判例全文 line
line
【事件名】“永久凍土マンモス”CGイラスト事件
【年月日】平成23年11月29日
 東京地裁 平成22年(ワ)第28962号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成23年9月22日)

判決
原告 A1
訴訟代理人弁護士 海野宏行
同 金澤淳
被告 株式会社飛鳥新社
訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 亀井弘泰


主文
1 被告は、別紙書籍目録記載の書籍中の本文41頁及び表紙カバーにそれぞれ掲載された別紙1及び2記載の各画像を削除しない限り、同書籍を発行又は頒布してはならない。
2 被告は、その占有する前項記載の書籍から前項記載の各画像を削除せよ。
3 被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成22年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを5分し、その2を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
6 この判決の第1項ないし第3項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項及び第2項と同旨
2 被告は、原告に対し、400万円及びこれに対する平成22年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)を発行及び頒布した被告に対し、本件書籍の本文中に掲載された別紙1記載の各画像(以下、同目録記載の上段の画像を「被告画像1」、下段の画像を「被告画像2」という。)及び本件書籍の表紙カバーに掲載された別紙2記載の画像(以下「被告画像3」といい、被告画像1ないし3を併せて「被告各画像」という。)は、原告が「マンモス」の標本のX線CTデータ等を基に3次元コンピュータグラフィックス(以下「3DCG」という。)により作成した著作物である別紙3記載の各画像(以下、同別紙記載の「1」の画像を「本件画像1」、同別紙記載の「2」の画像を「本件画像2」といい、これらを併せて「本件各画像」という。)を原告に無断で一部改変して複製したものであり、かつ、本件書籍の表紙カバーに原告の氏名が表示されていないから、被告による本件書籍の発行及び頒布は、原告が本件各画像について有する著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)の侵害に当たる旨主張して、著作権法112条1項に基づき、本件書籍から被告各画像を削除しない限り本件書籍の発行又は頒布の差止めを、同条2項に基づき、本件書籍からの被告各画像の削除を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は、東京慈恵会医科大学教授で、同大学総合医科学研究センター高次元医用画像工学研究所(以下「本件研究所」という。)の所長の地位にある者であり、医学博士、工学博士及び理学博士の学位を有している。
イ 被告は、書籍、雑誌の企画・編集・出版及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 本件各画像
ア 本件各画像は、2002年(平成14年)にロシア連邦サハ共和国のユカギル地方において永久凍土の中で発見されたマンモス(以下「本件マンモス」という。)の頭部の標本のX線CTデータ等を基に3DCGにより作成された画像である。
イ 本件マンモスは、学名「ケナガマンモス」の個体であり、平成17年に愛知県で開催された「2005年日本国際博覧会」(以下「愛知万博」という。)において、本件マンモスの頭部が展示された。
 これに先立ち、平成15年ころから、原告が学術面の指揮をとって、本件マンモスの愛知万博での展示に向けたプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)が進められ、その中で、日本に冷凍状態のまま輸送された本件マンモスの頭部について、CT装置(コンピュータ断層撮影装置)による撮影(以下「CT撮影」という。)が行われ、さらに、その撮影によって得られた断層像のX線CTデータ(以下「本件CTデータ」という。甲25の「C」の画像はその一部)を3次元画像として再構築したボリュームレンダリング像(甲25の「E」の画像。以下「本件三次元再構築モデル」という。)が作成され、これによって本件マンモスの頭部内の構造を解析するなどの研究が進められた(甲2ないし4、25、26、乙1の1ないし1の6、2の1ないし2の4)。
 本件画像1は本件CTデータを、本件画像2は本件三次元再構築モデルをそれぞれ基にして作成された3DCG画像であり、本件マンモスの頭部内の構造に関する研究の進捗状況を報告するために、愛知万博の開催前の平成17年2月3日に行われた記者会見の場において、原告が公表したものである(甲25ないし28、30、乙1の1ないし1の6、弁論の全趣旨)。
(3) 被告による本件書籍の発行等
ア 被告は、平成21年10月26日、本件書籍(甲3)を発行し、以後これを頒布している。
 本件書籍は、CT技術開発者であるB1(以下「B1」という。)が著作し、被告の従業員であるC1(以下「C1」という、)が編集を担当した。
イ 本件書籍は、CTが医学の分野のみならず社会生活の様々な分野で応用されていることについて、具体的なエピソードや画像を交えて一般読者向けに解説した内容となっている。
 本件書籍(甲3)の本文のうち、「CTをめぐる冒険4 マンモスも切ってみた!」と題する章(37頁ないし44頁)においては、本件マンモス及びそのCT撮影のエピソードが紹介され、その41頁に、被告画像1及び2が掲載されている。また、本件書籍の表紙カバーには、表題や著者名とともに複数の画像が掲載されており、その中に被告画像3が含まれ、表紙カバーの右上部に掲載されている。
 本件書籍中の被告各画像は、原告がC1に提供した本件各画像のデータファイルを基にして被告によって作成されたものである。
2 争点
 本件の争点は、@本件各画像の著作物性、原告の著作者性及び著作権の帰属(争点1)、A被告による被告各画像が掲載された本件書籍の発行及び頒布が、原告の本件各画像の著作権(複製権、譲渡権)の侵害に当たるか(争点2)、B被告による本件書籍の発行及び頒布が、原告の本件各画像の著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)の侵害に当たるか(争点3)、C被告が賠償すべき原告の損害額(争点4)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件各画像の著作物性、原告の著作者性及び著作権の帰属)について
(1) 原告の主張
ア 本件各画像が著作物であること
(ア) 本件画像1の創作性
a 原告は、本件画像1において、「氷の中のマンモス」をイメージしつつ、一般の人々とりわけ子供たちに本件マンモスの研究の科学的成果とその価値を分かってもらうことを目的としたサイエンスアートを作り出すことを意図し、科学的・学術的な側面と美術的・芸術的な側面の2つの側面から創意工夫をした。
 まず、科学的・学術的な観点からは、一連の研究作業で明らかになった本件マンモスの解剖学的な知見を本件画像1に分かりやすく反映させようと工夫をした。
 原告は、531枚(5mm間隔)からなる本件マンモスの頭部のaxial像(水平断画像)のデータセット(本件CTデータ)から31枚を選んで、本件画像1に使用した。
 本件マンモスには、ゾウの仲間に特有なハチの巣構造のように薄い骨が複雑に絡み合って頭蓋骨を形成している「エアセル」という構造が見られたため、この頭蓋骨内構造とその骨構造に浸潤した永久凍土の様子を分かりやすく示すために、この部分での断層像間の間隔を思いきり大きくすることにより、これらの構造と状況を明確に表現した。また、キバについては、マンモス特有の巨大なキバがいかに頭蓋骨にしっかりと深く固定されているかを表現しようと考え、基始部から先端まで連なるキバの部分の輝度を他の部分よりも高くすることによって、「キバが頭蓋骨とは異なる材質で構成されていること」を表現するとともに、キバの「構造の連続性」を示すために、キバの部分を頭蓋骨よりも間隔の狭い断層像の連続により表現した。
 次に、美術的・芸術的な観点からは、「氷の中のマンモス」というイメージを具現化できるように、「できるだけ深いブルーになるように」全体の色とライティングを調整する工夫をした。具体的には、3DCGにより表現され得る多数のブルーの諧調の中から、原告の表現意図に合致した色彩を慎重に選択し、また、微妙に視点方向を調整して画像角度を決定するとともに、断層像を包み込む本件マンモスの頭部外形状の透明度を調整し、立体形状を明確とするための照りかげりをライティングにより決定した。
 また、原告は、本件画像1において、本件マンモスの断面像が漆黒の中に浮かび上がって見えるように、背景には何も配置せず、かつ、背景色として黒を選択した。
b 以上のとおり、原告は、本件画像1を作成するに当たり、断層面の選択及び間隔、構図・アングル、色彩、光線・陰影、背景等を自ら決定し、原告の思想又は感情を創作的に表現したものである。これらは、誰がやっても同じ結果となるような「ありふれた表現」などではない。
(イ) 本件画像2の創作性
a 原告は、本件画像2において、本件マンモスの頭部の解剖学的構造についての科学的情報を保ったまま、「やっとマンモスの内部の構造が明らかになった。」という感動とイメージを表現することを意図した。
 そこで、原告は、本件三次元再構築モデルを頭部の真ん中から縦方向に切断し、本件マンモスを北極から運んできた時のイメージそのままになるように当該切断面における体表面を茶色に彩色する一方で、生き物の断面であることを強調するため別途作成した同じ断面図を原色で彩色した画像から内部の断面部分を切り抜いて上記茶色に彩色した切断面に貼り合わせることにより、本件画像2を作成した。このように原告は、本件画像2を作成するに当たり、彩色において創意工夫をした。
 加えて、本件三次元再構築モデルは、仮想空間において上下左右のあらゆる角度から、三次元的に任意の視点を無限に自由に設定することが可能であるところ、原告は、上記切断面について、本件三次元再構築モデルの正中断から微妙に位置・角度を移動させて、本件マンモスの大きな特徴である「キバの基部」と、本件マンモスの「寒冷適応」の証拠である「副鼻腔」の双方を同時に通るような切断面を選択し、これらを同時に分かりやすく示す創作的表現をした。
 また、原告は、本件画像2を作成するに当たり、切断面の解剖学的構造がよく見え、かつ、切断面の三次元的な凹凸が美しく見えるような審美的な観点から、切断面に対する構図・アングルを設定した。
 さらに、原告は、本件画像2の作成に当たり、本件マンモスのキバの部分が生き生きと伝わるように、仮想空間上の光源の数と量と位置を調整することにより全体のライティングを調整した。すなわち、原告は、仮想空間上で光源の数と量と位置を変化させて試行錯誤を繰り返した結果、「光源の数」については2つの光源を使用する「2灯」式とし、「光源の量」に関しては一方の光源の量を他方の光源の量よりも暗く設定して各光源の明るさを異なるものとし、「光源の位置」に関しては、仮想空間上で自由に任意の位置に動かすことのできる2つの光源の空間的位置を微妙に調整することにより、本件マンモスに特徴的なキバの部分を輝かせつつ、光線による陰影を通じてキバの形状・曲がり方などを生き生きと伝えることに成功した。
 また、原告は、本件画像2において、本件マンモスの断面像が漆黒の中に浮かび上がって見えるように、背景には何も配置せず、かつ、背景色として黒を選択した。
b 以上のとおり、原告は、本件画像2を作成するに当たり、色彩、切断面の選択、構図・アングル、光線・陰影、背景等において、原告の思想又は感情を創作的に表現した。
(ウ) 小括
 以上によれば、本件各画像は、原告の思想又は感情を創作的に表現したものであって、学術的な性質を有する「図形の著作物」(著作権法10条1項6号)に該当するとともに、「美術の著作物」(同項4号)に該当する。
イ 原告が本件各画像の著作者及び著作権者であること
(ア) 原告は、平成17年1月ころ、自ら構想した絵コンテに基づいて、本件CTデータ及び本件三次元再構築モデルをそれぞれ基にして本件各画像を作成した。
 本件各画像の作成に当たっては、原告が断層面の選択や断層面の間隔、構図・アングル、色彩、光線・陰影、背景等を全て決定し、原告が所長を務める本件研究所のスタッフに対し逐一具体的な指示を与えながら作業を進め、あるいは原告自身が直接コンピュータ端末の操作をするなどして作業を進めた。上記スタッフは、いずれも原告の具体的指示に従い、原告の手足として作業を手伝ったものにすぎない。
 したがって、著作物たる本件各画像を創作した者は原告であるから、原告が本件各画像の著作者(著作権法2条1項2号)である。
(イ) 上記のとおり、原告が本件各画像を創作したものであるから、原告は、本件各画像の単独の著作者として、その著作権を単独で保有している。
(2) 被告の主張
ア 本件各画像は著作物でないこと
 以下に述べるとおり、本件各画像は、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえず、著作物には当たらない。
(ア) 本件画像1
 本件画像1は、本件CTデータとそこから自動生成された本件三次元再構築モデルを利用し、本件マンモスの半透明な三次元画像の中に「解剖学的な情報」をもったCTデータである断層面を並べたものであり、内部が見えるような本件マンモスの頭部の三次元画像を用意し、その中にCT撮影した断層面を「解剖学的な特徴」が分かるように配置することは、ごくありふれた表現方法である。
 原告が主張する本件画像1における断層面の選択及びその間隔は、キバを含む本件マンモスの頭部全体を表示しつつ、各断層面の解剖学的な情報をより正確に見せるために必要な当然の作業にすぎず、断層面に現れている特徴的な構造はその部分の断層面の配置間隔を広くしなければ見えないのは当然であるし、キバの連続した構造を示すために断層面を狭く配置することも当然であり、断層面の選択及びその間隔において創作性は認められない。
 また、原告が主張する本件画像1における全体の色とライティングの調整は、ごくありふれた表現、あるいは一般人により分かりやすく見せるための技術的調整にすぎず、創作性は認められない。
 さらに、本件画像1全体の構図・アングルは、コンピュータ上であらゆる角度での再現が可能な本件三次元再構築モデルの中の一つの角度を選んだというにすぎないところ、その選択は、本件マンモスの頭部全体を表示しつつ、中に並べられた断層面の解剖学的情報を正確に見せるための技術的調整であって、創作性が認められる余地はない。本件画像1には、そもそも背景がなく、また、黒一色が背景といえるとしても、そこには表現上の創作性はない。
 したがって、本件画像1には、創作的な表現が認められないから、著作物に当たらない。
(イ) 本件画像2について
 本件マンモスの断面像の作成において、本件三次元再構築モデルを頭部真ん中から縦方向に切断することは極めて当然のことであり、マンモスの体表面を茶色に彩色することも極めてありふれている。白黒の断面像のままでは一般人に分かりにくいとして内部を原色に彩色することや、同一の断面図では、体表面を茶色に彩色しつつ、同時に、内部の断面部分を原色に彩色することができなかったことから、別々に彩色した断面図を用意して貼り合わせたことも、CTデータのごくありふれた表現を目的として、そのために必要なありふれた技術的処理を行ったものにすぎない。
 また、原告主張の本件画像2における切断面の選択については、本件マンモスの頭部を横から平面的に見せるために縦方向の切断面を選択することは極めて普通の切り方であり、その位置が頭の中心でないのは、本件マンモスの特徴であるキバの基部と副鼻腔を見せるようにするためにそれらの双方を通るよう少し右(又は左)へずらして切断線を選択したものにすぎないから、そのような切断面の選択がありふれていて、創作性がないことは明らかである。
 本件画像2は、本件三次元再構築モデルをそのまま立体的に示したものではなく、その切断面を示したものであるから、そもそも切断面の選択という以外に構図・アングルは観念できない。
 さらに、本件画像2は、現実に存在する本件マンモスのキバの形状・曲がり方をそのまま再現しているにすぎず、原告主張の仮想空間上の光源の数と量と位置の調整、全体のライティングの調整をもって創作的表現であるということはできない。
 また、本件画像2には、そもそも背景がなく、黒一色が背景といえるとしても、そこには表現上の創作性がない。
 したがって、本件画像2には、創作的な表現が認められないから、著作物に当たらない。
イ 本件各画像の著作者及び著作権者
(ア) 仮に本件各画像が著作物と評価できたとしても、本件各画像の作成には多数の人物が関与しており、原告一人の創作物であるとする根拠はないから、原告が単独の著作者であるとはいえない。本件各画像の創作者は、実際の作成作業を行った者であり、これらの者が「原告の手足」であって著作者にならないとする理由はなく、むしろ原告は監修者的立場からこれらの者に指示をしていた者であると理解する方が自然である。
(イ) 本件マンモスの発掘や運搬、展示等は愛知万博のプロジェクトの一つとして博覧会協会事務局によって行われており、いわば国を挙げての公共的事業として行われ、同協会の予算において実行されたものである。その成果の一つといえる本件各画像について、原告個人が著作権を保有し、独占的な権利を有するような契約を締結しているとは考え難い。
 また、本件各画像を被告が借用した際に原告が用意した借用書(甲9の4、13の2)の宛名は、「東京慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所所長A1殿」となっており、原告個人ではなく、原告が本件研究所の代表者として画像データの借用を許可したものとなっている。
 このように原告個人が本件各画像の著作権を単独保有しているとの原告の主張は不自然である。
2 争点2(本件各画像の著作権侵害の成否)について
(1) 原告の主張
ア 複製権及び譲渡権の侵害
(ア) 前記1(1)ア(ア)及び(イ)のとおり、本件画像1は、断層面の選択及び間隔、構図・アングル、色彩、光線・陰影、背景等において、本件画像2は、色彩、切断面の選択、構図・アングル、光線・陰影、背景等においてそれぞれ創作性を有する。
 そして、被告画像1及び3は本件画像1に、被告画像2は本件画像2にそれぞれ依拠して作成されたものであるところ、被告画像1においては、カラー画像を白黒画像にする改変が加えられ、被告画像3においては、背景等が切除され、カラー画像を白黒画像にするとともに、明暗を反転させる改変が加えられているものの、それ以外の本件画像1の創作上の本質的特徴が再現されており、また、被告画像2においては、カラー画像を白黒画像にする改変が加えられているものの、それ以外の本件画像2の創作上の本質的特徴が再現されている。
 したがって、本件書籍の本文中の被告画像1及び2の掲載並びに本件書籍の表紙カバーへの被告画像3の掲載は、本件各画像の複製に当たる。
(イ) 以上によれば、被告が被告各画像を掲載した本件書籍を発行し、これを頒布する行為は、原告が保有する本件各画像の複製権及び譲渡権(著作権法21条、26条の2第1項)の侵害に当たる。
イ 被告主張の許諾の不存在
 被告は、後記のとおり、原告から、本件各画像を複製して本件書籍に掲載することの許諾を受けた旨主張するが、そのような許諾の事実は存在しない。
 すなわち、まず、原告は、被告に対し、被告が平成19年9月1日までに本件各画像のデータについての借用書を原告に返送することを前提に、かつ、原告が、本件書籍の本文中の本件各画像が掲載される箇所の「最終記事内容」を確認してこれを承諾した場合に限り、本件各画像を当該箇所に掲載することを具体的に許諾するという条件で、被告に対し本件各画像のデータファイルを提供したものである。
 しかるに、被告は、平成19年9月1日までに本件各画像のデータファイルについての借用書を原告に返送することなく、これを平成21年8月末ころに返送するまで2年間にもわたり放置したのであり、また、原告が本件書籍の上記箇所の「最終記事内容」を確認してこれを承諾した事実はないから、原告が上記箇所への本件各画像の掲載を許諾していないことは明らかである。
 次に、本件書籍の表紙カバーへの本件画像1の掲載については、そもそも被告が原告に対し、表紙カバーへの掲載の許諾を求めた事実はなく、原告と被告との間の許諾交渉の対象にすらなっていなかったことであるから、原告が本件書籍の上記箇所の「最終記事内容」を確認・承諾していたか否かにかかわりなく、原告が本件書籍の表紙カバーへの本件画像1の掲載を許諾した事実は存在しない。
(2) 被告の主張
ア 複製の不存在
 表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製には当たらない。
 本件各画像の創作的部分は、本件画像1については全体の色とライティングの調整として、「氷の中のマンモス」をイメージして「できるだけ深いブルーになるよう調整した」という点に限られ、本件画像2については「本件マンモスを北極から運んできた時のイメージそのまま」になるよう、体表面を茶色に彩色することと、白黒の断面像のままでは一般の人々に分かりにくいとして内部を原色に彩色することといった点に限られる。要するに、モノクロで生成される本件CTデータとそこから自動生成される本件三次元再構築モデルを使った画像に彩色するに当たり、せいぜい何色を選択するかという点に原告の個性の発揮の余地がある程度であり、それすらも、氷の中をイメージして深いブルーを選ぶとか、体表面だから茶色にするとか、極めて限定的なものである。
 しかるところ、本件書籍の本文及び表紙中に掲載された被告各画像は、いずれもモノクロであり、本件各画像の表現上の創作性が認められる部分が被告各画像に再現されていないから、被告各画像は、本件各画像の複製には当たらない。
 したがって、仮に本件各画像が著作物であったとしても、被告が被告各画像を掲載した本件書籍を発行し、これを頒布する行為は、本件各画像の複製権及び譲渡権の侵害に当たらない。
イ 本件各画像の掲載の許諾
 被告は、遅くとも平成19年8月10日までに、原告から、本件各画像を本件書籍に掲載することの許諾を受けていたから、被告による本件書籍の発行及び頒布は、本件各画像の複製権及び譲渡権の侵害に当たらない。被告が上記許諾を受けていたことの根拠は、以下のとおりである。
(ア) 本件書籍の本文中の掲載の許諾
a 被告担当者のC1は、平成19年5月30日、本件書籍の著者B1の紹介により、原告に対し、メールで、本件書籍に本件各画像を掲載することの許諾を求めたところ、原告は、同年6月26日、被告に対し、メールで、「内容的に間違いのあるもの、適さないもの」には協力できないから、本件各画像が掲載される箇所の最終記事内容を確認したい旨の本件各画像を提供する条件を付した。
b C1は、平成19年7月3日、原告に対し、メールで、同日時点での本件マンモス関連の最新の原稿(甲7の2。以下「甲7原稿」という。)を原告に送信した。
c 原告は、甲7原稿を確認し、修正した上で、平成19年8月4日、C1に対し、メールで、原告の修正内容が承諾されるならば、本件各画像を発送する旨述べて、上記修正を加えた原稿(甲8の2。以下「原告修正原稿」という。)のデータを送信した。
 原告は、この時点で、原告が原稿を確認することを条件とした趣旨、すなわち「内容的に間違いのあるもの、適さないものには協力できない」という観点からチェックを行い、原告の修正内容が承諾されるならば本件各画像の使用をすぐに許諾するという意思を表明した。
d 原告は、平成19年8月10日、「要望されておりました写真原稿をお送りします。必ずゲラ刷りの段階で拝見させていただくことを、これら2点の写真原稿をお貸しする条件とします。添付しました借用書にご記入いただき、郵送にてお送りいただければ幸いです。」と述べて、本件各画像のデータファイル及びこれに関する借用書(借用者の署名欄が空欄のもの。甲9の4)をC1に送付した。
e その後、C1は、平成21年8月28日、原告に対し、ゲラ刷りの最終原稿(甲13の3。以下「本件ゲラ刷り原稿」という。)を原告に送付し、本件書籍が同年9月末の刊行予定であり、訂正部分があれば「来週の水曜日ぐらいまでに頂ければ助かります。」と連絡した。同年8月28日は金曜日であり、「来週の水曜日」とは同年9月2日である。これに対し原告からは期限までに何の訂正等の回答もなく、同月21日になってようやく「連絡できずに申し訳ありませんでした。」、「帰国後(11月29日に帰国)にご連絡申し上げます。」とするメールが送られたのみであった。そこで、被告は、同年9月24日(なお、同年9月は23日の祝日まで連休であった。)、原告に対し、出版作業の進行状況を伝え、日程をずらして対応することも示しながら、訂正があれば至急知らせるように連絡した。しかし、その後、原告から訂正を求める回答はなかった。
f 以上の経過によれば、原告は、本件各画像が掲載される箇所の最終記事内容を確認することを本件各画像の掲載の許諾の条件としているが、その趣旨は、平成19年6月26日のメール(甲6)にあるとおり、「内容的に間違いのあるもの、適さないもの」には協力できないということであるから、結局のところ、原告が求める許諾条件は、本件各画像が掲載される箇所の記事内容が「内容的に適さないもの」又は「内容的に間違っているもの」ではないということにある。
 しかるところ、甲7原稿の内容が、内容的に適さないものでないことは明らかであり、このことは、原告による甲7原稿の修正箇所に、そのような観点からの修正がないことから裏付けられる。
 次に、原告による甲7原稿の修正箇所のうち、「内容的に間違っているもの」という観点からこれに該当する余地があるのは、「ロシア」を「北極シベリア」に、「牛」を「ウシ」に、「象」を「ゾウ」にそれぞれ修正した部分であるが、本件書籍が学術書ではないことからすれば、これらについて通常の表記を用いることはいずれも間違いとまでいえるものではない。
 また、原告によるそれ以外の修正箇所は、いずれも表現に関する著者B1への希望を述べたものにすぎず、その内容が上記の許諾条件に抵触するものとはいえない。
 以上のとおり、原告が実際に甲7原稿を自らチェックした上で、平成19年8月10日に本件各画像のデータファイルを被告に提供し、併せてこれに関する借用書を提示したという事実は、本件書籍の本件各画像が掲載される箇所の記事内容が原告において協力できないような不適当なものでないことを認めたということにほかならず、また、原告による甲7原稿の修正内容も内容的な間違いを指摘するものとはいえないことからすると、平成19年8月10日の時点において、原告が求める許諾条件は満たされており、被告は、本件各画像を複製して本件書籍の本文中に掲載することについて、原告の許諾を得ていたものといえる。
 なお、原告は、平成19年6月26日のメール(甲6)において、「最終記事内容を当方が確認の上とさせていただきます。」と述べ、さらに同年8月10日のメール(甲9の1)において、「必ずゲラ刷りの段階で拝見させていただくことを、これら2点の写真原稿をお貸しする条件とします。」と述べているが、原告は、平成19年7月3日の時点での最新の原稿である甲7原稿を「確認」し、また、本件書籍のゲラ刷り原稿についても、平成21年8月末にC1から本件ゲラ刷り原稿の送付を受けてこれを「拝見」しており、しかも、前記eの経緯からすれば、本件ゲラ刷り原稿について原告は特段の訂正なく承認したということにほかならないから、原告が上記の各メールで示した条件は満たされているというべきである。
(イ) 本件書籍の表紙カバーへの掲載の許諾
 一般に、出版社等が、著作権者からその著作に係る写真等を書籍に複製して利用することの許諾を受ける場合、本文中への掲載の許諾とは別個に、表紙への掲載の許諾を受けるなどということはない。本文中に掲載された写真等の一部が表紙に使われることは通常よく行われることであって、書籍の本文中への掲載の許諾があれば、特段の意思表示がない限り、表紙への掲載も、当然に許諾の範囲に含まれるものといえる。
 しかるところ、本件においては、本件画像1を複製して本件書籍の本文中に掲載することについて原告の許諾があったことは前記(ア)のとおりであり、他方、平成19年5月30日から同年8月10日までにC1と原告との間でやりとりされたメール(甲5、6、7の1、8の1、9の1)や原告がC1に送信した返送用の借用書(甲9の4)を見ても、原告が本件画像1を複製して本件書籍に掲載することを許諾するに当たって、その掲載の場所や方法等について何らかの条件を提示した事実は見当たらないから、原告は、本件画像1を複製して本件書籍に掲載することを許諾するにつき、本文中への掲載のみならず、表紙への掲載についても許諾したものというべきである。
3 争点3(本件各画像の著作者人格権侵害の成否)について
(1) 原告の主張
ア 同一性保持権侵害
(ア) 被告は、本件書籍の本文中に本件画像1を複製した被告画像1及び本件画像2を複製した被告画像2を掲載するに当たり、本来鮮明なカラー画像である本件各画像を白黒画像に改変している。
 また、被告は、本件書籍の表紙カバーに本件画像1を複製した被告画像3を掲載するに当たり、本件画像1の背景と著作権者表示を切除し、カラー画像を白黒画像にするとともに、明暗を反転させる改変を行っている。
 しかし、原告は、被告から本件各画像の利用許諾の依頼を受けた際にも、また、その後の交渉の中でも、本件各画像を上記のように改変したものが本件書籍に掲載されることなど全く聞いておらず、これに同意した事実もない。
 そもそも、原告は、本件画像1に関しては、「氷の中のマンモス」というイメージを具体化できるように、深い青色によって本件マンモスを表現したものであり、また、本件画像2に関しては、「やっとマンモスの内部の構造が明らかになった!」という感動とイメージを表現するために、頭部内部の構造部分を原色に、体表面部分を茶色にそれぞれ彩色して、本件マンモスを表現したものであって、被告による上記各改変が原告の創作意図に反するものであることは明らかである。
 したがって、被告は、本件書籍中に本件各画像の複製物である被告各画像を掲載するに当たり、原告の意に反してその著作物に改変を加えたものである。
(イ) 被告は、後記のとおり、本件書籍における本件各画像の上記改変は、「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たる旨主張するが、原告の許諾なく本件各画像を複製して本件書籍に掲載するに当たり、上記(ア)のような改変を加えることが「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に該当しないことは明らかであり、被告の主張には理由がない。
(ウ) 以上によれば、被告各画像を掲載した本件書籍を発行及び頒布する被告の行為は、原告が本件各画像について有する同一性保持権(著作権法20条1項)の侵害に当たる。
イ 氏名表示権侵害
 被告は、本件書籍の表紙カバーに本件画像1の複製物である被告画像3を掲載するに当たり、本件画像1の著作者である原告の氏名を何ら表示していない。
 したがって、被告画像3を掲載した本件書籍を発行及び頒布する被告の行為は、原告が本件画像1について有する氏名表示権(著作権法19条1項)の侵害に当たる。
(2) 被告の主張
ア 同一性保持権侵害について
(ア) 前記2(2)イ(ア)のとおり、原告は被告が本件各画像を複製して本件書籍の本文中に掲載することを許諾していたものと認められるところ、C1は、原告に対し、自分が図版や学術雑誌等ではなく単行本の編集者である旨を説明しており、また、本件各画像を複製して掲載する書籍が全ページカラーの単行本であるなどと説明した事実もないことからすれば、原告としては、上記の許諾に当たって、書籍中に掲載される本件各画像の複製物が、単行本の通常の掲載方法に従って白黒画像となることを想定していたはずである。
 したがって、被告が本件書籍の本文中に被告画像1及び2を掲載するに当たって、カラー画像である本件各画像を白黒画像に改変したことは、原告の意に反するものとはいえない。
 また、仮に、白黒画像への改変が原告の意に反するものであったとしても、図版や学術雑誌等とは異なる通常の単行本である本件書籍の編集上必要な処理であるから、「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たる。
(イ) 前記2(2)イ(イ)のとおり、原告は被告が本件画像1を複製して本件書籍の表紙に掲載することについても許諾していたものと認められるところ、その際、背景等を削除したり、カラー画像を白黒画像にすることは、通常の単行本である本件書籍の編集上必要な処理であり、また、明暗を反転させたのは、本件書籍の表紙の色を白とし、そこに複数のCT画像を配置した際、白い部分が多い画像ではマンモスの画像として識別することが困難だったからであって、この点も本件書籍の編集上必要な処理であった。
 したがって、被告が本件書籍の表紙カバーに被告画像3を掲載するに当たって、背景等を削除し、カラー画像である本件画像1を白黒画像に改変し、かつ明暗を反転させたことは、「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たる。
(ウ) 以上によれば、被告各画像を掲載した本件書籍を発行及び頒布する被告の行為は、本件各画像についての同一性保持権を侵害するものではない。
イ 氏名表示権侵害について
 本件書籍の表紙カバーの見開き下部には、「【カバー・本文マンモス写真提供】東京慈恵会医科大学・高次元医用画像工学研究所」との表示があるから、被告画像3を本件書籍の表紙カバーに掲載するに当たり本件画像1の著作者名の表示がないとはいえない。
 また、仮に著作者名の表示が欠けるとしても、通常、表紙にコラボレーションによって作られた複数の画像が掲載される場合、表紙の目的及び利用態様に照らし、表紙中の一つ一つの画像に著作者名を表示することは行われておらず、また、そもそも表紙中の被告画像3に原告の氏名の表示がないからといって、原告の利益が害されるおそれはないことからすれば、氏名表示権の侵害とはならないというべきである。
4 争点4(原告の損害額)について
(1) 原告の主張
ア 被告は、故意又は過失により、前記2(1)及び3(1)のとおり、原告が本件各画像について有する著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)を侵害したものであるから、民法709条に基づき、上記侵害行為により原告が被った下記の損害を賠償すべき義務を負う。
(ア) 著作者人格権侵害による慰謝料
 そもそも原告は、本件画像1が本件書籍の表紙カバーに利用されることは全く意図しておらず、また、本文中における本件各画像の利用についても、あくまで原告が「最終記事内容」を確認してこれを承諾した場合に限るという留保を付し、本件書籍において本件各画像が原告の意に反する形で改変されたりすることのないよう強く留意していたのであり、それにもかかわらず、被告は、原告の確認・承諾を得ないままに、本件各画像に原告の創作意図に反する改変を加えた被告各画像を本件書籍の本文及び表紙カバーに掲載したものである。
 そして、本件各画像が貴重な学術的性質を持つものであることも併せ鑑みるならば、特に表紙カバーにおける本件画像1の商業主義的な無断改変利用は、貴重な学術的価値を有する本件画像1が本件書籍の販売促進の材料として原告の意に反する形で想定外に無断改変されたものであって、これによって原告が被った精神的損害は大きい。
 また、被告は、本件書籍の表紙カバーに本件画像1を複製して利用するに当たり、本件画像1の著作者たる原告の氏名を何ら表示せず、その結果、表紙カバーにおける「B1」という著者名の記載と「CTは魔法のナイフ」という本件書籍の題号の記載とが相まって、本件画像1は、あたかもCT技術者であるB1が「魔法のナイフ」のようにCT技術を駆使して自ら作成した画像であるかのような印象を読者に与えるものであるから、被告による氏名表示権侵害によって原告が被った精神的損害も大きい。
 さらに、原告は、本件書籍の発行後、被告による本件各画像の無断改変利用行為に抗議して被告との間で交渉をもったが、被告は誠実に話合いに応ずる姿勢を示さなかったばかりか、原告をさながら「クレーマー」のごとき者として扱ったのであり、そのために原告が被った精神的苦痛は更に増大したものである。
 以上を踏まえると、被告による著作者人格権侵害によって原告が被った精神的損害を慰謝するための慰謝料の額は、300万円(同一性保持権侵害について100万円、氏名表示権侵害について100万円、交渉時の不当な態度による増額分100万円)を下らない。
(イ) 弁護士費用
 原告は、被告が誠意ある対応をしなかったために、弁護士に交渉を委任し、さらに、被告が不誠実な対応に終始したため、本件訴訟の提起を余儀なくされた。
 本件が著作権及び著作者人格権の侵害事件という専門性が要求される訴訟であることに照らせば、本件訴訟の追行に関する弁護士費用は少なくとも100万円を下らない。
イ よって、原告は、被告に対し、著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償として400万円(前記ア(ア)及び(イ)の合計額)及びこれに対する不法行為の後である平成22年9月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告の主張
 原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件各画像の著作物性、原告の著作者性及び著作権の帰属)について
(1) 本件各画像の著作物性
ア 前提事実
 前記争いのない事実等と証拠(甲2ないし4、25ないし31、33、35、乙1、2(枝番のあるものは、枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件各画像の作成経過等に関し、次の事実が認められる。
(ア) 本件マンモスのCT撮影及び本件三次元再構築モデルの作成
 平成17年開催の愛知万博における本件マンモスの展示に向けたプロジェクト(本件プロジェクト)では、本件マンモスの頭部がロシア連邦サハ共和国から日本に冷凍状態のまま輸送され、福島県所在の独立行政法人家畜改良センターにおいてウシ用のCT装置を使用してCT撮影が行われた。このCT撮影によって、本件マンモスについてのCT計測データの連続的な断層像の集まりからなる本件CTデータ(甲25の「C」の画像参照)が得られた。
 さらに、本件プロジェクトでは、原告が所長を務める東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター高次元医用画像工学研究所(本件研究所)において、コンピュータソフトウェアを用いて、本件CTデータを仮想空間上に3次元画像として再構築する作業が行われ、本件マンモスの頭部のボリュームレンダリング像(本件三次元再構築モデル)が作成された。なお、本件CTデータから再構築された本件三次元再構築モデルには、色彩がなかった(甲25の「E」の画像参照)。
(イ) 本件各画像の作成
 原告は、愛知万博の開催前の平成17年2月3日、本件マンモスの頭部内の構造に関する研究の進捗状況を報告するための記者会見の場において、その説明用の素材として本件各画像を公表した。
 本件各画像のうち、本件画像1(別紙3記載の「1」の画像)(甲28)は本件CTデータを、本件画像2(別紙3記載の「2」の画像)(甲30)は本件三次元再構築モデルをそれぞれ基にして作成された3DCG画像であり、いずれも本件研究所において、原告のほか、本件研究所に勤務し、東京慈恵会医科大学の講師又は助手の地位にある5名のスタッフ(以下「本件スタッフ」といい、原告と本件スタッフを併せて「原告ら」という場合がある。)が関与して作成作業が進められ、平成17年1月ころに完成したものである。
 本件各画像の具体的な作成経過は、以下のとおりである。
a 本件画像1の作成経過
(a) 原告は、作成すべき画像のイメージを明確にするため、平成17年1月5日、スケッチブックに本件画像1についての構想を具体化した絵コンテ(甲27の右上部分)を作成し、これを本件スタッフに示した。
 上記絵コンテには、本件マンモスの頭部を正面斜め右から見た像を青色に彩色した原告作成のイラストが記載されるとともに、「@普通の人にわかりやすいように」、「ACTの解剖学的特徴を見せられるよう」、「イメージは氷の中のマンモス」、「青・影を紫がかった青で+(赤少し)」、「キバの形が出るよう」、「断層像は選ぶ!」、「エアセルを見せる」、「ここに解剖学的知見を出す」、「光源をふやす」などといった原告作成のメモが記載されている。
(b) その後、原告らは、上記絵コンテ記載のイメージに従い、本件CTデータを素材として、具体的に次のような手順で本件画像1を作成した。
 まず、本件CTデータに基づき、コンピュータソフトウェアを用いて本件マンモスの頭部全体の半透明な三次元画像を作成した(甲25の「H」の「1.」の画像参照)。
 次に、本件CTデータのうち、5o間隔で撮影され、合計531枚ある水平断面像の中から31枚の断面像を選び、これらを上記三次元画像の中に並べて配置した(甲25の「H」の「2.」の画像参照)。
 上記断面像の選択及び配置に当たっては、特に、本件マンモスの頭蓋骨内にある「エアセル」という構造(ゾウの仲間の頭蓋骨内に特有の、薄い骨がハチの巣状に絡み合った構造)がよく見えるように、頭蓋骨部分における断層像を他の部分より広い間隔で配置した。
 最後に、視点方向を調整して画像の角度を決定するとともに、全体の色とライティングを調整して、本件画像1を完成させた(甲25の「H」の「3.」の画像参照)。
 特に、色とライティングの調整は、画像全体の色彩を深い青色になるように調整するとともに、コンピュータの仮想空間上に設けた光源の位置と数を変化させることによって陰影を調整し、透明感を得られるようにした。
b 本件画像2の作成経過
(a) 原告は、作成すべき画像のイメージを明確にするため、平成17年1月5日、本件画像1の絵コンテを記載したのと同一のスケッチブックに本件画像2についての構想を具体化した絵コンテ(甲27の右下部分)を作成し、これを本件スタッフに示した。
 上記絵コンテには、本件マンモスの頭部の中心部を正面から縦方向に切断した画像を、茶、赤、青、黄で彩色した原告作成のイラストが記載されるとともに、「誰に準備をさせるか」、「最後は自分でphotoshop」、「データのサイズ注意、できるだけ」、「脳の位置がわかるように」、「切り抜いてはるしかない」、「イメージは土色」、「色のイメージを伝える」などといった原告作成のメモが記載されている。
(b) その後、原告らは、上記絵コンテ記載のイメージに従い、本件三次元再構築モデルを素材として、具体的に次のような手順で本件画像2を作成した。
 まず、本件三次元再構築モデルにおいて、コンピュータソフトウェアを用いて本件マンモスの頭部の中心部を正面から縦方向に切断した画像を作成し、その上で、当該切断画像のうち、体表面に当たる部分を茶色に彩色し、キバの部分は白いままとしつつ、茶色の濃淡によって陰影をつけた(甲25の「G」の「1.」及び「2.」の画像参照)。
 その際、本件マンモスのキバの基部と副鼻腔の双方が断面に現れるように、切断面を中心からややずらし、上記双方の部位をいずれも通るような切断面を選択した。
 次に、上記茶色に彩色する前の切断画像に、赤、青、黄の原色によるグラデーションの彩色を施した画像を別途作成し、そこから頭部の断面部分のみを切り抜いた画像を作成した(甲25の「G」の「3.」の画像参照)。
 最後に、コンピュータ上で、上記頭部の断面部分の画像を、上記茶色に彩色した切断画像の対応する部分の上に貼り合わせることで、本件画像2を完成させた(甲25の「G」の「完成」と題する画像参照)。
イ 検討
 著作権法上の保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)であり、ここでいう「創作的」に表現したものといえるためには、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく、作者の個性が表現されたもので足りるというべきである。
 そこで、以下では、前記アの前提事実と本件各画像(甲28、30)に基づき、本件各画像に上記のような意味での創作性が認められるか否かについて検討する。
(ア) 本件画像1について
 本件画像1は、本件CTデータからコンピュータソフトウェアの機能により自動的に生成される本件三次元再構築モデルとは異なり、本件CTデータを素材としながらも、半透明にした本件マンモスの頭部の三次元画像の中に、本件マンモスの水平断面像を並べて配置する構成としている点において、美術的又は学術的観点からの作者の個性が表現されているものということができる。
 加えて、本件画像1では、半透明の三次元画像の中に配置する本件マンモスの水平断面像として、本件CTデータ中の531枚の水平断面像の中から31枚の画像を選択している点、これらの水平断面像を並べる間隔について、本件マンモスの頭蓋骨内にある「エアセル」の構造が見える部分は、当該構造が見やすいように他の部分よりも広い間隔で配置している点、画像のアングルとして、本件マンモスの頭部を正面やや斜め右上の方向から見るアングルを選択している点、全体の色彩を深い青色としている点、色調の明暗について、頭蓋骨内にある「エアセル」の構造が見える部分は青色が濃く暗めの色調としているのに対し、キバの部分は白っぽく明るい色調としている点などにおいても、様々な表現の可能性があり得る中で、美術的又は学術的な観点に基づく特定の選択が行われて、その選択に従った表現が行われているのであり、これらを総合した成果物である本件画像1の中に作者の個性が表現されていることを認めることができる。
(イ) 本件画像2について
 本件画像2は、本件三次元再構築モデルを特定の切断面において切断した画像それ自体とは異なり、2枚の同じ切断画像を素材とし、一方には体表面に当たる部分に茶色の彩色を施し、他方には赤、青、黄の原色によるグラデーションの彩色を施した上で、後者の頭部断面部分のみを切り抜いて前者と合成することによって一つの画像を構成している点において、美術的又は学術的観点からの作者の個性が表現されているものということができる。
 加えて、本件画像2では、本件三次元再構築モデルを切断する面として、本件マンモスの頭部の中心ではなく、キバの基部と副鼻腔の双方が断面に現れるように、双方の部位をいずれも通る、中心からややずれた切断面を選択している点、白いキバの部分に茶色の濃淡による陰影をつけることによって、キバの立体的形状を表現している点などにおいても、様々な表現の可能性があり得る中で、美術的又は学術的な観点に基づく特定の選択が行われて、その選択に従った表現が行われているのであり、これらを総合した成果物である本件画像2の中に作者の個性が表現されていることを認めることができる。
(ウ) 被告の主張について
 これに対し被告は、本件各画像における上記の各点について、いずれもありふれた表現方法や画像を見やすくするための技術的調整等にすぎず、本件各画像に創作性を認める根拠とはならない旨を主張する。
 しかしながら、被告の主張は、要するに、本件各画像における表現の要素を個別に取り上げて、それぞれが独創性のある表現とまではいえない旨を述べているものにすぎないものであり、前述のとおり、著作物としての創作性が認められるためには、必ずしも表現の独創性が求められるものではなく、作者の個性が表現されていれば足りるのであり、本件各画像にそのような意味での創作性が認められることは、上記(ア)及び(イ)で述べたとおりであるから、被告の上記主張は採用することができない。
(エ) 小括
 以上の次第であるから、本件各画像は、いずれも、作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり、学術又は美術の範囲に属するものであって、著作権法上の著作物に当たるものといえる。
(2) 本件各画像の著作者及び著作権者
ア 前記(1)ア(イ)で認定したとおり、本件各画像の作成作業は、原告及び本件スタッフによって行われたものと認められる。
 しかるところ、原告らの中において、本件各画像を創作するに当たって原告が果たした役割について考察するに、@本件各画像は、本件マンモスの研究に関する原告の記者会見の場における説明用の素材として作成されたものであること(前記(1)ア(イ))、A本件スタッフは、いずれも原告が所長を務める本件研究所に勤務し、その職務上、原告の指揮・監督を受ける立場にある者であること(前記(1)ア(イ)、弁論の全趣旨)、B本件各画像の具体的な作成手順をみると、まず、原告が、作成すべき画像のイメージを記載した絵コンテを作成して本件スタッフに示し、その後の作業もおおむね当該絵コンテに示されたイラストのイメージやメモの内容に沿って進められていること(前記(1)ア(イ)a、b)、C原告は、本件各画像の作成過程でプリントアウトされた作成途上の画像に、修正すべき箇所やその内容を指示するメモを記載して本件スタッフに示しており、その後、現にこれらの指示内容に従った修正が本件各画像に施されていること(甲28ないし31(枝番のあるものは、枝番を含む。))などの事情を総合考慮すれば、本件各画像の基本的な構成を決定し、その後の具体的な作成作業を主導的に行った者は原告であって、本件スタッフは、原告の指示、監督の下で、与えられた作業に従事していた補助者であったものと認めるのが相当である。
 したがって、原告が本件各画像を創作した者であって、その著作者であるものと認められる。
 この認定に反する被告の主張は、上記@ないしCに照らし、採用することができない。
イ(ア) 上記アのとおり、原告は、本件各画像の著作者であると認められるから、本件各画像について著作者として著作権を取得したものと認められる。
(イ) これに対し、被告は、@本件マンモスの発掘や運搬、展示等は愛知万博のプロジェクトの一つとして博覧会協会事務局によって行われており、いわば国を挙げての公共的事業として行われ、同協会の予算において実行されたものであり、その成果の一つといえる本件各画像について、原告個人が著作権を保有し、独占的な権利を有するような契約を締結しているとは考え難い、A本件各画像を被告が借用した際に原告が用意した借用書(甲9の4、13の2)の宛名は、「東京慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所所長A1殿」となっており、原告個人ではなく、原告が本件研究所の代表者として画像データの借用を許可したものとなっているとして、原告個人が本件各画像の著作権を単独保有しているというのは不自然である旨主張する。
 しかしながら、上記@の点については、被告において、原告が著作者として取得した本件各画像の著作権を喪失したことを示す具体的事実については何ら主張立証しておらず、原告が本件各画像の著作権を喪失したことをうかがわせる証拠はない。
 また、本件各画像の著作権の帰属の問題と本件各画像のデータファイルの管理権限の帰属の問題とは別個の問題であるところ、上記Aの点は、本件研究所が本件各画像のデータファイルを管理していた事実を指摘するものにすぎず、これをもって原告が本件各画像の著作権を単独保有しているとの認定を妨げる事情には当たらない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
ウ 以上のとおり、原告は本件各画像の著作者及び著作権者であることが認められる。
2 争点2(本件各画像の著作権侵害の成否)について
(1) 複製の成否
ア 複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により著作物を有形的に再製することをいい(著作権法2条1項15号参照)、著作物の再製は、当該著作物に依拠して、その表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成することを意味するものと解される。
 しかるところ、本件書籍中の被告画像1及び3は原告から被告に提供された本件画像1のデータファイルに基づき、被告画像2は同じく原告から被告に提供された本件画像2のデータファイルに基づき、それぞれ被告によって作成されたものであるから(これらの事実は当事者間に争いがない。)、被告画像1及び3は本件画像1に、被告画像2は本件画像2に、それぞれ依拠して作成されたものと認められる。
 そこで、被告各画像において、本件各画像の表現上の本質的特徴を直接感得することができるかどうかを検討する。
(ア) 被告画像1及び3について
 本件画像1(甲28)と被告画像1及び3(甲3の本文41頁及び表示カバー)とを対比すると、被告画像1においては、カラー画像が白黒画像とされている点を、被告画像3においては、「<C>IHDMI,Jikei Univ,A1」の表示及び黒色の背景が削除されている点並びにカラー画像が白黒画像とされるとともに、明暗が反転されている点を除き、それぞれ本件画像1が忠実に再現されていることが認められる。
 してみると、本件画像1と被告画像1及び3とは、前記1(1)イ(ア)のとおり本件画像1が有する創作性のある表現上の特徴的部分の多くにおいて同一性を有するものであって、被告画像1及び3から本件画像1の表現上の本質的特徴を直接感得することができるものといえるから、被告画像1及び3は、いずれも本件画像1を有形的に再製したものということができる。
(イ) 被告画像2について
 本件画像2(甲30)と被告画像2(甲3の本文41頁)とを対比すると、被告画像2においては、カラー画像が白黒画像とされている点を除き、本件画像2が忠実に再現されていることが認められる。
 してみると、本件画像2と被告画像2とは、前記1(1)イ(イ)のとおり本件画像2が有する創作性のある表現上の特徴的部分の多くにおいて同一性を有するものであって、被告画像2から本件画像2の表現上の本質的特徴を直接感得することができるものといえるから、被告画像2は、本件画像2を有形的に再製したものということができる。
(ウ) 被告の主張について
 被告は、本件各画像に見出し得る創作的部分は、いずれもその色彩の点に限られるとの前提に立った上で、被告各画像はいずれも白黒画像であるから、本件各画像の色彩に係る創作的部分は再現されていないとして、被告各画像は本件各画像を複製したものとはいえない旨を主張する。
 しかしながら、前記1(1)イ(ア)及び(イ)で述べたとおり、本件各画像において創作性が認められる表現は、いずれもその色彩の点に限られるものではないから、被告の上記主張は、その前提において理由がない。
イ 以上によれば、被告画像1及び3は、いずれも本件画像1に依拠してこれを有形的に再製したものであって、本件画像1を複製したものに該当し、また、被告画像2は、本件画像2に依拠してこれを有形的に再製したものであって、本件画像2を複製したものに該当する。
(2) 原告の許諾の有無
ア 被告は、遅くとも平成19年8月10日までに、原告から、本件各画像を本件書籍に掲載することの許諾を受けていた旨主張するので、以下において判断する。
 前記争いのない事実等と証拠(甲5ないし9、12ないし15、34、乙4(枝番のあるものは、枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件における原告と被告間の交渉経過等に関し、次の事実が認められる。
(ア) 平成19年5月30日、被告従業員のC1は、原告に対し、本件書籍の中で本件マンモスのCT撮影にまつわる話を記述するに当たり、当該記述と併せて本件書籍中に掲載する本件マンモスの写真の提供とその使用許可を求める内容のメール(甲5)を送信した。
 これに対し、原告は、同年6月26日、C1に対し、「一応今回の件はご協力して写真原稿を提供することは決定しましたが、あくまで最終記事内容を当方が確認の上とさせていただきます。本件だけでなく、常にマスコミの方々への対応として、内容的に間違いのあるもの、適さないものに対しては研究所としてご協力できないという姿勢を保っているためです。」などと記載したメール(甲6)を送信した。
(イ) 平成19年7月3日、C1は、原告に対し、同日時点における本件書籍の最新の原稿のうち、本件マンモスのCT撮影に関する記述部分(甲7原稿)(甲7の2)のデータをメール(甲7の1)に添付して送信した。
 その後、原告は、同年8月4日、C1に対し、甲7原稿の記述の一部に修正を加えたもの(原告修正原稿)(甲8の2)のデータをメール(甲8の1)に添付して送信した。
 そのメールの中に、原告は、「もしこれらの修正内容をご承諾いただければ、すぐに写真原稿を発送致します。」などと記載した。
(ウ) 平成19年8月10日、原告は、C1に対し、「要望されておりました写真原稿をお送りします。必ずゲラ刷りの段階で拝見させていただくことを、これら2点の写真原稿をお貸しする条件とします。添付しました借用書にご記入いただき、郵送にてお送りいただければ幸いです。」と記載したメール(甲9の1)を送信した。
 そのメールには、本件各画像のデータファイル(甲9の2、3)及びこれに関する「飛鳥新社刊「コロンブスの卵か・・・CTは?−何でも切ってみよう−(仮タイトル)」(B1著)掲載用画像データ借用書」と題する借用書(借用者の所属欄及び氏名欄が空欄のもの。甲9の4)のデータが添付されていた。
 また、原告は、同月28日、C1に対し、「大学の手続き上必要ですので、大至急先日お送りしたユカギルマンモス写真原稿2点の借用書(お送りした本大学のフォーマットのもの)をご返送ください。期限を9月1日とさせていただきます。」と記載したメール(甲12)を送信したが、その後の約2年間は、C1と原告との間で、本件各画像に関する連絡のやりとりはなかった。
(エ) 平成21年8月末ころ、C1は、原告に対し、「相当時間がかかりましたが、本年9月末に無事本書が刊行の運びとなり、つきましてはお申し出ありました通り、最終の原稿を借用書とともにお送りいたしましたので、該当部分をチェックいただき、訂正部分などありましたら、私までファックスあるいはメールにて赤字修正をお送りください。また、当方の都合で誠に申し訳ないのですが、来週の水曜日ぐらいまでに頂ければ助かります。」などと記載した書面(甲13の1)とともに、原告が送信した前記(ウ)の借用書のデータをプリントアウトした書面にC1が署名押印したもの(甲13の2)並びに被告画像1及び2が掲載された本件ゲラ刷り原稿(甲13の3)を送付した。
(オ) 平成21年9月21日、原告は、C1に対し、「国際学会の準備とに追われご連絡できずに申し訳ありませんでした。先日お送りいただいたB1氏の校正修正の件、帰国後(11月29日に帰国)にご連絡申し上げます。」と記載したメール(甲14)を送信した。
 なお、上記メール中で、原告が、国際学会からの帰国予定日を「11月29日」としたのは誤記であり、実際の原告の帰国予定日は「9月29日」であった。
 これに対し、C1は、同月24日、原告に対し、「先日お送りした原稿に添付した手紙にもお書きしたと思うのですが出版見本日が10月9日を予定しておりますゆえ、現在その予定で刊行作業を進めており、本日印刷所に原稿を戻し、校了の予定です。8月末に原稿をお送りしまして、ふた月ほど御返事がないようでしたのでそのまま進めさせて頂いていたのですが...。ただ、明日までに入校できれば何とか間に合うと思います。一日日程をずらして対応させていただきますので、事実関係の間違いなど、初版の段階で直さねばならない致命的な部分などありましたら、至急お知らせください。」などと記載したメール(甲15)を送信した。
 しかし、原告は、同年9月22日から国内に不在であり、上記メールを確認したのは、帰国した同月29日のことであった。
 その後、C1と原告との間で特段の連絡が取られることがないまま、被告は、同年10月26日、本件書籍(第1刷)を発行した。
イ 以上を前提に、被告主張の原告の許諾の有無について検討する。
(ア) まず、被告は、@原告は、本件書籍中の本件各画像を複製して掲載する箇所の本文の記述(以下「本件記述」という。)の最終的な内容の確認を許諾の条件としているが、その趣旨は、平成19年6月26日のメールにあるとおり、「内容的に間違いのあるもの、適さないもの」には協力できないということであるから、結局のところ、原告が求める許諾条件は、本件記述が内容的に適さないもの又は内容的に間違っているものではないということにあるとの前提に立った上で、原告が同年8月10日に本件各画像のデータファイルを被告に提供し、併せてこれに関する借用書を提示した時点において、上記許諾条件は満たされていた、A原告が本件記述の最終的な内容を現に確認することが許諾の条件であったとしても、原告は、同年7月3日の時点で最新の原稿である甲7原稿を「確認」し、また、平成21年8月末ころには、本件ゲラ刷り原稿の送付を受けてこれを「拝見」し、その後の経緯からすれば、本件ゲラ刷り原稿について原告は特段の訂正なく承認したということにほかならないから、上記許諾条件は満たされていたとして、遅くとも平成19年8月10日の時点には、原告は被告に対し、本件各画像を複製して本件書籍の本文中に掲載することを許諾した旨を主張する。
 しかしながら、被告の主張は、以下のとおり理由がない。
a 上記@の点について
 前記アの認定事実によれば、原告は、最初に本件マンモスの写真の提供に応ずる意向である旨をC1に伝えた平成19年6月26日のメールでは、「あくまで最終記事内容を当方が確認の上とさせていただきます。」と述べ(前記ア(ア))、更に、本件各画像のデータファイルを添付して送信した同年8月10日のメールでも、「必ずゲラ刷りの段階で拝見させていただくことを、これら2点の写真原稿をお貸しする条件とします。」と述べているのであり(前記ア(ウ))、これらの事実からすると、原告は、C1とのメールによる交渉経過の中で、本件記述の最終的な内容を原告自身が確認し、了承することを、本件書籍中に本件各画像を複製して掲載することを認める条件とする旨を明確に表明していたものということができる。
 一方で、被告が上記@で主張するように原告がC1に送信した平成19年6月26日のメールには、「本件だけでなく、常にマスコミの方々への対応として、内容的に間違いのあるもの、適さないものに対しては研究所としてご協力できないという姿勢を保っているためです。」との記載があるが(前記ア(ア))、上記記載は、原告が被告に対し、本件記述の最終的な内容を原告自身が確認し、了承するとの許諾条件を求める理由を説明することによって、当該条件が原告にとって重要なものであることを強調する趣旨の記載と理解されるのであって、少なくともこの記載から、本件記述の内容が「内容的に適さないもの又は内容的に間違っているものではない」という条件さえ満たせば、本件記述の最終的な内容を原告自身が確認し、了承するとの許諾条件は満たさなくてもよいものとする趣旨を読み取ることはできないというべきである。
 したがって、被告の上記@の主張は理由がない。
b 上記Aの点について
 被告が上記Aにおいて原告が平成19年7月3日の時点で最新の原稿である甲7原稿を確認したことを根拠とする点については、甲7原稿は、本件書籍が発行される2年以上前の時点における草稿にすぎないものであり、現にその内容をみても、最終的な本件記述の内容(甲3の37頁ないし44頁)とは随所に異なる部分が存在し、特に、被告各画像についての説明部分(同40頁)が甲7原稿中には存在しないことからすると、原告が甲7原稿の内容を確認したからといって、本件記述の最終的な内容を確認したことにならないことは明らかである。
 また、被告が上記Aにおいて原告が平成21年8月末ころに本件ゲラ刷り原稿の送付を受けてこれを見ていることなどを根拠とする点については、そもそも平成21年8月末ころに生じた事実によって、被告が主張する平成19年8月10日の時点における許諾の存在を根拠づけることはできないのみならず、原告が平成21年8月末ころに本件ゲラ刷り原稿の送付を受けた以降の経過(前記ア(オ))をみても、原告が、被告に対し、平成21年10月26日に本件書籍(第1刷)が発行されるまでの間に、本件ゲラ刷り原稿の内容を了承する旨の意思を示した事実をうかがうことはできない。
 かえって、原告は、同年9月21日、C1に対し、「先日お送りいただいたB1氏の校正修正の件」については国際学会からの帰国後に連絡する旨のメールを送信し、本件ゲラ刷り原稿の確認とその結果についての連絡は後日行うことを明言しているのに対し、C1は、同月24日、原告宛に、その日が本件書籍の校了の予定日であること、内容に事実関係の間違いなど修正の必要な点がある場合には、翌日までであれば日程を一日ずらして対応することなどを記載したメールを送信したものの、原告が国内に不在であったため、結果的には、原告との間で連絡が取られないまま、本件書籍の校了に至ったこと(前記ア(オ))からすれば、原告が同年8月末ころに本件ゲラ刷り原稿の送付を受けてこれを見たからといって、本件記述の最終的な内容を原告自身が確認し、了承するとの許諾条件が満たされたことにならないというべきである。
 したがって、被告の上記Aの主張も理由がない。
c 小括
 以上のとおりであるから、原告が被告に対し本件各画像を複製して本件書籍の本文中に掲載することを許諾したとの被告の主張は、これを認めることができない。
(イ) 次に、被告は、@一般に、出版社等が、著作権者からその著作に係る写真等を書籍に複製して利用することの許諾を受ける場合、書籍の本文中への掲載の許諾があれば、特段の意思表示がない限り、表紙への掲載も、当然に許諾の範囲に含まれるものといえる、A本件においては、本件各画像を複製して本件書籍の本文中に掲載することについて原告の許諾があり、その許諾に当たって、原告が掲載の場所や方法等について何らかの条件を提示した事実が見当たらないとして、原告は、被告に対し、本件書籍の本文中への掲載のみならず、本件画像1の表紙カバーへの掲載についても許諾した旨を主張する。
 しかしながら、被告主張の上記@の点は、出版業界にそのような慣行が存在することを認めるに足りる証拠はなく、また、上記Aの点は、前記(ア)のとおり、そもそも原告が被告に対し本件各画像を複製して本件書籍の本文中に掲載することを許諾したとの事実自体が認められないのであるから、これを前提とする被告の主張に理由がないことは明らかである。
 したがって、被告の上記主張は、採用することができない。
(ウ) 以上のとおり、被告主張の原告の許諾の事実はいずれも認められない。
(3) まとめ
 以上によれば、被告各画像は、いずれも原告の許諾なく、本件画像1又は本件画像2を複製したものと認められるから、被告が被告各画像を掲載した本件書籍を発行及び頒布する行為は、原告が本件各画像について有する著作権(複製権、譲渡権)の侵害に当たるものと認められる。
3 争点3(本件各画像の著作者人格権侵害の成否)について
(1) 同一性保持権侵害の成否
ア 前記2(1)ア(ア)及び(イ)で述べたとおり、被告画像1は、本件画像1について、カラー画像を白黒画像にする改変を加えて複製したもの、被告画像2は、本件画像2について、カラー画像を白黒画像にする改変を加えて複製したもの、被告画像3は、本件画像1につき、「<C>IHDMI,Jikei Univ,A1」の表示及び黒色の背景を削除し、カラー画像を白黒画像にするとともに、明暗を反転させる改変を加えて複製したものである。
 そこで、被告が、被告各画像を本件書籍に掲載するに当たり、本件各画像に上記の各改変を加えたことが、原告の意に反するものか否かについて検討する。
(ア) 被告画像1及び2について
 前記1(1)イ(ア)及び(イ)で述べたところによれば、本件各画像における色彩は、本件各画像のいずれにおいても、その創作性を基礎づける重要な表現要素の一つを成すものというべきであるから、著作者の承諾なくカラー画像である本件各画像を白黒画像に改変することは、特段の事情のない限り、著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるものというべきである。
 しかるところ、前記2(2)アで認定した原告と被告間の交渉経過等によれば、被告から原告に対し、本件各画像を複製して本件書籍の本文中に掲載するに当たっての具体的な掲載態様の説明が行われた事実はなく、当該画像が白黒画像とされることが初めて原告に示されたのは、原告が平成21年8月末ころに本件ゲラ刷り原稿の送付を受けた時点であることが認められ、また、その後、原告から被告に対し、被告画像1及び2の掲載態様を含む本件ゲラ刷り原稿の内容につき、これを了承する旨の意思が示された事実も認められないことからすると、原告が、被告画像1及び2における本件各画像の改変を承諾していたものと認めることはできない。
 したがって、被告画像1及び2における本件各画像の改変は、本件各画像の著作者たる原告の意に反する改変に当たるものと認められる。
(イ) 被告画像3について
 前記1(1)イ(ア)で述べたところによれば、本件画像1における色彩及び色調の明暗は、それぞれその創作性を基礎づける重要な表現要素の一つを成すものというべきであるから、著作者の承諾なくカラー画像である本件画像1を白黒画像にするとともに、明暗を反転させる改変を行うことは、特段の事情のない限り、著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるものというべきである。
 しかるところ、前記2(2)アで認定した原告と被告間の交渉経過等によれば、被告から原告に対し、本件画像1を複製して本件書籍の表紙カバーに掲載することについての説明が行われた事実はなく、原告は、本件書籍が発行されるまで、本件画像1の複製物が本件書籍の表紙カバーに掲載されることを知らなかったものと認められることからすると、原告が、被告画像3における本件画像1の改変を承諾していたものと認めることはできない。
 したがって、被告画像3における本件画像1の改変は、本件画像1の著作者たる原告の意に反する改変に当たるものと認められる。
イ これに対し被告は、図版や学術雑誌等とは異なる通常の単行本である本件書籍の編集上の必要性を根拠として、被告各画像における本件各画像の前記アの各改変が、著作権法20条1項の適用除外規定である同条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たる旨を主張する。
 しかしながら、前記2で認定したとおり、被告各画像の本件書籍への掲載は、原告の許諾なくその著作物たる本件各画像を複製するものであって、原告の著作権の侵害に当たることからすれば、そもそも被告各画像を本件書籍に掲載すること自体が許されない行為であり、その掲載に当たっての編集上の必要性なるものによって、本件各画像の改変が正当化されるべき理由はない。
 したがって、被告各画像における本件各画像の上記の各改変は、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たるものではなく、被告の上記主張は、採用することができない。
ウ 以上によれば、被告各画像を掲載した本件書籍を発行及び頒布する被告の行為は、原告が本件各画像について有する同一性保持権の侵害に当たるものと認められる。
(2) 氏名表示権侵害の成否
ア 本件書籍(甲3)の表紙カバーには、本件画像1の複製物に当たる被告画像3が掲載されているものの、本件画像1の著作者である原告の氏名は表示されていない。
 この点に関し、被告は、本件書籍の表紙カバーの見開き下部に、「【カバー・本文マンモス写真提供】東京慈恵会医科大学・高次元医用画像工学研究所」と表示されていることをもって、著作者名の表示があるかのごとく主張するが、当該表示が本件画像1の著作者である原告の氏名の表示といえないことは明らかである。
 また、被告は、本件書籍の表紙カバーにおける被告画像3の掲載について著作者名の表示が欠けるとしても、表紙にコラボレーションによって作られた複数の画像が掲載される場合には、通常、表紙中の一つ一つの画像に著作者名を表示することは行われていないこと、表紙中の画像に原告の氏名の表示がないからといって原告の利益が害されるおそれはないことを根拠に挙げ、被告の行為は氏名表示権の侵害とはならない旨を主張する。
 被告の上記主張の趣旨は、必ずしも明らかではないものの、要するに、書籍の表紙に著作物たる複数の画像が混在して掲載される場合には、その一つ一つの画像についての各著作者の氏名表示権は認められない旨を主張するものと解されるところ、このような主張は、合理的根拠のない独自の見解といわざるを得ないから、採用することはできない。
イ したがって、被告画像3を表紙カバーに掲載した本件書籍を発行及び頒布する被告の行為は、原告が本件画像1について有する氏名表示権(著作権法19条1項)の侵害に当たるものと認められる。
4 争点4(原告の損害額)について
(1) 不法行為に基づく損害賠償義務
 前記2及び3のとおり、被告は、被告各画像を掲載した本件書籍を発行及び頒布したことにより、原告が本件各画像について有する著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(本件各画像についての同一性保持権、本件画像1についての氏名表示権)を侵害したものであり、その侵害について、被告には少なくとも過失があったものと認められるから、被告は、原告に対し、民法709条に基づき、原告が上記侵害行為により受けた損害を賠償する義務がある。
(2) 著作者人格権侵害による慰謝料
 そこで、被告の上記著作者人格権侵害行為によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料の額を算定するに、@被告各画像における本件各画像の改変は、本件各画像の創作性を基礎づける重要な表現要素である色彩に関わるものであり、特に、被告画像3における本件画像1の改変は、色彩のみならず、色調の明暗にも及び、改変の程度が大きいこと、A被告画像3を本件書籍の表紙カバーに掲載することについては、事前の交渉過程において、被告から原告への何らの申出もなく、原告は本件書籍の発行によって初めてこれを知ったこと(前記3(1)ア(イ))、Bまた、本件書籍の表紙カバーにおける被告画像3の掲載は、被告における本件書籍の販売戦略に寄与する面が大きく、被告は、原告の人格的利益を侵害することによって営業上の利益を得ているものといえること、C更には、本件書籍発行後の原告に対する被告の対応を見ると、原告の正当な権利に基づく抗議に対して、「こうしたあまりに性急な態度は、(会話を録音していたことも含め)最初から問題解決を目的としない単なるクレーマーとの誤解を招きかねませんし、社会常識的にも非礼かと思います。」(甲22)などと不適切な言辞を用いて原告を非難する書面を送付している事実もあることなど、原告が受けた精神的苦痛が小さなものではないことをうかがわせる事情がある。
 他方で、前記2(2)アで認定した原告と被告間の交渉経過等によれば、そもそも本件各画像を複製して本件書籍に掲載すること自体については、原告も基本的にはこれを了承する方向で対応し、自ら本件各画像のデータファイルを被告に提供したという経過があり、それにもかかわらず、被告が原告の求めた最終的な確認の手続を怠ったがために紛争に至ったというのが本件の実情であって、その意味で、本件は、全くの第三者による無断の改変の案件とは異なる一面もあるものといえる。
 以上のような諸点に加え、本件審理の経過、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、30万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用
 本件事案の性質・内容、本件訴訟に至る経過、本件審理の経過等諸般の事情に鑑みれば、被告の著作権侵害行為及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は、20万円と認めるのが相当である。
(4) 小括
 以上によれば、原告は、被告に対し、著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償として合計50万円(前記(2)及び(3)の合計額)及びこれに対する不法行為の後である平成22年9月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
5 結論
 以上の次第であるから、原告の本訴請求のうち、本件各画像についての著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)の侵害行為の停止又は予防のために、著作権法112条1項及び2項に基づき、本件書籍のうち、被告各画像部分を削除しない限り、本件書籍の発行等の差止め及び本件書籍からの被告各画像部分の削除を求める請求は、いずれも理由があるからこれらを認容することとし、不法行為に基づく損害賠償請求は、50万円及びこれに対する平成22年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 大鷹一郎
 裁判官 大西勝滋
 裁判官 石神有吾


(別紙) 書籍目録
書籍名 「CTは魔法のナイフ」
著者 B1
発行者 D1
発行所 株式会社飛鳥新社
編集 C1
印刷・製本 S書籍印刷株式会社
発行日 平成21年10月26日第1刷発行
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/