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【事件名】学習塾の「学力テスト」無断使用事件 【年月日】平成19年2月28日 東京地裁 平成16年(ワ)第27086号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論終結日 平成18年12月6日) 判決 原告 株式会社育伸社 同訴訟代理人弁護士 米川耕一 同 永島賢也 同 櫻井滋規 同 大泉健志 同 小石耕市 同 小出剛司 同訴訟復代理人弁護士 岩崎文裕 被告 株式会社学光社 同訴訟代理人弁護士 光石忠敬 同 光石俊郎 同 齋藤則之 同 根岸清一 同 福田貴也 同 河野浩 主文 1 被告は、原告に対し、金841万0486円及び別紙内金額表の金額欄記載の各内金額に対する、対応する起算日欄記載の年月日から、それぞれ支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、別紙著作物目録(1)記載の著作物及び別紙著作物目録(2)−1記載の著作物から別紙著作物目録(2)−2記載の著作物を除外した著作物を複製してはならない。 3 被告は、別紙著作物目録(1)記載の著作物及び別紙著作物目録(2)−1記載の著作物から別紙著作物目録(2)−2記載の著作物を除外した著作物の複製物を廃棄せよ。 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は、これを7分し、その5を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 6 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告に対し、金8795万7540円及び別紙請求額内訳表の内金額欄記載の各内金額に対する、対応する起算日欄記載の年月日から、それぞれ支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、別紙著作物目録(1)及び同目録(2)−1記載の著作物を複製してはならない。 3 被告は、別紙著作物目録(1)及び同目録(2)−1記載の著作物の複製物を廃棄せよ。 第2 事案の概要 本件は、原告が、原告作成に係る、小中学生を対象とした学力テスト問題、同解答用紙等について、被告が無断で複製し、原告の著作権(複製権)を侵害したと主張して、@著作権法112条に基づいて上記著作物の複製の差止め及び複製物の廃棄、A民法709条、著作権法21条に基づいて上記著作物の許諾料相当額の損害として7329万7950円及び弁護士費用として1465万9590円の合計8795万7540円並びにそれらの遅延損害金として別紙請求額内訳表の金額欄記載の各内金額に対する、対応する起算日欄記載の年月日(同目録記載1ないし11については、後記3(3)(原告の主張)イ(オ)のとおり、各年度のテスト実施後である翌年度が開始する日であり、同目録記載12については、訴状送達の日である。)からそれぞれ支払済みに至るまで年5分の割合による金員の支払を損害の一部として請求したのに対し、被告が、複製の対象を一部争うとともに、複製には原告の許諾を得ていたと主張して争っている事案である。 1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。) (1) 当事者 原告は、教育図書の出版等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。 被告は、幼児・小学生・中学生・高校生対象の進学教室・学習塾の経営等を業とする株式会社である。 (2) 原告の著作物 原告は、別紙著作物目録(1)記載の著作物及び別紙著作物目録(2)−1記載の著作物を含む、小学生及び中学生を対象とする月例テストの問題用紙、解答用紙、解答解説集、実力強化問題集、成績処理結果集計表等(以下、これらの文書を総称して「月例テスト」と示すこともある。)を制作している。 なお、月例テストは、毎年、3月ないし4月実施分から翌年2月実施分までが当該年度分として制作されている(甲29〜34、39、40)。 (3) 被告の行為 被告は、JR 青梅線沿線に「ING 進学教室」という名称の小・中学生対象の進学教室等を経営しているところ、同進学教室(以下「被告教室」という。)において、原告制作の平成5年度の月例テストのうち、別紙著作物目録(1)記載の各著作物(小4から小6までの月例テストの一部。以下「対象文書1」と総称する。)を複製し、これを、別紙使用目録記載1のとおり、平成6年から平成13年まで、各年3月(平成13年は1月及び3月)に、受講生に実施するテストとして使用した(乙11、10頁、弁論の全趣旨)。 また、被告は、被告教室において、原告制作の平成12年度の月例テストのうち一部(小4から中3までの月例テストの一部であるが、別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物か否か及びその範囲については、後記のとおり、当事者間に争いがある。)を複製し(以下、被告が複製した平成12年度の月例テストを「対象文書2」と総称する。)、これを、別紙使用目録記載2のとおり、平成13年4から平成16年7月までの間、受講生に実施するテストとして使用した(乙11、10頁、乙26、弁論の全趣旨)。 2 争点 (1) 対象文書2(被告が複製した平成12年度の月例テスト)の範囲(争点1) (2) 対象文書1及び2の複製についての原告の許諾の有無(争点2) (3) 損害の有無及びその金額(争点3) 3 争点についての当事者の主張 (1) 争点1(対象文書2(被告が複製した平成12年度の月例テスト)の範囲)について (原告の主張) 被告は、被告教室において、原告制作の平成12年度の月例テストのうち、別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物を複製し、別紙使用目録記載2のとおり、平成13年4月から平成16年7月までの間、受講生に実施するテストとして使用した。 したがって、対象文書2は、別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物である。 (被告の反論) 別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物のうち、各月例「学力テスト」成績処理結果集計表は、そもそも提供を受けていない。 また、別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物のうち、以下のものは、複製していない。 @ 実施後の実力を強化するために作成された本体テスト問題用紙の類題問題集( 実力強化問題集、APAL・BPAL・SPAL・BPALJr.などの「パル」)のうち、「SPAL」及び「BPALJr.」 A 「問題用紙」「解答用紙」中、小5A及び小6Aの各理科・社会並びに中1及び中2の各理科・社会・社会【直】・社会【並】したがって、対象文書2は、別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物から、同目録(2)−2記載の各著作物を除外したものである。 (2) 争点2(対象文書1及び2の複製についての原告の許諾の有無)について (被告の主張) ア 対象文書1及び2の複製についての許諾 (ア) 対象文書1の複製許諾 平成5年6月ころ、原告は、原告従業員の甲を通じて、青梅市河辺町所在の被告旧本社応接室(ライオンズプラザ河辺駅前12階)(以下「被告旧本社応接室」という。)において、被告代表者に対し、対象文書1を複製し、使用することを許諾した。 この許諾に基づき、原告は、対象文書1及び対象文書1以外の全学年分の平成5年度の月例テストについて、4月分から7月分までを直接被告に持参し、8月分から2月分までは郵送して、交付した。 (イ) 対象文書2の複製許諾 平成13年2月15日、甲は、青梅市勝沼の被告肩書住所地所在の被告本社ビル2階応接室(以下「被告本社応接室」という。)において、被告代表者に対し、対象文書2を複製し、使用することを許諾した。 被告代表者は、後記(ウ)gのとおり、小中学生の学習内容の削減について悩んでおり、平成13年1月19日、甲に対し、学習内容の削減されていない月例テストがあれば次年度より購入したいこと、削減されていないものが存しないのであれば、過年度のものを購入したいことを申し入れた。 原告は、平成13年1月24日、平成12年度の小5A、小6A、中1、中2、中3の1か月分のテスト問題、解答用紙を被告に引き渡した。 その上で、同年2月7日、甲が被告代表者に対し、1月19日の被告代表者による申入れに応ずることはできない旨回答し、その際、@内容が削減されていない平成12年度の月例テスト(対象文書2)を複製して使用したらどうか、A無償で提供するが、教材の取引高を少しでも増やしてほしい、B対象文書2は過年度のものなので原告にとって商品価値はなく、使用について問題はない旨を申し入れたのである。そして、同月15日、被告を訪れた甲に対し、被告代表者は、同申入れを承諾したものである。 この許諾に基づき、甲は、原告営業担当乙とともに、同年3月8日、対象文書2及び対象文書2以外の全学年分の平成12年度の月例テストをダンボール2箱に入れて、被告本社応接室に持参し、被告代表者に引き渡した。また、後日、上記の月例テストのうち、英語のリスニング問題用の(以下、CD 英語のリスニング問題用のCD を「リスニングCD」といい、本件で引き渡されたものを「本件リスニングCD」という。)を被告に持参し、引き渡した。 (ウ) 上記許諾を裏付ける事情 a 甲と被告代表者との関係 (a) 被告代表者は、前の職場である株式会社日本教育研究所に勤務していた際の昭和59年初頭に、原告の営業担当者である甲と知り合い、共通の友人がいたこともあり、その後個人的にも親しく交際していた。また、甲の実姉の嫁ぎ先の自動車修理工場も被告代表者の以前の住居の近くにあり、被告代表者は、甲の義兄とも旧知である。甲は、被告代表者に自宅の電話番号を教え、休日や夜間でも急な注文に対応するとの熱心な対応をした。そのため、被告代表者は、甲の自宅に電話するなど、両者の間には特別な信頼関係が築かれていった。 さらに、甲は、2度の離婚の話を被告代表者に相談するなど、被告代表者を家族と同等の親しい相談相手としていたから、両者は、単なる取引関係の当事者以上の個人的な信頼関係を築いていた。 (b) 甲は、その後、九州に転勤していたが、平成12年9月8日に被告代表者を訪問し、西東京営業所に再び戻ってくる旨の挨拶をした。 その際、甲は、自らの立場を九州全体の総支配人であると説明し、また、近く取締役にもなる旨明言している。 (c) 上記許諾は、被告代表者と甲との個人的信頼関係が背景にある。 b 原告と被告との取引の推移 (a) 被告は、昭和61年2月に開業したが、原告は、甲を担当者として、原告の販売する教材の購入を積極的に働きかけていた。被告は、当時、必要な教材の9割以上を原告以外の教材販売会社から購入しており、原告は、それを知悉した上で、被告とのより多くの取引を望んでいた。 平成2年ころ、被告の従業員が違法な手段を用いて被告教室の受講生を引き抜いて独立し、学習塾を開業したことがあったが、平成3年ころ、被告は、原告の当時の営業担当者が同学習塾を支援していたことを知り、原告との取引を縮小させ、平成4年度の原告との取引は、従前の半分以下の規模になっていた。 (b) そこで、原告は、被告との取引の増大を期待して、平成5年6月ころに、上記(ア)のとおり、被告代表者に対し、対象文書1を複製して使用することを許諾した。 このため、被告は、平成5年7月、前年の約3倍に当たる夏期講習会テキストを原告から購入した。 (c) 被告は、平成11年1月31日に有限会社から株式会社に組織変更したことに伴い、その名称を変更した。被告は、名称変更の旨を原告に伝えたが、原告は、被告宛の請求書において、平成13年9月まで、同変更の記載をしなかった。このこともあり、平成13年2月15日に、上記(イ)のとおり、対象文書2の複製許諾がされたが、被告における原告との取引は増大せず、同取引高が従前の約6倍の規模に増大するのは、平成15年になってからである。 (d) このように、対象文書1及び2の許諾を受けて、被告の原告との取引は増大しているが、これは上記許諾に対する御礼の趣旨である。 c 見本品ではないこと (a) 教材販売業者が、学習塾や進学教室に対し、テスト問題を見本品として提供するのは、通常、翌年度の月例テスト問題又は過年度の数か月分である。1か月分のテストの一部が提供されることもある(乙6)。原告も、被告に交付した月例テスト見本品は、平成13年1月24日には1か月分であったし、同年5月は2か月分のみであった(乙7の1、7の2)。 (b) 見本品として、過年度のリスニングCD、過年度の年間カリキュラム、平均点データ、会場別成績対照表を提供することはあり得ない。英語のテスト内容を把握するためには、リスニングCD を聴かなくても、リスニング問題を見ればよいし、会場別成績対照表は実際に月例テストとして使用する場合に参考となるもので、単なる見本として提供する場合には必要がない。さらに、平均点データについては、原告は、受講生の進路指導を可能にし、各教室の受講生の学力傾向やランク分析に不可欠の情報を提供するもので、何ものにも代え難い知的財産である旨主張しているところ、そうであれば、そのようなものを見本としてでさえ交付することはあり得ない。 また、原告の制作する「実力強化問題集(パル)」は、復習用の教材であって、他社との差別化を図るものであり、テスト問題等と一緒に見本品として提供することはあり得ない。 (c) 見本として交付するテストには、「見本」の赤色印を押印して提供している教材販売会社もある(乙9)。そして、原告も、上記のとおり、対象文書2を被告に交付した年と同じ年である平成13年5月に被告に見本品を交付しているが、その納品書には、「見本」と明記している(乙7の1、7の2)。原告は、見本品に見本である旨を印刷することは、無断複製の予防効果が極めて乏しい旨主張するが、正規販売品との混同を防止する点において意味があるのであり、そうであるからこそ、テストそのものあるいは納品書に「見本」と明記するのである。 (d) また、そもそも、原告は、納品書を発行せずに見本品を提供することはあり得ない旨主張し、甲も同様に証言している。 (e) 見本品であれば、その後返還を求めるのが通常である。 (f) 以上のとおり、原告は、被告に対し、1年分の全学年の月例テストを提供しており、その中には、過年度年間カリキュラム、過年度のリスニングCD である本件リスニングCD、平均点データが含まれている。そして、原告は、見本品を納入したことの納品書を発行しておらず、月例テストに見本である旨の表示もせず、提供後に一切返還を求めていない。甲も、1年分を見本品として提供した例がないことを事実上自認している。 したがって、対象文書1及び2を含めて被告に交付された月例テストは、見本品として提供されたものではない。 d 無償の提供は合理性があること 対象文書1及び2は、過年度の月例テストであり、原告にとっては商品価値のないものであった。 他方、被告は、提供を受けた過年度の月例テストを、実力テストとして年1回使用し(対象文書1)、また、後記のとおり学習内容を削減していない月例テストとして使用し(対象文書2)ており、毎年同じテストを使うというクレームが起きない方法で使用しているから、被告にとっては価値のあるものである。 このように、月例テストを無償で複製許諾することは、塾用教材販売会社にとって、商品価値のない既存の在庫資料を提供することで、追加コストの負担なく一定の営業サービスを提供できるものであり、経済的な合理性がある。 e 無償で提供する例があること 上記dのとおり、月例テストを無償で複製許諾することに合理性があり、教材販売会社は、通年テキスト等自己の主要な教材を販売するために、月例テスト等付随的な教材を無償で複製許諾する場合が少なくない。 現に、被告は、丙社から教材を購入しているところ、同社からは、昭和61年2月の開業以来、月例テスト等の無償の複製許諾を受け、複製し、使用している。なお、被告は、丙社から上記の許諾を受けたことの立証のために、同社の従業員であった丁の作成した陳述書(乙22の1、以下「丁陳述書」という。)を提出したが、同社の戊営業所長作成の陳述書を提出できないのは、同社と原告とは競争会社であり、同所長作成の陳述書を提出した場合、これを原告に悪用されるおそれがあるからである。 f 甲の権限 原告は、甲は一従業員にすぎないから、見本品の提供はできても被告に複製の許諾をする権限を有するものではない旨主張する。 しかし、進学教室の業界では、営業所長は複製許諾の権限を有している。また、現在被告が無償で月例テストの複製許諾を受けている丙社については、同社の戊営業所長から許諾を受けているものである。さらに、甲は、上記a(b)のとおり、九州全体の総支配人であるとか、近く取締役にもなる旨を述べている。 したがって、甲は、営業所長として、月例テストを無償で複製許諾する権限を有していたものである。 g 学習内容の削減への対応 (a) 対象文書2についての複製許諾の背景には、学習指導要領の改訂があった。すなわち、平成10年12月、平成14年度から新学習指導要領が施行される旨の発表が文部省からあり、平成11年6月3日には、新学習指導要領の実施についての移行措置が発表され、業界紙や新聞各紙では、学力低下について大々的な議論となった。 (b) 平成13年度(平成13年4月1日から平成14年3月31日まで)の教科書は、平成14年度施行予定の削減内容と比べて、段階的な移行措置として60ないし80パーセント程度、科目によっては90パーセント近く、削減された内容になっている。 (c) 被告代表者は、上記学習指導要領の改訂に伴う小中学生の学習内容削減について悩んでおり、学習内容が削減されていない月例テストを希望して、前記( イ)のとおり、対象文書2の複製許諾を受けるに至ったものである。 イ 表見支配人による許諾 (ア) 表見支配人の法理 仮に、甲に月例テストを無償で複製許諾する権限がなかったとしても、甲は、平成5年及び平成13年当時、原告の西東京営業所所長であったことから、表見支配人の法理(商法24条)により、営業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなされ、当然、複製許諾の権限を有する。 甲が、平成5年当時、西東京営業所の所長ではなく、福岡営業所の所長であったとしても、被告との取引については、被告の開業以来、甲が担当していたこと、原告によれば、昭和62年当時は西東京営業所の所長であって、後任者の紹介ないし引継ぎは一切なかったことから、表見支配人の法理の適用ないし類推適用により、同様に、西東京営業所に関する複製許諾権限を有する。 したがって、甲は、被告に対する対象文書1及び2の複製許諾をする権限を有するものとみなされる。 (イ) 原告の主張に対する反論 (a) 原告は、西東京営業所は、実質的に営業所としての実体を備えていないので、商法24条適用の前提がない旨主張する。 しかし、被告代表者は、甲から、昭和62年の開設間もない西東京営業所に招かれているし、その後同営業所を通じて教材等を購入しており、同営業所は営業所としての実体を備えていた。 (b) また、原告は、西東京営業所は、著作物の複製許諾自体をそもそも行っていないので、同許諾行為は同営業所の営業に関する行為とはいえない旨主張するが、ある行為が営業に関する行為に該当するか否かは、行為の性質から客観的・抽象的に観察して判断されるべきことである。同営業所は、月例テストに関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものであるから、月例テストの売買はもちろんのこと、月例テストの複製許諾についても、当然権限を有するものとみなされるのである。 (c) さらに、原告は、甲が包括的代理権を有していないことについて、被告に悪意があったと主張するが、被告代表者は、甲より西東京営業所所長の名刺を受け取り、後任者への引継ぎや紹介もなく、公私にわたり親密な付合いが続いているから、善意であることは明らかである。 (d) 原告は、被告が上記の点について善意であったとしても、知らないことについて重過失があるとし、被告の原告に対する確認等の不存在を指摘するが、重過失は、個別の取引の代理権を有しないことを知らないことについての重過失ではなく、支配人でないことを知らないことについての重過失であり、被告代表者においてそのような重過失はない。 (原告の反論) ア 対象文書1及び2の複製についての許諾の不存在 (ア) 被告の主張に対する認否 対象文書1及び2について、無償で複製することの許諾があったとの被告の主張は否認する。 原告被告間において、対象文書1及び2を複製することを許諾する旨の契約書、覚書等の書面は作成されていない。 甲は、平成5年6月当時、後記(イ)a(b)のとおり、原告の福岡営業所所長であり、福岡の営業所長が、自己の担当地域でもない遠く離れた場所に足を運んで営業活動を行う理由がない。したがって、対象文書1についての無償の許諾はない。 対象文書2についての経過は、次のとおりである(甲50)。 すなわち、甲は、平成12年4月ころから、被告代表者に対し、原告のテスト採用を求め、営業活動を行っていたところ、被告代表者から、1年分のテストの流れを見たいと言われたため、同年12月8日、同年の4月から12月分までの月例テスト及び度数分布表を持参し、同月12日には、被告を訪問してテストの採用を求めている。 また、甲は、被告代表者からの1年分のテストを見たい旨の上記意向に従って、平成13年1月ころ、被告に同月分のテストを送り、同月24日に、乙とともに被告代表者を訪ねて平成13年度分のテスト採用を求めたが、依然として前向きな回答はなく、同年2月15日に更に訪問し、そのころ2月分のテスト、データ及び本件リスニングCD を持参して、それらを被告代表者に交付した。 同年1月19日の被告代表者及び甲の面談の予定は、キャンセルされ、同月24日に変更されており、甲又は乙は被告代表者と面会していないから、被告代表者が、学習指導内容の削減のない月例テストを購入したい等の意向を示した事実もない。 また、被告は、甲が同年2月7日に過年度分の月例テストの無償複製許諾の申入れをした旨主張するが、甲は、同日、甲信地方に出張しており、同申入れの事実もない。 (イ) 許諾の裏付けとして被告が主張する事情の認否・反論 a 甲と被告代表者との関係 (a) 甲は、被告代表者との間に個人的な親交はない。 甲は、昭和59年4月9日に原告に入社しており、同年初頭は原告の従業員ではなかったし、同年中に、被告代表者の前の職場を訪問したこともない。 甲は、被告代表者に対し、営業活動の一環として、寿司職人を紹介したことはあるが、同人は、もともと甲の知人であり、共通の友人ではない。また、そのころ甲から交付されたとする名刺(乙1の1)には、原告の千葉営業所が記載されているが、同年には、千葉営業所はないので、昭和59年に交付された名刺ではない。 (b) 甲が、平成12年9月8日に被告を訪問したことは認める。この訪問は、西東京営業所に異動したことの挨拶の目的であった。甲が、九州の総支配人である、あるいは、近く取締役になる旨明言したことは否認する。 甲は、昭和61年に東京営業所所長(課長代理)となり、昭和62年に西東京営業所設置と同時に同所所長を兼務し、昭和63年には、西東京営業所所長を離れ、平成元年に横浜所長、平成2年に福岡営業所所長、平成6年に東日本営業部第一ブロック課長、平成7年に横浜・静岡所長(兼務)、平成11年に西東京・甲信所長(兼務)、平成14年に福岡・広島所長(兼務)となり、現在も課長職である。課長から、次長及び部長を飛び越えて役員(取締役)になる可能性はない。課長職は、著作権の処理等の重要案件を審議する経営会議に出席しない。 b 原告と被告との取引の推移 被告は、被告の元従業員が違法な手段で被告教室の受講生を引き抜いて開業した進学教室を原告の営業担当者が支援していたことがわかったため、原告との取引が減少していた中で、原告が被告との取引増大を期待して、平成5年6月に対象文書1の複製許諾を行った旨主張するが、取引の減少は、原告の意思によるものである。被告は、値引要求が強く、返品率も高かったため、原告において、取引を減少させていた。その後も、原告と被告との取引は増大していない。 c 見本品であること 原告は、年間を通じて毎月実施される月例テストについて、1年分の流れを見たい旨の取引先の要求に応じて、取引先に対し、これらのテストを見本品として提供している。原告は、月例テストの内容を把握するために年間カリキュラムも提供しているし、リスニングCD も、リスニング問題内容の把握のために提供している。 見本品であることを明記するかどうかについては、テスト問題の場合、仮に、明記しても、例えば1部を正規に購入し、それを何度も複製することが可能であり、予防効果が極めて乏しい。また、テキストの場合、正規販売品との混同を防止し、返品時の混入を予防するために見本品と明記することがあるが、テスト問題の場合、注文に従って毎回印刷され、通常、実施予定の生徒数を超える注文はないため返品はなく、上記予防措置を講ずる必要性に乏しい。そもそも、見本品との印字は、見本品であることを示すものであって、仮に、各頁に見本品との印字がされている場合、無断複製がしにくくなるという効果があったとしても副次的なものにすぎない。さらに、複製防止のために、これ見よがしに「見本」という表示を行うことは、営業政策上マイナスとなる。 d 無償の提供に合理性がないこと 被告は、月例テストを教材の購入の誘引手段として利用するという趣旨で、月例テストの無償の提供に合理性がある旨主張するが、否認する。 年間用教材は、教科や学年毎に部分的に採用されることが多く、他方、月例テストの場合は、全学年全面採用に至るケースが多いため、結局、テストの方が利益率、取引量ともにはるかに有利であり、被告の主張はその前提に誤りがある。 原告の月例テストの利用料金は、平成6年から平成16年の6月までの期間、少なく見積もっても、金7000万円を超えている。他方、その間の原告と被告との取引額は、被告が提出する資料によっても、739万円余りにすぎない。このように、正規の利用料のわずか7パーセント程度の金額の取引量で対価性が認められる余地はない。 e 無償で提供する例はないこと テキストの販売のため、販売促進活動の一環としてテストの複製を認めるという業界の慣行があること、月例テストを無償で複製許諾する例があることは否認する。 また、被告が、丙社から、同社の月例テストの複製を無償で許諾されているとの主張も争う。被告は、上記許諾の証拠として、丁陳述書(乙22の1)を提出しているが、被告代表者は、本人尋問において、被告は丙社の営業所長である戊氏から上記の許諾を受けた旨供述しており、真実、上記許諾があったのであれば、元従業員の陳述書ではなく、同所長作成の陳述書を提出できるはずである。 少なくとも、原告は、教材を購入してもらうために、月例テストの複製を無償で許諾することはない。 f 甲に許諾権限はないこと 原告は、テスト開始時にテスト問題の数量が受験者人数より少ない場合などの緊急時の対応を除いて、月例テストの複製を認めておらず、甲に複製の許諾権限はない。 原告における営業所は、原告の組織階層(代表取締役、営業本部長(取締役本部長)、営業部、営業課、営業所)の最下部の組織である。 その営業所長にすぎない甲に、法律上の問題が生じ得る著作権に関する権限が認められることはない。法務的な観点が必要になる著作権に関する重要案件は、取締役会クラスの意思決定が必要である。 g 学習内容の削減への対応について 被告代表者が学習内容が削減されていない月例テストを希望したことに応じて、甲が対象文書2の複製許諾をしたような事実はない。 イ 表見支配人による法理が適用されないこと 表見支配人の法理の適用ないし類推適用により、甲が被告に対する対象文書1及び2の複製許諾権限を有するものとみなされる旨の主張は否認する。 西東京営業所は、実質的に営業所としての実体を備えておらず、原告から離れ、一定の範囲内で独自に決定・実行できるという組織の実体がなく、独立の帳簿や支店としての登記もない。所長名での契約締結権限もない。 また、西東京営業所は、著作物の複製許諾自体をそもそも行っていないので、同許諾行為は同営業所の営業に関する行為とはいえない。 さらに、被告は、甲が包括的代理権を有していないことについて悪意であるか、知らないことについて重過失がある。 (3) 争点3(損害の有無及びその金額)について (原告の主張) ア 被告が小4ないし中3向けの月例テストを年10回実施した場合の損害額 (ア) 月例テストについての許諾料 月例テストについての許諾料は、以下のとおり、平成8年までが平均1223円となり、平成9年以降が平均1323円となる。 a 平成8年まで
被告は、平成6年4月から、平成16年6月まで、継続して月例テストの複製をしていたものと考えられる。そして、原告の月例テストは、小学4年から中学3年までのものについて、年10回ないし12回実施されるものであり、被告は、少なくとも、1人の受講生について年10回の月例テストの複製を行っていたと考えられる。 また、被告教室の受講生は、500名ないし600名であると考えられ、その中間の550名を基準とする。 そうすると、被告は、年5500回の月例テストの複製行為を行ったものと考えられる。 (ウ) 許諾料相当額の損害 平成6年から平成8年までは、許諾料平均の1223円に年間5500回の複製回数を乗じ、3年分として計算すると、2017万9500円となる(1,223 円× 5,500 回× 3 年= 20,179,500 円)。 平成9年から平成15年までは、許諾料平均の1323円に年回5500回の複製回数を乗じ、7年分として計算すると、5093万5500円となる(1,323 円× 5,500 回× 7 年= 50,935,500 円)。 平成16年は、4月から6月までであり、許諾料平均の1323円に3か月分の複製回数1650回(550 回× 3 か月)を乗じた、218万2950円となる(1,323 円× 1,650 回= 2,182,950 円)。 これらの合計は、7329万7950円となり、同額が、著作権法114条3項により、許諾料相当額の損害となる。 (エ) 弁護士費用 弁護士費用相当額としては、上記7329万7950円の2割である1465万9590円が、被告の行為と相当因果関係のある損害(著作権法114条4項)である。 イ 対象文書1及び2について被告が主張する複製回数を前提にした損害額 (ア) 月例テストについての許諾料 対象文書1は、小学(2教科)用の月例テストであり、対象文書2は、小学(4教科)及び中学(5教科)用の月例テストである。 そして、被告は、自ら採点を行っているので、処理代から、1人1科目当たり40円を控除した価額を処理代の損害額とする。 そうすると、以下のとおりとなる。 a 対象文書1
月例テスト複製回数は以下のとおりである。 a 対象文書1
(a) 平成13年4月から平成14年2月まで
以下のとおり、著作権法114条3項による許諾料相当額の損害は、合計2208万7140円である。
弁護士費用相当額としては、上記2208万7140円の2割である447万7428円が、被告の行為と相当因果関係のある損害(著作権法114条4項)である。 (オ) 遅延損害金 許諾料相当額の遅延損害金の起算点は、本来複製権侵害の日からであるが、本件では明確ではないので、被告による複製権侵害を以下のとおり区分し、その最終日の翌日を起算日と主張する。 対象文書1の平成8年までの複製については、その最終日である平成9年3月31日の翌日である同年4月1日とする。 対象文書1の平成9年以降の複製については、その最終日である平成13年1月31日の翌日である同年2月1日とする。 対象文書2の平成13年度から平成15年度までの複製については、それぞれの年度の最終日である各3月31日の翌日である各4月1日とする。 対象文書2の平成16年度の複製については、当初の主張に係る同年6月までの複製について、その最終日である同年6月30日の翌日である同年7月1日とし、同年7月の複製については、その最終日である同月31日の翌日である同年8月1日とする。 ウ 許諾料相当額に処理代を含めることについて 被告は、損害額の計算について、処理代を許諾料相当額に含めるべきではない旨主張するが、以下のとおり、処理代を含めて考えるべきである。 すなわち、テストを実施する場合には、テスト結果を受講生に報告することになるが、その場合、偏差値情報が不可欠であり、偏差値情報を算出するためには、当該テストについての平均点と標準偏差の数値が不可欠である。そして、テストの平均点と標準偏差は、多数の受験生を相手に実施したテストの処理という費用のかかる知的作業の成果であり、テストの複製により、テスト処理作業の利益を享受することになる。本件では、対象文書2のうち、原告が処理をした、平成12年度9月分の中3(5教科)用の各科目の平均点は、国語49.0点、数学57.8点、英語54.1点、理科57.5点、社会51.1点であるところ(甲67、乙4の「実施日00年9月27日」と記載のあるもの)、被告が同テストを受験した受講生に配布した個人成績表(甲1)には、平均点として、国語49.1点、数学57.8点、英語54.1点、社会51.1点、理科57.5点との記載があり、国語で0.1点の差がある以外は一致しており、被告が原告処理に係る平均点データを用いていることは明らかである。そうすると、被告は、テストを複製することにより、原告によるテスト処理作業の利益を享受しており、処理代についても、複製権侵害に基づく損害に含まれると解されるのである。 (被告の反論) 原告の損害についての主張のうち、イ(イ)a及びbの対象文書1及び2の複製回数は認め、その余は否認する。 原告は、テストの複製により、テスト処理作業の利益を享受することになるから、テスト処理代についても、損害に含めるべきである旨主張するが、被告は、度数分布表を提供されたことはなく、それを使用したこともない。平均点の近似から、平均点データを使用している旨の主張も否認する。被告による処理の後、過去のデータからほぼ正確な偏差値を算出するため、平均点が調整され、結果として、原告の平均点とほぼ一致することはあり得ることである。 なお、対象文書1についての合計623回の複製については、用紙代を480円として損害額を計算すると、合計29万9040円となる。 第3 争点に対する当裁判所の判断 1 争点1(対象文書2(被告が複製した平成12年度の月例テスト)の範囲)について 原告は、被告が、被告教室において、原告制作の平成12年度の月例テストのうち、別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物を複製して、受講生に実施するテストとして使用した旨を主張するが、同著作物中、別紙著作物目録(2)−2記載の各著作物を複製したことについては、これを裏付けるに足りる証拠はなく、この事実を認めることはできない。 別紙著作物目録(2)−2記載の各著作物のうち、各月例「学力テスト」成績処理結果集計表について、原告は、「個人成績表」作成上、不可欠となる「平均点」「標準偏差」などの指標が記載されている資料であると説明し、当該資料に該当する度数分布表を被告に交付している旨主張しており、それに沿う証拠もある(甲50、平成12年12月8日の欄、甲53、4頁、証人甲4頁)。さらに、被告代表者において、成績処理データを受け取っていることを認めている(乙11、7頁)ところ、原告は、被告が受講生に配布した「月例テスト個人成績表」(甲1)に記載された平均点数値は、原告作成資料に記載された平均点数値とほぼ同一であり、原告が提供したデータを用いていることを指摘する。 しかしながら、原告が指摘する度数分布表は、具体的にどのような体裁のもので、どのような情報が掲載され、それらがどのようにテスト結果の集計や個人の成績に用いられるものであるかを具体的に示す証拠はない。上記のとおり、被告が受講生に配布した「月例テスト個人成績表」(甲1)に示されている平均点数値が、原告作成資料に記載された平均点数値とほぼ同一である点についても、被告代表者が説明するとおり(乙29)、近似することがあり得ないものとはいえないこと、仮に、被告が原告作成資料を複製して用いるのであれば、全く同一数値となるのが自然であると考えられることから、上記の点をもって、度数分布表の複製を推認することも困難である。そして、被告は、交付を受けたものについては、当初から積極的に開示し(弁論の全趣旨)、成績処理データとして受領したものは平均点データ(「会場別成績対照表」)である旨を主張し、被告代表者も同様に説明する(乙11、8頁、乙21、1頁、乙29、被告代表者14頁)とともに、当該「会場別成績対照表」(平成12年4月実施分から平成13年1月実施分までのもの)(乙4)を提出している。さらに、被告においては、独自に採点を行っており、原告から提供を受けた平均点データも使用していない旨説明している(乙23、1〜2頁、乙29、被告代表者29頁)。そうすると、平均点データを記載した「会場別成績対照表」(甲67、乙4)が被告に交付されたことは認められるものの、度数分布表や、その他、標準偏差などの指標が記載された成績処理結果集計表が被告に交付されたことや、被告において、それらを複製し、使用したことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。 以上からすれば、対象文書2は、別紙著作物目録(2)−1記載の各著作物から、同目録(2)−2記載の各著作物を除外したものであると認められる。 2 争点2(対象文書1及び2の複製についての原告の許諾の有無)について (1) 事実認定 前記前提となる事実等、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ア 当事者 原告は、昭和49年2月に設立された、教育図書の出版等を業とする会社であり、私立学校、予備校、学習塾、進学教室等を対象とした、月例テスト、テキスト等の学習教材を制作・販売している(甲58、弁論の全趣旨)。 被告は、昭和61年2月に設立された、幼児・小学生・中学生・高校生対象の進学教室・学習塾の経営等を業とする会社であり、JR 青梅線沿線に「ING 進学教室」という名称の小学生・中学生対象の進学教室(被告教室)及び「東進衛星予備校」という名称の高校生対象の予備校を経営している(乙11)。 被告教室に対する原告の営業活動等は、原告の西東京営業所が担当していた(甲52、53、乙11)。 イ 原告における甲の経歴 甲は、昭和59年4月9日に原告に入社し、その半年後には西東京地区の営業を担当することとなった。その後、平成2年5月から平成6年10月まで福岡営業所の所長として勤務し、関東方面に異動後に他の営業所等に勤務した後、平成11年5月に、西東京営業所所長及び甲信営業所所長を兼務することとなった。平成14年5月には、再度福岡営業所所長等を務めることとなり、現在、営業課長として福岡営業所所長を務めている(甲53、証人甲1〜2頁)。 原告における営業所は、代表取締役の下にある営業本部の各営業部に設けられている課に属するものとして位置付けられており、営業所長は、課長、課長代理、又は主任といった地位にある者が就いている(甲51)。 ウ 甲と被告代表者との関係 甲は、原告入社後に最初に西東京地区の営業担当となった際に、当時、株式会社日本教育研究所に勤務していた被告代表者と知り合った。甲は、営業活動等を通して、被告代表者と親しく接し、昭和60年ころには、被告代表者とともに、高校時代からの友人が営む寿司店に行って同人を紹介したり、甲の義兄を呼び出して紹介するなどした(甲53、証人甲3〜4頁)。そして、甲は、被告代表者が被告を設立した昭和61年に、西東京営業所所長となり、甲と被告代表者とは、同様の関係を継続していた。被告は、設立間もない昭和61年中から、甲の営業活動もあって、原告から教材を購入するなどしていた(乙15別表(1)、被告代表者4〜5頁)。その後も、甲と被告代表者は、上記の寿司店において食事をしたりすることも複数回あり、被告代表者から甲への連絡は、甲の携帯電話(又はPHS)を通じて行われることもあった(乙26)。 エ 原告と被告との取引の推移 被告は、上記ウのとおり、設立間もないころから原告との取引があったが、平成元年から平成16年までの取引額は、以下のとおり推移してきた(乙20)。
(1) 対象ア文書を含む平成5年度の月例テストの交付 原告が、平成5年ころ、被告に対し、対象文書1を含む平成5年度の月例テストを交付したことは、当事者間に争いがない。 この点、被告は、同年6月ころに、原告作成の平成5年度の4月ないし7月分の月例テストが甲から直接引き渡され、8月ないし2月分の月例テストはその後に郵送されたと主張し、被告代表者もその旨陳述する(乙11、被告代表者7〜8頁)が、上記イのとおり、平成5年6月当時、甲は原告西東京営業所には在籍しておらず、原告福岡営業所の所長を務めていたのであり、上記ウの甲と被告代表者との親しい関係を踏まえても、甲が、当時の勤務地から遠く離れ、原告内の別の営業所が担当する取引先である被告教室に、被告代表者を訪ねて、同営業所を介さずに直接当該月例テストを手渡すような営業活動をするとはおよそ考え難く、甲から同月例テストが直接引き渡されたことを認めることはできない。 (イ) 対象文書2を含む平成12年度の月例テストの交付 前記イのとおり、甲は、平成11年に西東京営業所所長及び甲信営業所所長を兼務することとなり、再度、被告に対する営業活動を行うようになった。そして、甲は、平成12年12月8日に平成12年度の月例テストのうち4月分から12月分のもの等を被告に交付した。そして、平成13年1月24日に平成12年度月例テスト1月分を交付し、同年2月15日に被告を訪問した後、同年3月8日に、同2月分及び本件リスニングを、被CD 告に交付した(甲50、53、55の4)。 この点、被告は、平成12年度月例テスト1年分を平成13年3月8日に甲が被告代表者に持参した旨の被告の主張に対し、原告は、当初、当該事実を否認するとともに郵送した旨主張し、その後、引渡方法は不明である旨主張したが、しばらくしてから甲の手帳(甲50、以下「本件手帳」という。)を提出し、平成12年12月8日に12月分までの引渡しをした旨を主張するようになっており、本件手帳の記載と当初の主張が異なること、この点について尋ねられると、甲は、本件手帳に記載されたことについても記憶がなく、対象文書2の交付方法は記憶が定かでない旨を証言していること(証人甲12頁)からすれば、本件手帳は本件訴訟対策用に作成されたものであるとの疑いがあり、信用性は全くない旨主張する。 確かに、平成12年度月例テスト1年分の引渡しに関する原告の主張は、被告の上記主張のとおり変遷を重ねており(弁論の全趣旨)、その合理的理由も認められず、不自然というほかない。さらに、原告は、従前、平成13年3月8日に甲が被告代表者を訪ねて2月分の月例テスト等を交付した旨主張していたにもかかわらず、同日についての西東京営業所日報(甲55の9、以下、西東京営業所日報を「日報」という。)に、甲が被告を訪問した記載がないことから、同日甲が被告を訪問した事実を否定するに至っており、当該日報の存在は原告内において周知であること(証人甲9頁)を考慮すれば、その変遷についても合理的理由が認められず、結局、平成12年度2月分の月例テスト等を交付した時期についての明確な主張を欠くこととなっている。しかしながら、上記主張の変遷と本件手帳自体の作成の疑義とは、一応別個の問題であり、同手帳が、本件訴訟対策目的で作成されたのであれば、日報(甲55の1〜55の6、55の8〜55の10、56)の記載と整合する記載となると思われるところ、必ずしも一致しないこと(平成12年12月8日、平成13年1月19日、同年3月8日)、本件手帳の記載状況(被告について、「」とのING 記載や「学光社」との記載が混在し、また、「ING」と時刻の記載との先後関係も統一されていないこと(例えば、平成12年12月12日欄では「ING(小〜中テスト)17:00」と記載され、平成13年1月24日欄では「17:00 ING」と記載されている。)からすれば、その都度記載されたことがうかがえるものであって、上記目的のもとに後日作成された信用性に欠けるものであるということはできない。そして、甲は、本件手帳の記載と日報の記載との相違についても、明確に説明することができない(証人甲9〜12頁)のであるから、甲の行動のすべてが日報に正確に反映されていない可能性も十分考えられるのであり、日報の記載との相違から、本件手帳の信用性を否定することもできない。 そうすると、結局、平成13年3月8日について、本件手帳に「ING8日or 9日飲(2月テスト、データ、テープ持参)」と記載され(甲50、18頁)、被告代表者の手帳(乙10の1〜10の5、以下「本件被告手帳」という。)にも「育伸甲−2月、リスニング」との記載がされている(乙10の5)ことから、同日に、平成12年度2月分の月例テスト及び本件リスニングCD が被告に交付されたと解するのが相当であり、同年1月24日に、平成12年度の月例テスト1か月分が交付されたことは当事者間に争いがなく、時期的に1月分であると考えられるから、平成12年度4月分から12月分については、それ以前に甲が被告代表者のもとに赴いた際に持参していると考えられ、上記のとおり、平成12年12月8日に交付されていると解するのが相当である。 (ウ) その他の見本品の交付 原告は、平成13年5月2日、被告に対し、見本品として、平成13年度月例テスト4月分及び5月分を交付した(乙7の1〜7の3)。 カ 被告における対象文書1及び2の複製使用 被告は、被告教室において、対象文書1を複製し、複製したものを、別紙使用目録記載1のとおり、平成6年から平成13年まで、各年3月(平成13年は1月及び3月)に、受講生に実施するテストとして使用した(乙11、10頁、弁論の全趣旨)。それぞれの複製回数は、以下のとおり、合計623回である(ただし、2教科としてのテストの複製回数は、平成13年1月実施分を合算しないこととなるので、561回となる。)(乙24、弁論の全趣旨)。
@ 平成13年4月から平成14年2月まで
学習教材の制作販売会社から、進学教室等に対し、販売促進のために、テキストやテストが見本品として提供されることがある(甲52、53、58)ところ、見本品として提供される際は、「見本」という印が押されるなど、見本品であることの表示がされる場合がある(乙9)が、そのような表示がされない場合もあり(甲61)、また、「見本」との表示をした納品書が発行されることもある(乙7の1〜7の2)。 さらに、テストが見本品として提供される場合には、通常、2か月分程度の交付がされる(乙7の1〜7の2、13、14)が、1年分の内容を検討したいという顧客からの要望に応じて、リスニングCD、カリキュラム表等も含めて1年分が交付されることもある(甲59、60)。 被告は、上記のような1年分の提供は、見本品としての提供ではなく、複製を前提としているものである旨主張し、それに沿う証拠(乙11、13、14)を提出する。 しかしながら、上記認定のとおり、見本として、リスニングCD 等も含めたテスト1年分の提供を受けたとする学習塾も実際にあること(甲59、60)、購入検討に必要であるとして1年分の見本を要望することも不合理とはいえないこと、そのような要望が顧客から伝えられた場合、教材制作販売会社の営業政策上、それを拒絶する、あるいは、一部のみを提供するという対応をとることは考え難いことからすれば、月例テスト1年分の提供の事実から、直ちに見本ではない、あるいは、複製を前提にした提供であるといった提供の目的を導くことはできないと考えられる。このことは、リスニングCD の提供についても同様に該当するものと解される。 ク 丙社から被告に対する月例テスト等の複製許諾 被告は、昭和61年2月の開業以来、丙社から、月例テスト等の無償の複製許諾を受けており、複製し、被告教室において使用している(乙11、22の1)。 ケ 学習指導要領の改訂 平成10年12月、平成14年度から(平成14年4月1日から)新学習指導要領が施行される旨発表され、平成11年6月、新指導要領への移行に伴う特例措置、いわゆる移行措置が公表された。移行措置とは、例えば、現在中学1年で学習している単元Aを新指導要領のもとで中学3年に移動することになった場合、現行教科書に掲載されている当該単元を中学1年で履修してしまうと、新指導要領に基づいて作られた新しい教科書のもとで、中学3年において、再び単元Aを履修することになってしまうので、そのような重複を避けるために、新旧双方の指導要領下での学習を経験することになる場合の履修項目を調整する措置である。そして、この移行措置は、平成12年度から開始された(甲66)。 コ 複製許諾に関する文書等の不存在 原告は、甲を介して、被告との間で、対象文書1及び2を複製することを無償で許諾する旨を記載した文書は作成していない。 (2) 対象文書1の複製についての原告の許諾の有無 上記認定事実をもとに、対象文書1の複製に係る原告の許諾の有無について、以下、検討する。 ア 被告の主張 被告は、平成2年ころ、被告の元従業員が、違法な手段を用いて被告教室の受講生を引き抜いて独立し、学習塾を開業したことがあったが、平成3年ころ、原告の当時の営業担当者が同学習塾を支援していたことを知って、原告との取引を縮小させていたところ、甲が、原告と被告との取引額の増大(復活)を試みて、平成5年6月、被告旧本社応接室に被告代表者を訪ね、口頭により、対象文書1の複製許諾をした旨主張する。 イ 原告被告間の取引額の減少 被告の元従業員の独立に関連した、原告の営業担当者による支援等の有無については、被告代表者が同事実があった旨陳述する(乙11、15、被告代表者6頁)が、この点についての客観的な証拠はない。そして、平成3年及び平成4年における被告の原告との取引額は、上記(1)エのとおり、平成2年の場合と比較すると3分の1程度に減少していることが認められる(乙20)ものの、このような取引額の減少は、被告教室に対する営業を担当していた甲が、上記(1)イのとおり、平成2年5月に西東京営業所を離れて福岡営業所に異動していることによる影響も考えられるところであり、このことに、平成8年から平成11年までの間の取引額が、平成3年及び平成4年の取引額の水準と同程度であること(乙20)も併せ考慮すると、被告が主張する、被告元従業員の独立に係る問題と、被告の原告との取引額の減少との間の因果関係は必ずしも明らかではない。 ウ 甲の勤務場所 また、対象文書1の複製許諾があったとする平成5年6月時点で、甲は福岡営業所の所長を務めており、しかも、西東京営業所から福岡営業所に異動して既に3年が経過した時期である。このように、担当を離れて相当な期間が経過した後に、遠く離れた営業所の所長が、本来の担当である営業所の営業担当者とは別に、営業活動を行うということは、営業の形態として不自然であり、特別の事情がない限り考え難いものであるところ、上記のとおり、原告営業担当者の問題行動が原告被告間の取引額の減少を招いた事実が必ずしも明らかではないことからすれば、本件において、このような特別の事情があるとは認められない。甲は、上記(1)ウのとおり、被告代表者と親しく接しており、携帯電話等を通じて連絡をとることもあり(甲も、再度福岡で勤務するようになった後である平成15年や平成16年に、自らの携帯電話に被告代表者から連絡が入ったことを認めている(甲53)。)、他の営業担当者よりも被告代表者の信頼を得ていたであろうことは推認できるが、このことから、直ちに平成5年6月の被告代表者方訪問の合理性を導くことも困難である。 エ 対象文書1を含む平成5年度月例テストの交付 そして、上記(1)オ(ア)のとおり、対象文書1を含む平成5年度月例テストの被告への引渡しが、甲により直接被告代表者に対して行われたことは認められない。 オ 月例テストの販売の重要性 さらに、月例テストの販売は、他の教材販売と比較して従属的な地位にあるわけではなく、かえって、取引額の増大を図りやすく、継続性も得やすい製品である(甲58)ことからすれば、他の教材の販売額を上げるために、無償で月例テストの複製許諾をするという営業活動を行うことは、販売政策上、必ずしも合理的とはいえない。 カ 被告代表者の陳述について 被告代表者は、被告主張のとおり、甲が被告代表者に対して直接複製を許諾した旨を陳述している(乙11、5頁、被告代表者7頁)が、上記の認定事実からすれば、同陳述を採用することはできない。 キ 小括 以上によれば、平成5年6月に、甲が被告代表者に対し、対象文書1の複製を許諾したことを認めることは困難であり、他に、これを認めるに足りる証拠はないから、同事実は認められない。 (3) 対象文書2の複製についての原告の許諾の有無 次に、対象文書2の複製に係る原告の許諾の有無について、以下、検討する。 ア 被告の主張 被告は、平成13年1月19日、当時小中学生の学習指導要領の改訂により学習内容が削減されることに悩んでいた被告代表者が、甲に対し、学習内容の削減されない月例テストがあれば購入したいこと、削減されないものがないのであれば、過年度の月例テストを購入したい旨の申入れを行ったところ、同年2月7日、甲が被告代表者のもとを訪れて、上記申入れには応ずることができないが、平成12年度の月例テストは過年度のもので無価値であり、無償で提供するので、それを複製して使用することを提案し、同月15日、被告代表者は甲の同提案を承諾し、同年3月8日、全学年分の平成12年度月例テストを、本件リスニングCD などとともに受領した旨主張する。 イ 対象文書2を含む平成12年度月例テスト及びその他の見本品の交付 甲は、上記(1)オ(イ)のとおり、平成12年12月8日に平成12年度の月例テストのうち4月分から12月分のもの等を、平成13年1月24日に平成12年度月例テスト1月分を、同年3月8日に同2月分及び本件リスニングCD を、被告に交付したことが認められる。そして、原告は、上記(1)オ(ウ)のとおり、同年5月2日、平成13年度のテスト2か月分を見本品として被告に交付している。 これらの事実に基づいて検討するに、まず、同年1月24日に、甲から被告に対し、平成12年度月例テスト1月分が交付されたことは、当事者間に争いがないところ、この事実と、甲が、同年1月19日に被告代表者から過年度分等の購入の申入れを受け、同年2月7日に複製を許諾した旨の被告の主張とを整合させる、合理的な説明は困難である。すなわち、被告の主張によれば、同年1月24日は、上記申入れを受けて同年2月7日に回答を伝えるまでの間の、対応方を検討している時期となるが、このように、被告からの申入れに答えないままに(同年1月24日に甲と被告代表者の間で、関連するやりとりがされたかについては、主張もなく、それをうかがわせるような証拠もない。)、甲が一方的に平成12年度月例テスト1月分を交付することは、交付の目的が見本品としてのものであるか否かを問わず、不自然であるし、被告にとってもいずれの趣旨であるか分かり難く、そのような事態を招く営業活動を行うとは考え難いからである。 同様に、平成13年5月2日に平成13年度月例テストの2か月分が見本品として被告に交付された事実と、同年2月に平成12年度月例テストの複製許諾がされた旨の被告の主張とを整合させる、合理的な説明は困難である。すなわち、被告として、要望する内容の月例テストがないためにその代わりとして平成12年度月例テストの複製許諾を受けたというのであれば、平成13年度の月例テストとして、上記許諾に基づく平成12年度月例テストの複製物の使用を開始することが、当然予想されるのであり、その場合でも月例テスト受注に向けた営業活動をすること自体は考えられるものの、平成13年度開始直後に、被告の要望に沿わない同年度月例テストを見本品として送付することは、その効果が期待できないからである。 ウ 月例テストの販売の重要性 さらに、月例テストの販売は、上記(2)オで検討したとおり、他の教材販売と比較して従属的な地位にあるわけではなく、かえって、取引額の増大を図りやすく、継続性も得やすい製品であることからすれば、他の教材の販売額を上げるために、無償で月例テストの複製許諾をするという営業活動をすることは、販売政策上不合理である。 被告は、当時、被告代表者が、学習指導要領改訂による学習内容削減で悩んでいた旨を主張するが、丙社からの提供により、被告代表者が希望するところの学習内容が削減されていないテストは既に入手していたはずであり、それにもかかわらず、学習内容削減の悩みを甲に伝えて、上記申入れをする理由も明確ではない。 また、被告は、過年度分の月例テストは無価値であり、追加コストの負担なく一定の営業サービスを提供できるものとして経済的な合理性を持っている旨主張するところ、過年度分の月例テストは、それ自体新たな制作費用を要しないとしても、これを複製許諾して使用を認めることによって、当該年度、次年度、次々年度等と、今後の月例テスト販売の機会を失う可能性が高くなるのであるから、必ずしも経済的合理性を有するものとはいえない。 エ 平成13年1月19日、2月7日の甲と被告代表者との面会の有無被告は、平成13年1月19日に、被告代表者から甲に対し、過年度分テスト等の購入申入れをしたこと、同年2月7日には、甲から対象文書2の複製許諾があったことを主張するが、いずれの日も、以下のとおり、甲と被告代表者とが面会していたことを認めるのは困難である。 まず、同年1月19日について、甲の本件手帳(甲50)にも、本件被告手帳(乙10の1)にも、面会の予定を示すと思われる記載がされているが、本件手帳の記載は、削除する二重線が引かれている。そして、甲も同日の予定はキャンセルされた旨を述べている(証人甲5頁)。また、同年2月7日について、本件被告手帳(乙10の3)には、2箇所原告名称が記載されているのであるが、甲は、前日の6日から同日にかけて、甲信営業所に出張しており、同日の帰京は午後8時過ぎであったことが認められ(甲55の6、55の7)、この帰京時刻からすれば、帰京後に被告代表者と面会することも考え難い。 被告代表者は、いずれの日も甲に面会して、上記のやりとりがあった旨述べる(被告代表者10、11頁)が、上記事実に照らして、同供述を採用することはできず、他にこれを裏付けるに足りる客観的証拠はない。 オ 本件リスニングCD の交付 原告から被告に対しては、上記(1)オ(イ)のとおり、対象文書2とともに、本件リスニングCD も被告に交付されているが、見本として、リスニングCD を受領したことがある学習塾も存する(甲59、60)ことからすれば、見本としてリスニングCD を交付することは、通常あり得ない、あるいは、リスニングCD の授受は、共に交付されるテスト等の複製許諾を前提にするものであると、直ちに結論付けることは困難である。 したがって、本件リスニングCD の交付から、月例テストの複製許諾を認めることはできない。 カ 複製許諾に関する文書等の不存在 被告代表者は、対象文書2の複製許諾について、大事な話であり、原告の許諾の存在について大丈夫なのかと思い、甲に再確認したが、テストの複製許諾を受けている丙社との間で文書を作成していないこともあり、その点について文書化することは考えなかった旨を供述する(被告代表者20、36、37頁)。 しかしながら、丙社からは、上記(1)クのとおり、昭和61年2月の開業以来複製許諾を受けており、既に長年問題がなく取引が続けられているのであるが、原告と被告とは、取引は継続しているものの、被告の取引高に占める原告の割合はそれほど高くなかったのであるし(乙11、4頁)、上記のとおり、被告代表者自身は、対象文書2の複製許諾を得たことについて不安を感じたのであるから、丙社による複製許諾の場合とは、置かれている状況は異なるものである。そうであれば、単に甲に再確認するだけでなく、より確実な対応を得ておくことを考え、許諾に係る文書等を作成するのが通常であるといえる。 キ 被告代表者の陳述について 被告代表者は、被告主張のとおり、平成13年2月7日に甲が被告代表者に対して対象文書2の複製を許諾した旨を陳述している(乙11、6頁、被告代表者11、12頁)。 確かに、甲の発言に関する被告代表者の陳述が具体的である一方、複製の許諾を否定する甲の証人尋問における供述は、曖昧であって必ずしも措信できない点も見受けられるところ、前記認定のとおりの、被告代表者と甲との従前からの親密な関係及び甲による熱心な営業活動をも考慮すれば、日時の点はさておき、甲が当該営業活動の中で、被告代表者に対し、対象文書2の複製を認めるかのような発言をしたこともあり得ないではないところである。しかしながら、仮にそのような発言がなされたとしても、それはあくまでも営業活動の一環としての担当者の一発言にすぎず、上記認定の客観的な諸事情にかんがみれば、それをもって、被告に対する明確な複製許諾が行われたとまで認めることはできないというべきである。 ク 小括 以上によれば、平成13年2月7日に、甲が被告代表者に対し、対象文書2の複製を許諾したことを認めることは困難であり、他に、これを認めるに足りる証拠はないから、同事実は認められない。 (4) まとめ したがって、対象文書1及び2の複製について原告による許諾があったとは認められない。 なお、甲による明確な複製許諾が認められない以上、原告について、甲が複製許諾権限を有しない表見支配人となり、その許諾による責任が生じるか否かの点については、これを検討する余地がないことになる。 3 争点3(損害の有無及びその金額)について 被告による対象文書1及び2の複製は、原告の被告に対する対象文書1及び2の複製許諾が認められない以上、それらについての原告の複製権を侵害することとなり、被告は、原告の損害を賠償する義務を負う。 (1) 許諾料相当額の損害 対象文書1及び2については、テストとしての文書の性質上、そのまま全体を複写することで複製するものであるから、その許諾料は、同テストの販売代金を基準に考えることが相当である。ただし、原告が月例テストを販売する際の対価として取得している用紙代及び処理代のうち、処理代については、自ら採点し、採点結果のデータ等も利用していない被告の場合には、計上する合理性を欠くというべきである。また、用紙代は、当該年度の月例テストの販売代金であって、既に通年使用された過年度分を別途使用する場合には、これより相当程度低額になるものと考えられるから、用紙代を基準に、当該金額の70パーセントの金額をもって、原告の許諾料相当の損害と解するのが相当である。 なお、原告は、テストを実施して、結果を受講生に報告する場合、テスト処理作業の結果得られる平均点及び標準偏差の数値が不可欠であるところ、テストの複製をすることによって、平均点と標準偏差というテスト処理作業の利益を享受することになるから、テストの複製についての損害は、処理代も含めて計算すべきであるとし、被告教室の受講生に配布された平均点数値の、原告の処理作業による平均点数値との同一又は近似の程度からすれば、被告は、原告の処理作業による上記データを用いて、その利益を享受している旨主張する。しかしながら、上記1のとおり、平均点データを記載した「会場別成績対照表」(甲67、乙4)が被告に交付されたことは認められるものの、度数分布表や、その他、標準偏差などの指標が記載された成績処理結果集計表が被告に交付されたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告において、平均点データも含めた、原告のテスト処理結果を使用したことを認めるに足りる証拠もないから、これらの事実は認められず、原告の上記主張を採用することはできない。 そこで、以下、検討する。 ア 月例テストの用紙代及び許諾料相当額の単価 対象文書1及び2に係る用紙代(消費税相当分を含む金額)及び許諾料相当額の単価は、以下のとおりであると認められる(甲29〜39)。 (ア) 対象文書1 対象文書1は、小学生を対象とする2教科の月例テストであり、その用紙代は、1人当たり、平成8年度までが480円、平成9年度以降が530円であるから、その許諾料相当額は、1人当たり、各々、336円及び371円となる。 (イ) 対象文書2 対象文書2は、小学生を対象とする2教科の月例テスト(前記1のとおり、対象文書2の小学生を対象とする月例テストは、小学5年生及び小学6年生について各理科及び社会が除外されるため、国語及び算数の2教科となる。)、中学1年生及び中学2年生を対象とする3教科の月例テスト(前記1のとおり、対象文書2の中学1年生及び中学2年生を対象とする月例テストは、各理科及び社会(社会【直】、社会【並】を含む。)が除外されるため、国語、数学及び英語の3教科となる。)並びに中学3年生を対象とする5教科の月例テストである。 小学生を対象とする2教科の月例テストの用紙代は、1人当たり、平成13年度から平成16年度までの間530円であるから、その許諾料相当額は、1人当たり、371円となる。 中学生を対象とする3教科の月例テストの用紙代は、1人当たり、平成13年度から平成16年度までの間560円であるから、その許諾料相当額は、1人当たり、392円となる(なお、用紙代は、平成13年度から平成15年度までの間、実施要項上、消費税を含まない金額である533円と表示され、それに5パーセントを加えると、559円となるが、平成9年に560円に改訂された後、同金額で推移してきており、消費税を含む金額で表示されるようになった後は、再び560円と表示されていることから、いずれの年度も、560円として取り引きされていたと考えて差し支えないものと認められる。)。 中学生を対象とする5教科の月例テストの用紙代は、1人当たり、平成13年度から平成16年度までの間600円であるから、その許諾料相当額は、1人当たり、420円となる(なお、用紙代は、平成13年度から平成15年度までの間、実施要項上、消費税を含まない金額である571円と表示され、それに5パーセントを加えると、599円となるが、平成9年に600円に改訂された後、同金額で推移してきており、消費税を含む金額で表示されるようになった後は、再び600円と表示されていることから、いずれの年度も、600円として取り引きされていたと考えて差し支えないものと認められる。)。 イ 月例テストの複製枚数 月例テストの複製枚数は、前記2(1)カで認定したとおり、以下のとおりであり、本件全証拠によるも、これを超える複製枚数を認めるに足りない。 (ア) 対象文書1
a 平成13年4月から平成14年2月まで
以上を踏まえて許諾料相当額の損害を計算すると、以下のとおり、合計金764万5897円となる。
本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過、認容額等の諸事情を考慮すると、本件の複製権侵害と相当因果関係のある弁護士費用の額としては、上記(1)の合計額金764万5897円の1割に相当する金76万4589円が相当である。 (3) 遅延損害金 原告は、許諾料相当の損害の遅延損害金について、複製権侵害を区分し、各々の最終日の翌日を起算日として請求しているところ、遅くとも、当該主張に係る日には、それぞれの損害について遅延損害金が生じているものと認められるから、上記(1)の損害についての遅延損害金の起算日は、以下のとおりであると認められる。 また、原告は、上記(2)の弁護士費用相当の損害の遅延損害金について、本訴状送達の日である平成17年1月5日を起算日として請求しているところ、同日は複製権侵害後であることが明らかであるから、以下のとおり、同日から遅延損害金が生じているものと認められる。
したがって、損害額は、許諾料相当の損害金764万5897円及び弁護士費用相当額の損害金76万4589円の合計金841万0486円となり、上記(3)のとおり、内金額についてそれぞれ起算日欄記載の年月日から各支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金となる。 第4 結論 以上の次第で、原告の請求は、金841万0486円及びこれに対する別紙内金額表の金額欄記載の各内金額に対する、対応する起算日欄記載の年月日から、それぞれ支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、対象文書1及び2を複製してはならないこと、それらの複製物を廃棄することを求める限度で理由があるからこれらを認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水節 裁判官 山田真紀 裁判官 佐野信 |
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