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【事件名】商標“モズライト”侵害事件 【年月日】平成19年10月25日 東京地裁 平成19年(ワ)第5022号 商標権侵害差止等請求事件 (口頭弁論終結の日 平成19年9月4日) 判決 原告 株式会社フィルモア 訴訟代理人弁護士 三山裕三 同 堀之内幸雄 同 大内倫彦 同 小山哲 同 千葉紘子 補佐人弁理士 牛木理一 被告 株式会社黒雲製作所 被告 日本電通工業株式会社 上記両名訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫 同 牧野知彦 同訴訟代理人弁理士 岡崎信太郎 同 新井全 同補佐人弁理士 野口和孝 同 近藤実 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは、別紙被告標章目録記載の各標章を、エレキギター及びエレキベース等の楽器、トレモロスプリング、弦及びカールコード等の楽器部品、ハードケース、ソフトケース、ストラップ、ピック等の楽器付属品並びにこれらの包装に付してはならない。 2 被告らは、前項記載の各標章を付した前項記載の楽器、楽器部品及び楽器付属品並びにこれらの包装を譲渡し、引渡し、又は譲渡若しくは引渡のために展示してはならない。 3 被告らは、第1項記載の楽器、楽器部品及び楽器付属品に関する商品広告、価格表、又は取引書類に第1項記載の各標章を付して展示し、又は頒布してはならない。 4 被告らは、第1項記載の各標章を付した楽器、楽器部品及び楽器付属品並びにこれらに関する包装、商品広告、価格表及び取引書類を廃棄せよ。 第2 事案の概要等 本件は、エレキギター等の輸入、製造、販売等を行う株式会社である原告が、被告株式会社黒雲製作所(以下「被告黒雲製作所」という。)は、別紙商標目録記載の原告の登録商標(以下総称して「原告商標」といい、各別には、同目録の番号に従って、「原告商標1」というように表記する。)と同一又は類似の別紙被告標章目録記載の各標章(以下総称して「被告標章」といい、各別には、同目録の番号に従って、「被告標章1」というように表記する。)を付したエレキギター等を製造販売し、かつ、被告標章を付した商品カタログ等を卸業者及び小売店を通じて配布し、被告商品を宣伝広告しており、被告日本電通工業株式会社(以下「被告日本電通工業」という。)は、被告標章を付したエレキギター等を被告黒雲製作所から仕入れて、各小売店に販売し、かつ、その商品カタログ等に製造元は被告黒雲製作所、販売元は被告日本電通工業である旨の記載をした上で宣伝広告しており、これらの被告らの行為は、商標法37条1号(2条3項1号、2号、8号)に該当し、また、エレキギター等に被告標章3を付し、これを付したエレキギター等を譲渡等することは、不正競争防止法2条1項13号(原産地誤認表示)に該当すると主張して、被告らに対し、被告標章をエレキギター等に付すことの差止め、被告標章を付したエレキギター等の譲渡等の差止め、被告標章を付した広告等の展示・頒布の差止め、被告標章を付した楽器等の廃棄を求めた事案である。 1 前提となる事実等(当事者間に争いのない事実、該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (1) 当事者 原告は、楽器の輸入、製造、販売、修理等を業とする株式会社である。 被告黒雲製作所は、木工製品の製造販売等を業とする株式会社である。同被告は、同肩書地において、昭和39年10月16日に設立された有限会社を前身とし、平成18年9月15日に有限会社から株式会社に組織変更したものであり、その代表者は、当時から、同被告代表者であった。 被告日本電通工業は、電気通信機械器具の製造及び販売等を業とする株式会社である。 (2) 原告商標 原告は、原告商標に係る各商標権を有している(甲6の1及び2、7の1及び2、8の1及び2)。 (3) 被告標章及びその使用 ア 被告標章1は、原告商標3の要部である「mosrite」と同一であり、同商標と実質的に同一である。 被告標章2は、原告商標2の要部である「マルMマーク mosrite」と同一であり、同商標と実質的に同一である。 被告標章3は、原告商標2と、被告標章4は、原告商標1と、同一である。 イ 被告黒雲製作所は、被告標章2ないし4を、次のものに付した上、これらを製造・販売している。 a) エレキギター及びエレキベース等の楽器 b) ハードケース c) 上記a)及びb)の包装等及び保証書 ウ 被告日本電通工業は、楽器等の卸問屋として、主にエレキギター等の楽器を被告黒雲製作所から仕入れた後、小売店に販売していた。 2 争点 (1) 被告らは、第2の1(3)イ記載のもののほかに、被告標章を使用しているか(争点1)。 (2) 原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号(他人の周知商標に同一又は類似し、その商品等又はこれらに類似する商品等について使用するもの)に該当し、無効にすべきものか(争点2)。 (3) 原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項7号(公序良俗違反)に該当し、無効にすべきものか(争点3)。 (4) 原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項19号(他人の周知商標(国内又は国外)と同一又は類似で不正の目的をもって使用するもの)に該当し、無効にすべきものか(争点4)。 (5) 原告商標1の商標登録は、商標法4条1項10号(他人の周知商標に同一又は類似し、その商品等又はこれらに類似する商品等について使用するもの)に該当し、無効にすべきものか(争点5)。 (6) 原告商標1の商標登録は、商標法4条1項7号(公序良俗違反)に該当し、無効にすべきものか(争点6)。 (7) 原告の商標権行使は、権利濫用に該当するか(争点7)。 (8) 被告標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為(原産地誤認表示)に該当するか(争点8)。 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(被告らは、第2の1(3)イ記載のもののほかに、被告標章を使用しているか。)について 〔原告の主張〕 (1) 被告黒雲製作所は、第2の1(3)記載のものを含め、以下のアないしエのもの(以下「被告商品」という。)に、被告標章を付した上、これらを製造・販売し、かつ、被告商標を付した商品カタログ等を卸業者及び小売店を通じて広く配布して被告商品を宣伝広告している(甲9ないし13)。 ア エレキギター及びエレキベース等の楽器 イ トレモロスプリング、弦及びカールコード等の楽器部品 ウ ハードケース、ソフトケース、ストラップ及びピック等の楽器付属品 エ 上記アないしウの包装等及び保証書 (2) 被告日本電通工業は、別紙「黒雲モズライト販売ルート」記載のとおり、楽器等の卸問屋として、被告黒雲製作所から被告商品を仕入れた後、株式会社谷口楽器(以下「谷口楽器」という。)、新星堂チェーン店(以下「新星堂」という。)、ウェイブワンの各小売店に販売し、これら各小売店は、一般需要者に対し、被告標章を付した被告商品を販売している。 また、被告日本電通工業は、被告カタログ及び保証書に被告商品の製造元は被告黒雲製作所、販売元は、被告日本電通工業である旨記載した上、被告商標を付した被告商品を宣伝広告している。 〔被告らの主張〕 (1) 被告黒雲製作所は、被告標章1を一切使用しておらず、被告標章2ないし4を使用しているのは、前記第2の1(3)イ記載のもののみであり、その余の被告商品に使用していない。 また、被告黒雲製作所は、被告標章を付した商品カタログ等を現在配布していない。 (2) 被告日本電通工業は、被告黒雲製作所から、主にエレキギター等の楽器を仕入れ、被告標章1を除く被告標章2及び3を付して販売していたもので、その余の被告商品(ストラップ等の楽器付属品)は、仕入れも販売もしていなかった。 また、被告日本電通工業は、被告カタログ等を使用したことはなく、現在、被告商品を小売店に販売していない。同被告が被告商品を販売したのは平成14年7月ころ(有限会社多田屋に対する販売)が最後であり、甲9は、被告日本電通工業のものでなくシェクターコーポレーションのものと思われ、谷口楽器とは平成17年以降取引しておらず(甲10は平成8年のもの)、新星堂とは過去3年間取引していない(甲12は平成10年10月18日のもので、甲13は平成6年6月作成のものである。)。 2 争点2(原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号(他人の周知商標に同一又は類似し、その商品等又はこれらに類似する商品等について使用するもの)に該当し、無効にすべきものか。)について 〔被告らの主張〕 (1) 原告商標2及び3は、A及び同人が昭和27年(1952年)に設立したMOSRITE INC.(以下「モズライト社」という。)の商標で、同人らが製造していたエレキギター等に付されていた商標(@「マルMマーク mosrite of California」、A「mosrite」、B「VIBRAMUTE」(以下、これらの商標を総称する場合は、「モズライト商標」といい、各別には、「モズライト商標@」というように表記する。)のうち、モズライト商標@及びAと同一又は類似するものである(以下、A又はモズライト社等Aが設立した会社が製造していたエレキギターを「モズライト・ギター」という。)。 モズライト商標@及びAは、原告商標2及び3の出願時及び登録時において、A及びモズライト社の周知著名な商標であり、その業務上の信用に基づく顧客吸引力であるグッドウィルは、中古市場に流通しているモズライト・ギターに付された商標にも化体して現に存在している。モズライト・ギターは、1963年から1965年ころに日本ではビートルズをしのぐ勢いであったロックバンド「ベンチャーズ」が使用していたため、その人気に伴って名声が上がり、今もなお、「ベンチャーズ」やAの名とともに紹介されており、さらに、モズライト・ギターでは昭和38(1963)年から昭和40(1965)年の間に製造されたベンチャーズモデル(以下「モズライト・ギターのビンテージ品」という。)が最も人気がある(近年の「ベンチャーズ」は、モズライト・ギターを使用していないものの、上記のように爆発的な人気であったことから、現在も「ベンチャーズ」イコール「モズライト・ギター」という印象を需要者に与えていることは明らかである。)。「ベンチャーズ」は、現在に至るまで毎年のように来日してコンサートを開いており、これがモズライト商標@及びAのグッドウィルを継続させた要因となっている。 Aの死後、同人が有していたアメリカ合衆国登録商標「MOSRITE」(米国1155520号)を承継し、また、平成4年(1992年)に設立されていたUNIFIED SOUND ASSOCIATION,INC.(以下「ユニファイド社」という。)の事業も承継した、同人の妻Bは、ユニファイド社倒産後少なくとも平成14年(2002年)まで、米国及び日本国内において、モズライト商標@及びAを使用してモズライト・ギターを販売しており、今後も日本国内にモズライト・ギターを販売する意思を有している。このように、モズライト商標@及びAに化体されたグッドウィルは日本市場において維持されている。 モズライト・ギターのビンテージ品のみならず、そのリイシュー(復刻)品、並びにモズライト社及びその関係者のその他のモデルは、現在においても多数中古市場に流通しており、これら中古市場におけるすべての真正なモズライト・ギターに関するグッドウィルを保護し、中古市場における社会的混乱を防止する必要がある。モズライト・ギターのビンテージ品はその一例として強力なグッドウィルを有するものである。したがって、原告が原告商標を付して販売するエレキギター等(以下「原告商品」という。)も、中古品になったならば、同じ中古市場に流通することになり、中古市場において原告商品と真正なモズライト・ギターとが出所の混同を起こすことは目に見えている。 なお、原告は、原告商品を「ニューモズライト」、モズライト・ギターの「リイシュー(復刻)品」と呼ぶ。しかし、復刻品であれば、モズライト・ギターのビンテージ品を製作していた者及びその正当な承継者あるいは使用許諾を受けた者のみが製作できるもので、権原なき第三者が製作できるものではなく、また、リイシュー品との位置づけによる販売こそ、まさに依然としてモズライト商標@及びAのグッドウィルが存続しており、原告がそれにただ乗りしようとしていることを示すものである。 したがって、原告商標2及び3は、他人の周知著名な商標であるモズライト商標@及びAと同一又は類似の商標であり、これを同一の商品又は類似する商品について使用するものであるから、商標法4条1項10号に該当する。 (2) 原告は、被告黒雲製作所には商標法4条1項10号を主張する資格はないと主張する。 しかし、同号に違反する登録商標の使用が需要者に与える影響を考慮すると、無効主張の主体を限定解釈すべき根拠はなく、同号に無効主張の主体を制限する趣旨の文言がないことからも、被告黒雲製作所の無効の抗弁の主張が許されるのは当然である。 〔原告の主張〕 (1) 原告商標2及び3は、原告商標1の出願時(平成8年(1996年)12月3日)より前に、原告の商標として周知であったもので、仮にそうでないとしても、原告商標2の出願時(平成10年(1998年)4月28日)、あるいは、原告商標3の出願時(平成11年(1999年)11月30日)より前に、原告の商標として周知であったものであるから、商標法4条1項10号の「他人の」の要件を充足しない。 確かに、Aは、「モズライト・ギター」の生みの親といえ、特に「ベンチャーズ・モデル」と呼ばれる、モズライト・ギターのビンテージ品は、我が国のエレキ・ギターファンには人気の高い製品であったものであり、モズライト商標@及びAは、当初はAの商標として周知であった。しかし、その後ベンチャーズはモズライト・ギターを使用しなくなり、Aは、平成4年(1992年)8月7日に死亡し、その最後の関係会社であるユニファイド社も平成6年(1994年)4月に倒産しており、原告商標2及び3の出願及び登録当時、これらの各商標は、A及びその関連会社によって使用されておらず、モズライト商標@及びAが有していた過去のグッドウィルは消滅していた。 被告らは、モズライト・ギターのビンテージ品に付された商標に化体してAらの使用していたモズライト商標@及びAのグッドウィルが存続していると主張する。しかし、モズライト・ギターのビンテージ品として人気があるのは、上記「ベンチャーズ・モデル」であるものの、それは我が国の中古市場においてほとんど流通しておらず、稀に我が国の中古市場で取引される場合があるとしても、高価格で、一般需要者が入手することができる商品ではないし、演奏のためというよりはコレクターの骨董品としてである。原告商品は、Aが創作した独特の品質を有するモズライト・ギターのビンテージ品の製作技術を維持したリイシュー品(復刻品)であり、今日流通しているモズライト・ギターの新製品が原告商品であることは、我が国の需要者も承知しており、ビンテージ品と新製品(原告商品)との間で混同が起きることはない。 被告らは、Aの死後、Bがモズライト商標の商標権を有し、同人がモズライト・ギターを製造、販売していたと主張する。しかし、Aの相続人はB以外にもいたのであって、同人が商標権を承継したかは不明であるし、同人は、Aの生前何らモズライト・ギターの製造には携わっておらず、同人の死後はユニファイド社の代表者になったものの自己破産して所在不明であったもので、その製造になるというギターも粗悪品であり、しかも、日本に輸出されたのは平成8(1996)年12月から平成14(2002)年5月までの間で15本とわずかであって、はたして今後モズライト・ギターの製造販売をする意思を有しているか疑わしく、Bは、グッドウィルの形成に何ら寄与していないし、モズライト商標@及びAのグッドウィルが同人の製造・販売にかかるギターに化体しているということもない。 (2) 仮に、(1)の主張が認められないとしても、商標法4条1項10号の趣旨により、被告黒雲製作所は、同号を主張することができない。すなわち、同号は、登録主義の弊害の是正、つまり「信用を獲得した現実の使用者が先願に基づき登録した者の権利行使により使用の廃止を余儀なくされるなどの事態」を防止することにあるところ、本件において保護されるべき者は、モズライト・ギターの品質維持と信用獲得に多大の貢献をし、信用を獲得した現実の使用者である原告ないし原告代表者にほかならないから、信用を獲得した現実の使用者とはいえず、むしろ品質粗悪なモズライト・ギターを製造、販売している被告黒雲製作所は、モズライト商標の顧客吸引力を毀損しているのであり、同号を主張することができない。 (3) 仮に、(1)及び(2)の主張が認められないとしても、被告黒雲製作所には、同号を援用主張するべき法律上の正当な利益はなく、その主張は、権利濫用に該当し、信義則に反するので許されない。被告黒雲製作所は、過去に剽窃的な商標出願をし、登録制度の弊害を悪用したものであり、また、もともとAと関係もなく、むしろAに忌み嫌われ、今日に至るまで粗悪な製品を製造し続け、原告商標2及び3のグッドウィルの形成に何ら寄与しないどころか、逆に毀損しているのである。 3 争点3(原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項7号(公序良俗違反)に該当し、無効にすべきものか。)について 〔被告らの主張〕 原告は、A及びモズライト社の周知著名な商標であるモズライト商標@及びAと同一又は類似の商標である原告商標2及び3を、Aやモズライト社ないしユニファイド社の承諾を得ることなく取得した。そもそも、Aは平成4年に死亡し、ユニファイド社も平成6年に倒産しており、いずれも原告商標2及び3の出願日よりかなり前であるから、原告がAらからその出願について承諾を得ることは不可能であった。当時、被告黒雲製作所が後記のとおりモズライト関連の登録商標(被告標章2と同一のもの)を有しており、原告は、この被告黒雲製作所が有していた登録商標について、モズライト商標@及びAに類似するとして商標法4条1項10号違反を主張していたのであるから、原告がモズライト商標@及びAがAの出所を示すことを認識していたことは明らかである。そして、原告自身、A等の正当な権利者から商標登録について正式な承諾を得ているとは主張していないのみならず、Aの前では被告黒雲製作所も原告も同じ立場である旨主張している。原告は、Aの前では被告黒雲製作所と同じ立場と認識しながら、その一方で原告商標2及び3を出願して独占を図っているのであるから、原告の出願が極めて不当な動機でなされたことは明らかである。加えて、原告は、他にも、ギターに関する有名人や有名商標の名声に便乗して不正な利益を得るために多数の出願をしており、原告商標2及び3もその例外ではない。 したがって、原告が原告商標2及び3を取得した行為は、周知著名なモズライト商標@及びAを所有する者に無断で、その著名な名声に便乗して不正な利益を得るために出願をした極めて剽窃的で悪質な行為であり、商標法4条1項7号に該当する。 〔原告の主張〕 前記2〔原告の主張〕で述べたとおり、原告商標2及び3は、自己の周知商標であり、原告代表者は、Aの正当な承継者であるから、原告商標2及び3の商標権を取得したことは商標法4条1項7号に該当しない。 また、被告らが指摘する他の出願は、本件とは直接の関係はなく、しかも、それぞれにつき、原告は、各ミュージシャンとの間で契約や良好な関係を有しているから同号には該当しない。 さらに、過去に同号に該当する商標を登録していた被告黒雲製作所は、同号を主張することはできず、被告黒雲製作所が同号を主張することは、権利の濫用ないし信義則違反として許されない。 4 争点4(原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項19号(他人の周知商標(国内又は国外)と同一又は類似で不正の目的をもって使用するもの)に該当し、無効にすべきものか。)について 〔被告らの主張〕 前記3〔被告らの主張〕のとおり、原告商標2及び3の出願時及び登録時においてモズライト商標@及びAが周知著名であったにもかかわらず、原告は、モズライト商標@及びAの正当権原者であったA及びモズライト社ないしユニファイド社の承諾を得ることなく、モズライト商標@及びAと酷似した原告商標2及び3を出願しており、このような出願は他人の名声に便乗して不正な利益を得るためにした出願である。 したがって、原告商標2及び3は、商標法4条1項19号に違反して登録されたものである。 〔原告の主張〕 前記3〔原告の主張〕と同様である。 5 争点5(原告商標1の商標登録は、商標法4条1項10号(他人の周知商標に同一又は類似し、その商品等又はこれらに類似する商品等について使用するもの)に該当し、無効にすべきものか。)について 〔被告らの主張〕 原告商標1は、A及びモズライト社の商標で、モズライト・ギターに付されていた商標(「VIBRAMUTE」(モズライト商標B))と同一又は類似のものである。モズライト商標Bは、原告商標1の出願時及び登録時において、A及びモズライト社の周知著名な商標であり、その業務上の信用に基づく顧客吸引力であるグッドウィルは、中古市場に流通しているモズライト・ギターのビンテージ品に付された商標にも化体して現に存在している。 したがって、原告商標1は、他人の周知著名な商標であるモズライト商標Bと同一又は類似の商標であり、その商品又は類似する商品について使用するものであるから、商標法4条1項10号に該当する。 〔原告の主張〕 原告商標1が、A又はその会社の商標として周知著名であるという被告らの主張を否認する。原告商標1は、その出願時、いまだ周知ではなかったものである(被告が挙げる乙18にはAのビブラミュートといった記載はなく、また、乙18、21、35はいずれも原告商標1の出願後に出版されたもので、原告商標1が、その出願時においてAの商標として周知著名であったことの裏付けにはならない。)。また、前記のAの死亡と同人の最後の関連会社であるユニファイド社の倒産以来、Aもその関連会社も、エレキギターもトレモロアームユニット(原告商標1が主に使用される商品はエレキギターにおいて震動のために使う「トレモロアームユニット」という部品である。)も製造・販売していない。今日では、原告商標1は、ギターの商標「mosrite」「マルMマーク mosrite of California」とともに、原告の販売するエレキギターに使用するトレモロアームユニットの商標として、周知著名となっている。 6 争点6(原告商標1の商標登録は、商標法4条1項7号(公序良俗違反)に該当し、無効にすべきものか。)について 〔被告らの主張〕 原告は、A及び同人の設立したモズライト社の周知著名な商標であるモズライト商標Bを知らないはずはないのに、これと酷似した原告商標1の商標権を、Aやモズライト社の承諾を得ることなく取得したものである。また、そもそも、原告がAらから承諾を得ることは不可能であったこと、原告は、他にも、ギターに関する有名人や有名商標の名声に便乗して不正な利益を得るために多数の出願をしており、原告商標1もその例外ではないことは、前記3〔被告らの主張〕で述べたとおりである。原告の出願が極めて不当な動機でなされたことは明らかである。 したがって、原告が原告商標1を取得した行為は、周知著名なモズライト商標Bを所有する者に無断で、その著名な名声に便乗して不正な利益を得るために出願をした極めて剽窃的で悪質な行為であり、商標法4条1項7号に該当する。 〔原告の主張〕 前記3〔原告の主張〕において述べたところと同様である。 原告による原告商標1の登録は剽窃などではない。 被告黒雲製作所は、過去、Aやその関連会社からモズライト商標の使用許諾を受けず、無権原でモズライト・ギターを製造していたものであり、そのような被告黒雲製作所が、商標法4条1項7号を主張することは許されない。 7 争点7(原告の商標権行使は、権利濫用に該当するか。)について 〔被告らの主張〕 前記のとおり、原告商標と実質的に同一であるモズライト商標は、少なくとも音楽業界及びエレキギターに興味を持つ需要者の間で、A及びモズライト社が製造・販売したギターに付される標章として広く認識されるに至ったものである。また、モズライト商標@ないしBは、モズライト社からモズライト商標@ないしBを付した日本製(ジャパンタイプ)ギターを製造・販売する許諾を受けたファーストマン楽器製造株式会社(以下「ファーストマン社」という。)の努力により、我が国の需要者に広く認識されるに至ったものである。したがって、モズライト商標@ないしBが表示する出所は、アメリカ製(本国タイプ)としての「A」、「モズライト社」である。そして、被告黒雲製作所は、ファーストマン社の下請けとして、日本製ギターの製造に従事していたものであり、1969年にファーストマン社が倒産した後、現在に至るまで、モズライト商標@ないしBを付したギターを製造・販売してきた。しかも、被告商品の需要者は、ビンテージ品と被告黒雲製作所製のギターとを区別して認識している。 これに対し、原告は、「マルMマーク mosrite of California」の下に「made in USA」と表示した商品カタログを配布し、あたかもモズライト社の真正品のギターであると需要者に誤認されるような態様でギターを販売している。しかも、前記のとおり、原告の商標登録は極めて剽窃的である。 とりわけ、原告が原告商標を出願した時期は、被告黒雲製作所がモズライト関連の商標を有していた時期であって、原告は、当時、被告黒雲製作所が有していた商標に対し、A及びその設立会社の商標と類似するとして商標法4条1項10号違反を主張していたばかりか、原告商標出願後の平成12年12月26日付けの原告の準備書面27ページで、Aの前では「MOSRITE」の標章や「マルMマーク mosrite」の標章の使用については、被告黒雲製作所も原告も全く同じ立場であるとか、被告黒雲製作所は、その有するモズライト商標に基づき他人に対して権利行使をするという禁を犯すべきではなかったなどと主張していたのである。 原告は、剽窃的行為により取得した商標権を被告らに行使しただけでなく、さらに、被告らの顧客である谷口楽器及びバスウッドの各社に対しても権利行使し、その使用の差止めを要求するだけでなく、それぞれ巨額の金銭の支払いを要求している。 以上の点を考慮すれば、その販売するギターについてモズライト社の真正品であるかのように出所の誤認を招く販売方法を展開している原告が、被告らに対し、極めて剽窃的な行為により取得した原告商標に基づき、被告標章の使用を禁止することは権利の濫用にあたり許されない。 〔原告の主張〕 前記2ないし6の〔原告の主張〕で述べたとおり、原告の商標権取得は何ら剽窃的でなく、その権利行使は権利濫用に該当しない。 8 争点8(被告標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為(原産地誤認表示)に該当するか。)について 〔原告の主張〕 被告標章3は、被告商品が米国カリフォルニア州で製作されたことを表すものである。しかし、被告商品は、長野県大町市所在の被告黒雲製作所の自社工場で製作されたものであるから、被告標章3は、原産地を偽り、需要者に原産地を誤認させる表示である。 したがって、被告らがそれぞれ被告標章3を付した被告商品を譲渡等することは、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に当たる。 〔被告らの主張〕 (1) 不正競争防止法2条1項13号非該当 ア 原告商標も被告標章も、A又はモズライト社に由来するものである。そして、A又はモズライト社自身、長年カリフォルニア州以外の場所でモズライト・ギターを製造していたものの、それに「of California」を付した被告標章3と同一の標章を付していた。Aは、上記標章を、製作地を表すために使用しておらず、ウエストコーストの風のような音色を出すモズライト・ギターの商品イメージを表すものとして使用していたものである。したがって、被告標章3をカリフォルニア州で製作されたものを意味するとみるのは取引の実情にあわない。 イ 被告標章3は「マルMマーク mosrite」と「of California」が一体として識別標識として受け取られるものである。そもそもカリフォルニアがギターの有名な産地であるということはない。むしろ、被告標章3はモズライト・ギターを忠実に再現したものであり、「カリフォルニア製」であることを受け取られるように意図して当該標識を用いたわけではない。しかも、被告らは、被告商品がAらの製造に係るビンテージ品でないことを需要者に理解してもらえるよう努力していた。 むしろ、原告は、原告商標2の下にmade in USA と表示したエレキギターを販売するなどしており、原告こそ不正競争行為を行っている。 ウ 被告商品の需要者はエレキギターの上級者又はモズライトファンに限られるので、被告標章3をみて、カリフォルニア州で製作されたギターと判断することはない。 エ よって、被告標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号に該当しない。 (2) 仮に、被告標章3の使用によって原産地に誤認が生じるとしても、そのことで原告の営業上の利益が害されるという関係にはない。仮に、原告の売上げが減少したとしても、その利益は、原告自身の正当な権原に基づいた利益ではなく、不正な行為により得ていた利益であるからである。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(被告らは、第2の1(3)イ記載のもののほかに、被告標章を使用しているか。)について (1) 証拠(甲9ないし14)及び弁論の全趣旨によれば、被告黒雲製作所は、以下のアないしウの被告商品に被告標章2ないし4を付して製造・販売し、また被告標章2及び3を付した上記被告商品に関する商品カタログ(エ)を配布し、被告日本電通工業は、以下のアないしウの被告商品を被告黒雲製作所から仕入れて小売店に販売し、被告標章2ないし4を付した上記被告商品に関する商品カタログ(エ)を配布していることが認められる。なお、上記証拠によれば、被告らが商標「MOSRITE」を使用していることは認められるものの、被告標章1(「mosrite」)を使用していることを認めるに足りる証拠はない。 ア エレキギター及びエレキベース等の楽器 イ ハードケース、ソフトケース、ストラップ及びピック等の楽器付属品 ウ 上記ア及びイの包装等及び保証書 エ 商品カタログ (2) 被告らは、上記ア及びイのうちハードケース以外のもの並びにそれらのものの包装等及び保証書に被告標章2ないし4は使用していないし、エ(商品カタログ)は配布していないと主張し、被告日本電通工業は、ストラップやピック等は被告黒雲製作所から仕入れていないし、その他の商品も現在販売していない、甲9は被告日本電通工業のものではなく、シェクターコーポレーションのものであるなどと主張する。 しかし、甲9ないし甲11の商品カタログに掲載された商品の写真等によれば、上記(1)アに認定のものに被告標章2ないし4が付されていることは明らかである。仮に、甲9の商品カタログが被告日本電通工業のものではなかったとしても、発売元として同被告の名が記載された甲10及び甲11の商品カタログに、甲9の商品カタログと同様に被告標章2ないし4が付された上記(1)ア及びイの各被告商品の写真が掲載されているから、ストラップ等を被告黒雲製作所から仕入れて販売していないという被告日本電通工業の主張を採用することはできない。 次に、被告日本電通工業が現在被告商品を販売していない旨の主張についてみると、被告黒雲製作所は被告商品の製造販売を否認していないこと、被告黒雲製作所は製造元であって、小売店への販売は同被告ではなく被告日本電通工業が行ってきたこと、被告日本電通工業の小売先が、平成18年9月ころ以降、原告からの被告商品の取扱いは商標法違反である旨の警告を受けて、被告商品の取扱いを控えていること(甲107、108)などからすれば、上記のような小売先の対応が原因で事実上新たな出荷をすることができない状態にあるにすぎず、被告日本電通工業が被告商品の販売を取り止めたものと認めることはできない。したがって、この点の被告日本電通工業の主張も採用することはできない。 さらに、商品カタログの配布については、確かに、甲9ないし甲11の商品カタログは、平成8年に解散した有限会社日本モズライト(乙7)に類する「ジャパンモズライト(有)」との名称が記載されていることからみて、平成8年以前に作成された可能性も高い。しかし、少なくとも平成18年10月ころにこのようなカタログが小売店で配布されていたとの訴外C作成の陳述書(甲109)が存在すること、及び、被告らが被告商品の販売を現在においても継続していることからすれば、その商品カタログを配布していないとの被告らの主張はにわかに採用することができない。また、被告らの商品カタログがインターネットオークションに出品されている事実(乙8)から、ただちに現在被告らが商品カタログを配布・使用していないということもできない。 以上、被告らの主張及びそれらの根拠として挙げる証拠は、いずれも上記(1)の認定を覆すに足るものではない。 2 争点2(原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号(他人の周知商標に同一又は類似し、その商品等又はこれらに類似する商品等について使用するもの)に該当し、無効にすべきものか。)について (1) 以下に掲げる証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ア モズライト・ギターについて a) Aは、昭和27年(1952年)、米国カリフォルニア州<以下略>において、エレキギター(モズライト・ギター)を製造・販売するために、モズライト社を設立した。 モズライト社は、以来、その製造したエレキギターに、「マルMマーク mosrite of California」(モズライト商標@)の商標を使用した。 モズライト社において昭和38年(1963年)から昭和40年(1965年)までの間製造し、人気ロックバンド「ベンチャーズ」が使用したエレキギターが、「ベンチャーズ・モデル」と呼ばれるものであり、モズライト・ギターのビンテージ品として人気を博しているものである。 b) モズライト社は、昭和44年(1969年)2月、倒産し、昭和46年(1971年)、カリフォルニア州において再建されたものの、昭和48年(1973年)、再度倒産した(甲67)。 その後、Aは、オクラホマ州、カリフォルニア州、ノースカロライナ州等において、会社を設立し、モズライト・ギターを製造するなどしていたが(甲67、68)、平成4年(1992年)4月ころ、米国アーカンソー州<以下略>において、UNIFIED SOUND ASSOCIATION,INC.(ユニファイド社)を設立し、同社においてモズライト・ギターの製造・販売を開始した(甲17)。 Aは、平成4年(1992年)8月7日、死去し、同人の妻であるBが、ユニファイド社の代表者に就任した。しかし、ユニファイド社は、その後経営不振に陥り、平成6年(1994年)4月、倒産した。 c) Bは、ユニファイド社の倒産後、自己破産した(甲17、162)。 なお、Bがその後もエレキギターの製造・販売を行い、日本にも輸出していたことは、後記のとおりである。 イ Aらが有していたモズライト関連商標 a) ベンチャーズの関連会社であるベンチャーズ・モズライト社が、昭和40年(1965年)、我が国において、ベンチャーズ・モズライト商標(「MOSRITE」「VENTURE-MOSRITE」)の商標登録を出願し、昭和42年(1967年)3月20日、その登録を得た。 このベンチャーズ・モズライト社の設立及びベンチャーズ・モズライト商標の出願、登録は、A及びモズライト社とは無関係にされたものであった。 ベンチャーズ・モズライト商標は、昭和52年(1977年)3月20日に存続期間満了により消滅し、昭和54年(1979年)9月10日、その登録が抹消された(甲19、乙43)。 b) Aは、日本において、昭和63年(1988年)2月22日、モズライト商標B(「VIBRAMUTE」)について、商標登録を得た。 同商標は、平成10年(1998年)2月22日、存続期間が満了し、消滅した。 c) @ Aは、アメリカ合衆国において、昭和54年(1979年)10月9日、「MOSRITE」商標について商標登録を出願し、昭和56年(1981年)5月26日、その登録を得た(アメリカ合衆国商標登録115520号)。この商標権は、同人の死後、Bが有していた(乙45の2、80の1)。 A Bは、アメリカ合衆国において、平成7年(1995年)2月6日、「マルMマーク」(但し、「M」の周りがギザギザのついた白抜きの丸で囲まれ、その周囲をさらに黒塗りの丸が囲んでいるもの)の商標登録を出願し、平成8年(1996年)1月9日、その登録を得た(アメリカ合衆国商標登録1946821号)(乙45の2)。 B Bがその後原告の取消申立てにより上記2件の商標権を失ったことは、後記のとおりである。 ウ 日本における原告以外の者によるモズライト・ギターの販売等 a) 日本においては、ベンチャーズが、昭和40年(1965年)の来日公演の際に使用していたモズライト・ギターのビンテージ品の音(ベンチャーズ・サウンド)が、日本のファンに衝撃を与え、ベンチャーズの人気に伴い、ベンチャーズ・サウンドを作ったモズライト社のモズライト・ギターへの憧れも高まった(甲65、97、乙1、9、10、20、23)。そのため、いまだに雑誌においてモズライト・ギターが紹介される場合、ベンチャーズの名が引き合いにだされることが多い(乙1、9、14、23、34、65、66)。 そして、日本の人気ミュージシャンである加山雄三、寺内タケシ、ブルーコメッツらも、昭和40年ころから、Aの製造に係るモズライト・ギターを演奏に使用するようになった。 b) 日本において、モズライト・ギターの輸入・販売が開始されたのは、昭和40年(1965年)6月である。 日本では、ファーストマン社が、昭和43年(1968年)5月、モズライト社から製造許諾を受けてモズライト・ギター(アベンジャーモデル)の製造・販売を開始した。ファーストマン社製のモズライト・ギターには、「マルMマーク mosrite」商標が付されていた(甲17、64、100、乙28、37の1)。 c) 被告黒雲製作所は,ファーストマン社の下請けとして、同社が製造・販売していたモズライト・ギターの木部の製造を担当していたが(甲64)、昭和44年(1969年)7月、ファーストマン社が倒産した。 被告黒雲製作所は、在庫の販売を続け、その後独自に、モズライト・ギターの製造・販売を開始し、その製造に係るエレキギターに被告標章2を付した。 d) 楽器販売店ワルツ堂は、Aの死後、ユニファイド社製のモズライト・ギターを、日本における販売代理店であるロッコーマン社を通じて輸入・販売しており、ユニファイド社の倒産後、平成10年ころまで、Bが製造していたモズライト・ギターも輸入・販売していた(乙76)。 また、Dは、平成8年から平成13年までの間、Bが製造していたモズライト・ギターを、輸入・販売していた(乙77の1ないし4)。 エ 被告黒雲製作所が被告標章2について商標登録を有していたこと 被告標章2は、黒澤商事株式会社が、昭和47年(1972年)6月22日、商標登録を出願していたもので、被告黒雲製作所は、同社から上記商標の買取りを請求され、これを買い取った。上記商標に類似する先登録の商標として、ベンチャーズ・モズライト商標があったものの、これらが前記のとおり、期間満了により消滅したことから、被告標章2については、昭和55年(1980年)5月30日、商標登録がされた。しかし、同標章の商標登録については、原告により登録無効審判請求がされ、審決取消訴訟を経て、平成15年5月30日、無効審決が確定している(甲23ないし25)。 オ 原告によるモズライト・ギターの販売開始等 a) 原告代表者は、昭和51年(1976年)5月、原告の前身である個人商店(フィルモア楽器店)を開店し、モズライト・ギターの輸入・販売を開始した(甲17)。原告代表者も、昭和40年(1965年)のベンチャーズの来日公演の際、ベンチャーズが使用したモズライト・ギターの音に衝撃を受け、モズライト・ギターへの憧れを抱いたものであった。 b) 原告代表者は、平成4年(1992年)5月,渡米して、アーカンソー州のAの元(ユニファイド社)を訪ね、モズライト・ギターの40周年記念モデルと同一品質のものの製造を依頼する契約を締結し、同社において4 0 周年記念モデルが製造され、これには「マルM マーク mosrite of California」が付された。原告代表者は、この40周年記念モデルのほか同社が製造したモズライト・ギターを日本に輸入し、販売した(甲17、69、80、81、131、155、156、157)。 しかし、Aが同年8月に死亡し、その後ユニファイド社が倒産に至ったことは前記のとおりである。 c) 原告代表者は、モズライト・ギターのビンテージ品の音を再現したエレキギターの製造・販売を行うため、平成8年(1996年)、当時アメリカ合衆国カリフォルニア州において「mosrite of California」商標を有していたSugai Musical Instrument,Inc.(以下「スガイ社」という。)にエレキギターを製造させることとした。原告代表者は、同年11月以降、原告は、平成12年(2000年)4月5日の原告設立時以降、スガイ社の製造にかかるエレキギターを日本に輸入して販売している。スガイ社製のエレキギター(原告商品)には、原告商標2(「マルMマーク mosrite of California」)が付されている(甲17、76、77、78)。 カ 原告による商標登録出願等 a) 原告は、平成8年(1996年)12月3日、日本において、原告商標1(「VIBRAMUTE」)を出願し、平成11年(1999年)5月14日、その商標登録を得た(甲6の1及び2)。 b) 原告代表者は、平成10年(1998年)2月23日、アメリカ合衆国において、「マルMマーク mosrite」商標の、商標登録出願をした(乙45の1)。 この出願については、一旦、Bが有していた前記2件の商標(アメリカ合衆国商標登録1155520号及び1946821号)と非常に似ており、混同等の可能性があるという理由で、登録が拒絶された(乙45の2)。 これに対し、原告代表者は、Bは、上記各商標を放棄しており、信頼すべき情報によれば同人はこれらの商標権者ではないため何の防御も行ってこなかったものと考えられると主張して取消申立てをしたところ、同人にその通知が送達できなかったため、公示送達の手続が採られ、その後、Bの上記各商標登録は取消された(乙45の3及び4、80の1ないし3)。 原告代表者の出願に係る上記商標は、平成15年(2003年)12月9日、アメリカ合衆国において商標登録されたが、その登録において、使用開始日は平成8年(1996年)10月31日とされている(甲75)。 c) 原告は、平成10年(1998年)4月28日、日本において、原告商標2(「マルMマーク mosrite of California」)の商標登録を出願し、平成15年(2003年)10月10日、その登録を得た(甲7の1及び2)。 d) 原告は、平成11年(1999年)11月30日、日本において、原告商標3(「mosrite」)の商標登録を出願し、平成18年(2006年)3月3日、その登録を得た(甲8の1及び2)。 キ 原告商品の日本における取引状況 a)@ 原告や原告商品が雑誌に紹介される際には、「モズライト・ファンが集まるモズライト専門のギター・ショップ」、お薦めは「モズライトUSA ヴェンチャーズモデル」、「モズライトU.S.A ベンチャーズ'63年リイシュー・モデル」、「“モズライト”はエレキ・ファンにとって特別の存在・・・ベンチャーズが愛用し、・・・加山雄三や・・・寺内タケシも愛用してきた“ギターのロールスロイス”・・・ここではヴィンテージ・モズライトのリイシュー・モデルを紹介しよう。それぞれのモデルは、オリジナルの年代のスペックに準じて忠実に作られており、まさにヴィンテージ・モズライトがゲンダイに甦ったといえる趣きである。・・・オリジナルのイメージに忠実な仕上がりとなっていて、多くのファンを喜ばせている。」、「モズライト誕生55周年、フィルモア、モズライト伝説の新たなるスタート・・・」などと紹介されている(甲27、28、43、115)。 A 平成14年10月9日発行の雑誌「エレキ・ギター・ブック」には、原告のカスタムショップで製作された原告商品が紹介されるとともに、モズライト・ギターのビンテージ品(1964年タイプ)の紹介記事も掲載されている(甲35)。 b) 原告が雑誌等に原告商品の広告を掲載する場合、原告商品の紹介として次のような記載がされている。 @ 「モズライトのあの伝説の“ファズライト”が限定生産される!」、「モズライトの“ファズライト”がモズライト創立50周年を記念して限定生産された。」(平成15年2月9日発行の雑誌(甲36))。 A 「ブルー・コメッツスペシャルモデルギター&ベース」「36年の深い眠りから覚めて再びファンのもとへ・・・」(平成15年6月9日発行の雑誌(甲37))。 なお、この原告商品「ブルー・コメッツスペシャルモデル」については、平成15年11月9日発行の雑誌にも、「・・・“ファーストマン”より・・・甦った」などと記載した記事が掲載されている(甲38)。 B 「1965年1月、モズライト・ギターはベンチャーズによって日本に初お目見えし、それが伝説の始まりとなった。モズライトでは“モズライト日本初上陸40周年”を記念して、2005年に向けて記念モデルを続々と発売する。」(平成16年12月15日発行の雑誌(甲42))。 C 「時は1965年1月、モズライトが日本上陸今まさにあの時の衝撃が甦る!!」(平成18年発行の書籍(乙64))。 c) ベンチャーズは、近年も毎年のように来日公演をしており、原告商品の紹介記事や広告が掲載されている雑誌の中には、ベンチャーズの特集記事やベンチャーズの日本ツアーレポート、寺内タケシのインタビュー記事などが掲載されているものがある(甲37、39、40、42、45、46、)。 また、原告商品を購入した者も、ベンチャーズのファンとなったことからエレキギターに夢中になり、「ベンチャーズの音」を求めて原告商品を購入しているものが多い(甲28、29、36、43、140、141、145、147、152)。中には、モズライト・ギターのビンテージ品を所有するとともに、原告商品をも購入している者もおり(甲36)、さらに、ファーストマン社のアベンジャーモデルに始まり、モズライト・ギターのビンテージ品を収集している者もいる(甲41)。 ク モズライト・ギターのビンテージ品の日本における取引状況等 a) Aないしその関連会社の製造にかかるモズライト・ギター(ビンテージ品を含む。)については、近年でも特集雑誌が発行されたり、エレキ・ギター関係の雑誌で特集記事の連載がされたりしており、その直近のものは、平成18年10月16日発行のものであった(乙13ないし21、23、34、66)。 b) また、モズライト・ギターのビンテージ品は、日本において、現在においても高額で取引されている(乙3、4、82の1ないし5、83の1ないし5)。 (2) 以上に認定した事実によれば、原告商標2及び3は、他人の周知商標であるモズライト商標@と同一又は類似するものであり、商標法4条1項10号に該当するというべきである。その理由は次のとおりである。 ア 原告商標2は、A及びその関連会社(モズライト社等)が製造・販売していたモズライト・ギターに付されていたモズライト商標@と同一である。 また、原告商標3は、その要部と認められる「mosrite」が、モズライト商標@の要部と認められる「mosrite」と同一である。したがって、原告商標3は、モズライト商標@と類似する商標であると認められる。 イ モズライト社がその製造するエレキギターやエレキベース等の楽器に使用していたモズライト商標@は、原告商標2及び3の出願前である昭和40年ころには、来日公演を行った人気ロックバンド「ベンチャーズ」が使用していたことを契機として、我が国においてエレキギターを取扱う取引者及び需要者というべき音楽愛好家(特に「ベンチャーズ」のファン)やエレキギター愛好家の間において周知著名なものとなっていた。そして、その後も、日本において、人気ミュージシャンである加山雄三や寺内タケシらが、現在に至るまで、たびたびモズライト・ギターを使用して演奏してきたこと、エレキギター関係の雑誌等において、A及びその関連会社の製造に係るモズライト・ギターやベンチャーズが使用していたモズライト・ギターのビンテージ品が紹介されていること、ベンチャーズが現在も毎年のように来日公演を行っており、その関連記事にモズライト・ギターも紹介されていること、モズライト・ギターのビンテージ品等が現在も日本における中古市場で流通していることなどに鑑みれば、モズライト商標@は、現在もなお、A及びその関連会社が製造・販売したモズライト・ギターに関する商標として、その取引者及び需要者間において、周知著名であるというべきである。 ウ 原告は、Aないしその設立した会社から、モズライト商標@について、その譲渡や使用許諾を受けたものではないことを認めている。 エ 原告は、Aやその関連会社が有していたモズライト商標@のグッドウィルは既に消滅しており、原告商標2及び3について、原告の販売する原告商品に係る商標としてグッドウィルを取得しており、これらは「他人の」商標ではない旨主張する。 しかし、原告は、原告商品をモズライト・ギターの復刻品ないしリイシュー品と位置づけ、それを宣伝文句として販売しており、原告や原告商品については、Aが製造・販売していたモズライト・ギター(特にビンテージ品)やベンチャーズの名とともに紹介ないし広告していること、原告商品の購入者らは、ベンチャーズの来日公演時に衝撃を受け、憧れていた「ベンチャーズの音」を求めて、原告商品を購入する者が多く、中にはモズライト・ギターのビンテージ品そのものやファーストマン社がAらから許諾を受けて製造販売したアベンジャー・モデルをも所有している者もいることなどに鑑みれば、上記のとおり、モズライト商標@に化体された顧客吸引力は今なお存続しており、原告もそれを利用して原告商品を宣伝・販売しているものと認められる。したがって、Aやその関連会社が有していたモズライト商標@のグッドウィルが既に消滅しているとの原告の上記主張を採用することはできない。 オ 原告は、被告らは信義則上若しくはその他の理由により商標法4条1項10号を主張することはできない旨主張する。 確かに、被告黒雲製作所は、前記認定のとおり、過去においてモズライト商標@と類似する登録商標を有していたもので、同商標については商標法4条1項10号に該当するとして、商標登録を無効とする審決が、審決取消訴訟を経て既に確定している。しかし、商標法4条1項10号に基づく無効を主張することができる者として、被告黒雲製作所のような立場の者を除く趣旨が商標法上規定されているわけではない上、たとえ、被告黒雲製作所が過去においてモズライト商標@と類似する登録商標を有していたとしても、前記認定のとおり、モズライト商標@と同一又は類似する原告商標2及び3を無権原で使用し、モズライト商標@に化体された顧客吸引力を利用している原告が、被告らの主張を論難し、その非を免れることもまた許されるものではない。原告の上記主張も採用することはできない。 (3) 以上によれば、原告商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効とすべきものであるから、商標法39条、特許法104条の3第1項に基づき、原告の原告商標2及び3に基づく権利行使は許されない。 3 争点5(原告商標1の商標登録は、商標法4条1項10号(他人の周知商標に同一又は類似し、その商品等又はこれらに類似する商品等について使用するもの)に該当し、無効にすべきものか。)について (1) 以下に掲げる証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 Aは、1960年代、新たなトレモロアームシステムユニットの開発を始め、昭和37年(1962年)ビブラミュートトレモロユニットを考案し、以後、昭和39年(1964年)まで、同ユニットを使用し、その台座にモズライト商標B(「VIBRAMUTE」)を付した。このトレモロユニットは、ベンチャーズのメンバーが用いたモズライト・ギターのビンテージ品にも用いられていた(甲94、98、乙1、9、10、19、34)。 上記の事実は、日本においても、モズライト・ギターに関する紹介記事等に幾度も記載されている(甲94、乙19、34)。 (2) 原告商標1は、モズライト商標Bと同一である。 (3) そして、上記(1)の事実に前記2(1)に認定の事実を併せ考えれば、モズライト商標Bは、昭和40年ころには、モズライト商標@に伴って使用され、我が国のエレキギターを取扱う取引者及び需要者というべき音楽愛好家(特に「ベンチャーズ」のファン)やエレキギター愛好家の間において周知著名なものとなっており、その周知・著名性は、モズライト商標@と同様に現在もなお存続しているというべきである。 また、モズライト商標Bの周知・著名性は消滅しているとか、被告らが商標法4条1項10号を主張することが許されないという原告の主張を採用することができないことは、前記2(2)に述べたところと同様である。 なお、原告商標1については、その設定の登録の日から既に5年を経過しているものの、前記認定のとおり、原告は、モズライト商標Bの周知著名性を十分に知り得る立場にありながら、平成8年12月3日にモズライト商標Bと同一の原告商標3を出願し同11年5月14日にその商標登録を得たのであるから、原告については、商標法47条1項括弧書きの「不正競争の目的で商標登録を受けた場合」に当たるものと認められる。 (4) 以上によれば、原告商標1は、商標法4条1項10号に該当し、無効とされるべきものであるから、商標法39条、特許法104条の3第1項に基づき、原告の原告商標1に基づく権利行使は許されない。 4 争点8(被告標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為(原産地誤認表示)に該当するか。)について 被告標章3は、「マルMマーク mosrite」の下に筆記体で「of California」と記載されたものである。確かに、前置詞の「of」は、所属や分離を表す場合のほか、ものの根源や出所を表すものとして用いられる場合がある。そして、Aらがモズライト商標@を使用し始めたのは、同人がアメリカ合衆国カリフォルニア州でモズライト社を設立し、同州でモズライト・ギターを製造し始めたことによるものである。しかし、前記2(1)に認定のとおり、日本においてモズライト・ギター及びそれに係るモズライト商標@等が周知となったのは、ベンチャーズが昭和40年以降に日本公演をし、その際に、モズライト・ギターを使用したことによるものであること、モズライト社は、その後倒産して、Aは、カリフォルニア州以外の数か所の州を転々とし、その際にカリフォルニア州以外の州で製造したギターにも「of California」と記載されたモズライト商標@をモズライト・ギターに用いていたこと、そして、A及びその関連会社がカリフォルニア州以外でもモズライト・ギターを製造していたことは、日本においても、既にモズライト・ギターが周知著名であったため、モズライト・ギターないしAに関する雑誌の記事においてたびたび記載されており、エレキギター等の楽器の取引者及び需要者には知られていたと認められることからすれば、モズライト商標@の「of California」は、日本においては、「カリフォルニア州製の」という意味というよりは、単に商品のイメージを表す付加的表示として、その上の「マルMマーク mosrite」と一体となって、A又はその関連会社が製造・販売したモズライト・ギターであることを示す周知著名な商標となっていったものであり、日本における取引者及び需要者もそのような商標として理解しているものと認めるのが相当である。 したがって、被告らがモズライト商標@と同一の被告標章3を使用する行為は、モズライト商標@の周知性にただ乗りする行為として、その周知商品表示主体から不正競争防止法2条1項1号等に基づき請求を受けたときに、同号等所定の不正競争行為に該当することはあり得るとしても、その商品表示の上記のような意味での周知性からして、同条1項13号所定の不正競争行為に該当するということはできない。 第5 結論 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 間史恵 裁判官 古庄研 |
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