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【事件名】「文藝春秋」の日本道路公団財務諸表事件B 【年月日】平成18年7月31日 東京地裁 平成15年(ワ)第17022号 損害賠償請求事件 判決 原告 甲野太郎 訴訟代理人弁護士 宇佐見方宏 同 河村信男 同 菅沼真 同 重隆憲 同 佐久間水月 同 大西敦 被告 株式会社文藝春秋 代表者代表取締役 白石勝<ほか二名> 被告ら訴訟代理人弁護士 喜田村洋一 同 大村恵実 主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 第一 原告の申立て 一 被告らは、原告に対し、連帯して一〇〇〇万円及びこれに対する平成一五年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 二 被告株式会社文藝春秋は、同被告発行の月刊誌「文藝春秋」の一ページ全面に、三号活字で、別紙「謝罪広告」記載のとおりの謝罪広告を一回掲載せよ。 三 訴訟費用は被告らの負担とする。 四 第一項につき仮執行の宣言 第二 被告らの申立て 一 原告の請求をいずれも棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 第三 原告の主張 一 「文藝春秋」平成一五年八月号の記事による名誉毀損 (1)被告文藝春秋は、被告乙山を編集人として平成一五年七月一〇日発行した雑誌文藝春秋平成一五年八月号に、日本道路公団(以下「JH」という。)の当時の総裁である原告について、被告丙川を執筆者とする「道路公団 ;甲野総裁の嘘と専横を暴く ;恐怖人事・財務の隠蔽・国会答弁の嘘」という題名の記事を掲載した。 (2)(1)の記事の内容のうち、別紙「名誉毀損事実一覧表(甲一)」中の一の@からDまで、二の@からGまで、三の@からIまで、四の@からBまで、五の@からCまでに記載の部分は、読者に下記のような印象を与え、原告の名誉を毀損するものである。 ア 一の@からDまでの部分が読者に与える印象 JHは、平成一四年七月ころ、平成一二年度末(平成一三年三月)においてJHが債務超過に陥っているという内容のいわゆる「幻の財務諸表」(PT財務諸表)を作成した。この幻の財務諸表(PT財務諸表)は、民間企業並みの会計基準に従い、平成一三年三月におけるJHの資産・負債等を適正に評価した客観性が認められるものであり、平成一三年三月のJHは債務超過であった。 イ 二の@からGまでの部分が読者に与える印象 原告は、JHの既得権益を確保し、新規道路建設を続けるために、この債務超過を示す幻の財務諸表(PT財務諸表)を隠ぺいした。 ウ 三の@からIまでの部分が読者に与える印象 原告は、なりふり構わず資産超過の財務諸表を作り上げることを指示し、JHは、不当な会計処理を行い、平成一五年六月九日ころ、内容に偽りのある民間企業の会計基準に従ったと称する財務諸表(公認財務諸表)を作成し、公表した。 エ 四の@からBまでの部分が読者に与える印象 原告は、国会において、JHの債務超過を示す幻の財務諸表(PT財務諸表)の存在を否定するなどの嘘をついた。 オ 五の@からCまでの部分が読者に与える印象 原告は「亡国の総裁」であり、小泉内閣総理大臣は、原告をJHの総裁から解任すべきである。 二 一の記事の新聞広告及び車内中吊り広告による名誉毀損 被告文藝春秋は、平成一五年七月一〇日、全国紙各紙(朝日、毎日、読売、日本経済、産経、東京)の紙面及び鉄道各線の中吊り広告に掲載した文藝春秋八月号の広告中に、一の記事について「道路公団甲野総裁の嘘と専横を暴く」などと記載して、原告の名誉を毀損した。 三 「文藝春秋」平成一五年九月号の記事及び広告による名誉毀損 (1)被告文藝春秋及び被告乙山は、八月号に引き続き、平成一五年八月一〇日ころ発行された文藝春秋平成一五年九月号に、匿名の「日本道路公団改革有志」と名乗る者を執筆者とする「道路公団甲野総裁追及第二弾!丙川氏を訴えた『亡国の総裁へ』 ;暴走する『裸の王様』と隠蔽工作を図る側近たち」という題名の記事を掲載した。記事には、秘密会議で部下を罠に、亡国の経営陣を一掃せよという内容が含まれていた。 (2)被告文藝春秋は、平成一五年八月一〇日、全国紙各紙(朝日、毎日、読売、日本経済、産経、東京)の紙面及び鉄道各線の中吊り広告に掲載した文藝春秋九月号の広告中に、(1)の記事について「道路公団・甲野総裁追及第二弾!丙川氏を訴えた『亡国の総裁へ』 ;道路公団・甲野総裁隠蔽工作の全貌」などと記載した。 (3)これらの記事、広告の文言は、原告がJH総裁の資質を欠き、職務遂行上わがまま横暴に振る舞っており、財務諸表問題について何らかの隠ぺい工作を図っているとの印象をいだかせ、原告の社会的評価を低下させてその名誉を毀損するものである。 四 慰謝料及び謝罪広告 被告らによる前記一から三までの記事、広告の掲載により原告が被った精神的損害を慰謝するには、慰謝料一〇〇〇万円と請求の趣旨第二項記載の謝罪広告が必要である。 五 被告らの主張五(真実性及び相当性の抗弁)に対する反論 (1)被告らの主張五は争う。 (2)本件記事に掲載されているいわゆる「幻の財務諸表」(以下「PT財務諸表」という。)は、JHを債務超過としているが、JHが正式に作成したものではなく、内容的にも企業会計原則に照らして不適切である。 JH内に設置した丁原梅夫早稲田大学商学部教授をはじめとする会計学の専門家から成る財務諸表検討委員会(以下「丁原委員会」という。)の提言した会計基準に従い平成一五年六月に公表した財務諸表(以下「公認財務諸表」という。)が、JHとして正式に作成した民間企業並財務諸表である。公認財務諸表の内容は債務超過ではなく、資産超過の結論を導くために不当な会計処理を行ったものでもない。道路資産の評価を再調達原価により行うこと、用地取得に係る補償費を資産原価に算入すること、建設中の金利を資産原価に算入すること、減価償却の際は税法上の耐用年数を適用するが土工については鉄道事業の「線路切取・線路築堤」の七〇年を使用することなどは、丁原委員会の意見に従ったものである。 (3)原告は、国会答弁をした際、JH部内にPT財務諸表が存在することを知らなかった。したがって、原告は、国会でうその答弁をしたことはない。 六 よって、原告は、被告に対し、不法行為(名誉毀損)による慰謝料一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日(八月号の発売・広告開始日)の翌日である平成一五年七月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに請求の趣旨第二項記載の謝罪広告の掲載を求める。 第四 被告の主張 一 原告の主張一の(1)の事実及び一の(2)のうち記事中に別紙「名誉毀損事実一覧表(甲一)」中の一の@からDまで、二の@からGまで、三の@からIまで、四の@からBまで、五の@からCまでの記載があることは認め、名誉毀損による違法行為の成立は争う。 二 原告の主張二のうち、被告文藝春秋が原告主張の内容を用いて原告主張の内容の広告をしたことは認め、名誉毀損による違法行為の成立は争う。 三 原告の主張三のうち、(1)及び(2)は認め、(3)は争う。 四 原告の主張四は争う。 五 真実性及び相当性の抗弁 (1)本件記事は、PT財務諸表の作成、隠ぺい等に係る原告の一連の行動を批判的に取り上げて、JH総裁としての原告の適格性を問題としたもので、公共の利害に関する事実に係るものである。また、被告らは、JH総裁としての原告の適格性について考える材料を広く国民に提供するために本件記事を掲載したもので、公益を図る目的を有していた。 (2)本件記事中の事実摘示部分は真実であり、少なくとも真実と信じる相当の理由が被告らにあった。本件記事中の意見、論評にわたる部分は、その前提事実が真実である(または真実と信じる相当の理由がある)。 (3)以上によれば、被告らによる記事・広告掲載行為は、故意・過失又は違法性の要件を欠くものであり、民事法上の不法行為には当たらない。 理由 第一 認定事実 原告の主張一のうち(1)の事実、同(2)の事実のうち雑誌文藝春秋平成一五年八月号の原告指摘の記事中に別紙「名誉毀損事実一覧表(甲一)」中の一の@からDまで、二の@からGまで、三の@からIまで、四の@からBまで、五の@からCまでに記載の部分があること、原告の主張二のうち被告文藝春秋が平成一五年七月一〇日に全国紙各紙(朝日、毎日、読売、日本経済、産経、東京)の紙面及び鉄道各線の中吊り広告に掲載した文藝春秋八月号の広告中に原告指摘の記事について「道路公団甲野総裁の嘘と専横を暴く」と記載したこと、原告の主張三の(1)及び(2)の事実(九月号の記事及び広告の内容)は、当事者間に争いがなく、この争いのない事実、<証拠略>を総合すると、以下の事実が認められる。 一 被告丙川(昭和二三年生)は、昭和四八年四月に特殊法人であるJHに就職した。昭和六〇年から二年間国の行政機関に出向して建設省(当時)道路局有料道路課の課長補佐の職にあったが、その際の上司の有料道路課長が原告であった。被告丙川は、JH復帰後の平成七年には経営企画課長になり、当時の上司の示唆によりJHの民営化のための勉強をしたことがあった。その後総合研修所などのポストを経験し、平成一二年二月には総務部次長(経営企画課担当)となった。平成一四年六月に再度国の行政機関に出向し、内閣府に置かれた「道路関係四公団民営化推進委員会」(以下「民営化推進委」という。)の事務局次長となって民営化推進委の意見書作成の事務方を務め、平成一五年一月にJHに復帰して総務部調査役となった。平成一五年五月ころ、当時JHの総裁であった原告からフランスの研究機関への出向を勧められたがこれを拒否すると、同年六月一日付けでJH四国支社副支社長に異動となり、原告を総裁から解任する処分がされた後の平成一六年六月に再びJH本社に復帰した。 原告(昭和一一年生)は、昭和三七年に国家公務員になって建設省(当時)に入省し、昭和六〇年から道路局有料道路課長を務めて課長補佐であった被告丙川と同じ課で仕事をした。その後、道路局長、建設技監、建設事務次官を歴任して平成八年七月に国家公務員を退官した。その後、平成一〇年二月に特殊法人であるJHに入って副総裁に就任し、平成一二年六月には国土交通大臣によりJHの総裁に任命されたが、平成一五年一〇月二四日にJHの総裁から解任する処分を任命権者である国土交通大臣から受けた(解任処分については、現在、原告がその取消訴訟を提起し、係争中である。)。 二 平成一二年以前から様々な分野における行政改革を推進してきた内閣は、平成一二年一二月一日の閣議決定で「行政改革大綱」を定め、特殊法人等の改革につき、すべての特殊法人等の事業及び組織の全般について平成一七年度末までに抜本的見直しをすること、財政支援の在り方を抜本的に見直すこと(補助金等整理・合理化、財投の見直し)、役職員の給与・退職金の適正化、その定員・定数の縮減、省庁からの再就職の安易な受け皿にならない等の人事の適正化などに言及した。組織形態については、各特殊法人等の個別の事業の見直しをした上「見直し後の事業を担う実施主体としてふさわしい組織形態を決定する。この場合、各々の法人の事業及び組織運営の実態を踏まえつつ、特殊法人等について指摘されている問題点(経営責任の不明確性、事業運営の非効率性、組織・業務の自己増殖、経営の自律性の欠如等)を可能な限り克服し得るような組織形態とするよう留意する」、「事業の採算性が高く、かつ国の関与の必要性が乏しい法人、企業的経営による方が事業をより効率的に継続実施できる法人又は民間でも同種の事業の実施が可能な法人について、原則、民営化を検討する」ものとされた。 その後、国会で特殊法人等改革基本法(平成一三年法律第五八号)が可決成立し、平成一三年六月二一日に公布、翌二二日に施行された。同法に規定する特殊法人等にはいわゆる道路関係四公団(JH、首都高速道路公団、阪神高速道路公団、本州四国連絡橋公団をいう。以下同じ。)が含まれる(同法二条)。同法は、同法施行の日(平成一三年六月二二日)から平成一八年三月三一日までを「集中改革期間」と定め、特殊法人等改革の基本理念として「特殊法人等の事業が現在及び将来にわたる国民の負担又は法律により与えられた事業独占等の特別の地位に基づいて実施されていることにかんがみ、各特殊法人等の組織及び事業について、その事業の本来の目的の達成の程度、その事業を民間にゆだねることの適否、その事業の便益を直接又は間接に受ける国民の範囲及び当該便益の内容の妥当性、その事業に要する費用と当該事業により国民が受ける便益との比較等の観点から、内外の社会経済情勢の変化を踏まえた抜本的な見直しを行い、国の事業との関連において合理的かつ適切な位置付けを与えることを基本として行われる」ことを定め(同法三条)、内閣に置かれる特殊法人等改革推進本部(本部長・内閣総理大臣)に特殊法人等合理化計画を定めることを義務づけた。 これらの規定を受けて平成一三年一二月一八日に特殊法人等改革推進本部が策定した「特殊法人等整理合理化計画」においては、道路関係四公団は「国からの財政支出が大きく、国民の関心も高い」ものと表現された。そして、「特殊法人等整理合理化計画」においては、道路関係四公団の事業及び組織に関して講ずべき措置としては、まず道路関係四公団の廃止が定められ、これに代わる新たな組織及びその採算性の確保については下記の基本方針の下に、内閣に置く「第三者機関」において一体として検討し、その具体的内容を平成一四年中にまとめるものと定められた。 記 1. JH (1)組織 新たな組織は、民営化を前提とし、平成一七年度までの集中改革期間内のできるだけ早期に発足する。 (2)事業 @ 国費は、平成一四年度以降、投入しない。 A 事業コストは、規格の見直し、競争の導入などにより引下げを図る。 B 現行料金を前提とする償還期間は、五〇年を上限としてコスト引下げ効果などを反映させ、その短縮を目指す。 C 新たな組織により建設する路線は、直近の道路需要、今後の経済情勢を織り込んだ費用対効果分析を徹底して行い、優先順位を決定する。 D その他の路線の建設、例えば、直轄方式による建設は毎年度の予算編成で検討する。 2.首都高速道路公団・阪神高速道路公団 JHと同時に、同様の民営化を行う。なお、国・地方の役割分担の下、適切な費用負担を行う。 3.本州四国連絡橋公団 JHと同時に民営化する。なお、債務は、確実な償還を行うため、国の道路予算、関係地方公共団体の負担において処理することとし、道路料金の活用も検討する。 三 平成一三年一二月ころの情勢は二で説示したとおりであって、法律及び閣議決定並びにこれらに基づき内閣総理大臣を本部長とする特殊法人等改革推進本部が策定した「特殊法人等整理合理化計画」により、平成一四年の前半には道路公団民営化のための第三者機関が内閣に置かれ、当該第三者機関の意見も平成一四年中に出されることが必至となった。平成一三年一二月には、政府部内には、民営化推進委員会設立準備室も設置された。そこで、JHとしても、民営化に備えた準備や第三者機関の審議に対応するための組織、機関をJH内部に設置することが急務となっていた。 このような情勢を受けて、JHは、平成一三年一二月二五日ころ、JH内部に民営化推進委員会設立準備室担当プロジェクトチーム(平成一四年四月に民営化検討プロジェクトチームに改称)を設置した。設置当初は、組織規程上は正式な組織機関とはせず、プロジェクトチーム(またはPT)と呼ばれることが多かった。正式な組織機関とはならなかったため、組織図上は総裁直轄のような形で位置づけられたが、実際には、総務部及び企画部の部長、さらには両部の担当理事の指揮監督を受ける機関であった。 PTは、民営化に伴う様々な問題に関する資料収集、調査検討を行い、また、民営化に関する事項については、国会、監督官庁である国土交通省、報道機関、さらには平成一四年の前半には設置されるであろう第三者機関に対する道路公団の窓口的機能を果たすことになった。そのため、PTの取り扱う事項は多岐に及んだが、その中の一つに民営化後の民間企業並み税務、会計についての検討も、重要事項の一つとして含まれていた。 当時のJHは、償還準備金積立方式という方式で会計、決算、資産評価を実施していた。償還準備金積立方式は、株主への配当政策、合併・分割・持株会社設立などの企業再編における株式割当比率、企業破綻時の清算などに対応するための企業会計原則に従って行う民間企業並みの会計とは全く異なる方式であって、民営化したときは通用しないものであることは明らかであった。そこで、民間企業並みの方法(企業会計原則に従った場合の方法をいう。以下同じ。)により算定したJHの資産、負債の状況を調査しておくことは、たとえ概算値によるものであっても、当時のJHにとって重要なことであった。 また、民営化推進委からJHの資産・負債の状況についての資料要求があることは容易に予想することができたが、試算値の算出に相当な日時がかかることも同様に容易に予想できた。もしJH幹部が国会や民営化推進委からの財務諸表試算値提出要求に速やかに答える姿勢を示したとしても、あらかじめ準備していなければ、速やかな資料提出に応じられないことは明らかであった。一度試算作業をしておくと、その作業経験や得られた概算値などの基礎データが後々役に立つことは明らかであったから、PTの課長級・課長代理級の職員は、あらかじめ準備しておくことが必要であると考えていたものとみられる。なお、得られた概算値は、外部から質問や資料提出依頼があったときに、JH幹部の判断により、使用されるものと考えられていた。 平成一四年一月八日に、PTに配属された二名の調査役(課長級職員でPT内部の筆頭格)、事務系筆頭課長である総務課長及び技術系筆頭課長である企画課長の四名による会議(四課長会議)が開かれ、JH内部におけるPTの当面の担当職務が確認された。その内容は多岐に及ぶが、民営化のための準備作業としての民間企業並課税の予測並びに概算値による資産再評価及び民間企業並財務諸表(貸借対照表、損益計算書等)の作成もその中に入っていた。 平成一四年一月九日、JH内部において事務系各部筆頭課長の連絡会議(一課長会議)が開かれ、総務課長から各課に対して資産再評価作業への協力依頼がされた。その際、春先にも第三者機関が発足することが見込まれていたので、年度内(同年三月まで)完成をめどとして概算値による財務諸表作成を優先的に行うこととされた。 平成一四年一月一八日には、PTの事務系課長代理級職員が事務系各課の課長代理級職員を集めて、資産再評価作業のための説明会(資産再評価ワーキンググループ代理会議)を開催し、これを受けて、各課では所掌の資産とその価額等のとりまとめ作業に入った。 価額算定基準その他の会計基準については、経理課所属職員及びPT所属職員が、平成一四年一月以降の作業のおりおりに、道路公団の本来の決算監査を依頼している監査法人の担当者に相談しながら、一応の基準を定めていった。監査法人担当者からのアドバイスにより、限られた時間と情報の中での概算値による財務諸表作成であることから、比較的簡素な方法が採用された。資産については、再調達価格によらず、取得価額を可能な限り算定していくこととし、構造物(道路等)については工事実施計画書に基づき基礎となる工事費を算出し、土地については取得価額を抽出して平成一二年価格に時点修正することとされ、減価償却については土工(四〇年)も含めて税法の耐用年数表に従い資産区分ごとに実施することとし、建設中の金利や補償費は資産価格に算入しない等の基準が採用された(乙一の別添一F)。資産評価以外の点については、行政コスト計算書作成指針の定める基準が採用された。 PT内部では、事務系課長補佐級職員が資産再評価作業を仕事の中心として行っており、したがって、資産再評価作業は、当時のPTにおける業務量の多い仕事の一つであった。PTが行う資産再評価作業は、私的な勉強会ではなく、上司の命令に基づく業務であった。 平成一四年二月ころ、JHの戊田理事(総務担当理事)に対して、PTの課長級職員と課長代理級職員がPTの作業内容、作業状況についての説明をしたことがあり、その際、概算値による資産再評価及び企業会計原則に基づいた民間企業並財務諸表の作成の作業を行っていることも説明された。 平成一四年の一月から三月ころにかけてのJH内部においては、PTを中心に各課の協力を得て資産再評価作業及び民間企業並財務諸表の作成作業が行われていることは、関係する課が多数に及び、複数の会議の議題として取り上げられていたことから、多くのJH職員に知られていることであった。当時JHの総務部次長であった被告丙川も、このことを知っていた。 平成一四年二月から三月ころにかけて、各課からその所掌の資産及びその価額に関する資料がPTに届けられた。事務系課長代理級職員の依頼により、経理課のコンピュータを用いて減価償却作業を行うこととなった(資産に係る部分以外は行政コスト作成指針によった。)。コンピュータの故障などで作業が遅れたりもしたが、七月初めにはその結果も出された。そして、経理課職員により、概算値による平成一二年度末仮定貸借対照表(乙一の別添一I)及び仮定損益計算書(乙一の別添一J)が一応の完成をみた。これがPT財務諸表であり、文藝春秋八月号において「幻の財務諸表」と呼ばれているものである。そのうち、貸借対照表の内容の概要は、次のとおりである(億円未満切り捨て)。 資産合計 二八兆七七三五億円 高速道路 二七兆六四二〇億円 減価償却累計額(高速道路) 七兆五〇七五億円 一般有料道路 四兆四六七八億円 減価償却累計額(一般有料道路) 七六四二億円 負債合計(政府出資金を除く) 二七兆四一〇九億円 資本合計 一兆三六二六億円 政府出資金 一兆九八〇〇億円 剰余金 △六一七四億円 うち償還準備積立金 △一兆〇〇九四億円 政府出資金を株式会社の資本金のようなものと考えてPT財務諸表中の平成一二年度末仮定貸借対照表をみると、資産合計額が負債合計額よりも多いから債務超過の状態にあるとはいえないが、資産合計額が負債合計額と政府出資金(資本金)の合算額よりも少ないから資本の欠損の状態にあり、利益準備金などが存在せず、配当可能利益がない(無配)という、悪い経営状況を示すことになる。 政府出資金を通常の債務と同じ性質のもの(国に対する返済義務を負うもの)と考えてPT財務諸表中の平成一二年度末仮定貸借対照表をみると、資産合計額(二八兆七七三五億円)が負債合計額(負債合計として記載されている二七兆四一〇九億円に政府出資金一兆九八〇〇億円を加えた二九兆三九〇九億円)より約六一七五億円少ないから、約六一七五億円の債務超過の状態にあることになる。本件記事はこのような見方をしており、一つの見方を示すものではある。 一応の完成をみたPT財務諸表は、PTの事務系課長代理級職員に渡され、PT職員が作成した説明資料(乙一の別添一EからHまで)を付して、PTの課長級職員二名に対して簡潔な説明・報告がされた。説明の内容は、貸借対照表につき資産額の不足を表現したものではあったが、債務超過という表現で説明したものではなかった。PT財務諸表完成直後の時点においては、概算値による仮の財務諸表の作成にすぎなかったこと、外部からの質問や資料要求があったときにJHの幹部や外部に説明すればよいと考えられたことから、より上位の部長級職員や理事、ひいては最高幹部である原告への報告は行われなかったものとみられる。なお、後記六のとおり、完成後まもない平成一四年七月中旬の時点においては、JH内部における民営化推進委対応の準備の過程で、課長級職員(または担当部長ないし担当理事)から最高幹部である原告に対して、PT財務諸表(平成一二年度末仮定貸借対照表及び仮定損益計算書)の内容の概要が報告されたものと推認するのが合理的である。 被告丙川は、PT財務諸表完成直前の平成一四年六月に政府(民営化推進委事務局)に出向してJHを離れていたが、このころ、JHの知り合いなどから、PTが財務諸表(PT財務諸表)を完成させたらしいこと並びに負債及び資本の金額に比して資産の金額が足りないという内容らしいことを聞いていた。 四 「特殊法人等整理合理化計画」により設置されるものとされた第三者機関として、平成一四年六月一四日に公布された道路関係四公団民営化推進委員会設置法(平成一四年法律第六九号)に基づき、内閣府に民営化推進委が置かれた。民営化推進委の所掌事務は、特殊法人等整理合理化計画に基づき道路関係四公団に代わる民営化を前提とした新たな組織及びその採算性の確保に関する事項について調査審議し、その結果に基づき内閣総理大臣に意見を述べることとされた(同法二条)。民営化推進委の委員は、内閣総理大臣が任命するものとされた(同法四条)。 小泉内閣総理大臣は、民営化推進委の委員として、甲田春夫、乙野夏夫、丙山秋夫、乙原冬夫、丁川花子、戊原一郎、甲川一江の七名を任命した。これら七名の委員は、小泉内閣総理大臣の用いた表現をそのまま借りて「七人の侍」と呼ばれることもあった。JHを含む道路関係四公団の民営化問題は、高速道路料金やサービスエリアの物販の料金が高いという問題、JHが既に建設した道路には採算が悪いものが多いのではないか、計画中の将来建設予定の道路はもっと採算が悪いのではないかという問題、一部の採算のよい黒字の幹線道路の剰余金が何に使われているのかという問題、新しい道路を国民負担によってどれだけ造る必要があるのかという問題、四〇兆円ともいわれる負債処理問題、今後税金がどれだけ道路関係四公団の債務の処理に使われるのかという問題、JH職員のファミリー企業への天下り問題など、通行料金の水準や税金投入を中心とする国民負担にかかわる問題として、広く国民の関心を呼んでいた。民営化推進委が、それまでの政府関係の審議会・委員会においてはほとんど例をみなかったような委員(七人の侍)間の事務局のリードを受けない活発かつ率直な意見交換、関係省庁及び関係特殊法人(道路関係四公団)への厳しい資料要求を行い、さらには審議公開の措置をとったことなどにより、道路関係四公団民営化問題についての国民の関心は、高水準のまま推移していった。 民営化推進委は、平成一四年六月二四日の第一回会議以降一週間に数日程度の頻繁なペースで会議を開いた。 民営化推進委の審議内容に対する国民の高い関心を反映して、民営化推進委の審議内容はしばしば新聞記事や社説のテーマとなった。既存の道路の道路別の採算や建設予定道路の採算見込みはどうか、このまま採算性の低い道路建設を続行していくと通行料金収入では赤字を賄いきれなくなり、巨額の国民負担(税金投入)を強いられないかなどの事項が関心を呼び、民営化推進委における議論を有効に行うには、JHの資産と負債を企業会計原則に従って算定・公開することが急ぎ必要である(平成一四年七月七日朝日社説)、収支データを隠蔽するJHの体質は問題である(平成一四年七月二九日読売社説)という意見が全国紙の社説欄を埋め、世論を形成するようになっていった。 平成一四年七月の民営化推進委においては、多くの委員から、繰り返し、JHに対して、JHは保有資産の価額が分かる資料を保有していないのかという類の質問が出た。JH側は、平成一四年七月一七日の民営化推進委(原告もJH総裁として出席)において、JHの丙田理事が、委員に対して、資産価額が分かるような資料は一切ないという説明を行い、PT財務諸表の存在はおろか、PT、経理課その他の各課において資産の概算値を出すため資産再評価の試算作業を組織的に実施したこと、JH部内の各課には基礎データがあることを、民営化推進委に対して明らかにしなかった。この丙田理事の説明は、原告の意向に沿うものであった(なお、甲五六(丁野元PT課長代理の供述録取書)には、平成一四年七月の民営化推進委対応のためのJH役員打合会で、民営化推進委から要求されている民間企業並財務諸表について総裁である原告が丙田理事に対して「そんなものは無いんだろ」と言ったら同理事が「はい」と答えたという話を戊山調査役から聞いた旨の記載がある。)。 被告丙川は、民営化推進委の事務局次長として平成一四年七月一七日の民営化推進委に出席していたが、PTが概算値算定作業をしていたことすら否定する丙田理事の発言を聞いて驚き、原告の改革民営化に対する姿勢に疑問を抱いた。被告丙川は、その後、JH内部の者から、PT財務諸表はないことになった(幻の財務諸表になった)らしいという話を聞いた。 五 平成一四年八月三〇日の民営化推進委において、平成一四年度末(平成一五年三月末)におけるJHの民間企業並財務諸表の作成を求める意見が、民営化推進委の意見として取りまとめられ、これを受けて、JHにおいては、PT内に資産再評価班を設置し、人員を大幅に増強して、JH公認財務諸表の作成を目指すこととなった。 JHが資産・負債の状況を公式に明らかにしないため、企業会計原則に従って計算した財務状況は相当悪いのではないかという憶測を呼ぶことにもなり、各報道機関にとっては、JHの公式発表以外のルートから得られる財務状況に関する情報は、いわゆるスクープとして大きな報道価値を有する事項になっていった。平成一四年一〇月三日の日本経済新聞と朝日新聞はJHは民間基準で算定すると債務超過にあるというスクープ記事をのせた(記事に記載された数値は異なる。日本経済新聞は資産二三・一兆円・負債二七・九兆円で四・八兆円の債務超過、朝日新聞は資産一七兆円・負債二五兆円で八兆円の債務超過。)。 国会におけるJHの対応も同様に、PT財務諸表の存在には触れず、保有資産の評価額が分かる資料は有していないというものであった。平成一四年一二月一二日の衆議院国土交通委員会において、原告は、野田佳彦議員の質問に対して、「来年の九月までにいわゆる純粋な民間企業の会計原則に基づく財務諸表を作るべく、委員会で今検討をやっております。丁原早稲田大学の商学部の先生を中心に検討しておりまして、これができましたら、これに基づいてすべての数字をきちっと整理させていただきたいと思っております」と回答し、PTを中心とする資産再評価のための概算値試算作業が既に終えていることを、国会に対しても明らかにしなかった。 六 PT財務諸表については、平成一四年六月の完成直後には、理事や最高幹部である原告に対する報告がされなかったものの、以上に認定した経緯の中で平成一四年中(遅くとも後記八のPT財務諸表の存在をスクープした記事が掲載された平成一五年五月一六日の朝日新聞の刊行直後)には、理事や最高幹部である原告にその概要が報告されていたものと推認するのが相当である。すなわち、平成一四年七月の民営化推進委においてJHの保有資産の評価額について繰り返し委員から質問が出された際に答弁・回答の準備のためにJH内部において評価額の分かる資料の存否が組織的に調査され、PT等の課長級職員(または担当部長ないし担当理事)から最高幹部である原告に対してPT財務諸表の存在も報告されていたものと推認するのが常識的である。平成一四年一〇月三日に日本経済新聞と朝日新聞のスクープ記事が出た際にもスクープのもとになった内部資料の存否の調査を行いその際にPT等の課長級職員からPT財務諸表の存在が担当理事ひいては原告に報告されたものと推認するのが常識的である。平成一四年一二月の国会答弁の準備の際も同様であり、平成一五年五月一六日の朝日新聞のスクープ記事や、これに引き続く五月二一日や五月二八日の岩国議員の質問に対する国会答弁の準備の際も同様である。 さらには、平成一四年一〇月に、今までJHが非課税扱いを受けていた固定資産税が課税される場合の課税算定資料としてJHの資産評価額を民営化推進委に資料として提出した際にも、その作業の基礎データとして平成一四年一月から六月までの間にPTと経理課を中心にJH各課の協力の下に実施された財務諸表概算値算定作業が役にたったことは容易に推認できるところであり、その程度のことは理事、ひいては原告が知っていたものと推認することも、また容易である。 七 JHは、平成一四年一〇月には、丁原梅夫早稲田大学商学部教授を委員長とし、会計学者など企業会計の専門家からなる丁原委員会(財務諸表検討委員会)を設置し、企業会計原則に基づく財務諸表の作成に当たり採用すべき会計基準の検討を委ねた。丁原委員会は、民営化推進委と異なり、委員の側から活発な提案がされることもなく、事務局(JH)主導によりJH側が作成した会計処理方針が妥当かどうかを吟味するという内容の審議が行われ、会議の回数も頻繁ではなく、審議内容も公開されずに、審議が進められた。審議の過程では、JHの資産や負債の具体的な額は概算値や試算値程度のものも含めて一切委員には示されず、JHがとるべき会計基準は何がよいかをただ抽象的に議論しただけであった。JH側では具体的な資産額についての資料を有しており、どのような会計基準をとれば貸借対照表がどの程度資産超過又は債務超過になるのかを知っていたものとみられる。後記のとおり、議事録が、JHに都合がよいように書き換えられたのではないかという報道が複数のメディアからされたこともあった。平成一五年六月の公認財務諸表の公表のころに出された丁原委員会の中間整理(甲一九の六)には、次のような記載がある。 「今回作成した民間企業並財務諸表は、短期間で作成する必要があることから、一部簡便な手法を用いており、試算値としての性格を有している。民営化後の新組織の正式な財務諸表の作成に際して採用すべき会計方針は、今後政府が決定する制度的な枠組みを前提に改めて検討されるべきものである。 実地棚卸については抜き取り調査によって行う。 道路事業固定資産は、当該資産の「(減価償却後)再調達原価」に基づいて評価する。現時点では、民営化時における新組織の具体的な形態等が明らかになっていないため、民間企業並財務諸表上の資産の評価方法を明確に決めることは難しい。新組織の発足を重視する立場に立てば、時価(再調達原価)によって評価することが適当であり、また、事業の継続性を重視する立場に立てば、取得原価によって評価することが適当であると考えられる。(中略)個別資産ごとの当初の取得原価を算出するために必要な大部分の契約書、会計書類等も文書保存期間が経過しており、現存していない。このため、個別資産(種類別、耐用年数別)を取得原価によって評価することは、事実上不可能である。これに対して、個別資産を現時点で新たに取得すると仮定した場合の取得原価を求め、それを各資産の取得後の経過期間に応じて減価償却を行った場合の「(減価償却後)再調達原価」を算定することは可能である。 償却資産に係る建設中の金利は、資産原価に算入する。建設期間は、道路の建設着手から開通まで平均的に一〇年を要することから、一〇年前に遡って建設を開始したものと仮定する。適用利率は、仮定した一〇年間の投資年度ごとの借入金等残高平均金利を用いる。年度ごとの投資パターン比率から、年度別の再調達原価(建設中の金利を除く)の累計額を算出し、それぞれに対応する各年度の適用利率を乗じて合算し、建設中の金利を算出する。 減価償却 ;耐用年数は、税法上の耐用年数表の該当するものを適用する。なお、「土工」については、鉄道事業の「線路切取・線路築堤」の七〇年を使用する。」 平成一五年五月五日の朝日新聞は、JHの丁原委員会(財務諸表検討委員会)の議事録が書き換えられたという記事を掲載した。記事の内容は、JHの民間企業並財務諸表が債務超過になり易い手法(建設中の金利を費用と扱い、道路建設用地取得等の補償費を道路資産の額に算入しない)に賛成する意見のトーンを弱め、債務超過になりにくい手法(建設中の金利も道路建設用地取得等の補償費も資産の額に算入する)に賛成する意見のトーンを強めるように書き換えたというものであって、JH側の「委員の意向で加筆修正した」というコメントが併せて掲載されている。なお、加筆修正の方向性は、JHの事務局原案に賛成するトーンがより強くなるというものでもある。同様の記事は、平成一五年五月一二日ころ発売の日経ビジネス五月一九日号にも掲載された(乙四、五)。 八 平成一五年五月一六日の読売新聞(乙八)は、同年六月に公表される予定のJHの公認財務諸表(作成約束については五参照)についての予測記事を掲載した。記事の内容は、阪神高速道路公団及び本州四国連絡橋公団は債務超過となるが、JH及び首都高速道路公団は債務超過は免れ、JHは資産が債務を一兆円程度超過する見通しであるというものであった。記事中の資産超過という結論については、後に公表された公認財務諸表と同様の内容であった。 他方において、同日の朝日新聞(乙七)は、それまでその存在が公にされていなかった前記三のPT財務諸表(本件記事において「幻の財務諸表」といわれているもの)の存在を報じる記事を掲載した。記事の内容は、見出しが四段抜きで「JH/債務超過の算定隠す/民間基準で00年度6000億超」というもの、本文が、大要、JH内のPTが平成一三年三月期の民間企業並財務諸表の作成作業を平成一四年一月に着手し、同年七月には六〇〇〇億円余りの債務超過に陥っていることを示す企業会計原則に基づく民間企業並財務諸表を作成していたこと、それにもかかわらず、JHの総裁である原告は、民営化推進委などに対して民間企業並財務諸表の存在を一貫して否定しており、原告らJH首脳陣の責任問題に発展する可能性があることである。 このころ、原告は、総務部調査役である被告丙川をJHの総裁室に呼び、フランスの研究機関への出向を勧めたが、被告丙川はこれを拒否した。そうすると、原告は、後記のとおり、六月一日付けで被告丙川をJH四国支社副支社長に異動する人事を発令した。時期や異動先などの点で、一般に被発令者に好まれない異例の人事異動であった。 九 平成一五年五月二一日の衆議院国土交通委員会において、岩国哲人議員が「特殊法人、それから今回次々と再編されようとする公団関係の財務諸表については、時価会計を中心にして、しっかりと民間のあるいは納税者の理解を得られるような方法で情報公開されるのかどうか。例として適切かどうかわかりませんけれども、二つの公団を一つにするときに、お互いに公団がどれだけの資産あるいはどれだけの黒字を、どれだけの借金を抱え、人間に例えれば、見合いだけはさせたけれども、どうも持参金つきのいいところのお坊ちゃんとお嬢ちゃんだと思っておったのが、何と親の代から借金をいっぱい抱えてたような、その息子と娘を結婚させる、こういうふうなことを我々の委員会でお手伝いをして、しかもその後で国民があっとびっくりする。何と言うことはない、政略結婚というのがありますけれども、あの結婚というのは、結局、粉飾のためのカムフラージュ、偽装結婚だったんだ、赤字隠しのためにわざわざ、一緒になりたいと一言も言ってないのにむりやりに一緒にさせて、赤字をできるだけ小さく見せようとするためにやっているんじゃないか、こういう疑惑を持っているのは私ばかりではないと思います。そういう観点から、大変残念なことですけれども、私が質問した次の日の朝刊、名前を言えば朝日新聞と読売新聞、この二つの新聞それぞれに道路公団についてのこういった財務諸表が既にできているかのごとく報道されております。そして、新聞記者が入手したデータによって、債務超過に道路公団がなっている。道路公団が健全な資産を持ち、それから収益も順調でというふうには思えない環境にあることはだいたい予測はしておりました。しかし、大事なことは、大臣がそういう財務諸表はないとここではっきりとお答えになっているときに、実は国土交通省の局長さんやあるいは道路公団の総裁が、既に七箇月前から始めたその作業の輪郭の報告を受けていないということはあり得ないことなんです……」などと質問したのを受けて、原告は大臣の答弁に引き続いて「朝日新聞に五月一六日に出、読売新聞にも同日付で出ましたけれども、これらは、道路公団としては全く作成しておりません。したがって、このような事実はないわけです。そこで、両新聞社に対して、そういう事実はないよということを申し入れておりますし、特に朝日の場合には、事前にこの財務諸表に関する質問はございませんでした。読売新聞は事前にそういう取材がございましたので、今作業中だから、まだ数字は全くできていませんということを申し上げております。いずれにしましても、丁原委員会をつくって、作業する仕方を勉強しながら作業しているわけですから、こんな前に、昨年の秋にそういうものができているということはあり得ないわけでございます」と答弁した(乙一〇)。 平成一五年五月二八日の衆議院国土交通委員会において、岩国哲人議員が「公団幹部の責任が問われるとすれば、それは次の四つのケースです(中略)四番目、今回の民営化推進委員会に対して適切な資料と情報を提出する義務を誠実に果たしておられたかどうか、特に財務諸表の加工、粉飾、隠ぺいを図ったことはないかどうか。こういった点は、私は総裁として責任がおありだと思います。仮にあったとすればです」などと述べて質問したのに対し、原告は「多分、財務諸表のことを中心に御質問されているのではないかと勝手に解釈いたしまして申し上げますと、財務諸表については、まだ、どんな形にせよ、民営化委員会あるいは国土省あるいは世間に対して、一切道路公団はつくっておりません。今作業中でございますから提出いたしておりません。」と答弁した。岩国哲人議員が、昨年一〇月にJHは民営化推進委に固定資産税に関する資料を提出しているが、その基礎データがあるはずであるという質問をたたみかけたのに対し、原告は「私どもは、財務諸表というのは初めてでございます。公会計では財務諸表というのはございません。そこで、一昨年、大蔵省の財政審議会の方から、行政コスト計算書というものをまとめられて、それに基づいてひとつ計算してみなさいというのを出したことはあります。これはずっと各省全部、全省庁がこれに基づいて作業をしております。しかし、これはいわゆる民間の、民営化のときの財務諸表とは全然異なるものでございますので、道路資産の内訳区分のあり方、各資産の評価方法、あるいは償却資産の棚卸し方法またそれの評価方法を、構造物と土地と、それにおいてそれぞれ違います。また、原価に算入する間接費も、補償費の取り扱い、建設中の金利の取り扱い、その他の間接費の取り扱い、それから道路建設仮勘定の取り扱い、あるいは減価償却の単位及び方法をどうするか、耐用年数をどうするかといったようなことについて、私どもは経験がございませんから先生方にお願いして、昨年の一〇月に委員会をつくっていただいて、そこで七回の議論を経ながら、私どもがその方針を示されて、それに基づいて、今資料の集計をし、計算する寸前まで来ている、こういう状況でございます。したがって、それまでに何らかの形で財務諸表関係に使えるデータを持つということはあり得ないわけでございます」と答弁した。さらに、岩国哲人議員が「そういった内部の試算、その基本となっているデータというものは、仮にそれが財務諸表と呼ばれるには少し無理があるとしても、同じ資料、同じ数字は、民営化推進委員会または財務諸表検討委員会と両方に提出してありますか。」などと述べて質問したのに対し、原告は「財務諸表という前提で提出したことはございません。それから、例えば道路延長が幾らだとかいったようなものは出しております。あるいは、採算性、路線ごとにどうなっているかといったようなものは出してございますが、これらは財務諸表には全く使えるものではございません。そういう意味で、財務諸表に使えるという前提でのデータを委員会に出したということ、今作業中でございますから、先生方にそういう御説明をいたしまして、しかも、作業の考え方についても、先生方に全部、五回にわたって御説明をいたしまして、そして御理解をいただけたと思っておりますけれども、作業をさせていただいているわけでございます」と答弁し、岩国哲人議員の「財務諸表とはいえないけれども、それ以外のものはちゃんと提出してあるということですね」という確認の質問に対しては、原告は「財務諸表に使えるデータというのは極めて明確にしていかなければなりませんので、それに関するデータは、民営化委員会にも一切提出しておりません」と答弁した(乙一一)。 平成一五年六月一日、被告丙川をJH四国支社の副支社長に転出させるという異例の人事異動が発令された。 一〇 公認財務諸表(平成一五年三月現在)については、貸借対照表の概算値が平成一五年六月九日に(甲一九)、完成版の貸借対照表・損益計算書等が平成一五年六月一三日に(甲二七)、それぞれ公表された。その内容は、平成一五年五月一六日の読売新聞記事(乙八)のとおり資産超過であって、超過幅は約五兆円というものであった。資産評価基準は、丁原委員会が示した会計基準(JH事務局の意見に沿った内容のもの)を採用したもので、取得原価ではなく再調達原価に基づいて資産評価する、償却資産に係る建設中の金利を資産原価に算入する、耐用年数は税法上の耐用年数表の該当するものを適用するが、「土工」に限っては鉄道事業の「線路切取・線路築堤」の七〇年を使用するなどというものであった。公認財務諸表の基礎データは、六月一三日までには公表されていなかったし、今後公表するという予告もなかった。なお、丙田理事作成の報告書(甲四四)には「道路固定資産の路線別再調達原価一覧表、固定資産区分表、標準的単金表、土地価格表といったデータについても、同月(六月)二三日に、記者発表を行い、公表しました」という記載があるが、一〇日遅れの公表であって、どの程度の公表を行ったのか明らかではなく、そのようなデータの公表が行われたことに気がつかなくとも、特に不注意であるという評価をされるようなものではない程度の非常に目立たない措置であったものと推認される。 被告丙川は、平成一五年冒頭からJHに復帰し、総務部調査役の職にあったが、丁原委員会の議事録書き換えを報じる朝日新聞記事の情報や、前年七月の民営化推進委におけるPTの資産再評価作業の隠ぺいなどの事実も想起しつつ、原告の率いるJHはどのようなことがあっても公認財務諸表は資産超過の内容とすることを至上命題としているものと感じていた。建設中の金利については算入と不算入の両論があることは承知していたが、算入の方向にことさらに議事録を書き換えた点に不審を感じていた。阪神高速道路公団は資産価格につき再調達原価と取得原価を併記し、土工の耐用年数は四〇年としている点との対比においても、これよりも資産価格を膨らませる効果のある公認財務諸表におけるJHの資産評価方法の悪意性に疑いを強めていった。 平成一五年六月一六日、PT財務諸表作成に関与したPT及び経理課の課長補佐級等の職員三名を地方に転出させる人事異動が発令された。時期や異動先などの点で、一般に被発令者に好まれない異例の人事異動であった。 平成一五年六月一九日ころ発売された雑誌テーミス(THEMIS)には、平成一五年六月一日及び同月一六日の被告丙川やPT財務諸表作成に関与した職員の人事異動を原告による「恐怖人事」、「粛清人事」と報じ、また、丁原委員会の答申は道路公団原案に沿ったもので、公認財務諸表が債務超過にならないように腐心したものである旨の記事が掲載された。 平成一五年六月二三日の衆議院予算委員会において、長妻明議員が事前の質問通告に基づき「本年四月一六日に尚友会館で会議をしたという記憶があるか」と質問をしたのに対し、原告は、事前の質問通告があったにもかかわらず、「会議はいろいろなところでしょっちゅうやっている」と具体的な回答を避ける答弁を行った。長妻明議員が、同議員入手資料(後に枝野幸男議員が資料として提出した後掲の「尚友会館会議議事摘録」)には四月一六日尚友会館の会合における原告の発言として、要旨「改革つぶしのための民間人の裏顧問二名(甲山・乙川)を登用し、裏顧問が表の顧問から成る経営顧問会議を調整する総大将となり、形としては裏顧問には財団法人高速道路技術センターの非常勤参与に就任してもらう、スパイがたくさんいる公団職員には裏顧問は紹介しない、今日は本音ベースでのみ話を進めているが私は公団の理事を信用していない」という記載があることを指摘すると、当日予算委員会に出席していて当該質疑の内容を聞いた小泉内閣総理大臣は「まず、これは事実関係をはっきりしなきゃいかぬ、今突然私もその話を聞いて、長妻さんと甲野総裁の言い分が違う、この場でどっちが本当か判断しろといったって、これは困っちゃうんだが、しかし、この状況、いろいろな話が私のところに来ています。これは、民営化賛成同士の間でも意見が違うんです。これは根が深いなと私はつくづく思っていますよ。一方だけの意見に偏るとまずいし、それだけでこれは、どういう形で民営化することによって、今の、現在の道路公団の人たち、そして、新しく民営化になって、その中で一生懸命やる人たちの利害関係にも絡んでくる。これは実に難しい問題でありますが、私は基本的に道路民営化推進委員会の意見を尊重する。これに従わないような総裁だったら私は考えなきやならないけれども、はっきり協力すると言っていますから、これは今後見る、よく見る」と答弁した(乙四〇)。この「従わないような総裁だったら私は考えなきゃならない」という発言は、行政府の最高責任者である内閣総理大臣の特殊法人JHの総裁である原告に対する見方、評価のスタンスを示すものとして、後々も引用されることがしばしばであった。 このころ、被告丙川は、被告文藝春秋の被告乙山から取材インタビューを受け、PT財務諸表とされているものその他のPT作成資料を見せられた。被告丙川は、それまでの自己の得ていた知識と合わせて、これらの資料がPTの作成したPT財務諸表であると確信した。そして、PT財務諸表と公認財務諸表のいずれが企業会計原則に照らしてより適正かという問題よりも、被告丙川がかねてから問題意識を有していた原告を最高幹部とするJHの隠ペい体質、公認財務諸表における会計基準選択の恣意性を明らかにしたいと思うようになり、被告乙山のインタビューへの回答内容を被告丙川執筆に係る記事として雑誌文藝春秋に掲載することを承諾した。このようにして被告丙川のインタビューへの回答をまとめたものが文藝春秋八月号の記事本文である。なお、「道路公団 ;甲野総裁の嘘と専横を暴く ;恐怖人事・財務の隠蔽・国会答弁の嘘」という題名や、記事本文中の小見出しなどは、被告文藝春秋編集部側で作ったものであり、被告丙川は作成に関与していない。 一一 平成一五年七月一〇日、PT財務諸表が平成一四年六月ころにJH内部で作成されていた旨の内容の本件記事が掲載された文藝春秋八月号が発売された。 また、被告文藝春秋は、平成一五年七月一〇日ころ、全国紙各紙及び車内中吊りに原告の主張二記載の広告を掲載した。 本件記事の雑誌掲載は、全国紙各紙でも報道された。新聞報道の基調は、PT財務諸表の債務超過という結論の当否自体よりも、JHの隠ぺい体質とそれを産み出したJH総裁である原告の資質に問題があるというものであった。PT財務諸表自体は、そもそも概算値程度のもので、適用する会計基準の吟味も粗いものであるが、前記認定のとおりJHが部内各課の協力を得て組織として作成作業をしたもので、担当理事に作成作業の実施の報告も行われ、作成後にも民営化推進委対応、国会対応又は新聞記事掲載経緯の調査等の機会にPT財務諸表の概要が原告をはじめとする理事らJH幹部にも報告されていたと推認され、特殊法人改革が時の重要な政治上、行政上の課題の一つとなっているのに、民営化推進委や国会において、そのような概算作業の存在にも触れずにJHとしての正式な民間企業並財務諸表は存在しないとだけ言い張る原告の姿が、わが国の代表的な特殊法人であるJHの長の資質として問題があるのではないかというものであった。 一二 平成一五年七月一四日の衆議院決算行政監視委員会において、木下厚議員が、同年六月二三日予算委員会で長妻明議員が質問した同年四月一六日の尚友会館の会合について再度質問したのに対し、原告は、「会議ですと、会議の議事録をちゃんとつくります。そういう意味で会議というのはなかったことになります。私、帰りまして確認しております。したがって、議事録はございません。ただ、四月のスケジュールの中で民間の方と尚友会館においてお会いしたということはございますので、それはいわゆる、短時間ではございましたが、いろいろな通常で言う会合、ごあいさつしたりするそういう会合がございましたということでございますので、議事録等はございません。」、「四月の中旬ということまでは確認できておりますが、そういう会合、私的な会合はたくさんございますので、一六日かどうかという、日にちまでは確定できませんが、中旬に尚友会館でお会いしたことはございます。」、「会議ですと、きちっとそういう、何といいますか、日程表等にも入りますから、確実に申し上げられるのですけれども、そういう私的な会合の場合には、いわゆるお会いして、ごあいさつをして、そして帰るといったようなこともございますので、そういうのは一々明確な記録はございません。ただ、尚友会館でお会いしたという事実はございます。」、「まことに申しわけございませんけれども会議ではございません。会合でございます。いわゆるフリーなトーキングをする会合でございますから、今申し上げた方々もおったと思いますし、当時、今私どものいろいろな知恵を出していただいている民間の方もいらっしゃったと思います」、「議事録そのものがございませんから、いろいろな方にも確認をいたしましたけれども、議事録などはそういう会合のときとっておりませんから、その議事録そのものが私どもにはわかりません。ただ、ごあいさつとして、いろいろ私見を述べたり雑談をしたりすることはございます」などと答弁し、記憶に基づいて具体的に誠実に答弁するという態度を示さなかった。 これに引き続いて、木下厚議員から文藝春秋八月号掲載のPT財務諸表の存否について質問されたところ、原告は、「まず結論から申し上げますと、このような貸借対照表をつくった事実はございません。これは、一三年の一二月末に、本社内に、道路関係四公団民営化推進委員会設立準備室というものを設けました。そして、調整等のために人員配置して、プロジェクトチームを設けて、民営化する場合にいろいろな勉強を事前にしておかなきゃいけないということで、勉強の一環として実務者レベルで道路資産評価はどうしたらいいだろうかという勉強をいたしました。しかし、勉強すればするほど、データがなかったり、どういう区分にしたらいいかわからないものですから、途中で成果は得るに至りませんでした」と答弁した(乙一二)。 平成一五年七月一五日の衆議院国土交通委員会において、前原誠司議員が、同年六月二三日予算委員会で長妻明議員が質問した同年四月一六日の尚友会館の会合について再度質問したのに対し、原告は、「会議はしておりません。会議をするといたしますれば、当然のことながら議事録等々はとっていると思いますし、それから、予定にもきちっと入っているわけでございます。ただ、いろいろな会合に出てごあいさつをしたり、ちゃんと頑張ってくださいよというような程度のことをしたりする場合はあります。こういうものを含めて私的という言葉を使いますが、そういう意味の会合をしたことがございますということを、昨日、木下先生に御答弁申し上げた次第でございます。」、「先生が御指摘の会合は、多分四月のことを指しておられるんだろうと思います。四月は非常に、いろいろな意味で三月の二五日に政府・与党連絡協議会の方から御指示をいただきまして、これからさらにやるべき項目ということで確認をいただきました。それに基づいて大臣から御指示をいただきましたので、そういうものに関していろいろな立場の人たちといろいろな会合を持っております。そういう時期でございますから、要するに、そのときに、今言われた人たちは、比較的民営化あるいは改革等々に深い関心を持ち、かつかかわり合う立場にいた人たちでございますから、入っていたと思います」、「甲山さんや乙川さんが参加された会合もございました」などと答弁し、記憶に基づいて具体的に誠実に答弁するという態度を示さなかった。 これに引き続いて、前原誠司議員から資料(乙一の別添一の一部)を示して民営化PTや文藝春秋八月号掲載のPT財務諸表の存否について質問されたところ、原告は、「一三年の一二月末に、私ども、いよいよ本格的な民営化に向かって体制づくりをしていかなきやいかぬ、そのためには勉強しなきゃいかぬということで、本社内に、道路関係四公団民営化推進準備室の、委員会ができるんだからその設立のための準備室というものができるだろう、そこといろいろと調整していくというための実務者レベルのチーム編成を行いました。これを、第三者機関設立準備室担当プロジェクトチームというふうに当時呼んでいたようでございます。きょうお配りになったこの資料を私は全然見たこともありませんから知りませんけれども、こういうイメージでつくられたんだとすれば、つくつたんだと思います。そして、そこでいろいろと勉強いたしました。そうしたら、これは大変だなと。その勉強の最大のテーマは、道路資産価格というものを決めないと財務諸表ができない、財務諸表ができなければ民営化の前提となる内容ができない、なれば道路資産価格というものをどう評価するんだということで、全く経験のない人たちが集まって、ああでもないこうでもないと勉強をしたわけでございます。そうしましたけれども、やはりうまくいかなかったということで、自然解散のような形で途絶えました。そういうことから、そういうデータは課長レベルにも報告がございません。もちろん、部長にも理事にも、当然、私にはそういう結果は何にも報告がない。したがって、成果がないというのはそういう意味合いで申し上げているわけで、課長さんたちのレベルにも報告が何にもなかったということは、ないわけでございます」と答弁した(乙一三)。 平成一五年七月一八日の衆議院予算委員会において、枝野幸男議員が、委員会の前日に尚友会館会合(同年四月一六日)の議事摘録(六月二三日の予算委員会質疑における長妻譲員の手元資料であったもの)を事前に質料としてJH側に交付した上で、原告に対し、当該会合について再度質問した。原告は、同年六月二八日の衆議院予算委員会において長妻議員が最初に質問し、その後にも他の複数の議員からも質問を受けたのに、最初の質問の日から二〇日も経過した後にようやく長妻議員指摘のとおり四月一六日の正午から午後二時まで民間人二名(甲山・乙川)が出席した尚友会館会合が開催され、JH側から総裁である原告のほかに丙原総合情報推進役、丁田中部支社長、戊野企画部企画課長、甲原調査役が出席していたことを認める答弁をした。また、枝野議員から議事摘録の内容について質問をされたのに対して、原告は、議事摘録に記載されている原告発言の内容(改革つぶしのための民間人の裏顧問二名(甲山・乙川)を登用し、裏顧問が表の顧問から成る経営顧問会議を調整する総大将となり、形としては裏顧問には財団法人高速道路技術センターの非常勤参与に就任してもらう、スパイがたくさんいる公団職員には裏顧問は紹介しない、今日は本音ベースでのみ話を進めているが私は公団の理事を信用していない)が虚偽である旨の答弁をすることができなかった。引き続き、枝野議員から、文藝春秋八月号掲載のPT財務諸表に関連して、PTが民間並財務諸表の作成に着手したとされる平成一四年一月の翌月である平成一四年二月一二日に開催されたJHの全国用地部長会議で資産確定作業、道路資産再評価作業が議事となっていたこと、当時JH内部で組織的に資産再評価作業がされていたことを指摘されたところ、原告は、平成一四年二月開催のJHの全国用地部長会議でそのような議事があったことを認めた上で「昨年の一月一八日に課長代理以下の実務者レベルで打合せを行いました(中略)その際、道路資産再評価をしておかないと、そういうものがなければ、財務諸表というのはそれをベースにつくるわけですから、できないということで、その作業にかかったわけです。しかし、その作業の場合に、工事、いわゆる構造物関係、用地関係、あるいは維持修繕関係といろいろなものがございます。そのうち工事関係については、工事実施計画書をもとに仮装の計算を試みることとして作業しました。用地については、本社に一切ありませんので、用地部長会議ではなくて、各支社にこういうものが出せないかということで全部依頼をしたわけです。このプロジェクトチームが依頼をいたしました。その依頼をしたのを、この用地部長会議というのは定例の用地部長会議で、二月一二日にやっておりますが、そのときに、こういうことを支社の課長代理に対して作業依頼をしているのでひとつよろしく御協力くださいということを言ったわけです。この用地部長会議は、全国の用地部長会議ですから、理事が最初にあいさつに立ちますけれども、あいさつして理事は退席しております。たくさんほかの仕事があって、これはあくまでもそういう作業依頼の報告をした。したがって、厳重注意というお言葉がございましたが、どういう計算で、どういう資産評価をしたらいいのかわからないから、とりあえずこういうやり方で集めてみるけれども、今後変更が予想されるから、無用な混乱を起こさないようにということで「取扱厳重注意」というものをつけたわけでございます」、「勉強をして、その勉強の一貫としてそういうデータが必要になりますからやっただけです。そこで、やってみましたけれども、内容が非常にどうにもならない数字が出てまいりました」、「したがって、財務諸表は正式にはございません」などと答弁した。これに対して、枝野幸男議員から、「だれも正式な財務諸表だなんて言ってませんよ。一度つくったものをもみ消したから問題になっているんですよ。都合の悪い数字が出てきたから。勉強会だろうと、どういう名前だろうと、公団の組織として把握をして、公団の正式な会議に乗っかって勉強して、作業を進めていた、そうしたら都合の悪い数字が出てきたからもみ消したんでしょう。今の発言は筋が通らないですよ。」、とか、「今、これは何が問われているのかというと、今道路公団は赤字なのか黒字なのかが、国民の皆さん、問われているんです。道路公団が赤字だとしたら、民営化した瞬間に、今のまま普通に民営化したらですよ、ばったり倒れるんですよ、どこの金融機関もお金貸してくれなくなりますから。だから、今実際に道路公団が赤字か黒字かは大事なわけです。また、赤字だったらさすがにこれ以上新しいのつくれませんよね。よほどいいものじゃないとつくれませんねということになるわけです。それが嫌なので、赤字だという結果が出てきそうになったのをもみ消して、そしていろいろと経理上のごまかしをして黒字だというのを出したという疑惑が持たれているんです。だから、国民の目で全部チェックをさせていただかないといけないんです。だから原本資料を全部国民の前へ出していただきたい」と、JHの総裁としての原告の姿勢、情報隠ぺい体質に対する強い不満の意見が述べられた。 一三 平成一五年七月二五日、JHとその総裁である原告が共同原告となり、本件被告らを被告とする本件訴訟が提起された。訴え提起時における請求の趣旨は、JHが不法行為(名誉毀損)による損害賠償として三〇〇〇万円の金銭の支払(被告らの連帯責任)を求めるとともに、JHと原告が被告株式会社文藝春秋に対して文藝春秋誌上にJHと原告に対する謝罪広告の掲載を求めるものであった。訴え提起の当初は、金銭請求をしていたのはJHだけであって、原告は金銭請求をしていなかった。 平成一五年八月一〇日ころ、被告文藝春秋及び被告乙山により、原告の主張三(1)記載の内容の記事が掲載された文藝春秋九月号が発売された。また、被告文藝春秋は、同日ころ、全国紙各紙及び車内中吊りに原告の主張三(2)記載の広告を掲載した。 その後、JH総裁の任命権者である国土交通大臣は、平成一五年一〇月二四日、原告をJHの総裁から解任する処分をした。 平成一六年二月にJHは本件訴訟を取り下げ、原告は不法行為(名誉毀損)による損害賠償として一〇〇〇万円の金銭の支払(被告らの連帯責任)を求める金銭請求を追加的に併合するとともに、求める謝罪広告の文言を変更した。 第二 平成一五年八月号の記事についての損害賠償責任(不法行為)の存否 一 本件記事の公共性、公益目的について (1)平成一五年八月号の記事は、当時行政改革・特殊法人改革の作業が現に進行している中で、JH総裁(わが国の代表的な特殊法人の長であり、任命権者は国土交通大臣)の地位にあった原告の総裁としての適格性をテーマとし、いわゆるPT財務諸表の取り扱いなどの事実に基づき、原告が総裁として不適格であり、内閣席理大臣は原告を解任すべきであるという意見を述べたものである。その記事(甲一)全体を通読すると、当時のわが国の重要な政治的、社会的課題の一つであった特殊法人改革(道路関係四公団改革)の問題について、JHの一職員である被告丙川の立場から、原告が総裁として不適格であるという意見を述べたものであって、真剣な言論であったことが明らかである。そうすると、本件記事は、公共の利害に関する事項について、専ら公益を図る目的に出たものというべきである。 (2)原告は、本件記事は原告をJH総裁の地位から追い落とすために人身攻撃をしたものであると主張する。前記認定事実によれば、本件記事が一つの大きな原勤力となって、しばらく前からくすぶっていたJH総裁から原告を解任する動きが加速し、解任問題が文藝春秋八月号発行を機に現実化し、平成一五年一〇月二四日の国土交通大臣による原告の総裁解任処分につながったことがうかがわれるが、そのことから、本件記事が公共の利害や公益目抑とは無関係の人身攻撃目的であったと推認するには無理があるというほかない。 二 別紙「名誉毀損事実一覧表」一について (1)前記認定事実によれば、本件雑誌発行当時(平成一五年七月)においては、一年以上も前から、特殊法人改革の一環、かつ象徴的存在として、道路関係四公団の改革民営化が国民的課題となっており、国民負担の適正化の前提として、JHには更に新たな道路建設をする財務体力があるのか、既存の道路の採算や計画中の道路の採算見込みはどうなのか、JHの現在の資産負債の状況や収益状況がどうなのか、債務超過や資本の欠損が生じていないか、単年度収支が黒字か赤字か、民間企業並財務諸表を作ってみたらどのような数字になるのかなどの点が大きな国民的関心事であったことが明らかである。 また、企業会計については、企業会計原則という規範がある。しかしながら、企業会計原則の適用の世界は、民事実体法の解釈の世界とは異なり、具体的なケースにおいて唯一の正しい会計基準があるというものではなく、裁量の幅の大きい世界である。企業会計原則は、そのような裁量判断が暴走しないための緩やかな枠(基準)を定めるものにすぎない。したがって、資産評価方法についていずれの方法を採るのが適切かについては、目的が企業の配当政策を定めるためのものか、合併等の企業再編の場合の合併比率等を定めるためのものか、企業の清算が目的かなどによって異なることはもちろん、同じ目的の下においても個別の色々な問題については有識者の間で意見の相違をみることも珍しくない。前記認定事実によれば、本件における民間企業並財務諸表の作成の趣旨は、いずれも、民営化後の商法(現在は会社法)の規定に基づく配当政策や企業再編における合併比率の決定のための財務諸表でもなければ、清算・破産のための財務諸表でもなかったことが明らかである。いわゆるPT財務諸表については、将来民営化推進委からの資料要求があったりした場合に概算値の算出作業でも実施しておけば、その作業経験や作業結果が基礎データとして役立つという程度の目的で概算値による財務諸表を作成したにすぎなかった。また、JHが平成一四年八月に民営化推進委に作成を約束して平成一五年六月に公表した公認財務諸表も、民営化の議論の前提としていわば試算的に作成してみるという程度のものにすぎなかった。そうすると、その作成のための基準については、通常以上に様々な意見があり得るところであった。前記認定事実から窺われるように、当時のJHやその総裁である原告に対しては、道路の採算や道路建設に必要な国民負担の問題を軽視し、道路建設に関する既存の計画の推持を目指して、改革民営化に消極的であり、資料の提出にも消極的で隠ぺい体質・秘密主義であるという批判的な意見もわが国には存在していた。そして、原告については、道路建設計画の凍結や削減を招かないために、採用する会計基準を操作して、資産超過の優良企業のような民間企業並財務諸表を作ろうとしているのではないかと疑う声も多々あるところであった。 (2)別紙「名誉毀損事実一覧表」一の@からDまでの部分については、原告が総裁として公にしたJHの公認財務諸表が不適正なものであるとして、これを批判する意見を述べるものであって、原告の社会的評価を低下させる内容を含んでいることは否定できない。 (3)別紙「名誉毀損事実一覧表」一中の@の部分(「JHは平成一四年に既に民間基準での財務諸表をひそかに作成していました」という部分)は、通常人の読み方を基準とすれば、JH公認の民間企業並財務諸表又は未公認ではあるがJHの職員が職務上試作した民間企業並財務諸表(試作品として出来上がりに難があるものも含む。)が、平成一四年に作成されたが、外部には公表されていなかったという意味であって前記認定事実によれば、後者(未公認の職務上の試作品の作成)の事実として真実であることが明らかである。 別紙「名誉毀損事実一覧表」一中のA及びCは、その一部においてPT財務諸表に記載された資産、負債の額を事実として摘示しているが、前記認定事実によれば、この事実は、PT財務諸表の記載として真実である。別紙「名誉毀損事実一覧表」一中のA及びCのその余の部分は、PT財務諸表の作成基準(資産評価基準は取得価額を可能な限り再現する方法を採り、政府出資金を負債とみなす。)を記述し、これに賛成する意見を述べているだけであって、事実を摘示するものではない。 別紙「名誉毀損事実一覧表」一中のBの部分(原告はJHの経営は順調だと言い統けてきたが、それが誤りであることをPT財務諸表が暴き出したという部分)は、別紙一「名誉毀損事実一覧表」一中の@、A及びCなどの事実を前提に、PT財務諸表が採用した会計基準に賛成する立場から、公認財務諸表は適切でないとか意見を述べているだけであって、事実を摘示するものではない。 別紙「名誉毀損事実一覧表」一中のDの部分(「道路公団が資産超過という結論に向けて、きわめて強引な手法を駆使したことは明らかです。債務超過ではないという大きな嘘をついたために「小さな嘘を無数に重ねている」)という部分は、八月号刊行に先だって発表された公認財務諸表の採用した資産評価方法、会計基準が適切でなく、PT財務諸表の方が適切であるという意見を述べるに帰するものであって、事実を摘示するものではないというべきである。 (4)別紙「名誉毀損事実一覧表」一のうち意見を述べる部分については、前提事実が真実であることの証明がある。そして、意見の表現方法が人身攻撃に走るなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるということもできない。債務超過ではないという内容の公認財務諸表が不適切であるという立場からすると、「債務超過ではないという大きな嘘」という表現は、公認財務諸表が不適切であるということを表現しているものであり、政治問題・社会問題を演説的に表現する場合には、社会的に許容されるものであることはいうまでもない。「小さな嘘を無数に重ねている」という表現も、公認財務諸表が資産超過という結論(大きな嘘)を導き出すために用いた会計基準が適切でない(小さな嘘)ということを表現しているものであり、これまた、政治問題・社会問題を演説的に表現する場合には、社会的に許容されるものである。 以上によれば、別紙「名誉毀損事実一覧表」一記載部分はその全部が違法性を欠くものであり、原告の損害賠償請求は理由がないものというほかはない。 三 別紙「名誉毀損事実一覧表」二及び四について (1)前記認定事実によれば、平成一四年一月から六月ころにかけてPTを中心として組織的に概算値によるJHの資産再評価作業(可能であれば財務諸表を試作する)を実施してきたこと、試作された概算値による財務諸表(PT財務諸表)は資本の欠損又は債務超過を示すものであったこと、平成一四年六月に試作されたPT財務諸表の内容の概要は平成一四年七月(遅くとも平成一四年中、最も遅くとも平成一五年五月)までには原告らJHの最高幹部にも報告されたこと(仮に真実は報告されていなかったとしても、資産再評価作業の実施と財務諸表の試作を知った被告丙川のような者にとっては、財務諸表の内容の概要が最高幹部まで報告がされたと信じるのが吾人の常識であること)、その外部への公表その他の取扱いはJHの重要な決定事項として幹部に委ねられていたことを認めることができる。 (2)また、前記認定事実によれば、原告は、道路建設計画の凍結や削減を免れようと考えていたこと、JHの資産状況は優良であり問題ないと発言し続けており、その背景としてJHの資産状況が悪いという認識が一般に広まれば道路建設計画の凍結や削減が必至であるという客観情勢にあったことも、容易に推認することができる。 (3)以上の説示によれば、平成一四年七月以降の民営化推進委や平成一五年五月の衆議院の委員会において道路公団としては一切資産再評価に関する資料を有していないという趣旨の答弁を繰り返した原告その他のJH幹部の対応はPT財務諸表を障ぺいし、債務超過説を打ち消して道路建設計画を維持しようとするもの(本件記事中においては「道路公団の既得権益を守る」などと表現されている。)と評価することができる(なお、当然のことながら、道路建設計画維持の当否は、当裁判所の判断対象ではない。)。少なくとも、PTによるPT財務諸表の試作の事実を知っていた被告丙川のような者においては、JH幹部がそのような意図を有していたものと信じるのが自然であり、吾人の常識にかなうものでもある。 (4)以上によれば、別紙「名誉毀損事実一覧表」二及び四記載の内容の全部(原告は、JHの既得権益を確保し、新規道路建設を続けるために、民営化推進委や国会でPT財務諸表の存在に触れず、これを隠ペいした。)は、真実であるか、真実と信じるにつき相当な理由がある。 なお、別紙「各誉毀損事実一覧表」二及び四中には、原告が「嘘をついた」という表現が用いられている部分もある。しかしながら、前記認定事実に照らすと、岩国議員などは資産評価額などの何らかの情報がJH内部にあるのではないか、それを誠実に民営化推進委や国会に提出しているかと質問しているのに、原告においては、「JHとしての正式なものはない」とか、「財務諸表に用いることのできるデータはない」などと述べながら、PT作成の概算値による財務諸表(PT財務諸表の存在には遂に触れていないのであるから、PT財務諸表の存在を隠したという意味において「嘘をついた」という表現が使用されることも、これを民事上違法ということはできないものというべきである。後は、この言論の応酬における両論の当否を国民の判断に委ねるほかないものである。結局のところ、表現方法が人身攻撃に走るなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるということはできないのであって、原告としては、損害賠償を請求できないという結論を甘受すべきものである。 (5)よって、別紙「名誉毀損事実一覧表」二及び四記載部分はその全部が違法性を欠くものであり、原告の損害賠償請求は理由がないものというほかはない。 四 別紙「名誉毀損事実一覧表」三(原告の主張別紙三)について (1)前記認定事実によれば、JHが公表した公認財務諸表においては、PT財務諸表と異なり、取得原価方式ではなく再調達原価方式を採用しており(阪神高速道路公団などは建設時の取得原価方式を併記していた)、建設中の道路の金利を資産として計上しており、一般的に税法上の耐用年数を用いながら土工に関してのみは税法上の四〇年ではなく七〇年にして費用の額を減少させるという方式が採用されていたことが明らかである。また、公認財務諸表の公表と同時にはその基礎データは公表されておらず、公認財務諸表の公表の際には基礎データの公表の予告もなく、公認財務諸表の公表から一〇日も遅れて非常に目立たない形で基礎データが公表されたにすぎないことは前記認定のとおりであり、通常人であれば基礎データが公表されていないと信じることも当然であると考えられる。そうすると、別紙「名誉毀損事実一覧表」三のうちEからHまでの部分は真実であるか、真実と信じるにつき相当な理由がある。 (2)別紙「名誉毀損事実一覧表」三のその余の部分(@からDまで及びI)は、(1)に記載された事実に基づき、公認財務諸表の作成方針とは異なる見解を有する被告丙川が、自己の見解に基づき、JHの公認財務諸表作成方針を批判する意見を述べている部分であって、事実を摘示するものではない。 述べられた意見の前提となる部分が真実である(または、真実と信じる相当の理由がある)ことは(1)に説示したとおりである。 その表現方法も、人身攻撃に走るなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるということはできない。「はじめに資産超過ありき」、「資産水増しにあの手この手」、「きわめて強引な手法を駆使」、「大きなうそをついたために小さなうそを無数に重ねている」などの表現も、攻撃的な激しい表現ではあるが、攻撃的な激しい表現が用いられたからといって表現の社会的相当性が欠けるものでもない。国家・社会の重要問題に関する真剣な言論において、それぞれの主張を分かり易く国民に訴えるためには、多少の攻撃的表現があっても、民事法上賠償責任を問われるようなことがあってはならないと考えられる。攻撃的表現が違法なものとして損害賠償の対象となってしまうのでは、言論が萎縮し、国民の前での分かりやすい言論の応酬、討論ができなくなってしまう。そうすると、国民に適切な判断資料が与えられず、民主政治が正常に機能しなくなってしまうおそれがある。最終的な判断は、主権者たる国民に委ねられるべきものであって、多少の激しい表現は、国務大臣任命の職である特殊法人の長の地位にあった原告としては、甘受すべきものである。 以上によれば、別紙「各誉毀扱事実一覧表」三記載部分はその全部が違法性を欠くものであり、原告の損害賠償請求は理由がないものというほかはない。 五 別紙「名誉毀損事実一覧表」五(原告の主張別紙五)について (1)別紙「名誉毀損事実一覧表」五の部分は、基本的に、本件記事のその余の部分に基づいて、被告丙川の意見を述べている部分であって、事実を摘示するものではない。 「亡国の総裁」という表現も、原告がJHの総裁としては著しく不適任であるという被告丙川の意見を表明したものてある。道路関係四公団の改革という当時のわが国の重要課題であり、激しい見解の対立もみられた論点についての論稿における表現として、意見・論評の域を超えるものということはできず、社会的相当性を欠くともいえず、人身攻撃に走ったものともいえない。この点に関しても、言論の応酬を通じて、最終的な判断は主権者たる国民に委ねられているものである。 (2)別紙「名誉毀損事実一覧表」五のうち、原告について「外には出さない、職員にも紹介しない人物を民営化の総大将として迎えた」と指摘している部分は、事実を摘示するもののようでもある。この部分は、八月号発行前の平成一五年六月二三日の衆議院予算委員会において長妻議員により尚友会館議事摘録に記載された原告の発言として取り上げられた部分の要約であることは明らかである。そして、前記認定に係る七月一四日、一五日、一八日の国会での審議の経過(原告が国会で尚友会館における会合の存在をなかなか肯定する答弁をしなかったが、その後に尚友会館議事摘録を示されて、その記載内容を否定することができなかったこと)その他の前記認定事実に照らすと、前記部分は真実であると推認するのが相当である。 (3)別紙「名誉毀損事実一覧表」五のうち「職員には恐怖人事で対峙している」との部分について検討する。前記認定事実によれば、当時被告丙川が原告の意に沿わないJH職員であり、原告は、被告丙川に対して、まずはフランス研究機関への派遣という異動の意向打診を行い、これを被告丙川に断られるや同被告を職員の通常の異動時期とは別の時期に四国支社副支社長に異動させるように部下に命令したものと推認される。また、前記認定事実によれば、原告は、PT財務諸表の作成に関与した他のJH職員についても、異例の時期に異例の地方の部局への異動をさせるように部下に命令したものと推認される。これら原告の行為については、これを原告が部下に歓迎されない人事の意向打診や発令を積極的に行っていたものと評価することができる。そうすると、原告がその意に沿わない職員について当該職員に歓迎されない人事異動の打診や発令をしていたことを優に認定することができ、したがって、「職員には恐怖人事で対峙している」との部分も、表現が刺激的ではあるものの、虚偽であるとはいえず、真実であるものというほかはない。また、このような事態を「恐怖人事」と表現することも日本語の通常の用法の範囲内であって、ことさらに人身攻撃に走ったものでもなく、表現方法として相当性を欠くものとはいえないことも明らかである。 (4)以上によれば、別紙「名誉毀損事実一覧表」五記載部分はその全部が違法性を欠くものであり、原告の損害賠償請求は理由がないものというほかはない。 六 その余の主張について 原告は、当審口頭弁論終結予定であった第一二回口頭弁論期日(平成一八年四月二四日)の直前に最終準備書面(平成一八年四月二一日付け準備書面(8))を提出し、その中において、それまでの主張整理と異なり、八月号の記事(甲一)のうち、「道路建設は親子二代の家業」とか、「公認財務諸表の作成担当者が帰宅も許されずタコ部屋に近い軟禁状態に置かれた」とか、「丁原委員長から落第点をつけられた」とか、「甲野氏はアクアラインについても二度の嘘をついたことになります」とか、「第二東名・名神に着工したのも甲野氏が道路公団にやってきてからのことです」という部分が虚偽の事実の指摘であるという主張を持ち出した。 これらの部分は、事実の摘示による名誉毀損であるとは従来主張していなかった部分であり、事実の摘示による名誉毀損であると主張するのであれば新たな審理を要するものであるから、時機に後れたものとして、主張として取り上げることはできない。 意見の表明による名誉毀損について前提事実の真実の証明がないと主張するのであれば、そのような主張も従前してこなかったものであって、新たな審理を要するものであるから、同様に、時機に後れたものとして、主張として取り上げることはできない。 また、前記各部分は、八月号の記事(甲一)全体に照らし、意見の前提事実として重要な部分であるとはいえないことも明らかであって、この点からも、原告の主張は理由がない。 第三 平成一五年八月号の広告についての損害賠償責任(不法行為)の存否 前記認定事実によれば、文藝春秋平成一五年八月号の広告(甲二ないし八)の内容は、八月号の記事(甲一)の範囲を逸脱するものではない。このことは、関係証拠(甲一ないし八)に照らしても、明らかである。八月号の広告に用いられた「甲野総裁の嘘と専横を暴く」という表現(記事のタイトルでもある)は、攻撃的かつ刺激的な表現ではあるが、前記説示の八月号の記事の内容、ことに「うそをついた」という意見や「恐怖人事で職員と対峙」という事実摘示が記事の内容に含まれていることからすると、記事の内容の表現として許容される限度を逸脱したものではないことも明らかである。そうすると、第二において説示したとおり記事本文については損害賠償責任が発生しないのであるから、記事本文の内容を記事本文の範囲内の用語を用いて表現した広告について損害賠償責任が発生することもないものというべきである。 第四 平成一五年九月号の記事・広告についての損害賠償責任(不法行為)の存否 一 九月号の記事について 証拠(甲一、九)及び弁論の全趣旨によれば、九月号の記事(甲九)は、基本的に八月号の被告丙川執筆の記事の内容を踏まえて、これと基調を同じくして原告に批判的な意見を述べるものである。そうすると、九月号の記事は、公共の利害に関し、公益を図る目的に出たものというべきである。 原告は、九月号の記事の内容が違法であることの理由に該当するべき具体的根拠事実を指摘しない。 しかしながら、九月号の記事を通読するに、記事のうち原告の行為について事実を摘示する部分については、原告の社会的評価を低下させる部分があるとしても、前掲各証拠によれば、その主要な部分は真実であるか、真実であると信じる相当な理由があると優に認定することができる。また、意見または論評にわたる部分についても、前提事実の主要な部分が真実であり(または真実と信じる相当な理由があり)、人身攻撃に走るものでもなく、意見・論評の域を逸脱していないものと認められる。そうすると、いずれにせよ、記事に関する原告の損害賠償請求は理由がないものというほかはない。 なお、九月号の記事(一五二頁)中には「『秘密会議』で部下を罠に」という見出しがあるが、当該見出しが丁田副局長が取り仕切った秘密会議において同副局長が部下を罠にかけようとしたことを示しており、原告の行為を表現したものではないことは、記事全体を通読すれば明らかであって、原告に対する不法行為には該当しない。 二 九月号の広告について 証拠(甲一ないし一六)及び弁論の全趣旨によれば、九月号の広告(甲一〇ないし一六)は、大きな活字で九月号の記事のタイトル「丙川氏を訴えた『亡国の総裁』へ」を記載し、その脇にそれよりも小さな活字で「道路公団甲野総裁隠ぺい工作の全貌」と記載したものである。 「丙川氏を訴えた『亡国の総裁』へ」という部分は、九月号記事の題名(タイトル)の表示であって、記事内容から逸脱した表現であるともいえず、用語が社会的相当性を逸脱しているというほどのものでもないというべきである。 「道路公団甲野総裁隠ぺい工作の全貌」という記載は、原告(道路公団甲野総裁)が何らかの隠ぺい工作に関与したことを表現するものであり、原告の社会的評価を低下させるものといえなくもない。しかしながら、九月号の記事本文においては原告の部下(丁田副局長)が行った隠ペい工作が記載されているのであって、これが原告の意に沿うものであった(原告の意に沿うものであったという事実は、第一における認定事実から、容易に推認することができる。)という趣旨の表現があるにすぎない。そして、九月号の記事は、執筆者は異なるものの、原告自身がPT財務諸表を隠ぺいしたという八月号の記事内容(この事実は真実であることの証明がある。)を参照しながらその続編として記述されたものであることは明らかであり、したがって、原告の意に沿う隠ぺい工作を部下が行ったことを「甲野総裁隠ぺい工作」と表現することも、九月号記事の広告の表現方法として相当な範囲を逸脱したものではないと解される。 以上によれば、九月号の広告は、総合的にみて、九月号記事の広告の表現としては、格別の違法性を有するものではないというべきである。 第五 結論 時の政治的・社会的な重要問題の渦中にあり、かつ、国務大臣任命に係る特殊法人の長について、その適格性をテーマとし、前提事実について真実性(または真実と信ずる相当な理由)が認められる本件記事のような真剣な言論に対しては、表現の自由が保障されている日本国憲法の下においては、言論をもって反論すべきものである。そして、最終的には任命権者(議院内閣制の下で行政権の行使につき国会に対して連帯して責任を負う内閣の一員である国務大臣たる国土交通大臣)がその合理的裁量により日本道路公団法(昭和三一年法律第六号)一三条二項に基づく解任処分権を発動するかどうか(または同法一一条一項の任期満了時に同条二項の再任をしないかどうか)に委ねる(任命権者の解任の判断に裁量権の逸脱・濫用があると考える場合には解任処分の取消訴訟における裁判所の判断に委ねる)べきものである。国土交通大臣の判断は、その他の内閣の一連の施策とあいまって、国会、ひいては主権者たる国民の判断を受けるものである。その国民の判断を形成する基礎となるのは、自由な言論の応酬である。人身攻撃であると主張して本件のような損害賠償請求訴訟を提起するのは、筋違いの話である。 以上によれば、原告の請求は全部理由がないから、これを全部棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所第13民事部 裁判長裁判官 野山宏 裁判官 村田渉 裁判官 遠山敦士 別紙「名誉棄損事実一覧表(甲1)」
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