日本名山本悦子)。以下「小悦」という。)が同郷の中国人男性「古林」と東京で出会ってから別れるまでの過程を描いたいわゆるモデル小説である。「小悦」は被告Eをモデルとし、「古林」はAの弟であるGをモデルとしている。被告小説中には、本件詩の翻訳文が掲載されているところ、「古林」の兄である「古森」という詩人が本件詩の作者として登場する。 
2 事案の概要
 本件は、Aの相続人である原告らが、被告らに対し、被告Eが被告小説を執筆し被告会社が被告小説を出版等した行為につき、@ 上記行為がAの有していた本件詩に対する著作権(翻訳権)を侵害すると主張して、著作権に基づく被告小説の印刷、製本、販売及び頒布の差止め並びに不法行為に基づく損害賠償を請求し、A 上記行為がAの有していた本件詩に対する著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して、著作権法116条に基づく被告小説の印刷、製本、販売及び頒布の差止め、謝罪広告並びに不法行為に基づく損害賠償を請求するとともに、B 上記行為がAの名誉を毀損すると主張して、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。なお、原告らは、我が国における著作権、著作者人格権及び名誉を問題とするものである。
3 本件の争点
(1) 著作権侵害の成否
ア Aは被告Eに対し本件詩の翻訳文を被告小説に掲載することを許諾したか
イ 被告Eが本件詩の翻訳文を被告小説に掲載した行為は、著作権法32条1項の引用に当たるか
(2) 著作者人格権侵害の成否
ア 氏名表示権侵害の成否
イ 同一性保持権侵害の成否
ウ 著作権法60条該当性
(3) 名誉毀損の成否
(4) 損害の発生及び数額
(5) 謝罪広告の要否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(許諾の有無)について
[被告らの主張]
 被告Eは、平成11年6月20日ころ、中国厦門市にあるA宅を訪れ、同人らと会った。その際、被告Eは、Aの一ファンとして、同人に対し、暗記している本件詩を披露し、その感想を述べるなどした。また、被告Eは、Aに対し、「一ファンとして詩人の本件詩をより多くの人に読んでもらえるよう、努力したいです。」、「詩人の本件詩を翻訳して日本人にも紹介したいのですが、よろしいでしょうか。」等と述べた。
 これに対し、Aは、被告Eに対し、「僕にとって夢みたいな話です。Fさんならきっとできるでしょう。どうぞよろしくお願いします。」等と述べると、目に涙を浮かべながら同被告と握手し、同被告の申し出を快諾したものである。よって、被告Eが、本件詩を無断で翻訳し、利用したということはない。
[原告らの主張]
 仮に、被告ら主張の会話により、Aが被告Eに対して何らかの許諾を与えたと評価したとしても、それは「Aの何らかの詩を翻訳すること」に対して許諾を与えたというにすぎず、「被告小説においてAの詩を翻訳して利用すること」についての許諾ではない。 
2 争点(1)イ(著作権法32条1項所定の引用に当たるか)について
[被告らの主張]
(1) 明瞭区別性
ア 本件詩は、その引用部分の前後に、あえて行間が設けられている上、字体も変化させられており、被告小説の他の部分と明確に区別できることは明らかである。
 原告らは、被告小説を読んだ読者が本件詩の作者を被告Eと誤解してしまうなどと主張するが、被告Eは、被告小説の末尾に、原告名、著書名、出版社名、詩の表題を掲げ、本件詩の出所を明示しているし、本件詩は、被告小説の主人公である小悦が、Aの著作物である「南国文学ノート」を読むという場面で引用されているのであり、被告小説の読者が、原告ら主張のような誤解をすることはあり得ない。
 なお、小説における引用という利用態様に鑑み、被告Eの出所明示の方法及び程度が合理的なことも明らかである。
イ 仮に、本件詩が被告小説に取り込まれたものであり、両者を明瞭には区別し得ないとしても、(ア) 引用する側の著作物の表現の目的上、他の代替措置によることができないという必然性があること、(イ) 必要最小限の引用に止まっていること、(ウ) 著作権者に与える経済的な不利益が僅少なものに止まること、の3要件を満足すれば、適法な引用として認める余地がある。
 本件詩は、被告小説に登場する主人公の場面ごとの心情を描写するため、場面ごとに設定されたテーマに沿って引用されているが、かかる表現の目的上、同主人公と同郷で、同主人公が共感し、敬愛するところの本件詩を引用することがまさに重要なのであり、他の代替措置はあり得ず、上記(ア)の要件を充足する。
 また、被告Eは、被告小説に登場する主人公の心情を描写する上で必要最小限の詩を、多数の詩を収録している「南国文学ノート」から選択し、引用したものであり、上記(イ)の要件も充足する。
 さらに、日本で発行されている被告小説と、中国で発行されている本件詩との間には、あらゆる意味で読者層の競合はなく、被告小説が本件詩の市場を侵食することはないのであるから、原告らが被る経済的な不利益は想定し難く、上記(ウ)の要件も充足する。
 したがって、被告らによる本件詩の使用は、上記3要件をいずれも充足するものであり、いわゆる「取込型」の引用としても、適法に認められることは明らかである。
(2) 附従性
 本件詩は、作者と同郷で作者を敬愛する被告小説の主人公の、そのときどきの心情を間接的に表現するものとして、引用の必要性が認められるところ、被告小説の総頁数に比して本件詩が引用された部分の頁数は極めてわずかであり、ストーリーが展開されている本文部分が主、主人公の心情を表現する引用部分が従である。
(3) 公正な慣行
 本件詩は、厳密な体裁及び韻律を要求される「漢詩」ではなく、非定型な「自由詩」のジャンルに属するものである。そして、引用に際しての公正な慣行を判断する上で、引用される側の表現形態のみならず、引用する側の表現形態も考慮されるべきである。
 また、本件詩は、被告小説の主人公が「南国文学ノート」を読むという場面で引用されて、被告小説において、主人公というフィルターを通し、その時々の主人公の心情等をも間接的に表現する役割を果たしている。本件のように、引用の目的が人物の心情描写にある場合、極めて定型的な「読み下し文」を用いても、引用の目的が十分には果たせないことは明らかである。被告らは「読み下し文」によるべき慣行があるなどと主張するが、そのような慣行は存在しない。
[原告らの主張]
(1) 明瞭区別性
 明瞭区別性の要件は、引用する側の著作物と引用される側の著作物とが明瞭に区別されることを要求する要件であり、その趣旨からすれば、引用される著作物が他人の著作物であることが明確に理解されるものでなければならない。
 被告小説において、本件詩の作者は、被告小説の主人公である小悦と同郷の詩人であり、被告小説の登場人物である古林の兄である古森なる架空の人物とされている。さらに、古森なる人物は、詩を続けたいのに弟(古林)のために不動産を扱う会社の代表者になり、それが失敗したために、アルコール依存症になり家庭も崩壊したという具体的な人物像を付与されて描かれている。被告小説において、本件詩はこのような具体的な人物像を付与された架空の人物の作品とされているのであって、被告小説を読んだ読者は、本件詩の作者を被告Eと誤解してしまう。このような利用の仕方が、引用された著作物と引用する著作物が明瞭に区別されたものといえないことは明らかである。
(2) 公正な慣行
 本件で問題となっている詩という文学のジャンルでは、言葉の一語一句、各文章の順序、韻などが極めて重要な意味を有する。そのため詩の翻訳に当たっては、原文を明示し、その下に括弧書きで訳文を付け加えるなど、その引用の仕方にも厳密さが要求されなければならず、また、その訳文もできる限り訳者の主観が排除されるよう一語一句注意深く翻訳されなければならない。特に、被告らのように、他人の詩を無断で翻訳し利用する場合には、その翻訳の一語一句の正確性が厳密に求められるというべきであり、原文に明示されていない文言を挿入したり意訳したりする行為はおよそ正当な引用として認められるものではない。
 本件では漢詩が問題となっているところ、日本と中国では漢字の表記に多少の違いがあるにしても、日本においても漢字が理解されることから、伝統的に漢文は「書き下し文」や「読み下し文」という形式を用い、そのニュアンスをできるだけ変えることなく翻訳する慣行が存在する。
 本件のように著作者に無断で漢詩を翻訳するに際しては、少なくとも「読み下し文」の形式による翻訳以外は著作権法32条1項が規定する「公正な慣行」とはいえない。また、他人の著作物を作中人物の作品として表示することが許されるなどという慣行は存在しない。
(3) 目的上正当な範囲内
 さらに、引用であるためには、「目的上正当な範囲内」での使用のみが許容されるところ、合計9編もの詩を全部引用する必要性は全くない。
 また、被告小説において本件詩を利用することがAの著作者人格権を侵害することは明らかであるから、引用に該当しない。
3 争点(2)ア(氏名表示権侵害の成否)について 
[原告らの主張]
 被告らは本件詩の作者を古森なる人物として表示しているところ、Aはこのような変名を使用したことはない。よって、当該行為は、Aの氏名表示権を侵害する。
[被告らの主張]
 被告Eは、被告小説の末尾に、Aの氏名を掲げ、本件詩の出所を明示することによって、Aが本件詩の著作者であること、同人が古森なる人物のモデルとされていることは容易に認識し得る。すなわち、本件詩の著作者名が古森とされているのではなく、本件詩の著作者であるAをモデルとした人物に古森なる名称が付せられているにすぎないのであるから、氏名表示権侵害が成立する余地はない。
4 争点(2)イ(同一性保持権侵害の成否)について
[原告らの主張]
(1) 被告らは、本件詩A、C、E、G及びHにつき、全文を利用しながら題号を切除して利用している。よって、当該行為は、本件詩A、C、E、G及びHに対するAの同一性保持権を侵害する。
(2) 被告らは、本件詩を翻訳して利用しているところ、他人の著作物を無断で翻訳すれば、それ自体表現に変更が加えられていることは明らかであって、同一性保持権を侵害する行為というべきである。
(3) 仮に、一般論として翻訳自体では同一性保持権を侵害すると評価できないとしても、以下に述べるとおり、被告らの行為は同一性保持権を侵害するものである。
ア 翻訳という作業が言語系統の異なる他の言語への変換作業であることからすれば、原著作物の意味内容に多少の変更が生じることは不可避であり、厳密に原著作物と翻訳されたものとの間に1対1の関係を求めることは困難な面がある。そのため、翻訳自体が同一性保持権の侵害にならないとすれば、翻訳されたものと原著作物との間で同一性を保持しているのか否かを判断するに際しては、著作物の性質、引用の仕方、言語の性質などを総合的に評価して判断することが必要となる。
イ 本件で問題となっている詩という文学のジャンルでは言葉の1語1句、各文章の順序、韻などが極めて重要な意味を有するのであり、そのニュアンスを変えることなく翻訳を行うことは極めて困難である。仮に、自然科学の論文を翻訳するのであれば、ある程度その分野に精通した人物が翻訳を行えばほぼ同じ翻訳となるが、詩の翻訳は翻訳者一人一人によって大きく異なってしまう。
 このような詩という表現物の特殊性からして、詩は原文の本質的部分を変えることなく、正確に原文の意味やニュアンスを伝える翻訳ができない表現物といえるのであり、詩の翻訳を行うには著作者の許諾を得た上で翻訳をしなければならないというべきであって、許諾のない本件では、翻訳を行ったこと自体でもはや同一性を保持しているとはいえない。
ウ 仮に、詩の翻訳を行ったこと自体では同一性保持権を侵害しないとしても、上記の事情に照らし、その同一性の判断は極めて厳格に行われなくてはならないことは明らかである。したがって、その翻訳に際しては、できる限り訳者の主観が排除されるよう一語一句を注意深く翻訳しなければならず、本件のように漢詩が問題となる場合であれば、その言語の特質上、最もそのニュアンスに変更を加えない伝統的な翻訳の手法である「読み下し文」によらなければならない。
 被告Eの翻訳が読み下し文でないことは明らかであって、本件詩の正確なニュアンスを伝えていないものであって、同一性保持権を侵害する。
 なお、Aにおいてできるだけ原著作物に忠実に翻訳したものと被告小説における翻訳を対比したものが別紙4訳文対照表であり、被告Eの翻訳は明らかに意訳されていたり、原文とは異なる行替えが行われていたり、あるいは、誤訳があったりするのであり、この点からも被告Eの翻訳文は同一性を保持していない。詳細は、別紙5主張対比表「原告らの主張」欄記載のとおりである。
[被告らの主張]
(1) 被告Eは、本件詩の本文部分を引用したにすぎず、Aの創作的表現に手が加えられていない以上、同人の人格的利益を侵害することはなく、同一性保持権侵害が成立する余地はない。
(2) 題号の一部切除について
 本件詩は、小悦が「南国文学ノート」を読むという場面において引用されており、同女の場面ごとの心情等を間接的に描写したものである。そして、被告Eは、被告小説の主人公の心情描写に必要な範囲において、本件詩を引用したものであり、題号の切除も、かかる目的に照らし、やむを得ない改変であることは明らかである(著作権法20条2項4号)。すなわち、被告小説の主人公が、場面ごとに様々な思いを抱き、思い浮かべるものは、本件詩のフレーズであり、本件詩のリズムであり、本件詩が持つ雰囲気にほかならず、題号ではない。
(3) 無断で翻訳されている点について
 翻訳に伴い必然的に行われる改変は、それが表現の同一性を変更するものであったとしても、利用の目的、態様に照らし、やむを得ない改変であることは明らかであり、それ自体が同一性保持権侵害となることはあり得ないし(著作権法20条2項4号)、仮に、翻訳自体が同一性保持権侵害となるのであれば、翻訳権の譲渡を認めた法の趣旨にも反することになる(同法61条1項)。
 著作権法は、詩を含めた著作物の引用利用を認めており(著作権法32条1項)、その際の翻訳も認めている(同法43条2号)。よって、許諾を得ずに詩を翻訳した場合、同一性保持権を侵害するという原告らの主張は、詩の引用自体を否定することに等しく、理由がない。
 なお、本件のように、中国語から日本語へ、全く異なる言語間の翻訳であれば、ある程度の表現の変更は必然的に生ずるものであり、同一性保持権を侵害することにはならない。
(4) 「読み下し文」が使用されていない点について
 原告らは、詩の翻訳は「読み下し文」によらなければ同一性保持権を侵害するなどとも主張するが、極めて定型的な「読み下し文」は、表現の選択肢が限られ、創作性を認める部分も少ないことから、著作物性自体を否定され得るものである。すなわち、原告らの主張は、詩の翻訳の場合、訳者によって創作性が発揮されること、新たな著作物が創作されること自体を否定するに等しく、理由がない。
(5) 意訳及び誤訳がある点について
 中国語から日本語への翻訳に伴う改変や、本件詩のニュアンスを損なうことのないように訳したものと直訳との齟齬は、必然的に生じるものであり、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たる。詳細は、別紙5主張対比表「被告らの主張」欄記載のとおりである。
5 争点(2)ウ(著作権法60条該当性)について
[原告らの主張]
 被告らの前記著作者人格権侵害行為は、Aの死亡後においても、同人が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為に当たる。
[被告らの主張]
 著作権法60条は、著作者の意を害しないと認められる場合につき、禁止除外とされているところ、被告EがAから許諾を得ていること、翻訳に伴い必然的に改変が生じ得ること、本件詩のみの使用ではなく小説内における引用であること、本件詩が被告小説に占める割合はわずかであること、Aの生活の本拠がない我が国内のみにおける使用であること、A以上にAの意思が全面に出ていること等の事情に鑑みれば、被告Eの行為は、Aの意を害する類のものではなく、同条ただし書の場合に当たる。  
6 争点(3)(名誉毀損の成否)について
[原告らの主張]
(1) 被告小説において、Aをモデルとしている「古森」については、「アルコール依存症」である上、「酔ってベッドの上に大便をして、その上に寝てしまうんだ。妻が去ってから、母が面倒を見ていたけど、体力を使い果たして倒れてしまった。結局、一番上の兄貴がお金を出して田舎娘を一人雇って、下の世話をしてもらっているんだけどね」とか、「今だって一日でも酒を飲まないと狂ったように暴れまくる。一度、窓ガラスを破って、二階の窓から飛び出したことがあるんだ。」などという完全に人格の破綻した人物として描かれている(甲8)。
(2) Aと古森、Gと古林の同定可能性
 被告小説の登場人物である古森とAとでは、@ 本件詩の作者であること、A 詩人であり、出身地が中国厦門市であること、B 古森が古林の兄とされているところ、Gの兄がAであること、など重要な特性において共通しているのであって、被告EやA、あるいはGのことを知る読者であれば、一目瞭然に両者を同定できる。
 また、被告小説の登場人物である古林と実在の人物であるGとは、@ 教育関係の仕事に従事している中国人の男性であること、A 被告小説の主人公である小悦(アパレル関係の仕事に従事する厦門市出身の中国人女性で日本人の夫と結婚している女性であり、これはすべて被告Eと共通しており、被告Eをモデルとしていることは明らかである。)と同じ職場(東京都中野区)で働いていた男性であること、B 出身地が中国厦門市であること、C 名前が「古林」と「G」で1文字違いであり、その息子の名前も1文字違いであること、また、Gの知人と同定できる者が多数モデルとされていること、D 兄が詩人であり、本件詩の作者であることなど、多数の明らかな共通点を有しているのであり、被告EやGのことを知る読者であれば、一目瞭然に両者を同定できる。
(3) 被告小説には、主人公の小悦と古林の会話として、「『いつか、私、あなたの言葉を使って小説を書くよ』、『司さんは、やるといったら本当にやるからね。その小説、僕の悪いところばかり書かないでよ』、『はい、約束します。』私はその時の約束の小説を今、書いている。でも、彼を悪者にしないという約束は守れそうにない。」として、あたかも事実を記載したかのように記載されている。また、被告Eは、被告小説やその出版案内をGの知人や仕事関係者に多数送付している。これらの者が、被告小説の内容を事実を記載したものであると誤信し、小説の登場人物とGやAを同一視してしまうことは明らかであり、被告Eが意図的にAを誹謗中傷し、Aの名誉を毀損していることは明らかである。
[被告らの主張]
(1) 実在の人物を素材としている、いわゆるモデル小説であっても、実在人物の行動や性格が小説の主題に沿って取捨選択、変容されて、事実とは意味や価値が異なるものとして作品中に表現され、又は実在しない想像上の人物が設定されてその人物との絡みの中で主題が展開されているため、一般読者をして、小説全体が作者の芸術的想像力の生み出した創作であって虚構であると受け取らせるに至っている場合は、一般読者が、作中人物と実在人物との同一性に関心を持つことはなく、実在人物に対する名誉毀損が成立する余地はない。
 Aの生活本拠が中国であるのに対し、被告小説が出版されたのは日本であること、被告小説において古森に関するエピソードはわずかであり、古森に与えられた属性も限られたものに過ぎないこと、実在人物の行動や性格を変容したり、「余景」という架空の人物や、小悦が子供を身籠もるという架空のエピソードを設定していること等の事情に鑑みれば、被告小説の読者がAを古森と同定し得る可能性は極めて低い。
(2) 古森に関する表現について
 ある表現が他人の名誉を毀損するか否かの判断に当たっては、当該表現部分とともに、当該表現の配置、全体の中での構成、前後の文脈をも併せ考慮した上、一般読者を基準として、他人の社会的評価を低下させるかどうかを検討すべきである。原告らは、アルコール中毒など、被告小説の断片を取り出し、名誉毀損であるなどと主張するが、被告小説を通読した一般読者は、古森なる人物が、優れた才能を有しながら、時代に翻弄され、アルコール中毒となってしまった悲劇的な人物と認識するのであり、単なるアルコール中毒等と認識することはない。また、留学生斡旋の仕事をしていて、女性にもてる弟がいることが、Aの社会的評価を低下させることもあり得ない。
 被告Eは、Aの高い芸術性や繊細な感受性に、深い敬意を表しているのであり、一般読者が、かかる被告Eの意図を離れ、古森の社会的評価を低下させる方向での認識を有することはあり得ない。
 被告小説の主題ないし制作意図は、中国人留学生の大量流入や中国人による犯罪の多発が社会問題になっている昨今、懸命に生きている在日中国人の実情を描くことにあり、Aやその家族の名誉を毀損しようとする意図はない。
(3) 仮に、被告小説がGの社会的評価を低下させるものであったとしても、それがAの社会的評価を低下させるものとはならない。すなわち、弟であるGの仕事内容や女性関係によって、Aの社会的評価が低下することはあり得ず、家族の前科前歴関係等とは、全く質の異なる問題である。
 被告小説は、その秀逸な文学性は勿論、鋭い問題意識に貫かれた作品として、各界で高い評価を得ている。そして、一般読者が、かかる被告らの意図を離れ、古森や古林の社会的評価を低下させる方向での認識を有することはあり得ない。
7 争点(4)(損害の発生及び数額)について
[原告らの主張]
 被告らの行為によって原告らが被った損害は、以下のとおり合計530万円を下らない。
(1) 財産的損害
ア 被告会社は被告小説を定価1400円で販売しており、この種の通常の出版部数からして5000部を下らない。
イ 本件詩の翻訳は被告小説のプロローグ、エピローグにおいて使用されるなど小説の雰囲気を作る上で極めて重要な要素となっており、本件詩を使用していなかったならば、被告小説の雰囲気は全く異なっていたものとなっている。被告らは9編もの詩を全文利用しており、分量的にも本件詩の翻訳が記載されているページ数は合計20頁に及び、被告小説の約25分の1になる。被告らの利用態様は、小説の登場人物を本件詩の作者とするものであって、他人の著作物を積極的に自己の著作物とする極めて悪質な利用態様である。また、Aは中国における著名な詩人であり、本件詩も中国において極めて高い評価を受けた文化的価値の高いものである。さらに、被告小説はAの名誉を侵害する内容となっており、仮に被告らがAに対し本件詩の利用許可を求めたのであれば、Aが許諾することはあり得なかったものである。
 このような事情からすれば、「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条3項)は、被告小説1冊当たり定価の30%を下らない。
ウ したがって、原告らが受けた損害は、以下のとおり210万円である。
 1400円×30%×5000部=210万円
エ 被告らは、出版における相場や被告小説において使用されている本件詩の分量等を考慮して使用料率は8%、寄与度は25分の1であると主張するが、被告小説は、Aやその家族の名誉を著しく侵害する小説であり、その文学的価値も決して高いものではないことからすれば、A及びその家族としては、本件詩の使用を許諾することはあり得なかったのである。よって、被告らのように許諾された場合における相場を考慮することは妥当ではない。
オ 被告らは、被告Eが経済的利益を得ていない事実を斟酌すべきである旨主張する。しかし、被告Eが利益を得ているか否かは実施料相当額の支払を求める本件では直接には関係のない事情である。
 また、被告らは、Aが中国で生まれ育ったため、仮に被告がAからライセンスを受けているとした場合、中国の貨幣価値に基づくライセンス料を基準に考えるべきであると主張する。しかし、Aが中国人であることから中国の貨幣価値に基づくライセンス料を基準に考えるという合理的な理由はなく、むしろ、本件は、日本の出版社が発行する書籍に関する日本で行われた行為について、日本の裁判所で訴訟が係属しているのであるから、日本の貨幣価値を基準とすることが当然である。
 さらに、被告らは、被告EはAの許諾を得ていたと考えていたから過失が小さいと主張する。しかし、被告EはAの許諾を得たと認識していたとの主張が到底成り立ち得ないものであることは明らかである。
(2) 精神的損害
ア 著作者人格権侵害に基づく損害
 被告らの行為は、単に同一性を害し氏名を表示しなかったのみならず、本件詩を小説の登場人物の作品として使用しているのであって、その利用形態は極めて悪質である。このような事情からすれば、当該行為によってAが被った精神的損害に対する慰謝料は、合計150万円(氏名表示権侵害75万円、同一性保持権侵害75万円)を下らない。
イ 名誉毀損行為に基づく損害
 被告らの行為は、Aの名誉をも侵害する行為であり、その慰謝料は100万円を下らない。
(3) 弁護士費用
 本件と相当因果関係のある弁護士費用は、70万円を下らない。
(4) 合計
 以上により、Aが被った損害は、210万円(上記(1))、250万円(上記(2))及び70万円(上記(3))の合計530万円を下らず、原告らは相続によりこれを取得した。
[被告らの主張]
(1) 売上部数
 被告小説の発行部数は3000部であり、そのうち2500部が流通に置かれた(乙1)。そして、被告小説の在庫部数は2000部以上であり、実際の売上部数は1000部を下るものにすぎない(乙2)。この点、被告Eに対する被告小説の印税は、発行部数ではなく、実売部数を基準として算出されており(乙1)、Aに対する本件詩の著作権使用料を算出する際も、被告小説が主であり、本件詩が従である関係に鑑みれば、同様に実売部数(1000部未満)を基準として算出すべきである。
(2) 使用料率
 出版業界における著作権使用料率の相場は、6ないし15%位であり、10%としているものが多い(乙3)。
 被告Eは、被告小説の再版以降、8%の印税を得る予定であったが、再版されることはなかったため、被告小説300冊の献本を受けたにすぎない。したがって、被告Eに対する被告小説の印税は、現実には発生していないものの、Aに対する本件詩の著作権使用料率は、被告小説が主であり、本件詩が従である関係に鑑みれば、被告Eに適用されるはずであった8%を上回るものではない。
(3) 寄与度
 本件詩は、被告小説において、頁数にして計20ページ、割合にして約25分の1を占めているにすぎない。
 この点、需要者が、被告小説を購入しようとする際、殊更に本件詩に着目して購入を決意しているものとは到底言えず、本件詩部分とその余の被告小説部分とが、それぞれ売上に寄与する割合を算定するに当たり、物理的な頁数以外に差異を生じ得るような事情は認められない。
 以上を総合考慮すれば、本件詩の使用料相当額は、以下のとおり4480円を上回るものではない。
 1400円×8%×1000部×1/25=4480円
(4) そして、以下の事情を併せ考慮すると、原告らの被った財産的損害は上記(3)記載の金額を上回ることはない。
ア 被告Eの得た利益
 著作権法114条3項における相当額を算出する際も、同条1項における侵害者利益額が明らかであるならば、かかる利益額を基準とし又は斟酌すべきである。前記(2)のとおり、被告Eは、被告小説を出版することにより、出版費用の出費等のため、損失を被っていることはあっても、金銭的な利益を受けていることは一切ない(乙1)。
イ 原告らが被った損害
 損害賠償が、侵害によって生じた権利者の被害を救済するものである以上、その賠償額は、侵害行為がなかりせば得べかりし利益を原則とすべきである。そして、Aが、中国で生まれ育ち、中国で死亡したことに鑑みれば、仮に、Aと被告らとの間で正式なライセンス契約等が締結されていたとしても、同契約は中国において締結され、Aは中国の貨幣価値に基づくライセンス料を得ていたであろうことは想像に難くない。この点、中国における一般サラリーマンの月額給与は、日中の貨幣価値の差異に鑑みれば1ないし3万円であり、Aが得べかりしライセンス料も、日本において相当とされるライセンス料を上回ることはあり得ない。
ウ 著作権法114条4項について
 被告Eは、Aに対し本件詩の使用を申し出たところ、Aからこれを許諾されたものと認識していたのであるから、著作権法114条4項により、損害額の算定上、十分に斟酌されるべきである。
(5) 慰謝料についても、A及び原告らの生活の本拠が中国であったことを考慮すべきである。
8 争点(5)(謝罪広告の要否)について
[原告らの主張]
 被告小説は、Aの著作権及び著作者人格権を侵害するものであるところ、被告Eは、被告小説やその出版案内をAやその弟Gの知人に多数送付しているのであって、Aの社会的声望・名誉の毀損は極めて大きいものである。このような事態を放置しておけばAの名誉の回復を図ることが著しく困難となることは明らかである。さらに、被告小説の読者の多くがGの知人であると合理的に考えられるのであり、本件における被告らの行為により、A及びその家族は直接かつ甚大な被害を受けているのであり、かかる被害の救済は金銭賠償のみでは不十分である。よって、被告小説がAの有していた著作権及び著作者人格権を侵害しているものであること、また、その内容が全く事実を記載したものではないことを公に発表し周知徹底させる必要があるから、著作権法116条により、謝罪広告を請求する。
[被告らの主張]
 著作者人格権侵害に基づく謝罪広告を請求するには、名誉感情の毀損では足りず、著作者の社会的声望名誉が低下したことを必要とする。この点、被告小説自体が高い社会的評価を受けているが(乙4)、被告小説に引用されたことで、本件詩の芸術的価値に対する社会的評価が低下し、ひいてはAの社会的評価が低下することはあり得ない。
 なお、@ 被告小説は2000部以上が在庫として回収されており、既に流通していないこと(乙2)、A 流通した部数も1000部未満と僅少であること、B Aが社会的評価を得ているのは中国国内のみにおいてであるのに対し、被告小説が販売されたのは日本国内のみにおいてであること、C Aが被告Eらによる本件詩の使用について肯定的な態度でいたこと等の事情に鑑みれば、新聞に謝罪広告を掲載することが、著作権法115条の規定する「適当な措置」とは到底認められない。
第4 当裁判所の判断
1 準拠法について
 我が国及び中国は、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(昭和50年条約第4号。以下「ベルヌ条約」という。)の同盟国であるところ、本件詩は、中国人であるAが著作者であり、中国において最初に発行された著作物であるから、中国を本国とし、中国の法令の定めるところにより保護されるとともに(ベルヌ条約2条(1)、3条(1)、5条(3)(4))、我が国においても、我が国の著作権法による保護を受ける(著作権法6条3号、ベルヌ条約5条(1))。そこで、本件各請求がいずれの国の法律を準拠法とするのかについて検討する。
(1) まず、著作権に基づく差止請求は、著作権の排他的効力に基づく、著作権を保全するための救済方法というべきであるから、その法律関係の性質を著作権を保全するための救済方法と決定すべきである。著作権を保全するための救済方法の準拠法に関しては、ベルヌ条約5条(2)により、保護が要求される国の法令の定めるところによると解するのが相当である。本件において保護が要求される国は、我が国であり、上記差止請求については、我が国の法律を準拠法とすべきである。
 著作権侵害を理由とする損害賠償請求の法律関係の性質は、不法行為であり、その準拠法については、法例11条1項によるべきである。上記損害賠償請求について、法例11条1項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」は、被告小説の印刷及び頒布行為が行われたのが我が国であること並びに我が国における著作権の侵害による損害が問題とされていることに照らし、我が国と解すべきである。よって、同請求については、我が国の法律を準拠法とすべきである。
(2) 次に、著作者の死後における人格的利益の保護のための差止請求及び謝罪広告請求は、著作者の人格的利益すなわち著作者の権利を保全するための救済方法というべきであるから、その法律関係の性質を著作者の権利を保全するための救済方法と決定すべきである。著作者の権利を保全するための救済方法の準拠法に関しては、ベルヌ条約6条の2(3)により、保護が要求される国の法令の定めるところによると解するのが相当である。本件において保護が要求される国は、我が国であり、上記差止請求及び謝罪広告請求については、我が国の法律を準拠法とすべきである。なお、ベルヌ条約6条の2(2)により、上記請求権を行使すべき者も、保護が要求される国である我が国の法律によって定められる。
 著作者人格権侵害を理由とする損害賠償請求の法律関係の性質は、不法行為であり、その準拠法については、法例11条1項によるべきである。上記損害賠償請求について、法例11条1項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」は、被告小説の印刷及び頒布行為が行われたのが我が国であること並びに我が国における著作者人格権の侵害が問題とされていることに照らし、我が国と解すべきである。よって、同請求については、我が国の法律を準拠法とすべきである。
(3) さらに、名誉毀損を理由とする損害賠償請求の法律関係の性質は、不法行為であり、その準拠法については、法例11条1項によるべきである。上記請求について、法例11条1項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」は、被告小説の印刷が行われたのが我が国であること、被告小説が日本語で書かれ、我が国において頒布されたことによる我が国における名誉の毀損が問題となっていることに照らし、我が国と解すべきである。よって、同請求については、我が国の法律を準拠法とすべきである。
(4) 他方、Aの死亡による相続関係については、法例26条により、被相続人の本国である中国法による。
2 認定事実
 前記争いのない事実並びに証拠(甲1ないし10、28、乙4の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 当事者
ア Aは、中国厦門市出身の詩人であり、作曲家でもあり、多くの新聞や雑誌に1万点近くの詩、小説、エッセイ等を発表し、出版した著作も多くあり、その作品が「1989 中国杯」全国青年詩大賞コンクールにおいて一等賞を受賞したり(甲3)、第1回中国福建省優秀作詞一等賞を受賞する(甲5)等、中国において著名な人物であった。
 Aは、平成6年8月、本件詩@ないしHを含む121点を収録した詩集「南国文学徳彪西的月亮」(南国文学ノート ドビュッシの月様。甲1、28)を中国の鷺江出版社から出版した。上記詩集中の作品の多くは受賞作品であり、上記詩集は、中国厦門市図書館において永久的な所蔵品として陳列されている(甲6)。
 Aは、本件訴訟提起後の平成14年12月31日に死亡し、Aの両親及び子である原告らがその相続人である。
イ Gは、中国厦門市出身であり、Aの弟である。同人は、教育関係の仕事に従事しており、以前東京都中野区において被告Eと同じ職場で働いていたことがあり、また同被告と交際していたことがあった。
ウ 被告Eは、中国厦門市出身の女性であり、東京都中野区においてアパレル関係の仕事に従事している在日中国人である。なお、同被告は日本人の男性と結婚している。
(2) 被告らの行為
 被告Eは、同被告とGとの関係を素材として、被告小説を執筆し、被告会社がこれを出版した(甲8)。被告小説は本体価格1400円で、被告会社は3000部印刷した。
(3) 被告小説の内容等
 被告小説は、「プロローグ」「春」「夏」「秋」「冬」「エピローグ」から構成され、合計253頁ある。
 被告小説の帯紙には、「中国から来た男と女のちょっと哀しいラブストーリー」との見出しの下に「舞台は東京、上海、北京、杭州、蕪湖、厦門、そして夢の島、鼓浪嶼。現代の日本に生きる中国人のスキャンダラスな恋と冒険の物語。」と記載されている(甲8)。
 被告小説は、被告EとGとの関係を素材としたモデル小説である。すなわち、被告Eは、被告小説において、自らをモデルとした主人公である小悦(日本名山本悦子)を登場させるとともに、Gをモデルとする古林なる人物を登場させているところ、その内容の概略は次のとおりである。
 被告小説の主人公は、中国厦門市鼓浪嶼出身の在日中国人企業家小悦であり、小悦は日本で服飾の専門学校を卒業後、就職した商社をリストラされる等の苦労を経て日本においてアパレル会社を設立し、中国と日本で生産・販売関係を結び商売を成功させた。私生活では70歳過ぎの日本人大学教授と結婚し、平凡な生活を送っていた。そんな時、中国厦門市出身の年下の男性古林と知り合い、やがて古林が小悦のオフィスに出入りする等2人は交際するようになった。古林は、理事長の肩書きで日本の地方大学に中国からの留学生を斡旋して、そのリベートで収入を得ていた。古林は、小悦に服や調度品、外国車を買わせたりして金を使わせる等小悦を利用し、小悦は献身を尽くしたが、やがて2人は衝突を繰り返すようになり、古林が上海に帰ることで別れることとなった。その後、小悦は、古林の子を身籠もり、男子を出産したというものである。そして、被告小説の中では、中国厦門市鼓浪嶼出身の古林の兄の古森が、被告小説に引用される本件詩を著作した現代中国詩人として登場する。
(4) 被告小説における古森に関する表現内容
 被告小説において、古森に関しては、別紙6「古森」に関する表現内容記載の表現がある。
(5) 本件詩の掲載態様
ア 本件詩は、被告小説の9箇所において、合計20頁にわたり、それぞれその全文の翻訳が掲載されている。すなわち、@ 本件詩@は、5頁から7頁(プロローグ)に、A 本件詩Aは、31頁から32頁(春)に、B 本件詩Bは、69頁から70頁(春)に、C 本件詩Cは、84頁から85頁(夏)に、D 本件詩Dは、93頁から94頁(夏)に、E 本件詩Eは、131頁から132頁(夏)に、F 本件詩Fは、150頁から152頁(夏)に、G 本件詩Gは、242頁から243頁(冬)に、H 本件詩Hは、252頁から253頁(エピローグ)に、それぞれ掲載されている。
イ 本件詩の翻訳は、本文との間に行間を開け、本文よりやや小さく本文とは異なる字体で記載されている。
ウ 被告小説の末尾には、「本文中引用の詩」について、A著「南国文学『徳彪西的月亮』」(鷺江出版社)よりとして、本件詩の各題号が記載され、その翻訳は被告小説の作者であるFが行ったことが記載されている。
エ 被告小説において、本件詩@ないしDは、いずれも主人公の小悦が「南国文学ノート」と題された詩集に収録されている詩を読むという設定の下に主人公の小悦の心情を描写するために使用されており、本文中のストーリーの一部を構成している。本件詩Fは、「古森の詩」として掲載され、本文中のストーリーの一部を構成している。その余の本件詩E、G及びHは、そのような設定ではなく、本文中には何らの出典等の記載もなく、主人公の小悦の心情を描写し、本文中のストーリーの一部を構成している。
オ 被告小説においては、本件詩@の著者は「私と同郷で厦門鼓浪嶼出身の中国詩人」とされ、本件詩C及びFの著者は「古林の兄の古森」とされている。
カ 被告小説において、本件詩A、C、E、G及びHについては、題号を省略して利用されている。その余の本件詩@、B、D及びFについては、題号は本文中に記載され、詩と同じ位置に同じ字体で記載されているわけではない。
3 争点(1)ア(Aの許諾の有無)について
 被告らは、被告Eが、平成11年6月、中国のA宅において、Aに対して「詩人の本件詩を翻訳して日本人にも紹介したいのですが、よろしいでしょうか。」などと述べたのに対し、Aが、被告Eに対し、「僕にとって夢みたいな話です。Fさんならきっとできるでしょう。どうぞよろしくお願いします。」等と述べたとして、Aから許諾を受けたと主張する。
 しかしながら、上記主張を認めるに足りる証拠はなく、かえって、証拠(甲9)によれば、Aが生前被告小説において本件詩が無断で使用された旨の陳述書を作成していることが認められる。また、仮に、Aと被告Eとの間で上記やりとりがあったとしても、Aの言動は被告Eが本件詩を翻訳したものを日本において紹介することを許諾したにとどまり、それを被告小説に掲載することをも許諾したと認めるに足りない。
 よって、被告らの上記主張は理由がない。
4 争点(1)イ(著作権法32条1項所定の引用に当たるか)について
(1) 公表された著作物を引用して利用することが許容されるためには、その引用が公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行わなければならない(著作権法32条1項)。そして、ここでいう「引用」とは、自己の著作物中に、他人の著作物の原則として一部を採録するものであり、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、上記両著作物の間に、前者が主、後者が従の関係があると認められる場合をいうと解すべきである(最高裁昭和51年(オ)第923号同55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁参照)。
(2) これを本件について見るに、@ 利用されたのは中国語で書かれた本件詩9編全文であり、これが日本語に翻訳され、利用したのは日本語で書かれたモデル小説であること、A 本件詩の翻訳は、表現形式上は、被告小説の本文と区別して行間を開けた上、本文と異なる字体で記載され、被告小説の巻末に、利用された本件詩の出所が明示されているが、本件詩の一部においてはその題号が巻末以外には掲載されていないし、題号が掲載されているものも本文中に記載されており、本件詩と同じ位置に同じ字体で記載されているわけではないこと、B 本件詩は、被告小説において、主人公小悦が「南国文学ノート」と題された詩集に収録されている詩を読むという設定の下に小悦の心情を描写するために利用されたものと、本文中には何の出典もなく単に主人公小悦の心情を描写するために利用されたものとがあるが、いずれも本文中のストーリーの一部を構成していること、C 被告小説における本件詩の利用目的は、それを批評したり研究したりするためではなく、本文中においてある場面における主人公小悦の心情を描写するためであることは、前記2で認定したとおりである。そして、これらの事情に、当該場面において当該心情を描写するために必ずしも本件詩を利用する以外の方法がないわけではないことを併せ考慮すれば、本件においてその引用が公正な慣行に合致し、かつ、引用の目的上正当な範囲内で行われたものということはできず、被告小説における本件詩の利用は、著作権法32条1項所定の引用に当たるということはできないと解される。
(3) 被告らは、いわゆる「取込型」の場合も、(ア) 引用する側の著作物の表現の目的上、他の代替措置によることができないという必然性があること、(イ) 必要最小限の引用に止まっていること、(ウ) 著作権者に与える経済的な不利益が僅少なものに止まること、の3つの要件を充足すれば、適法な「引用」として認める余地があると主張する。
 しかしながら、仮に、上記の各要件を充たせば適法引用に当たると解する余地があるとしても、前記のとおり、被告小説において主人公小悦の心情を表現する手段として必ずしも本件詩を掲載しなければならない必然性があるとはいえない点で、上記(ア)の要件を欠くし、本件詩9編をその全文にわたって掲載したことが必要最小限の引用ということもできないから、上記(イ)の要件も欠く。
 よって、被告らの上記主張は理由がない。
(4) 以上によれば、被告らが被告小説において本件詩の翻訳を採録し、被告小説を印刷及び頒布した行為は、Aが有していた著作権(翻訳権)を侵害するものといわざるを得ない。
5 争点(2)ア(氏名表示権侵害の成否)について
 前記2で認定したとおり、被告小説の本文中においては、本件詩の作者は、「厦門鼓浪嶼出身の中国詩人」ないし「古森」であるとの設定とされているが、他方、被告小説の末尾に出典が明示され、本件詩の著作者がAであることが表示されているのであるから、著作者の氏名を表示していないということはできない。
 よって、氏名表示権侵害についての原告らの主張は、理由がない。
6 争点(2)イ(同一性保持権侵害の成否)について
(1) 題号の切除について
ア 被告小説において、本件詩A、C、E、G及びHにつき、題号を切除してその全文が使用されていることは、前記2認定のとおりである。著作者は、その題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してその切除その他の改変を受けないものとされているところ(著作権法20条1項)、被告Eの上記行為は、本件詩の題号についてAの有していた上記権利を侵害するものといわざるを得ない。
イ 被告らは、本件詩を被告小説の主人公の心情描写に必要な範囲において本件詩を引用したものであり、題号の切除も、かかる目的に照らしやむを得ない改変である(著作権法20条2項4号)と主張する。
 しかしながら、著作権法20条2項4号は、同一性保持権による著作者の人格的利益の保護を例外的に制限する規定であり、かつ、同じく改変が許される例外的場合として同項1号ないし3号の規定が存することからすると、同項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには、著作物の性質、利用の目的及び態様に照らし、当該著作物の改変につき、同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同程度の必要性が存在することを要するものと解される。しかるところ、被告ら主張の事情をもってしても、被告小説において本件詩の題号を切除することにつき、上記のような必要性が存在すると認めることはできない。
 したがって、著作権法20条2項4号が定める「やむを得ないと認められる改変」に該当するということはできない。
(2) 翻訳による表現の改変について
ア 前記3認定のとおり、被告Eは、著作者であるAの許諾を得ることなく、本件詩を翻訳したものである。しかも、本件詩の訳文のうち、少なくとも、以下のイないしキの箇所は、客観的にみて誤訳であるか、又は翻訳すべき語を翻訳していないものであるか、若しくは意訳の範囲を超えているものであって、これらはいずれも意に反する改変といわざるを得ないから、本件詩についてAが有していた同一性保持権を侵害するものである。
イ 本件詩@について
(ア) 本件詩@の「女巫」は、「巫女」の意味であるところ(甲1、27)、被告小説においてはこれを「婆や」と翻訳しており(甲8)、これは誤訳であると認められる。
(イ) 本件詩@の「女妖」を被告小説においては「妖怪」と翻訳しているところ(甲1、8)、「妖」に「妖怪」の意味があるとしても、「女」の部分を翻訳していない。
ウ 本件詩Aについて
(ア) 本件詩Aの「深藏」を被告小説においては「冬眠した」と翻訳しているところ(甲1、8)、「藏」は「隠す、隠れる」の意味であり(大修館書店「新版漢語林」946頁)、その対象は「愛」であるから、かかる翻訳は、意訳の範囲内ということはできない。
(イ) 本件詩Aの「穿行」は、「通り抜ける」の意味であるにもかかわらず(甲1、27)、被告小説においてはこれを「いったりきたり」と翻訳しており(甲8)、「穿行」にこのような意味があるとは認められないから、かかる翻訳は、意訳の範囲内ということはできない。
エ 本件詩Dについて
(ア) 本件詩Dの「多」は、「たくさん、多数」の意味であるところ(甲1、27)、被告小説においてはこれを「遠い」と翻訳しており(甲8)、これは誤訳であると認められる。
(イ) 本件詩Dの「注定」は、「(神や運命によって)定められている、決定される」の意味であるところ(甲1、27)、被告小説においては上記「注定」の部分を翻訳していない(甲8)。
(ウ) 被告小説においては、本件詩Dの10行目及び13行目の「(へんが「イ」でつくりが「尓」のような字)」(「あなた」の意)の部分を翻訳していない(甲1、8)。
オ 本件詩Eについて
 被告小説においては、本件詩Eの2行目の「(へんが「イ」でつくりが「尓」のような字)」(「あなた」の意)の部分を翻訳していない(甲1、8)。
カ 本件詩Fについて
(ア) 被告小説においては、本件詩Fの2行目、8行目及び14行目の「怡」(「よろこぶ」、「楽しい」の意)の部分を翻訳していない(甲1、8)。
(イ) 被告小説においては、本件詩Fの2行目を「黄昏の」と翻訳しているが、本件詩Fには、これに対応する語がなく、しかも前後の文脈から「黄昏の」と翻訳する必然性があると認めるに足りないから(甲1、8)、かかる翻訳は、意訳の範囲内ということはできない。
(ウ) 本件詩Fの「徐徐」は、「ゆっくりと、おもむろに、ゆっくりと」の意味であるところ(甲1、27)、被告小説においてはこれを「見る見るうちに」と翻訳しており(甲8)、これは誤訳であると認められる。
(エ) 被告小説においては、本件詩Fの5行目の「灯火」の部分を翻訳していない(甲1、8)。
(オ) 被告小説においては、本件詩Fの最終行を「恋人のささやきが波を立てていく」と翻訳しているが、本件詩Fには「恋人」に対応する語がないことから(甲1、8)、かかる翻訳は、意訳の範囲内ということはできない。
キ 本件詩Gについて
(ア) 被告小説においては、本件詩Gの2行目の「望」を翻訳していないことが認められ(甲1、8)、主語が「あなた」になってしまい、その意味が変わっていることが認められる。
(イ) 被告小説においては、本件詩Gの4行目の「送」を翻訳していないことが認められ(甲1、8)、主語が「あなた」になってしまい、その意味が変わっていることが認められる。
ク 被告らは、上記改変はいずれも著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たると主張する。
 しかしながら、上記(1)イに述べたとおり、同項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには、著作物の性質、利用の目的及び態様に照らし、当該著作物の改変につき、同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同程度の必要性が存在することを要するものと解されるところ、誤訳や翻訳すべきものを翻訳しないことがやむを得ないということができないのは明らかであるし、その余の上記改変も、いずれも翻訳として許される意訳の範囲を超えたものであって、被告小説において本件詩に改変を加えるにつき、上記のような必要性が存在すると認めることはできない。
 よって、著作権法20条2項4号が定める「やむを得ないと認められる改変」に該当するということはできない。
(3) 以上のとおり、被告小説は、Aが有していた本件詩についての同一性保持権を侵害するものである。
7 争点(2)ウ(著作権法60条該当性)について
 被告らは、被告Eの行為が著作権法60条ただし書のAの意を害しない場合に当たる旨主張する。しかしながら、被告小説における改変が、やむを得ないと認められる改変とはいえないことは、前記6認定のとおりであり、Aの意に反する改変といわざるを得ず、同人の死後社会的事情が変動した等の事情も認められないから、被告らの行為を著作権法60条ただし書所定の場合に当たるということはできない。   
8 争点(3)(名誉毀損の成否)について
(1) 被告小説は、A、被告E及びGを素材としたモデル小説である。このようなモデル小説においては、実在の人物を素材としても、不特定多数の読者に小説全体が作者の創造力の生み出した創作で虚構と受け取らせるに至っている場合には実在の人物に対する名誉毀損には当たらないが、不特定多数の読者が登場人物とモデルとを同定することができ、登場人物の記述において、モデルの体験した事実と同じ事実が摘示されており、かつ、不特定多数の読者にとって上記記述がモデルに係わる現実の事実であるか、作者が創作した虚構の事実であるかを明確に区別することができない場合には、小説中の登場人物についての記述が実在の人物に対する名誉毀損となる場合があるものと解される。 
(2) 前記2で認定したとおり、「古森」とAとは、詩人であり中国厦門市の出身であることが共通する上、被告小説の巻末に「古森」の詩とされる本文中引用の詩の出所がAの本件詩であることが明示されているから、中国の詩に詳しい読者にとって、「古森」とAとを同定することができる。また、前記2で認定した事実によると、「古林」とGとは、@ 出身地が中国厦門市である中国人男性であること、A 名前が一文字違いであること、B 教育関係の仕事に従事していること、C 詩人である「古森」又はAの弟であること、D 「小悦」又は被告Eと交際していたこと等が共通し、「小悦」と被告Eとは、@ 出身地が中国厦門市である中国人女性であること、A 日本人の夫と結婚していること、B 東京においてアパレル関係の仕事に従事していること等が共通することが認められ、少なくともGと面識がある読者にとって、「古森」の弟の「古林」とAの弟のGとを同定し得る結果、「古森」とAとを同定することも可能である。
 他方、弁論の全趣旨によれば、被告小説には、古森と同棲していた「余景」という女性が登場したり、小悦が男子を身籠もり出産したこと等、虚構の事実が加わっていることが認められる。
 しかしながら、被告小説においては、末尾に本文中引用の詩の出所がAの本件詩であることが明示されており、本件詩が「古森」の詩として登場する。そして、被告小説がモデル小説として実在の人物を素材として書かれたものであって、A、Gや被告Eに係る現実と被告Eが創作した虚構の事実が織り交ぜられているため、読者にとって、被告小説全体が作者の創造力の生み出した創作で虚構のものと受け取られることはなく、モデルに係わる現実の事実であるか、被告Eが創作した虚構の事実であるかを明確に区別することが困難なものとなっている。
(3) 被告小説において、別紙6「古森」に関する表現内容のうち、少なくとも「アルコール依存症になっていって、普通の生活が出来ないんだ。」、「妻も、一人娘を連れて離縁してしまった。」、「酔った兄貴は、彼の詩と一緒で普通じゃないんだ。悪い癖があってね、酔ってベッドの上に大便をして、その上に寝てしまうんだ。」、「今だって一日でも酒を飲まないと狂ったように暴れまくる。一度、窓ガラスを破って、二階の窓から外に飛び出したことがあるんだ。幸い窓際に木があって一命は取り留めたけど」の部分の記述は、Aの社会的評価を低下させ、Aのプライバシーにわたる事項を表現内容に含むものと解される。
 よって、公共の利益に関わらない事実を摘示してAの社会的名誉を低下させる事項を表現内容に含む被告小説の公表により、Aの名誉が毀損されたものといわざるを得ない。
9 差止請求について
 以上3ないし6によれば、被告らの被告小説の印刷及び頒布行為は、Aが本件詩について有していた著作権(翻訳権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものである。
 本件詩についての著作権は、原告らが相続により取得したから(中華人民共和国相続法3条、10条。甲18)、原告らは、著作権法112条に基づき、差止請求権を有する。
 他方、本件詩についての著作者人格権は、Aの一身に専属するが(著作権法59条)、被告小説の複製及び頒布行為は、故意又は過失により著作者人格権を侵害する行為又は著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為(同法60条)に当たる。そして、同法60条ただし書の場合に当たらないことは、前記7のとおりである。Aに配偶者はいないから、次順位の遺族として、子である原告Dは、著作権法116条、112条に基づき、差止請求権を有する。
 なお、差止めについては、被告小説の印刷(複製)及び頒布を対象とすれば十分であり、これに加えて製本を禁じる必要性は認められないし、販売は頒布の一態様であるから(著作権法2条1項19号)、頒布と別にこれを禁じる必要はない。
10 損害賠償請求について
(1) 被告らの過失
 被告Eは、Aが有していた著作権(翻訳権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害し、同人の名誉を毀損する本件詩を被告小説に掲載した点において、少なくとも過失がある。また、被告会社は、被告Eが本件詩の翻訳を掲載することにつきAの許諾を得ているか否かを確認することなく被告小説を印刷及び頒布した点、また、許諾を得ていない場合に引用といえるか否かについての判断を誤り、被告小説がAの有していた著作者人格権を侵害し又は同人の名誉を毀損するか否か等についての判断を誤った点において、少なくとも過失があるものといわざるを得ない。
 そして、被告両名は、共同不法行為責任(民法719条、709条)を負うものと解される。
(2) 著作権侵害による損害
 前記のとおり、被告らが被告小説を執筆し、又は印刷、頒布した行為は、Aが有していた著作権(翻訳権)を侵害したものである。
ア 基礎とすべき価格
 前記2認定のとおり、被告小説の価格は1400円であるから、これをもって基礎とすべき価格と認める。 
イ 部数
 前記2で認定した事実によると、被告会社は被告小説を3000部印刷したのであるから、これをもって損害の基礎とすべき部数と認める。
ウ 利用の割合
 証拠(甲8)によると、本件詩の翻訳文が被告小説において掲載されている部分は、前後の余白行を含め、本件詩@は25行、本件詩Aは11行、本件詩Bは22行、本件詩Cは18行、本件詩Dは19行、本件詩Eは11行、本件詩Fは22行、本件詩Gは13行、本件詩Hは20行で、合計161行と認められる。そして、被告小説の1ページは16行であるから、約10ページ分に本件詩が利用されていることになる。被告小説の総ページ数は253ページであるから、利用の割合は約10/253となる。
エ 使用料率
 証拠(乙1、3)及び弁論の全趣旨によれば、書籍の印税は一般に6ないし15%とされ、10%としているものが多いこと、このうち被告Eと被告会社との間で締結した出版契約では、印税が8%とされたことが認められる。以上の事実に、本件詩が中国で著名な詩人であるAの創作によるものであること等の事実を総合すると、本件詩の使用料率としては、15%と認めるのが相当である。
オ 以上により、Aの損害額は、被告小説の価格に印刷部数、利用の割合及び使用料率をそれぞれ乗じて算出するのが相当であり、これによると、以下のとおり、約2万5000円となる(1000円未満四捨五入)。
 1400円×3000部×10/253×15%≒25000円
カ 被告らの主張について
(ア) 被告らは、著作権法114条3項に基づく損害額の算出に際して、被告Eが被告小説の出版により利益を得ていないことを斟酌すべきである旨主張する。
 しかしながら、著作権法114条3項に基づく使用料相当損害金の算定において、侵害者が利益を得ているか否かを斟酌する必要はないから、被告らの上記主張は理由がない。
(イ) 被告らは、中国の貨幣価値に基づくライセンス料を斟酌すべきである旨主張する。
 平成12年法律第56号による著作権法改正により、改正前の著作権法114条2項から「通常」の文言が削除された趣旨は、既存の使用料の相場等に拘束されることなく、当事者間の具体的な事情を参酌した妥当な損害額の認定を可能にすることにある。本件は、我が国における著作権が問題とされ、我が国における被告小説の出版行為に関するものである。そして、中国に生活の本拠を置くAが我が国における著作権の行使につき受けるべき金額として、上記金額をもって相当と認める。
(ウ) 被告らは、被告EがAから本件詩の使用の許諾を受けていたと認識していたから、著作権法114条4項により損害額の算定上、斟酌されるべきであると主張する。
 しかしながら、被告Eが被告小説に本件詩の翻訳を掲載することについてAの許諾を得ていなかったことは、前記3認定のとおりであり、しかも被告小説に本件詩の翻訳を掲載することについて同人の許諾を得ることが困難な事情はないというべきであるから、被告Eには被告小説に本件詩の翻訳を掲載したことについて重大な過失がなかったということはできない。よって、被告らの上記主張は理由がない。
(3) 著作者人格権侵害による損害
 前記6で認定したとおり、本件詩の翻訳を被告小説に掲載する際に題号が切除されるとともに改変され、Aの有していた著作者人格権(同一性保持権)が侵害されたものである。そして、証拠(甲9)によると、同人は、上記著作者人格権侵害行為により精神的苦痛を受けたものと認められる。
 侵害された著作物の内容、著作者人格権侵害の態様、当事者双方の社会的地位その他本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、Aに対する慰謝料は、30万円が相当である。なお、被告らは、A及び原告らが中国に生活の本拠を置くことを斟酌すべきである旨主張するところ、慰謝料の額は、中国の貨幣価値に連動した額となるわけではなく、上記諸般の事情の1つとして、考慮するにとどめる。
(4) 名誉毀損による損害
 前記8で認定したとおり、被告小説の執筆ないし出版により、Aの名誉が毀損されたものである。そして、証拠(甲9)によると、同人は、上記名誉毀損行為により精神的苦痛を受けたものと認められる。
 前記8認定の名誉毀損の態様に加え、被告小説が3000部印刷されたものの2000部以上が在庫として回収され、流通した部数も1000部未満と僅少であること(乙2、弁論の全趣旨)、Aは、中国において著名であるが、日本語で書かれた被告小説が販売されたのは日本国内のみにおいてであり、Aが在住していた中国では販売されていないこと、その他本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、Aに対する慰謝料は、50万円が相当である。なお、被告らは、A及び原告らが中国に生活の本拠を置くことを斟酌すべきである旨主張するところ、慰謝料の額は、中国の貨幣価値に連動した額となるわけではなく、上記諸般の事情の1つとして、考慮するにとどめる。
(5) 弁護士費用
 A及びその訴訟承継人である原告らが、本件訴訟の提起、遂行のために訴訟代理人を選任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過、認容額等の諸事情を考慮すると、被告らの著作権及び著作者人格権侵害行為並びに名誉毀損行為と相当因果関係のある弁護士費用の額としては、10万円が相当である。
(6) 合計
 以上により、Aが被った損害は合計92万5000円となる。
 2万5000円+30万円+50万円+10万円=92万5000円
 中華人民共和国相続法(甲18)によれば、相続は被相続人の死亡の時より開始し(2条)、遺産は公民の死亡の時に遺留された個人の合法財産であり(3条)、相続開始の後は、遺産は第1順位の相続人である配偶者・子女・父母が相続する(10条)。Aは、本件訴訟提起後の平成14年12月31日に死亡し、Aの両親及び子である原告らがその相続人であり(甲17、19、20、23、29)、原告らは、上記損害賠償請求権を相続したものと認められる。なお、中華人民共和国相続法において金銭債権が当然に分割承継されるとは解されてはいないから(甲29、弁論の全趣旨)、被告らは、連帯して原告らに対し合計92万5000円を支払うべきである。
11 争点(8)(謝罪広告の要否)について
 著作者の死後においては、その遺族は、著作権法116条、115条に基づき、故意又は過失により著作者人格権を侵害する行為又は同法60条の規定に違反する行為をした者に対し、著作者の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。もっとも、著作者人格権の侵害となるべき行為をしたことを理由として謝罪広告を請求するには、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な感情すなわち名誉感情の毀損では足りず、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉が低下したことを必要とするものと解される(最高裁昭和58年(オ)第516号同61年5月30日第二小法廷判決・民集40巻4号725頁)。
 上記6認定のとおり、被告小説において同一性保持権侵害が問題となる部分の侵害行為の態様は、誤訳や、意訳の範囲を超える部分も存するものの、著作者であるAがその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価が低下したといえるような態様のものということはできない。なお、被告小説は、3000部印刷されたものの2000部以上が在庫として回収されており、既に流通しておらず、流通した部数も1000部未満と僅少であること(乙2、弁論の全趣旨)、Aは、中国において著名であるが、日本語で書かれた被告小説が販売されたのは日本国内のみにおいてであり、Aが在住していた中国では販売されていないこと、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、被告らに対する損害賠償請求を認めた上、更に被告らに謝罪広告を掲載させることまでの必要性も認められない。
第4 結論
 以上のとおり、原告らの請求は、@ 著作権に基づく被告小説の印刷及び頒布の差止め並びに原告Dの著作権法116条に基づく差止め、A 著作権侵害、著作者人格権侵害及び名誉毀損を理由とする損害賠償として合計92万5000円の支払を請求する限度で理由がある。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 東海林保
 裁判官 田邉実


(別紙)
当事者目録
原告 亡A訴訟承継人B
同 亡A訴訟承継人C
同 亡A訴訟承継人D
上記3名訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫
同 牧野知彦
被告 株式会社日新報道
被告 E
上記両名訴訟代理人弁護士 冨田秀実
同 松村博文
同 河井匡秀
同 持田秀樹
同 田原緑
同 藤川綱之

(別紙1以下は省略)
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